第234話 新世代の覚醒者


 神聖暦三百五年、スラダ大陸の勢力図は大きく変化していた。

 それは五年前に起こった魔王討伐戦で新しい覚醒者が現れたからである。その内、魔神教は七人を新しいSランク聖騎士として迎え入れた。

 『禁書』のクローニン・アイビス。彼は魔装の書物に記したことを現実にできる。直接戦場に出て戦うことには向いていないが、後方支援としては最も優秀な聖騎士となった。

 『冥土』のガーズィン。彼自身の血液が魔装に置き換わっており、呪いの元になっている。血を敵に打ち込むことで魔力を乱し、掌握することができるのだ。それによって相手の魔力に邪魔されることなく、魔術を敵の体内に発動することができてしまう。生体爆破魔術は最も脅威的な術として認められていた。

 『無限』のベウラル・クロフ。両手の黒い穴であらゆるものを吸い込む。物質であろうと魔力であろうと全て吸い込んでどこかに消してしまう。勿論、人間でも魔物でも関係ない。彼は魔王討伐戦で一度死んだが、後に残った腕から蘇生魔術で生き返った。

 『凶刃』のガストレア・ロー。念力を操る盲目の男だ。しかしながらその魔装によって周囲を物理的に感知し、目が見えているかの如く動ける。そして念力によって生じた圧力を空間中に薄く広げて放ち、見えない斬撃を繰り出す。最も戦闘力の高い聖騎士の一人であった。

 『赫煉かくれん』のオル・デモンズ。マグマを生み出し、それを操ることができる。広範囲攻撃の使い手として非常に優秀だ。決して冷えないマグマは一人で国を滅ぼすだけの力があり、強制的に聖騎士にされてしまった珍しい例である。

 『光竜』のクラリス・ウェンディ・バーク。彼女の眷属たる水晶の竜はただ暴れるだけで強い。しかし何より昼間は最強だ。太陽光をその巨体で集め、収束して放つことができる。非常に目立つ上に格好良いので民衆からも人気の聖騎士だ。

 『魔弾』のコーネリア・アストレイ。無口な狙撃手で、クラリスとは対照的に認知度が低い。しかしながら弱いというわけではなく、魔物を一撃で吹き飛ばすチャージショットは凄まじい威力だ。そればかりか魔術をチャージして込めることもできる。



「……また随分と増えたな」

「ですねー」

「しかし『死神』さんが目を付けておられたギルバートという方は国に残ったようですよ」

「そりゃな。ハデスから圧力をかけておいた。あいつは後で役に立つ。それにジュディスって奴も西方都市群連合の軍人だったから同じようにしておいたぞ」

「こちらとしてもありがたいですね。小国に所属していた魔装士は国より高い給料が出せると言われて引き抜かれています。そうでない、忠誠心の高い人も魔神教が国家に多額の金銭を支払うことで、国家の側から聖騎士となるよう命じています」

「酷い話だな」

「まぁ小国からすれば抱えるのに金のかかる覚醒魔装士を手放して、魔神教から多額の金銭を定期的に受け取る方が得なのでしょうね。今の時代はそれほど軍事力も必要ありませんし」



 新しい聖騎士についての情報は『鷹目』が調べていた。今の彼は聖騎士としての顔も持っているので、調べるのはそれほど難しくはない。

 ただ流石に数が多く、その戦闘力や性質を詳しく調べるのには時間がかかった。



「でもこれは大変ですねー。今はSランク聖騎士が、えっと」

「合計で十四人だな。これだけいたのは歴史上初のことじゃないか?」

「魔神教からすれば大収穫、ということでしょうね。五年前の戦いは。しかし『死神』さんからすれば脅威でもなんでもないでしょう?」

「まぁな。それに半分は経験も浅い。相手になるのは『聖女』か『剣聖』くらいじゃないか? アゲラ・ノーマンの魔装はよく分かっていないから知らんが」



 シュウが本気・・で戦えば、どんな魔装使いであろうとも殺せる。制限なく死魔力を解き放てば何人いようとも関係ない。またこの世にシュウを滅ぼせる者など存在しない・・・・・のだから。



