第240話 鬼の帝都①


 未来視の魔装を有する神子は遥か昔より神聖グリニアによって重宝されてきた。

 だがそれは本当に時間を超越しているわけではない。数ある情報から的確な未来を予測し、訪れるであろう可能性を予測する能力に過ぎない。つまり、人間が誰でも持っている予測能力を強化したものだ。

 新しい神子、セシリアもその能力を持っており、魔神教によって保護されていた。



「……」

「予言をしてくれないのかね?」



 教皇たるアギス・ケリオンに問われてもセシリアは黙っている。



「ふぅ」



 これにはケリオンも溜息を吐いた。

 セシリアは予言をしたがらない。非常に精度の高い予言ができるにもかかわらず、その結果を口にすることは滅多にない。そして予言を口にしたかと思えば、それは滅びの予言ばかりであった。

 それゆえ、一部の神官からは滅びを招く魔女などと言われている。

 しかし何の偶然か、今は彼女以外に精度の高い予言ができる者もいない。病弱だった先代が息を引き取ってしまってからは、彼女だけが予言の神子であった。だからこそ、魔神教最高意思はセシリアを神子から降ろせずにいた。



「予言を告げてはくれぬのか?」

「……」

「何でも良い。我々は鬼の『王』を倒さねばならない」

「……何を言ってもいいの?」

「うむ」

「そう」



 彼女は深呼吸する。

 そして目を閉じ、何かに集中した。魔装の力もあるが、彼女の中ではあらゆる可能性が導き出されていることだろう。正確な情報を与えれば与えるほど予言の精度は高まるので、セシリアは魔神教の保有する機密を多く知っている。故に神子から降ろされたとしても一生、監禁されたままとなるだろう。

 セシリアという少女は籠の中の鳥であった。



「前と変わらないわ。連合軍は滅びる。この国も滅びる。沢山の人が死ぬ。それだけよ」

「何故だね」

「さぁ? 私はそんな未来が見えた。それだけよ」



 知識を基に魔装が未来を見せてくれる。なのでセシリアには何故そうなるのか分からない。ただ、あらゆる可能性が世界の滅びを示している。



「何をしても無駄よ。私は何もしないわ」



 だからこそ、彼女は絶望していた。

 何をしても助からない未来を見て全てを諦めていた。

 だがそんなことを知らないケリオンは不満そうに事実を述べる。



「私たちは『王』を倒し得る兵器を開発した。魔物を滅ぼせる力を手に入れた。先の魔王討伐戦で覚醒した魔装士も多くいる。何が間違っているというのだ?」



 彼からすればセシリアの言葉は理解できないものであった。

 神聖グリニアはかつてないほどに発展し、古代文明にも匹敵するほどになったと彼は自負している。また永久機関のお蔭で魔力には困らず、どんな兵器も使い放題だ。殲滅兵という無人兵器もある。

 ケリオンからすればこれで負ける方がおかしい。いや、誰が考えても負けるはずのない戦力が揃っているはずなのだ。



「どうすれば人類は魔王に勝てるのだね?」

「無理よ。終わりよ終わり。何度も言っているでしょう? もう私たちに勝ち目はないの」



 見え過ぎてしまう少女は、もう口を開くことはなかった。






 ◆◆◆





 一面に広がる森林の上空。

 そこに冥王シュウ・アークライトと魔女アイリス・シルバーブレットの二人が浮いていた。



『――というわけでして、鬼帝国最後の瞬間を撮影して欲しいのですよ』

「何でそんな面倒を。自分でやればいいだろ、『鷹目』」

『はははは。私如きがあんな戦場で呑気に撮影なんてできるわけないでしょう? だからできる人に頼んでいるんです。勿論、報酬は払います』

「こっちは例の帝国とやらを見つけるのに忙しいんだがな」



 シュウたちがいるのは南ディブロ大陸の南部だ。

 このあたりは森林が多く広がる一方、台地のような地形も見られる。そして巨獣が多く生息しており、魔物は比較的少なかった。



『そういえば帝国の片鱗でも見つかったのですか?』

「全くだな。南ディブロ大陸には鬼帝国しかない。それに鬼帝国も結局は……」

『ああ、アレ・・でしたからね。リーダーの言っていた帝国とは違うようですし』

「そうなると北ディブロ大陸か、あるいは」

『観測魔術が無効化される東の海ですね?』

「次はそっちを調べるつもりでいた」



 ふとアイリスを見ると、首の長い巨獣に枝を差し向けて餌付けしている。

 完全に暇を持て余しているらしい。



(というか、巨獣ってまんま恐竜だよな)



 今更ながら、シュウはそんなことを考える。

 どういうわけかスラダ大陸には全くいなかったが、このディブロ大陸には巨獣がかなり見られる。それに哺乳類よりも爬虫類系の動物が多い印象だ。まさに独自の進化を遂げた生態系がそこにある。アイリスが餌をやっている巨獣も、シュウの知識ではブラキオサウルスに酷似していた。

