第233話 時代の節目


 新たなる次元へと立った強欲王の胸を貫いたのは一つの弾丸であった。

 あらゆる攻撃を弾くほど濃密に魔力を纏っていたはずが、どういうわけかその攻撃だけは強欲王にダメージを与えた。



「ゴ、オォ……!?」



 そして銃弾の痕は消えることなく、侵食するようにして傷が広がり始める。未だにその圧は消えていないが、黒い何かは強欲王を少しずつ滅ぼしていた。

 誰一人としてそれが何か分かっていない。

 何故なら、死魔力による効果なのだから。



「ガ、ギ……」



 魂が滅ぼされる苦痛。

 それは精神的な嫌悪感や不快感となって現れる。死魔法は魂へと干渉する力。そして問答無用で死を与える力である。

 強欲王マモンは、その欲ゆえに自らの魂すら錬成しようとした。錬成魔法によって滅びた魂を補い、致命的なこのダメージから回復を図ろうとしたのだ。

 しかしそれは無意味。

 絶対の死が約束された以上、強欲王に生きる術はない。冥王によって死へと誘われたら最後、抗う術はないのだ。

 ただ問題は弾丸が小さく、死魔力もそれほど強くないということである。

 強欲王の死は確定したが、それが訪れるまで時間がかかった。



「今だ!」



 シンクは叫んだ。

 そして同時に強欲王の背後に回り込み、刀を振るった。そこに宿る聖なる光は魔力を打ち消し、対消滅させてしまう。強欲王の背中に大きな傷を残す。

 また強欲王は魂を侵されているために再生力へと力を回す余裕もない。



「倒せえええええええ!」



 全員が一斉に攻撃を開始した。







 ◆◆◆






「今のは……」



 魔弾を放ったキーンも少しの間、茫然としていた。誰の攻撃であろうと全く効果を及ぼさなかった強欲王へ明確なダメージを与えることに成功したからである。



「今のは……なんですか?」



 ゆえにキーンは問いかける。

 この魔弾を渡したシュウに対して。

 そこに含まれているのは何をしたのか、そしてシュウが何者なのか、といったものであった。しかしシュウとて真面目に答えるつもりはない。



「さて、な」

「そんな誤魔化しで納得するとでも?」

「まぁ、気になるか」



 シュウとしては『黒猫』からの指令で『死神』としての仕事をこなしただけだ。ただ、その事実を正直に語るなど愚の骨頂。

 ちゃんと誤魔化しの理由も考えていた。



「ハデスの開発した特殊弾だ」

「それは……」

「まだ開発中の機密だから教えられない。それと俺のハデス財閥における立場もだ」

「……分かりました」

「その代わり、この連絡先を教えておく。困ったら連絡するといい。力になってやろう」



 そう言いつつ、仮想ディスプレイを操作してアドレスコードを送りつける。ソーサラーデバイスにおけるメールのやり取りはこのコードを目印にして送受信される。

 そしてシュウが渡したものは特殊な暗号回線に通じるものだった。



「これは口止め料、ということですか?」

「ああ。それと、今の弾について聞かれたら適当に誤魔化しておいてくれ」

「……分かりました。お蔭でギル様を守れましたから」

「物分かりが良くて助かる」

「もしも私が口止めを拒否していたらどうなったのですか?」



 何となく、いや興味本位でそんなことを尋ねた。

 シュウの語る言葉から、ハデス財閥という世界最大企業の中でも特別な地位にいることは明白である。それこそ、元貴族の護衛でしかないキーンなど吹いて飛ばせるはずだ。

 勿論、シュウはその問いに対して期待通りの答えを返した。

 ただ笑みを浮かべるという形で。



「了承して良かったと本気で思いましたよ。しかし口止めするくらいなら私を消す方が簡単だったのではありませんか?」

「さぁな。だが下心もある。お前にもいずれ分かるだろう。この戦いで得た人脈は、やがて十年後か、二十年後になって力となる」



 キーンはまるで意味が分からないといった様子であった。

 色々と尋ねたそうであったが、シュウは戦場を指さして無理矢理話を変える。



「ほら、戦いも終わった。お前の主も活躍したみたいだぞ?」



 最後の抵抗を試みた強欲王の手足を、ギルバートによって磁力操作された砂が縛る。そこに聖なる光が発動し、勢いが弱まったところで『剣聖』シンクがとどめの一撃を繰り出した。

