第238話 禁呪弾


 迷子になったアイリスは、一人砂漠を彷徨っていた。

 というのも、空を飛ぶ面白そうな魔物を時間停止して追いかけたりしている内にいなくなってしまったのだ。当然のようにシュウの時間も止めていたので、シュウからすればいきなりアイリスが消えたように見えたことだろう。

 自業自得というより、もはや馬鹿なのではないかと後にシュウは語った。



「うーん……シュウさんどこかに行っちゃいましたねー」



 シュウではなくアイリスがどこかに行ってしまったわけだが、それを自覚しないあたりが永遠の方向音痴である。

 そして彼女は目印として山脈があったのを思い出し、シュウを追いかけるために時間停止で追いかけた。これも更に迷子となる原因だが、彼女は気付いていない。デバイスでシュウに連絡を取るということをしないのは致命的だ。



「んー。なんか大きな都市がありますねー」



 山脈に近づけば近づくほど、その巨大さが分かる。しかしそれよりも、その麓から広がっている大都市が目立った。単純な広さでいえば、神聖グリニアの首都マギアよりも広い。



(マギアの四倍……いえ五倍はありますね)



 ただ広いだけではない。

 建造物から高度な文明を築いているということが分かる。中央部に最も目立つ建物があり、それは一際目立つ装飾が施されていた。それは鬼の宮殿であろうと予想できた。

 また時が止まっているので動いてはいないが、宮殿の上空を竜騎小鬼ゴブリン・ドラグナイトが何体か哨戒している。騎乗しているのも狂邪樹竜パラサイト・ドラゴンという破滅ルイン級の魔物である。この竜は寄生する種子を埋め込むことで疑似神経とし、生物無生物を問わず操るのだ。単体でも非常に危険だが、それの操り手がいるという時点で危険度は更に上がる。

 鬼帝国の戦力は計り知れない。



「んー。あの山でシュウさんを待ちますかね」



 危険な場所だと理解したからだろう。

 シュウを探すのではなく、探してもらうという選択肢を思い出したアイリスであった。







 ◆◆◆







 アイリスを探すシュウだが、いきなり彼女が消えたことで少し焦っていた。すぐに時を止めてどこかに行ったのだろうと察して、探知を始めたが。



「あっちか」



 それは巨大山脈の方向。

 シュウは転移魔術を使い、その付近にまで移動する。転移魔術は時間魔術を利用した圧縮移動であるため、目視した地点に移動することは容易い。

 移動先で、シュウは地上に広がる鬼の大都市に驚かされた。



(これは……想像の十倍は凄いな)



 これだけの規模であれば帝国と名乗っても恥ずかしくはないだろう。宮殿と思しき場所に王あるいは皇帝がいると思われる。

 だが、それらは一旦無視して探知が示すアイリスの居場所へと移動し始めた。魔力と姿を消して移動しているので竜騎小鬼ゴブリン・ドラグナイトに見つかる心配もない。



(あの山脈の中腹あたりか。凄いな。エベレストより高いんじゃないか?)



 かなり近づいたことで、見上げなければ山頂を目視することもできない。またそうして見上げた山上には真っ白な雪が降り積もっていた。

 また山脈といってもあまり木々が生えている様子はない。薄っすらと草が生えているので緑色に染まってはいるが、シュウのイメージする山とは少し違った。

 ただ大きさは凄まじいものがある。

 高さは勿論、端の方は麓が地平線に隠れるほど遠くまで続いている。



(それにしてもこの山……何か……いや、それよりもまずはアイリスか)



 シュウは彼女が探知できる場所へと移動する。下手に移動せず大人しくしているので、アイリスの姿は比較的簡単に見つかった。



「アイリス」

「あ、シュウさん! 探したのですよ!」

「こっちのセリフだ」

「痛いっ!?」



 頭を軽く叩きつつ着地する。

 そして丁度いいとばかりに、そこで観測魔術を発動した。上空から光魔術で取り込んだ映像を空間魔術で転送し、仮想ディスプレイに映し出すというものである。これによって広がる大都市を詳細に調べることができる。



「数が多いな。全部……鬼系、か。いや、そうじゃないのもいる」

「あ、これって闇狼ダーク・ウルフなのですよ。厩舎みたいな場所ですねー」

「これに騎乗しているって聞いたな。それと竜系の魔物もいる」

「この辺りは完全に鬼系の支配地域なんですね」

「そのようだな。だが……」



 シュウは観測位置を移動させ、宮殿の様子を探る。



「ここから『王』の気配を感じない」

「でもこれが宮殿ですよね」

「ああ。これだけの規模で『王』がいないとは考えにくい。まさかここは首都じゃないのか?」



 そう呟き、観測魔術を移動させる。次の観測先は山脈の反対側だ。一方の側にこれだけの規模の都市があるのだから、反対側も確かめなければならない。

 しかし、シュウの期待に反して山脈の反対側は何も見つからない。



「山脈の北だけに都市があるのか」

「どうしますかシュウさん」

「一度帰るぞ。調査をするには時間がかかり過ぎる。マーキングは済ませたから、明日にでも転移で来て調べるぞ」

「ですねー」



 意見が一致したところでシュウが魔術を発動する。

 二人の姿は露と消えた。





 ◆◆◆





 砂漠の熱が風に乗ってくる。

 『魔弾』の聖騎士コーネリア・アストレイは目の前のものを見つめて溜息を吐いた。額に流れる汗は暑さによるものか、緊張によるものか。

 彼女の前にあるのは両手で抱えられる程度のオリハルコンケース。しかし電子鍵、金属鍵、更には魔術鍵までも施された厳重なものである。

 その内容物をコーネリアは聞き及んでいた。



「禁呪弾、ね」



 彼女も覚醒魔装士として、力の使い方というものを理解している。

 だがコーネリアの魔装は狙撃銃であり、大規模破壊をもたらすものではない。どちらかといえば、力を集中させて強敵を撃破するというものである。

 そのせいか広範囲を殲滅する禁呪弾は恐ろしいものであるように感じられた。



(たしか……予め術式と魔力が込められた術弾。着弾点で術式の封を解くと禁呪が炸裂する。誰にでも使える禁呪って怖いわね)



