第241話 鬼の帝都②
神呪弾《
それはハデスグループによって開発された神呪兵器の内の一つ。たった二種類しか開発されていないものの片方だ。
炎の第十五階梯《
水素原子の核融合エネルギーから生じる電磁波によって周囲を焼き尽くす。すなわち小さな太陽を生み出す術式というわけだ。
その神呪弾が合計二十三発、鬼の帝都で炸裂した。
「これはこれは」
一定以上の電磁波を反射する結界を張ったシュウは興味深げにその様子を観察する。白い光と共に鬼の帝都が蒸発していくさまは圧巻であった。
「放射線が危険だから《
「でも《
「あ、いや。同時に神呪弾を使うから《
「どういう……ああ」
「あれは重力を一点に集めるという性質上、二発以上同時に使ったら干渉して不発になる可能性もあるからな。まして二十発以上同時となると」
同時に出現した二十三の小型太陽は鬼の帝都を消滅させる。この《
たとえ魔物といえど、その暴威には耐えられない。
およそ十三億の魔物が潜む鬼の帝都は、僅かな時間で完全消滅した。一部の上位種を除いて。
◆◆◆
神呪によってほぼ全てを仕留めることができた。割合にして九割九分は消滅したことだろう。だが、元が十三億なので、生き残りも千三百万はいる計算となる。
勿論、人類が指定した
「来たわね」
コーネリアは観測魔術で生き残りを観察する。
二十三発の神呪を受けてなお生存しているのは最低でも
そしてコーネリアが見つけたのは識別名称、赤鎧。
(撃ち落とす)
狙撃銃を構え、溢れる魔力を弾丸に変換する。
彼女の魔装は魔力を込めるほど威力も速度も向上する。大抵の覚醒魔装士が力を広範囲にばら撒くのに対し、コーネリアは力を一点に集中させるという方向性を獲得した。本気のコーネリアが放つ狙撃弾は水の粘性を引き裂いて海底まで届き、あるいは巨大な山すら貫く。その速度は音速など遥かに凌駕して視認不可能となるほどだ。
補助デバイスによる照準が赤鎧の移動速度すら加味して狙いを定める。
躊躇いなく、引き金は引かれた。
「え?」
しかし一秒後、その弾丸は弾かれる。
だが、すぐにコーネリアは冷静になった。
(大丈夫。あれだけの防御をしても貫けるということ。なら、もっと魔力を込める)
そう考えるや否や、すぐに指示を出した。
「こっちに赤鎧が向かっているわ。それは私が撃ち落とす。それ以外を迎撃して。向かっているのは
向かってくる全ての個体が
それを横目に、コーネリアも魔装へ魔力を込め始めた。
◆◆◆
包囲の北部拠点で待ち構えるオル・デモンズは意外にもジッと待っていた。彼の魔装は非常に強力である一方、精密に操るためには視界の範囲内である必要がある。そのため、射程圏内に入るまで待つことにしていた。
「デモンズ様! 十二キロ先に敵影を観測しました。移動速度からみて三時間後にやってくるかと」
「ほぉ。『王』は見つかったか?」
「いえ。しかしすぐに見つけてみせます。お待ちください」
「いいだろう。ならば今、この拠点に攻め入っている魔物は滅ぼしておく」
「そんな! デモンズ様の手を煩わせるようなことは……」
「やってくる敵はどれも強敵だ。なら、今の内に片付けておく必要がある。『王』を滅ぼす準備も兼ねてな」
オルは大股で部屋から出て、拠点にしているビルの屋上へと昇っていく。彼の魔装は視認した範囲にマグマを発生させ、操るというものだ。つまり高い場所から見下ろせば、広範囲を殲滅できる。
屋上へと出たオルは砂に反射する太陽光の眩しさに目を閉じる。
だが、すぐに滅ぼすべき対象を視認した。
慌てて追いかけてきた従騎士に質問する。
「あれでこの拠点に攻め入っている魔物は全てなのか?」
「え、あ、いえ。まだ後続が数十万ほどいると観測班から報告が」
「なるほどな」
この拠点は元々、鬼帝国の都市であった。それを奪い取り、改造して人類の拠点としている。そのため都市全体には建造物が立ち並んでおり、都市を守るようにして殲滅兵が配置されていた。
