第236話 南ディブロ大陸戦線①
神聖暦三百五年も終わりに近づいた頃。
シンクはディブロ大陸に派遣された全軍に対し、指令を発した。鬼帝国を殲滅せよ、と。
「ついに来たか」
「みたいね」
そしてこの戦いには現存する覚醒魔装士も多く投入されている。ギルバートもその一人であった。また、同じく西方都市群連合の軍人であるジュディスも同じ部隊で参戦していた。
とはいえ、二人は人類の切り札。
まだ出陣はせず、陣地の後方で仮想ディスプレイ越しに戦場を眺めるだけであった。
「まずは殲滅兵か」
ギルバートが呟いた通り、先陣として殲滅兵が突貫する。多脚の機械人形はモノアイから《
しかし鬼たちもただ滅ぼされるだけではない。
あっという間に反撃を仕掛けてきた。
「あれは……まさか魔術師か?」
「
「魔術陣を展開した。これは……第五か第六階梯規模!」
画面に映ったのは無数の魔術師。
それは
しかし驚く暇はない。
次々と二人の知らない鬼が現れる。
「重装鎧、神官、騎士……凄いな。大昔の軍隊だ」
「なかなか統制が取れているみたいよ。殲滅兵も幾つかは壊されているわ」
「だがこの程度ならすぐに……いや、これは!」
所詮は大昔の軍勢。楽に勝てると思った。
しかしギルバートは思いがけないものを見つけ、画面を拡大する。そこには空を飛ぶ鬼がいた。いや、竜に騎乗して空を舞っていた。
「なんだこれは……」
そういうのも無理はない。
スラダ大陸では発見されたことのない種なのだから。またこれを見つけたのはギルバートだけではない。作戦本部もそれを見つけ、すぐに指示を送っていた。
『作戦本部より通達。上空に天竜系魔物に騎乗する鬼を発見。これを新種と認定し、
その指示の途中で、画面内の
ギルバートはこの竜のことを知識で知っていた。
「これは……」
「知っているの?」
「ああ、
画面内の、停止した殲滅兵を指さす。
「こうなる」
「厄介ね。私たちならともかく、普通の兵士にあれはきついわ。下手すれば生命力ごと燃やされて死ぬわよ」
「それに天竜系だけあって硬い。つまり」
「私たちの出番ね」
狩人の如き獰猛な笑みを浮かべ、ジュディスが立ち上がる。
それに続いてギルバートも席を立った。
「行こうか、ジュディス」
「ええ。私の旦那様。いつも通り、撃ちだしてちょうだい」
五年前の魔王討伐戦の後、二人は夫婦になっていた。
西方都市群連合としては折角誕生した大戦力を一か所にまとめることで管理しやすくし、あわよくばその遺伝子を継いだ子の誕生を望んだのである。そして狙い通り、二人はお見合い結婚を経て一人の娘を得た。
今回は本国に娘を残しての戦線である。
ギルバートは磁力のトンネルを生み出し、
磁力で加速されたジュディスが超音速で空を飛ぶ。
「いけ! ジュディス!」
◆◆◆
別の戦場ではクラリス・ウェンディ・バークが最前線に出て鬼の都市を破壊していた。彼女の操る水晶竜は太陽光を集め、収束して放つ。それだけで鬼たちは焼き尽くされ、その都市も破壊されていく。
鬼たちの都市は意外と近代的で、鉄筋コンクリートの高層ビルも多く立ち並んでいる。人口――と言って良いのかは分からないが――は推定で三百万だ。勿論、それを守る軍もある。
「私の真似をしたわね!」
空に上がってきた
自分こそが格上であることを示すため、優先的に
圧倒的な熱光線は
「この私より高い場所にいるなんて許さないんだから!」
水晶竜がその場で回転しながら熱光線を放射する。
それによって
『クラリス様。地上は殲滅兵が攻撃していますので控えてください。クラリス様の攻撃で殲滅兵が破壊されてしまいます』
「あんな機械、壊れてもいいじゃない。どうせまた作れるんだから!」
『しかし……』
「いいのよ。私は最高位聖騎士なのよ? 私に指示しないで」
最も我儘なSランク聖騎士によって都市は制圧された。
完全な廃墟として。
◆◆◆
『赫煉』の聖騎士オル・デモンズもある町の攻略を任されていた。ただ、彼の場合は街の占領ではなく破壊を命じられている。
いや、彼の魔装を考慮して破壊しても問題ない場所を任されていたのだ。
それ故、彼の従騎士の他は誰もこの場にいなかった。
「では殲滅させてもらうぞ!」
彼はそう告げて魔力を高めていく。
対象は遥か向こうにある鬼の街だ。ただそこは比較的小さく、食料を生産している農耕の街であった。本来ならば接収して食料ごと手に入れたいところだが、魔神教としては魔物が育てた食料を手に入れることに忌避感があったらしい。オルに滅ぼすよう命令が下されていた。