「で、問題の永久機関はどうなっている?」

「流石に私では仕組みまで解析することができていません。しかしハデス製の黒魔晶がコアになっているのは確かでしょうね」

「そんなことは分かっている」

「……あれが生み出す殲滅兵というゴーレムは中々に厄介です。それに物質錬成とも組み合わせているらしく、神聖グリニアはもう資源に困ることはありません。ゴミをエネルギーに変えるシステムがディブロ大陸での開拓に一役買っています」



 『鷹目』は仮想ディスプレイに幾つもの画像を映し出した。

 そこには三つの都市が映し出されている。



「第一都市については『死神』さんもよく知っているでしょう。こちらはオブラドの里を元にして作った第二都市。エリュト果樹園をそのまま利用し、第二都市そのものを霊水の生産工場にしています。勿論、エネルギーは永久機関から空間転送で持ってきているようです。それと牛鬼を掃討した後、黄金都市も奪い取ったようですね。ここは第三都市として現在開発中です」

「それで、教会はどこまで調べている?」

「地理関係の話ですね?」

「ああ」

「調査したという点では、ディブロ大陸の東側・・の海岸は調べていますね。私も驚きましたよ。まさか第一都市から東へ進むとすぐに海岸が見えるとは」

「ワールドマップを見る限り、随分と妙な形の海だがな」



 ディブロ大陸は奇妙な形をしている。

 大陸西側から第一都市に上陸してまっすぐ東に進むと、すぐに海へとぶつかる。それこそ第二都市から車で移動すればすぐに海が見えてくるほどだ。

 しかしこれがディブロ大陸が縦に長細いということではない。この海は東の奥まで広がっているものの、南北に進めばすぐにまた陸へとぶつかる。つまり、北の大陸と南の大陸が西側で細く繋がっている状態なのだ。

 ちなみにこの北の大陸部に強欲王のいた黄金都市、今の第三都市がある。



「それで今は南側の大陸を調査中ですね。巨獣が多く生息しているので難航したようですが、あるものを発見したそうです。まだ一般には発表されていない情報ですから、普通なら大金を頂くような情報ですよ」

「勿体ぶらずにさっさと言え」

「『王』の拠点ではないかと考えられる集落……いえ国を発見しました」

「ようやくか」



 暴食王と強欲王を討伐してから五年。

 ようやく三体目の魔王が見つかったということになる。



「で、何の『王』だ?」

「そこはまだ分かっていません。しかし鬼系の魔物が発見されています。またとにかく規模が大きいらしく、人間のように幾つも都市を形成しているとか」

「都市だなんて大規模ですねー」

「確かにな」



 妖精郷に君臨するシュウやアイリスからしても大規模と言わざるを得ない。今の妖精郷にも偶に新しい魔物が誕生しているが、それでも島がいっぱいになるほどではない。鬼系は数が増えやすいという特徴を含めても驚きであった。



「ええ、まさに鬼帝国ですよ」

「鬼帝国?」

「事情を知る聖騎士の中での通称です。あるいはゴブリン帝国なんて呼ばれています。まぁ、調査をする内に正式名称も分かるかもしれませんね。黄金都市はともかく、オブラドの里は豚鬼の会話からその名称を知ったということですし」

「その『オブラド』も古代語で豚鬼系の魔物を意味する言葉らしいからな。あれも直訳すれば『豚鬼の国』みたいな意味だ」



 シュウは古代語もかなり勉強しているので、ある程度は理解できるようになっている。研究や仕事以外の時間はそれに充てているほどだ。またそこまでして古代の言語を会得しているのは、『黒猫』から告げられたある事実に起因している。



「ディブロ大陸に現存する帝国、か」

「ええ。『死神』さんの方では何か見つかりましたか?」

「怪しいのは東の海……南北の大陸に挟まれたあの海の先だな。あの辺りで空間魔術を利用した地図取得をやろうとすると無効化される」



 かつて『黒猫』が『鷹目』に告げたこと。

 それはディブロ大陸に帝国と呼ばれる文明が存在しているということだ。またこれは『鷹目』からシュウにも告げられることになった。そこでシュウも空間魔術と光魔術を利用した観測魔術によってディブロ大陸を探ったのだが、その中で観測できない地域があったのだ。

