第239話 鬼の特異個体
禁呪弾は少しずつ広まり、各戦場で扱われるようになった。
その仕組みはブラックホール
「前方に鬼の軍勢を発見! 距離は六千です!」
「ギリギリか。よし、禁呪弾の使用を許可する。使用弾頭は『水十一』だ」
「はっ!」
指揮官は命令する。
すると魔装士でもなんでもない、ただの狙撃手が厳重に封印されたオリハルコンケースから一つの弾丸を取り出した。水十一とタグの打たれた弾丸を専用の狙撃銃へと装填し、狙いを定める。
すると仮想ディスプレイが浮かび上がり、照準補助魔術が発動した。
「いつでも撃てます」
「よし。禁呪弾《
その命令と同時に引き金が引かれる。
弧を描いて消えていく弾丸は数秒後に着弾する。
水の第十一階梯《
遥か彼方で砂が舞った。
数秒遅れて轟音が届く。
仮想ディスプレイ上でも氷結後の大爆発で砕け散った魔物の姿がしっかりと映されていた。
「うむ。成功だ」
しかし、指揮官は淡々と成功を喜ぶ。
「進軍だ! 今日の内に新しい都市を攻め落とすぞ!」
指揮官たる聖騎士の命令によって、魔神教連合軍は砂漠を進み続ける。前を進む殲滅兵はモノアイを激しく動かし、決して魔物を見逃さない。
神聖暦三百十四年。
彼らは南ディブロ大陸にそびえる巨大な山脈の目前にまで進軍していた。
◆◆◆
冥王シュウ・アークライトは妖精郷の近海で北東を睨みつけていた。
その先にあるのはスラダ大陸の海岸。
観測魔術によって手に入れた光学情報によると、少数ながら軍が陣地を布いているのが確認できる。
「また来たか」
その軍は複数の狙撃手を連れており、その全員が禁呪弾を装填していた。
彼らは禁呪弾によって妖精郷を滅ぼし、また冥王を滅ぼそうとしているのである。こんなことは一度や二度ではなく、これまでも何度かあった。
船で妖精郷を探そうとした時はシュウが《
だから今度は少数の軍を展開し、狙撃手による禁呪弾の発射を試みているのだ。霧に包まれ、隠されている妖精郷を禁呪で炙り出し、あわよくば消し去ろうとしているのである。
「《
妖精郷の守護者として、攻撃に晒されるのを見逃すわけにはいかない。
「
シュウは次の瞬間、転移した。
現れた先は狙撃手たちの前である。
「え……?」
その一人が間抜けな声を漏らした。
遺言がそれになるとも知らず。
シュウは問答無用で死魔力を放出し、嵐のように吹き荒れさせる。あらゆる概念すら殺す死魔力は、蘇生魔術による復活すら許さずあまねく魂をも殺し尽くした。
妖精郷および冥王を討伐するべく出陣した少数の軍は一瞬で滅ぼし尽くされてしまった。
「そろそろ鬱陶しいな。都市の一つでも滅ぼして警告するとしてハデスに影響しないところとなると……」
翌日、スラダ大陸南西部のある都市が消滅した。
◆◆◆
鬼帝国の侵略が順調となり、魔神教およびその総本山である神聖グリニアは世界から高い評価を受けていた。だがこの日、教皇と司教は悪いニュースについて話し合うことになった。
「プラハ王国の都市が一つ壊滅した。目撃証言によると黒い何かが都市を覆い、その後は……」
「最後まで言わずとも分かる。冥王だな」
「奴以外にあり得ん。それに討伐に向かった者たちからの連絡も途絶えておる」
「あの『王』だけは近づくこともできませんか」
彼らにとって冥王は宿敵である。
長きに渡って苦しめられてきた『王』を討伐したいと誰もが願ってきた。
アギス・ケリオン教皇はゆっくりと口を開く。
「冥王は三百年以上前から存在しているこの大陸で現存する唯一の『王』。あれが厄介なのは妖精郷と呼ばれる場所を拠点としていることだ。陸続きではないから、近づくには船がいる。だが船を用意しようものならたちまち破壊される。禁呪弾を使おうにも察知されてこのざまとは……」
皆、これが冥王からの警告であると察していた。
冥王がその気になれば黒き滅びの魔術によって世界を滅ぼせるのにそれをしないのは、見逃されているからに他ならない。人類がここまで発展できたのは滅びないように気を使ってもらったからだ。
そんなことを言い聞かされているようで、彼らからすれば屈辱であった。
「問題はあの都市がウエストエンドの不浄大地を食い止めていたことです。不死王が消滅して以降、呪われた土地は広がり続けています。新しい対処法を考案しなくては」
「冥王については後回しとしよう。これ以上つついて国を滅ぼされては困る」
「いや、そういえば聖騎士ノーマンが面白いものを開発していた。なんでも星の外から妖精郷を狙撃する兵器だとか」
「例の人工衛星兵器という奴ですか。何でも永久機関から空間転送したエネルギーで質量体を生成し、魔術で地上に撃ちだすとか。エネルギー保存則で高威力が期待できると聞きましたよ」
アゲラ・ノーマンの提案する宇宙開発は、まだ早すぎるとして聖堂側から却下していた。しかし後に兵器として有用であることが分かり、ある程度の予算を回している。
人類にとって宇宙とは伝承の中にある世界だ。正直なところ、採算が取れるという確信がなく、誰もがアゲラの娯楽だと考えていたのである。
しかしアゲラの知識を基に宇宙観測を続け、宇宙に対する研究が急激に進む中で彼らも可能性を見出したのだ。
教皇も大きく頷く。
「では実験の許可と予算を出そう」
そしてこの話は終わりとばかりに、本題となる資料を仮想ディスプレイに表示する。