 北部の砂漠地帯に魔物、南部の森林地帯に巨獣。この南ディブロ大陸ではそんな棲み分けが自然と生じているのだ。

 シュウとアイリスがこの四年の間に調査して分かったことである。



『それで、撮影の件はどうですかねぇ』

「まぁいい。アイリスも暇をしているようだし、息抜きがてらやってやるよ」

『おお。ありがとうございます。神聖グリニアは明日にでも初手に神呪弾を使うそうですよ』

「問答無用か」

『まぁ、あれが最後の鬼の都ですし、加減する必要もないということでしょう。ある意味、今の神聖グリニアの……連合軍の最大戦力を見るチャンスです』

「そうだな」

『では頼みますよ』

「撮影できたら送信する。またな」



 通話を切ったシュウは、アイリスに向かって叫んだ。



「アイリス! 鬼の帝都にいくぞ!」

「はーい。何するのですか?」

「『鷹目』の依頼で戦争の撮影をすることになった。魔神教連合の実力が知りたいらしい」

「じゃあ。移動するのです?」

「戦いは明日に始まるそうだ。俺たちも今から転移で向かって準備するぞ」



 シュウはデバイスを使って転移魔術を発動する。

 一瞬にして二人の姿は消えた。






 ◆◆◆






 鬼帝国の帝都まで四十キロ。

 そんな砂漠の真ん中にある拠点が連合軍本陣であった。砂漠にあるオアシスを利用した鬼の都市だったのだが、それを奪い取って利用している。

 勿論、それを奪い返そうと鬼たちも昼夜問わずに進軍しているのだが、それは殲滅兵が相手をすることで抑えていた。



「どうも、最後の作戦の……この本陣の指揮官になりました。クローニン・アイビスです。『禁書』の聖騎士って呼ばれています。よろしく」



 オリハルコン化による補強が施された建物の中では、最後の作戦会議が始まっていた。

 そしてこの本陣における作戦指揮官となるのが『禁書』の聖騎士ことクローニンであった。彼は人の上に立つのが得意ではなく、周囲の顔色を窺いながら話を進める。



「えーと、一応上からは……うん、聖堂からは神呪弾で雑魚掃除するってことを聞いています。あー、それと皆さんなら分かっていると思いますけど、特異個体ネームドには注意してください。多分、神呪弾じゃ殺せないんで」



 確認された五つの特殊な個体は禁呪弾や神呪弾でも殺せなかった。それは既に経験済みである。なのでSランク聖騎士が直々に相手をする必要がある。



「今回の作戦は今までと違って、その、帝都を滅ぼし尽くすみたいです。なので他の部隊も鬼の帝都を囲うように展開してもらってます。で、えーと、僕の合図で神呪弾を使ってもらって、残りの強い個体を聖騎士で倒します。一般兵士や殲滅兵は逃げようとした魔物を抑え込み、時間稼ぎすることですね。あとはこちらに出陣してくるなら迎撃します。質問はありますか?」



 一人の聖騎士が手を挙げる。



「はい、どうぞ」

「はっ。『王』は発見されたのでしょうか? またその特徴は?」

「あー……残念ながら見つかっていないです。なのでそれを引きずり出す意味でも神呪弾を使うと聞きました。出てきたら時間稼ぎして、その魔力の特徴を解析するとのことです」

「ありがとうございます」

「で、えー。他に質問は?」



 誰も微動だにしない。

 そもそもこの作戦は強大な兵器で遠距離から一方的に仕留めるというもの。一般兵や聖騎士に与えられた仕事は包囲であり、直接戦うということはほぼない。

 特に聞きたいこともないだろう。



「あー。ないならこれで。まぁ、そのあたりは当日の流れで、適当に」



 かなり曖昧な指示だが、全員が頷く。

 最後の戦いは明日。

 十四年ぶりとなる魔王討伐戦を前に、誰もが緊張していた。






 ◆◆◆




 翌日。

 熱砂の舞う砂漠に多脚の無人兵器が並ぶ。

 鬼帝国はとにかく魔物の数が多い。首都と思われる巨大山脈の麓にある都市には十三億もの鬼が生息すると考えられている。また鬼系魔物が他の系統の魔物を飼いならしており、それも厄介だ。



(ようやくね)



 狙撃銃を抱える聖騎士、コーネリアは内心でこれまでのことを思い出す。

 押し寄せる無数の鬼を禁呪弾で滅ぼし、時には神呪弾で消し去った。雑魚ばかりではなく強敵も多かったが、それらは殲滅兵が抑えている間にチャージショットでぶち抜いた。

 非公式の記録だが、滅ぼした鬼系魔物の数は三十億ほどになるという。それだけの数がいたからこそ凶悪な破壊兵器を以てしても四年かかったのだ。



「コーネリア様、間もなくお時間です」

「そうね」



 もはや見慣れたオリハルコンケースの封を開き、そこから『炎十五』と書かれた神呪弾を取り出す。また超長距離狙撃用の専用ソーサラーデバイスを起動し、自らの魔装とリンクさせた。

 今回の作戦ではタイミングを合わせて一斉に神呪を撃ち込むことになっている。

 コーネリアのいる拠点は鬼の帝都から北に進んだ場所にある。さらに北上すれば東の海にまで行けるのだが、そちらの探索は後回しにされた。どういうわけか観測魔術が使えないので、鬼帝国を滅ぼしてからということになったのである。