 だからこそ、その地域が怪しいということになる。



「魔物が国を作っているぐらいだ。帝国といっても人間のものじゃないかもしれないな」

「そうなるとリーダーは」

「人間かどうか怪しいものだ。俺が言うのもアレだがな」

「ふむ。となると、神聖グリニアを滅ぼす前にそちらを確かめるべきですね。リーダーがアゲラ・ノーマンに拘る理由が分かるかもしれません」

「そうだな」



 シュウは立ちあがる。

 それに続いてアイリスも立った。



「そっちは俺が調べておく。『鷹目』は例の計画を進めてくれ。黒竜システムの完成と配備を考えて、計画は十年後から二十年後に発動が理想だ。それと西方都市群連合の方にも根回しを頼む。ギルバートの件も忘れずにな」

「ええ、リーダーと共に細工しておきましょう。そちらもお願いします。何か分かったら知らせてくださいよ」

「ああ。帰るぞアイリス」

「はーい」



 二人は転移魔術を発動する。

 ここはハデス財閥の関係グループが管理する高級ホテルであり、フロア全てを貸し切っている。しかし念には念を入れて直接出入りはしない。

 ディブロ大陸を調べる準備のため、シュウとアイリスは妖精郷に帰った。





 ◆◆◆





 西方都市群連合の田舎にある屋敷にて、ある幼い少年が剣を構えていた。剣といっても木剣であり、先を丸めた玩具だ。そして相対するのは白髪交じりの男である。彼も同じく木剣を構えていた。



「さぁ、いつでもどうぞアデル様」

「いくよ、ハイレイン!」



 少年、アデルが斬りかかる。

 しかし相手は最強の剣士たるハイレインだ。軽く避けられた。しかし反撃することなく様子見に徹している。それからアデルが何度も剣を振るったが、一度もハイレインに掠ることすらなかった。

 それでもアデルは諦めることなく木剣を振るう。



「いくぞおおおお!」



 だが、その後もやはりハイレインに攻撃が当たることはなかった。





 ◆◆◆





 屋敷の一室で、ハイレインは本を読みながらひと時を過ごしていた。

 だが、何かを感じ取って本を閉じる。



「僕だよ。『黒鉄ハイレイン』」

「『黒猫あなた』でしたか」



 ハイレインは警戒を止める。

 だが同時に溜息を吐きつつ口を開いた。



「ここはアデルハイト様の寝室ですよ。それに今、眠られたばかりです。あまり私たちの本当の立場を知らせたくはないのですが?」



 ハイレインが視線を向けたのは同じ部屋にある天蓋付きベッドであった。そこでは先程まで剣を交えていた少年、アデルが眠っている。

 しかし『黒猫』は悪びれる様子もない。



「急用でね。転移で来させてもらったよ。アデルハイトの父君……ロベルトの容態が良くない。彼も君に会いたがっていたよ」

「ロベルト様が? 状況は?」

「一応はハデスが手を入れている病院だからね。最新の治療は受けているよ。でも、かなり悪い状況のようだ。あと一か月もつかどうか」

「分かりました。ではアデル様が目を覚ませば共に向かいます」

「それとついでにアデルハイトにも診察を受けさせておいてくれ。この一族はどうも病弱だからね。遺伝だから仕方ないとしても、計画前に体調を崩されるのは困る」



 それを聞いてハイレインは眉を顰め、目を細める。

 自身が『黒鉄』として護衛する者を利用しようとしているのが気に入らなかったのだ。しかし、それが必要であることをハイレインも理解している。故に何も言わない。



「ああ、それとこちらでアデルハイトの婚約者を見繕っておくよ。家柄や権力、経済力を重視してね」

「……まだアデル様は四歳ですが?」

「僕が候補としている娘はまだ二歳だよ。それに婚約はまだ先さ。ただ、ちゃんとした婚約者を用意しようとすると早めに準備する必要があるからね。これは『鷹目』にやらせているよ。それと『死神』のお蔭でもあるね。彼の設立した企業には色々助けられているし、それに……まぁ、これはいいか。ともかく、君はアデルハイトの体調には気を配って欲しい」

「ええ。そのために……体力をつけさせるために剣を交えているのですから。その辺りの加減も分かっていますよ」



 黒猫の幹部たちが秘めた計画。

 それに気付くことができる者は勿論、いない。






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