だがその奥、すなわち鬼たちが攻め寄せてくる南側には夥しいほどの黒い点が蠢いている。あれが全て鬼系魔物というのだから驚きだ。殲滅兵がモノアイより放つ《
「むん……」
オルはただ、自身の魔装を発動する。
すると熱砂の舞う砂漠で徐々に蒸気が上がり始めた。また鬼の軍勢も統制が乱れ始めている。
「むぅ……」
唸り声が深くなるほどに立ち昇る蒸気は多くなり、また砂の一部が赤く染まり始めた。
『赫煉』の聖騎士と呼ばれる彼の魔装は、地脈への干渉を可能とする。大地の奥底を流れる溶岩を引きずり出し、操る魔装使いなのだ。つまり、彼は一人で火山を爆破させることもできるし、何もない場所を火山に変えることもできる。
まるで間欠泉のようにマグマが噴出する。
それも一つや二つではない。鬼の軍勢が蠢く砂漠全体で、次々とだ。噴き出たマグマはオルによって操作され、次々と鬼系魔物を飲み込む。
「流石はデモンズ様!」
「この程度は問題にならん。今の内に残党狩りに備えさせておけよ。あのマグマを押し通る強力な個体が現れないとも限らないからな」
「はい!」
「ではいくぞ! うおおおおおお!」
加熱する彼の心に合わせるが如く、マグマも猛り狂う。
砂漠は一瞬にしてマグマの海に変化した。
◆◆◆
魔神教連合軍本陣では、観測魔術による鬼の帝都の監視が行われていた。
神呪弾による蹂躙の光が消えた後、蒸発した跡地を観測班が必死に解析する。
「えー、『王』は見つかりましたか?」
クローニンは問いかけるも、色よい返事はない。皆が首を横に振るのみだ。
「そうですか」
聞いた本人も落胆で肩を落とす。
この戦いの最終目標である魔王の討伐を果たすために、まずはその存在を発見する必要がある。これだけ派手に鬼の帝都を滅ぼしたのだから怒り狂っているのではないかと予想されたが、そんな様子の鬼は一体も見つからない。
生き残った上位種は、人類に反撃をするべく淡々と攻め寄せている。
実に不気味であった。
「なら
「こちらに三体……二つ首、三本角、魔剣士が向かっています」
「三体もですか」
「他には赤鎧が第四十三拠点、黒稲妻が第六十四拠点に」
「たしか第四十三拠点はコーネリアさんがいたような……そうなると第六十四拠点が不味いですね。では予定通り、援軍を要請してください」
クローニンは少し思案する。
「赤鎧には同じ竜使いの……クラリスさんがいいでしょう。それと黒稲妻が迫る第六十四拠点にはベウラルさんとガストレアさんを。厄介な雷撃はベウラルさんなら吸い込めるでしょうし、ガストレアさんも念力で逸らせます」
「では本陣には……?」
「うーん。鬼の勇者パーティは厄介ですね。じゃあ、フロリアさんに来てもらいます。僕の方で近接戦闘できる奴を生み出すので」
これでは相手は特殊な個体が三体に対し、それではクローニンを含めて覚醒聖騎士が二人ということになる。皆が不安の表情を浮かべた。
だがクローニンは魔装の書物を生み出し、あるページを開く。
そこには真っ黒な騎士の絵と、細かな記述があった。
「召喚、『ブラハの悪魔』」
その言葉と共に本から黒い煙のようなものが湧きだし、それが人間大ほどの塊となる。やがて凝縮し、漆黒の全身鎧をまとった女性となった。フルフェイスヘルムには角のような装飾があり、隙間からは炎のような眼光が見える。
まさに悪魔のような姿だ。
「それは……」
クローニンの従騎士が言葉を漏らす。
魔神教において伝説とされる女悪魔。四百五十年前には大都市ブラハを滅ぼし、三百年前にも小国を滅ぼしたとされている。
記述したことを現実にする。そんな魔装を持つクローニンは、伝承を現実に変えた。
「えっと、まぁ『ブラハの悪魔』ですよ。伝説の。再現するのに苦労しましたけど、戦闘力は保証するので」
そう言いつつ、別のページを開く。
新しく開いたページにも黒い騎士の絵と、細かな記述があった。