高まった魔力は大地を噴火させる。
彼の魔装、マグマを操る能力によって大地が赤熱し、吹き飛んだ。
「おお、流石はオル様」
「あれで鬼の街も終わりですね!」
従騎士たちは歓喜する。
鬼たちは一瞬でマグマの中に沈められた。これによって食料生産にも負担を与えることができる。
「次の場所を滅ぼす! 移動するぞ!」
熱い男、オルは上から命じられるがままに魔物の拠点を滅ぼしていた。
◆◆◆
聖騎士ベウラル・クロフは自信家というより、自信過剰な傾向にある。元から大抵のものを吸い込んで滅してしまう魔装を持っていたので、敵なしであった。それが覚醒し、あらゆるものを無制限に吸収できるようになってしまった。
そのことから『無限』と名づけられた彼は、この戦いにおいてもその力を遺憾なく発揮していた。
「ほらほらほらよぉ!」
彼は苛立っていた。
その理由は前回の魔王討伐戦で酷いざまを晒してしまったからである。彼はその戦いで一度殺され、後に残った右腕から復活した。光の第十二階梯《
復活の代償として聖騎士になることを義務付けられたことが屈辱であった。
だからこそ彼は誰よりも武功を挙げることに注力する。
命令など無視して、その魔装で鬼の都市を吸い尽くしていた。
「そんなもんか? 俺に魔術が効くとでも思ったか!」
彼にはあらゆる攻撃が通用しなかった。
ベウラルは鬼の都市を一つ、滅ぼした。
◆◆◆
「今のところは順調、か」
報告を聞いたシンクは溜息を吐く。
仮想ディスプレイに表示された報告書にはどれもが勝利と記されていた。また更新されたワールドマップも鬼たちの都市が塗り潰されて人間の領地となっていた。
「セルア様も読みましたか?」
「ええ、丁度」
「どう思われます? 報告を見る限り、
「まだ序の口なのでしょうね。進めば進むほど、強敵が現れます」
「となると、今は侵略速度を遅くして地盤固めをした方がいいですよね」
「当初の予定通り、それがいいと思います」
この侵略は世論に押され、仕方なく始めたという面がある。シンクとしてはもっと時間をかけて準備したかったのだが、教皇がそれを許さなかった。
総督であるシンクができることは、できるだけ侵略速度を遅くして準備の時間を稼ぐことである。
「それと『光竜』と『無限』に問題行動ありという報告もありますね。どうしますかシンク? 侵略計画に従えないようでしたら本国に戻すというのもありです」
「……圧倒的な力が士気向上に繋がっているのは確かですから。そんな理由で連れ戻すとこっちへの不信感が高まるかもしれません」
「元軍人の覚醒魔装士は比較的大人しいのですが……」
「ああ、確かあの二人は元々企業の魔術師でしたか」
近年は魔装も魔術の一部であるという考え方が広がり、魔術師として魔装を使う者も増えている。魔神教は魔装士が教会や軍以外に所属することを認めないため、仕方なく魔術師免許制度を作り出した。
この制度で魔術師としての免許を取得することで、魔術として魔装を使用することが許可される。
ある意味で屁理屈だが、魔神教のやり方を世に合うように調整した結果でもある。
これによって企業所属の魔術師という名目で、魔装士が一般企業に所属することが増えた。クラリスとベウラルもそんな二人であった。
「あの二人は成果さえ挙げれば問題ないと考えている節があります」
「そこは修正したいですね……っと。愚痴はこの辺りにしましょう。セルア様、これから現状を考慮して侵略計画を調整します。それでセルア様には副総督として第一都市から第三都市までの管理をお願いします。建設中の第四都市もいろいろ気を使ってもらうことになると思いますが……」
「大丈夫ですよ。私に任せてください」
「お願いします」
「幸いにも永久機関のお蔭で資材を調整する必要はありませんからね。必要なところに必要なだけ回せばよいというのは楽です」
「まぁ、建設も魔術で解決できますからね……」
永久機関の開発、建設魔術の一般化。この二つによって都市建設は随分と楽になった。そうでなければシンクとセルアの二人だけでディブロ大陸の開拓をできるはずもない。
(いや、永久機関のせいでこんなにも仕事を並行させられていると考えるべきか……)
シンクとしてはこの業務過多な状況をどうにかしたいと考えている。
「休暇が欲しい……」
「二人で休める日なんてここ何十年もなかった気がしますね」
二人は同時に溜息を吐いた。
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