第235話 新たな魔王勢力


 教皇の不正という大事件から五年経ち、マギア大聖堂では改革が進んでいた。

 それは権力を盾に横暴を働く神官を取り締まり、排除することである。新教皇アギス・ケリオンは布教に熱心な者たちのトップであった。故に金や権力を集めることは許さない。寧ろ無駄に集めた資金は全てディブロ大陸に回していた。

 また彼が教皇になってから、ディブロ大陸の都市開発も大きく進んでいる。

 民衆は新しい教皇のやり方に満足していた。



『おや、どうしましたか教皇猊下』

「どうした、ではない聖騎士ノーマン。君の提出した技術研究企画の予算申請書を読んだ。しかしあれはなんだね?」

『宇宙探査機のことですか?』

「その通りだ。我々はそんなものを気にしている暇はない。なぜディブロ大陸を無視して空の果て……宇宙を目指すというのか」

『悪いことではないと思いますがね。利点は説明してあるはずです』



 アゲラはやれやれといった態度で答える。電話越しにもそれが伝わってくるようであった。

 確かに予算申請書にはそのような内容が記されていた。大気圏外に人工衛星を打ち上げ、そこから魔術兵器によって敵を攻撃するというものだ。確かに有用だと思われるが、研究目的の中には月へと人を送り込む計画まであった。

 優先するべきことがある以上、それは無駄という他ない。



「趣味に走り過ぎではないかね?」

『ふむ。そうですか? 私は必要と思うことを行っているだけですが』

「では何が必要なことなのか書類に書いて提出しなさい。『王』を倒す兵器の一つでも開発するのだ」



 それだけ告げて教皇は電話を切った。





 ◆◆◆






「ふむ。切られてしまいましたか。少し焦り過ぎましたかねぇ」



 ディスプレイの明かりだけが灯る暗い部屋でアゲラが呟く。

 彼の頭脳は古代文明を知り尽くしているというだけではない。その古代文明を再現できるだけの知能が備わっていた。だからこそ、永久機関のような凄まじいシステムを組み上げることができたのだ。



「ふむ。ならばいっそ、私に代わる者を用意するというのもアリですか」



 アゲラは新しいディスプレイを開き、プログラムの記述を始める。

 それは彼をしても難易度が高く、手が進まない。



「まぁ、これも暇を見て完成させるとしましょうか」





 ◆◆◆






 ディブロ大陸は北の大陸と南の大陸に分けて考えられている。その南ディブロ大陸は巨獣が多く生息しており、調査は簡単ではなかった。拠点を作ろうとしても、巨獣が通るだけで破壊されてしまうからである。

 しかしそれでも何とか調査を進め、鬼系魔物の国を発見した。



「こちらクラリス。小鬼ゴブリンが大量の街を発見したわよ」

『座標を記録いたしました。続けて探索をお願いします』

「このまま滅ぼしていいじゃない。私の魔装は最強なのよ!」

『お願いですから止めてください』



 新しいSランク聖騎士、『光竜』のクラリス・ウェンディ・バークは自信家だ。水晶のドラゴンを召喚して操るという特性上、大抵の相手には一方的な戦いを演じることができる。また太陽光を集めて放射する攻撃は威力絶大で、小鬼ゴブリン程度なら一掃できるだけの力があった。



「ふん。生意気ね」



 大きな力を持つが故に、このような我慢を強いられることが気に入らない。



「あの程度の魔物ならさっさと潰してしまえばいいじゃない」

『教皇猊下が各国から徴兵していらっしゃるところです。今回は範囲が広いので、抑えた魔物の拠点を守る兵士も必要なんです』

「ふん。仕方ないわね」



 クラリスは水晶竜を操り、鬼たちの街から離れていく。

 ここだけではない。覚醒魔装士を中心とした調査によって、南ディブロ大陸の全容が少しずつ明かされつつあった。






 ◆◆◆






 ディブロ大陸の開拓において、『剣聖』シンクは総督の立場となっている。移民を募り、企業を誘致し、魔物を排除するのが彼の仕事だ。他にも細々とした仕事はあるものの、『聖女』セルアと共にこなしていた。



「シンク、鬼帝国の全容が少しずつ分かってきました。敵の数を上方修正する必要がありそうですね。現時点で鬼系魔物の数は五億を超えると考えられています」

「考えたくもない数ですね……」

「幸いなことに相手は鬼系ですから。上位種はともかく、下位種は非常に弱いことで有名です。教皇猊下が要請している兵士でも充分に対処できるでしょう」

「ですがセルア様。まだこの時点で鬼帝国の首都……帝都と思われる場所は見つかっていないわけですし、その規模によっては十億や二十億にもなるかもしれませんよ」

「この五億もかなり甘い予測ですからね」



 神聖グリニアが鬼帝国に対して慎重な態度を取っているのは、数の問題であった。殲滅兵を使えば滅ぼせる可能性が高いのは分かっているものの、結局『王』を倒すには覚醒魔装士の力がいる。そして覚醒魔装士も人間であるため、バックアップも重要となるのだ。

 最終的には少しずつ戦線を押し上げ、覚醒魔装士が全力を振るえるように準備を整えなければならない。殲滅兵で滅ぼし尽くすだけでは『王』を倒せず、また魔物が増えてしまう。それでは意味がない。

 また一度戦い始めれば止めることができないため、一気に勝負を仕掛ける必要がある。相手が人間ならば講和などの手段もあったが、魔物相手にそれはあり得ない。



「なんとか奴らの帝都の規模を確認できれば作戦も立てられるんですが……」

「新しいSランク聖騎士も動員して調査していますが……中には力を過信している人もいるようですね」

「あー、確かクラリスでしたっけ? 彼女に問題行動が多いと聞いていますが」

「彼女が筆頭ですが、他にもベウラルさんが似たようなことをしているとか」

「それも問題ですよね」



 新しいSランク聖騎士が一気に七人も現れたことで、魔神教も管理しきれなくなっている。一人で戦略級の存在となるため、雑な扱いはできない。魔神教側にも配慮が必要なのだ。