文書ファイルと共に、巨大な山脈の画像が表示されていた。
「さて、遂に鬼帝国の首都と思われる場所にまで辿り着いた。ここまで来るのに四年……禁呪弾や神呪弾を多用してようやくここまで来た。まもなく最後の戦いが始まるだろう。目下、危険視されている個体を確認しておく必要がある」
新しい画面が空中に浮かぶ。
その数は全部で五つだ。その一つ一つに、危険といわれている鬼の画像とデータが記されていた。
「まず一つ目が
写真に写っているのは全身を真っ赤な鎧で覆った小鬼であった。いや、小鬼かどうかはわからないが、体格が小さいので
しかし問題はこれが騎乗する
またこれを操る赤鎧の
「二つ目が
天候すら操るこの鬼に幾つもの連合軍が壊滅させられた。
時には覚醒した聖騎士すら炭に変えたほどである。勿論、その後で蘇生されたが。
「三つ目は異形の
二つ首はその名の通り、左右の二つの頭部を持つ。その頭部は独立した思考を持っており、それぞれが魔術を発動できるのだ。そして扱う魔術も人類の知識に無いものばかりで、一部では失われた魔術属性なのではないかといわれている。
非常に厄介で、禁呪弾で滅ぼしたと思ったら幻覚だったということもあったほどだ。そして逆に大魔術で壊滅に追い込まれた。
「四つ目は
鬼系は一本、あるいは二本の角を額から生やしている。そのため、三本角の
この個体は知能も高く、鬼の中でも強者を優先して復活させている。
人類が大量の聖騎士を投入してようやく討伐した強敵を容易く復活させたことがあり、その時は潰走するしかなかった。三本角は高度な結界系魔術も会得しているらしく、禁呪弾を使っても倒すことができない。これと遭遇した時は時間稼ぎをするというのが定石となっていたほどである。
幸いにも戦闘力は高くないので、時間を稼いで援軍を待てば押し勝てる。ただし、その場合は三本角も撤退してしまうのだが。
「そして最後だ。これが最も厄介な個体と思われている」
教皇が重々しく告げる。
「
新しいディスプレイが空中に浮かびあがり、ノイズ混じりの映像が流れる。
それは遥か先にある鬼の軍勢に神呪弾を撃ち込んだ瞬間であった。地平線の向こう側が真っ白に染まり、鬼の軍勢も消滅したであろうという確信から歓声が巻き起こっていた。
だが次の瞬間、白い光が切り裂かれる。
それは巨大な黒い斬撃であった。また斬撃は砂漠の大地すら切り裂いて進み、こちらへと向かってくる。映像からは逃げようとしたり、防御の壁を作ったり、結界を張ったりを試みている。
しかし次の瞬間、映像は途絶えた。
「識別名称は魔剣士。写真は近接戦闘記録を解析し、できる限り綺麗にしたものだ。その個体が持つ魔術兵器……魔剣が脅威となっている。恐らくは闇属性の剣。しかも、物質の均衡を崩すことに特化した性能を持っている。あれが一太刀振るわれるだけで禁呪《
純粋な戦闘力でいえば黒稲妻とこの魔剣士が最も高い。
厄介さならば三本角。
また赤鎧と二つ首の奇襲を警戒する必要もある。
「残るは鬼どもの首都と目される場所。その規模から推察される鬼の数は十三億だ。この中には戦闘に向かない魔物もいるようだが、数に応じた兵士もいるはずだ。銃などの迎撃設備も確認されている。普通に攻め込めば苦戦は必至だろう」
「『聖女』の聖なる光で雑魚を一掃しますか?」
「いや、どうせあれが最後の都市なのだ。どうせ『王』もいるのだろう。宮殿のようなものも確認されているからな。神呪弾を使い切る勢いで使えば良いのではないかね?」
魔神教連合軍が進撃するにあたり、鬼たちの都市は拠点として利用する必要があった。砂漠を進むには大規模な拠点がなければ、軍を維持することができないからである。そのため都市を攻める時は禁呪弾や神呪弾の使用は極力控えられ、敵を引きずり出して砂漠で倒すという方法を取っていた。
しかし鬼帝国の最後の拠点ならば、殲滅してしまって問題ない。
禁呪弾や神呪弾で一掃し、殲滅兵を送り込み、強敵をSランク聖騎士で倒す。
そんな方法も使える。
この意見には何人かの司教が渋い表情を浮かべた。
「しかしまだあれで最後と決まったわけでは」
「確かに。『王』の姿を確認した訳ではない。まだいるであろうという予想だけだ」
「せめて魔王を確認するべきだ」
そう意見する者たちは司教の中でも慎重派であった。
彼らは禁呪弾についても懐疑的で、誰にでも使える禁呪というものに危機感を覚えていた。それに頼らざるを得ないというのも確かなので納得はしているが。
だがケリオン教皇は首を振って彼らの意見を否定する。
「今回は規模が規模だ。それに危険な五つの個体も集結している。何か守るべきものがあるのは間違いない。禁呪弾と神呪弾で一掃するのが良いだろう」
先に述べられた
それは十四年前の魔王討伐戦の教訓からも確かなことであった。
「初手は神呪弾による宮殿の破壊だ。Sランク聖騎士も最低限のみとし、『王』が現れたならば奇襲によってこれを仕留める。他のSランク聖騎士は転移で移動できるよう待機とする。さて、この条件で予言を始めよう」
かつての栄光から十四年。
ようやく、三体目の魔王を討伐できる目前にまで迫った。彼らは少しだけ視野狭窄に陥っていた。彼らは今までより傲慢であった。
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