 今回の作戦では帝都を囲むようにして北から西まで二十ほどの拠点が建設されている。鬼帝国の都市だったものを改造した拠点もあれば、一から作ったものもある。コーネリアがいるのは前者であった。



「これで戦いが終わるといいのだけど」

「終わりますよ。きっと」

「……そうね」



 正直、コーネリアは戦いに疲れていた。慣れない砂漠に慣れてしまうほど戦ってきた。特に彼女は狙撃手であるため、禁呪弾や神呪弾の実験を命じられることも多く、圧倒的な破壊兵器をずっと見てきた。そして今も耳を澄ませば殲滅兵が《火竜息吹ドラゴン・ブレス》 を連射して鬼の軍勢を薙ぎ払っている音が聞こえる。

 普通の生活がしたい。

 そう思うようになっても不思議ではなかった。






 ◆◆◆






 人類の拠点の一つに『赫煉』の聖騎士オル・デモンズがいた。

 彼は腕を組んで仮想ディスプレイを睨みつけている。そこに映されているのは観測魔術で捉えた鬼の帝都があった。



「やはり魔王は姿も見せないか。腰抜けが!」



 人類が鬼帝国に進撃を続けても、『王』は姿を見せなかった。それどころか人類側から探しても見つからないほどである。

 今のところ『王』がいると考えられている宮殿も常に監視されているのだが、『王』と思われる個体は確認されていない。その代わり、鬼系統の上位種はかなり確認されている。



「出てこないというなら神呪弾で……そして俺の魔装で沈めてやるよ!」



 今回の作戦で拠点に常駐している覚醒聖騎士はクローニン、コーネリア、オルの三人だけだ。残る十一人は状況に応じてゲートで各拠点に向かうことが決まっている。最後の作戦ということで一般の覚醒魔装士にまでは招集がかかっていなかった。

 基本はクローニンが連合軍指揮官として動き、ほぼ神呪弾で仕留める予定になっている。

 だがオルはマグマを操る魔装によって鬼の帝都を沈めるつもりでいた。他の聖騎士の手を煩わせることなく、勝負を決するつもりだった。



「聖騎士デモンズ様、間もなく作戦開始時間です。『禁書』の聖騎士様から各部隊に神呪弾の使用許可が発令されました」

「そうか。準備は整っているよな?」

「はっ! 専属狙撃手が所定の位置についております」

「よし、観測魔術を途絶えさせるなよ。『王』が現れるかもしれない」

「心得ております! 観測魔術の徹底は勿論、望遠魔術による目視での観測も続けております。たとえ魔王がこそこそと逃げようとも、必ず見つけてみせます」



 オルは満足気に頷く。

 作戦の時はまもなく。魔神教連合軍と鬼帝国の最後の戦いが始まろうとしていた。





 ◆◆◆





 鬼の帝都上空にて、シュウとアイリスは待機していた。

 間もなく始まる最後の戦いを記録し、映像として残すのが目的である。観測魔術で人類側に捕捉されないよう、透明化の魔術も使っていた。



「人類側が勝てますかねー」

「無理だと思うがな……ここの『王』は少し特別だ。禁呪弾やら神呪弾を使ったところで倒せるわけがない。それに今の聖騎士連中でもな」



 シュウからすれば普通の聖騎士など眼中にもない。覚醒したSランク聖騎士になって初めて、それが聖騎士であると認識するほどである。

 人類側にはスラダ大陸で徴兵された各国の兵士の他、多数の聖騎士が参加している。広範囲の包囲を築くために必要な人数は数十万にも昇るだろう。また、ここまで進撃するのにその数倍の死者がでている。鬼帝国もただやられていたわけではなく、少数精鋭の上位種による奇襲で幾つもの連合軍部隊を壊滅させてきたのだ。Sランク聖騎士が殺されたこともある。

 魔神教も蘇生の魔術を保有しているが、それは特別な者にのみ使用される。これは使うのにリスクがあるとか、コストがかかるとかではなく、死んでも問題ないという風潮が蔓延ることで士気が低下することを畏れたからだ。また、そもそも死体が一部でも残っていなければ蘇生できないため、上位種の魔物によって木っ端微塵にされたら蘇生すらできない。

 ともかく、鬼の帝国を追い詰めるまで多大な犠牲を払ってきたのだ。何としてでも鬼系魔物の上に立つ魔王を討ち滅ぼそうとするはずだ。



「初手は神呪ってところか?」

「この街を吹き飛ばすってことですかねー」

「そんなことをしても意味がないのにな」

「私たちも気付くのに一年くらいかかりましたけどね」

「ああ」



 シュウは頷く。

 そして嘲るような口調で告げた。



「この地を支配する魔王からしてみれば、こんなもの幾ら破壊された所で痛くも痒くもないだろう。全ての鬼を消滅させたとしても魔王には何の被害もない」



 やがて時が来る。

 奪われた都市を取り返そうと、帝都より出陣し続ける無数の鬼たちの下へ、神の裁きにも似た大魔術が迫った。





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