 また今の聖騎士は軍人上がりも多いので、教皇や側近の司教が上位者として命令を下す形を取っている。古参のシンクたちも特に文句をつけるつもりはないが、昔の魔神教を知る彼らからすれば随分と変わったと内心で思っていた。



「それでシンク。実際のところどうなのです? 不満のほどは」

「魔王を倒したからでしょうね。積極的な声が多いです。教皇猊下も募兵に志願する者が多いと喜んでいましたけどね。すぐにでも鬼帝国を滅ぼそうって声が多いです。それに武功を挙げて、あわよくば……という人も多い印象です」

「前回の魔王討伐戦で褒賞も沢山出ましたからね。マギア大聖堂からも早く戦いを始めろという旨の連絡がありましたよ」

「教皇ではなく聖堂としての発信……ということはそれが魔神教の総意と?」

「そのようです」



 この大胆な方針転換にセルアは眉をひそめる。

 元々、このディブロ大陸は数百年と時間をかけて制覇していく計画であった。しかし永久機関によってエネルギー資源の不足を考える必要が無くなり、また殲滅兵のお蔭で制圧力も充分、そして覚醒魔装士も大量に現れた。これは計画の前倒しに充分な理由であった。



(まぁ、今の教皇になってから計画の加速が進んでいる気もするけど)



 シンクは総督として作戦を絶対に成功させるだけでなく、犠牲を最小限に留めなければならない。二体の魔王を討伐したことで世間が浮かれている中、シンクは次の戦いを冷静に見据えていた。

 だが世間の声というものも無視できない。

 何もしなければシンクにやる気がないと見なされてしまう。普通の人生を過ごす一般人にとって、数百年にわたる計画は長すぎるのだ。



「はぁ……とにかく、聖堂からの要望は今年から戦いを始めることです。俺としては十年以上戦闘が続くことも考慮に入れているのですが、セルア様の意見も聞きたくて」

「それで今日はこちらにきたのですね。分かりました。話し合いましょう」

「お手間をかけます」

「いいのですよ。もう皇女と護衛の関係ではないのですから」



 今の魔神教で最も負担のかかっているのはこの二人かもしれない。

 ディブロ大陸の作戦は熱に誤魔化され、暴走しつつあった。





 ◆◆◆





 シュウはエレボスを伴い、西方都市群連合へと訪れていた。その目的はハデス財閥の傘下企業が保有する地下工場と地下研究所の視察である。

 公式にはエレボスにシュウが伴うことになっているので、視察される側は大忙しだ。何故なら、スラダ大陸における最大多国籍企業であるハデス財閥の会長が訪れたのだから。



「ようこそお越しくださいましたエレボス様」

「ええ宜しくね。今日は技術研究員を連れてきたわ。彼が全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステムの基礎設計を行ったのよ」

「今まで顔を出せなくて悪かったな。報告は聞いている。今日は最後の仕上げをするために来た」

「お聞きしております。シュウ様ですね。早速ですがこちらへ」



 出迎えた社長は慣れた様子で地下工房へと案内を始める。

 この場所にエレボスが視察に来るのはよくあることなので、彼自身は慣れていた。ただ、この工房で働くスタッフたちは緊張した様子で思わず作業を止めている。



「それで、ここの技術主任は?」

「はい。既にセットアップをしております。今日はエレボス会長に仮想モードを見て頂こうと考えておりまして」

「ああ、あれか。それなら俺も見ておきたい」

「勿論です。ただ、報告ではまだバグの修正が済んでいないとのことで」

「それも含めて俺が見る」



 暗い地下工房を案内され、二人は奥へと進む。

 そこには巨大な円柱型構造物が鎮座しており、多数のスタッフが作業していた。また少し離れた場所には真っ黒に塗り潰された航空機が置かれている。

 社長はそちらを指さしつつ、自慢げに説明した。



「ご覧ください。黒竜はほぼ完成となっています。武装格納用の空間魔術を前提としていますのでシャープに、空気抵抗を減らすように設計しております」

「黒竜。言い得て妙ね」



 全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステムは航空機を操るシステムだ。そしてその航空機は黒く、シャープかつ生物的な見た目であることから黒竜と呼ばれていた。またシステムそのものも通称で黒竜システムと呼ばれている。

 世界初の航空兵器。

 その完成度は前世の戦闘機を知るシュウですら満足のいくものであった。



「起動実験の結果は聞いた。垂直離陸、低速移動の結果は良好のようだな」

「はい。あとは超音速実験なのですが、そちらは黒竜システムのシミュレータでパイロットを訓練させてからにしようと考えています」

「それが妥当なところか」



 世界初の航空兵器ということもあり、それを操る者の訓練も必要だ。また複雑な操縦を必要とするため、それを覚える必要もある。

 そこでシュウが提案したのがシミュレータだ。

 魔力コンピュータによる演算で物理法則を完全再現し、実際に限りなく近いシミュレータを実装しようと考えたのだ。



「そういえば機密保持はどうなっているのかしら? ここは最上位機密指定をしているはずよね」

「ご安心ください会長。ハデス財閥の指示された方法で機密は守らせています。ここでの記憶は全て魔晶に預ける形を取っています。地上に出れば何も知らないのですから、機密を知られる危険はありません。私のような一部の者は記憶を保持したまま地上にいますが、そちらは充分な護衛がいますので」

「ならばいいわ」



 黒竜システムは決して知られてはならない。

 記憶の操作すら実行するほど、シュウは秘匿に拘っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る