「ストックは五体。これで前衛は充分かなと」
伝説の悪魔が五体。
所詮は伝承と侮ってはいけない。その伝承が恐ろしさを記述しているほどに、力を増す。クローニンはただ伝承を記述するだけで、それを再現できるのだから。
「これを使っている間は魔力容量がほぼ喰われるから、あとは指揮に徹するよ。あー、えっと、じゃあ、頑張って倒そうか」
クローニンは緩やかな口調で告げた。
◆◆◆
ディブロ大陸第一都市の総督府にて、シンクは情報を整理していた。彼の仕事は鬼帝国との最前線から送られてくる情報をまとめ、マギア大聖堂へと提出することである。
補佐として副総督のセルアもいた。
「今のところは援軍申請も最低限ですね。シンク、私たちの出番はなさそうですね」
「そうだといいんですがね」
不安もある。
この中では特に魔剣士が危険とされている。その理由は共に行動している二つ首と三本角だ。この二つの個体は優秀な魔術師であり、攻撃魔術と回復魔術を使って支援してくる。魔剣士の持つ闇の魔剣は物質の均衡を崩す闇の波動を放ち、あらゆる防御を貫いてくる。
「あとは『王』の発見です。セルア様は確か聖堂の書庫にある魔王についての文献を調べていましたよね。成果はありましたか?」
「いえ。やはり傲慢王と色欲王の二つについてはどうしても見つかりませんでした。その代わり、憤怒王、嫉妬王、怠惰王については少しだけ」
「どんな情報です? たしか竜系統の魔物ですよね」
「はい。この三種は七大魔王の中でも特別に強い力を持っていたようです。そもそも竜系統の魔物は強力な個体が多いですからね。それに竜系統も大まかに三つに分類できるのを知っていますか?」
「えっと……」
シンクも思い出そうとする。
彼は剣に生きているが、別に勉強が嫌いというわけではない。必要な知識は身に着けている。ただ、その知識を得たのがかなり昔だったので、思い出すのに時間がかかった。
「空を飛ぶ天竜系、水中に生息する水龍系、空が飛べず地上を走破する地竜系ですよね」
「はい。それで文献の中には怠惰王についての知識が残っていました。どうやら地竜系魔物のようです。『大地に横たわる不落にして不動。その吐息は嵐を呼ぶ。怠惰の王が歩み始める時が大陸の終わりである』と」
「もしかして吐息って」
「竜系統がよく使う、口腔内より放射される魔導攻撃のことかと。嵐を呼ぶとのことですし、かなりの……いえ、そうではなく、この記述からどうやら地竜系ではないかと推察できます」
「『怠惰の王が歩み始める時が大陸の終わりである』、ですからね」
思わずため息を吐いた。
魔神教が掲げる七大魔王討伐を成し遂げるためには、いずれ怠惰王も滅ぼさなければならないということだ。文献の記述を信じるならば、とても勝てるようには思えない。神聖グリニアが管理する魔王についての文献は古代文明の片鱗が残っているものだ。つまり古代の文明を以てしても滅することができない強敵ということである。
「ある意味、初めに倒した暴食王と強欲王は練習相手として丁度良かったというわけですか」
「シンク、それはちょっと」
「すみません。ですがもしも今回の鬼帝国も……それこそ一番初めに戦うことになっていたら負けていたかもしれません」
「アゲラ様がいなければもっと苦戦していましたね」
「あの人も何考えているか分からないですけど。最近は宇宙開発しているみたいですよ? ディブロ大陸を放っておいて」
「まぁまぁ」
「そもそも、あの人ってほとんど古代知識を提供してくれないじゃないですか。何を考えているんですかね? もっと教えてくれたら俺たちが苦労しなくても済むのに」
「本人曰く、記憶が一部ないとのことですから」
調べれば調べるほど脅威とわかるディブロ大陸。
シンクも色々と溜まっていた。
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