 これは銃火器という汎用兵器が世界に出て以来の発明だろう。

 銃という兵器は一般人に力を与えた。誰にでも扱える強力な兵器によって、一般的な兵士でも魔物を討伐できるようになった。

 そしてこの禁呪弾は誰にでも上位種の魔物を滅ぼせる。

 危険すぎる兵器であった。



「アストレイ様! 聖騎士アストレイ様! お時間です!」

「っ! ええ」



 コーネリアの仕事。

 それは観測魔術によって接近が感知された鬼の軍勢を禁呪弾で一掃することである。また、この禁呪弾は実験の意味も込められていた。

 自身の相棒である狙撃銃を具現化する。

 それを抱き着くようにして抱え、目を閉じた。しかし高鳴る心臓が落ち着く様子はない。



「行くわ」



 狙撃銃を右肩で担ぎ、左手でオリハルコンケースを持つ。

 鬼たちから奪い取ったこの元都市は人類の拠点として改造され、最も高い建造物はコーネリアのための狙撃地点となっていた。

 彼女は従騎士を伴ってその屋上に簡易的な小屋を建設し、時が来るまで待機していた。

 神聖グリニアより下された新しい命令は拠点防衛と、攻め込んでくる鬼の殲滅。

 コーネリアはオリハルコンケースの封印を解き、慎重にそれを開く。クッション材の中に埋め込まれるように五つの黒い弾丸が入っていた。そして弾丸の隣には禁呪の種類を示すタグが張られている。



「そうね……」



 少し悩んだ後、『闇十三』と記された弾丸を手にした。

 それを魔装の狙撃銃へと込める。更には彼女専用のソーサラーデバイスを起動し、魔装とリンクさせる。コーネリアの魔装は狙撃銃であり、魔力をチャージして放つ。その威力は絶大である一方、射程距離は彼女の技量で狙える所までだ。

 それを解決するため、ハデスに依頼して特製のデバイスを用意した。

 観測魔術によって十キロでも二十キロでも先を表示し、計算魔術によって弾道を決定し、必要な補助魔術を生成。それを魔装へと送り込み、属性として弾丸に付与するシステムである。

 これによって彼女は狙いたい場所を探し出し、画面にタッチして照準を合わせるだけでよくなった。引き金を引くときに大体の方角さえ合っていれば、必ず当たるのである。



「これより禁呪弾、《星陰通孔アストロ・ホール》を発動するわ。マギア大聖堂に許可申請を」

「はい! ……許可出ました!」

「了解」



 狙う必要はない。

 だが、コーネリアはあえてスコープを覗く。これは狙撃手としての彼女のルーティンだ。だが、今日扱う弾丸はいつものものではない。彼女の魔力をチャージして込めた弾丸ではなく、魔術の発動体として生成された特殊弾。それも闇の第十三階梯《星陰通孔アストロ・ホール》を発動する禁呪弾だ。

 自然と引き金を引く手が震える。



「……標的は鬼の軍団。数はおよそ五十万。距離は十八キロ」



 覚悟を決め、引き金を引く。

 空気が抜けるような音が鳴り、禁呪弾が魔術の補助を受けて飛び出した。空気抵抗に晒され、重力の影響を受けようともその威力が衰えることはない。惑星自転の影響コリオリの力すら自動修正して着弾点へと弧を描きながら飛翔した。

 それは砂漠の向こう側。

 目視できない地平線の彼方。

 十八キロ――ハデスグループが統一した単位規格――もの先に着弾するまでおよそ二十秒。コーネリアの人生において最も長い二十秒が経過する。



「着弾」



 彼女がそう告げると同時に、狙撃に立ち会った聖騎士たちが仮想ディスプレイへと注目した。

 そこには砂漠の大地を飲み込む巨大な黒い穴が見える。あらゆる物質を飲み込み、どこかへと消し去る禁忌の魔術。闇の第十三階梯が発動したのだ。

 闇属性の魔術は精神または物質の均衡を崩す術だ。そして《星陰通孔アストロ・ホール》は後者に分類される。

 この魔術は空間に分布するエネルギーの均衡を崩す。三次元空間を支えている魔力というエネルギーを崩し、穴をあけるのだ。よって周囲の物質は強制的に吸い込まれ、崩れた空間を埋めるために使用される。

 仕組みとしては冥王シュウ・アークライトの使う《冥導》と同じであった。

 物質が存在する三次元世界の裏側へと吸い込み、強制的にその境界を支えるエネルギーに変換する。この《星陰通孔アストロ・ホール》から逃れる術は鬼たちにはなかった。



「鬼の軍勢を壊滅……いえ、地上部隊の壊滅を確認したわ。録画記録を聖堂に送信、と」



 コーネリアを含め、この場にいる誰もが初めて闇の禁呪を目の当たりにした。

 半径数キロにわたって開いた世界の大穴は、地上を進んでいた鬼の軍勢を全て飲み込む。流石に空中の相手までは吸い込めなかったが、ほぼ全滅である。軍事行動中で密集していたこともあり、およそ五十万もの魔物を一撃で滅ぼした。

 この恐ろしさはコーネリアが一番実感したことだろう。



(こんなものを……こんなものを使えというの?)



 だが、禁呪弾は序の口でしかない。

 ここにはまだ届けられていないが、禁呪弾を上回る神呪弾すら開発されているのだから。





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