 魂が切り裂かれ、死魔力が残りを殺し尽くす。

 七大魔王の内の二体を討伐する作戦は成功で終わった。







 ◆◆◆







 同時刻、マギア大聖堂では一つの騒動が巻き起こっていた。

 アギス・ケリオン司教による聖騎士の動員。そして現教皇の逮捕である。ただ、意外にも教皇は大人しく捕縛に応じた。



『私には何一つ非がない。しっかりと調べてくれ』



 それが教皇の言い分である。



「このような様子でして、本人からの証言は得られていません」

「そうか。ご苦労だ聖騎士ホークアイ」

「いえ」



 ホークアイは仮想ディスプレイを消しつつ、首を横に振って答える。

 教皇を逮捕した理由はマギア大聖堂の資金を私的に利用したというものだ。彼が好む聖堂地下の庭園へ大量に金を流し、その一部を着服しているということになっている。



「証拠は他にも集まっていますから、近い内に罪状も確定するでしょう」

「これほどの不祥事……かつてのルーメン社が起こしたもの以来か」

「この際ですから各地の聖堂に蔓延っている腐敗も一掃しましょう。色々と調べていますよ?」

「ふふふ。優秀な部下を持つと楽ができてしまうな」

「各地の熱心党員に呼びかけ、用意をさせています。ケリオン司教がご命令されたならば、いつでも動けるでしょう」

「うむ。もったいぶっても仕方なかろう。やるのだ」

「ではすぐに」



 新しい仮想ディスプレイを開いたホークアイは、命令通り全国へと通達する。彼からの連絡を受けた熱心党員は一斉に動き出し、腐敗した聖堂に乗り込み、その元凶を逮捕することだろう。

 これはある意味でクーデター。

 しかし同時に正義の執行でもある。

 仮初の正義とも知らずに、ケリオンは酔いしれていた。






 ◆◆◆






 神聖暦三百年は怒涛の年であったと、後の専門家は口にした。

 魔王を討伐し、同時に教皇による不正が発覚したのだ。専門家の中には教皇の不正は仕組まれたものであると主張する者もいたが、それはごく少数でしかなかった。

 何より、暴食王と強欲王を討伐したということが不穏なニュースを吹き飛ばしてしまったのだ。討伐に貢献した者たちは英雄として称えられ、この戦いで亡くなった者たちは英霊として祀られた。



「これ、良かったのです?」



 『鷹目』から送られてきた情報を眺めつつ、アイリスが尋ねる。

 それに対し、シュウは無言であった。

 あの戦いの後、参戦した精鋭たちは自分たちの国に帰った。しかしまた新しい問題が生じている。それは新しく覚醒した魔装士たちの扱いであった。

 新しい教皇になったアギス・ケリオンは全ての民が信者として尽くすべきという考え方の持ち主であり、彼は魔王討伐戦で誕生した覚醒魔装士に対し、聖騎士になるよう要請したのだ。

 勿論、精鋭の中には軍人だった者が多い。各国家からすれば、折角誕生した切り札となり得る人材を教会に取られるのは面白くない。今はそんなやり取りが全国で起こっている。



「シュウさん?」

「ん? ああ、問題ないだろ。これも『鷹目』の計画通りだからな。元は俺もディブロ大陸制覇は関わるつもりがなかったんだが……『黒猫』の奴が計画修正を求めてきたからな。これもその結果だ」

「私、それ聞いてないのですよ」

「お前には研究を優先させていたからな。それでどうだ? お前にはブラックホール相転移フェイズシフトと魔法の研究をさせていたが?」

「えへへ」

「……」

「あー……」



 アイリスは気まずそうな表情を浮かべる。

 しかしジッと見つめるシュウの圧に耐え切れなかったのか、誤魔化すのを止めた。



「……何も進んでいないのです!」

「おい」

「痛い! 痛いのですよ!?」



 問答無用で手刀を叩き付ける。

 四か月も留守にしている間、全く研究が進んでいないというのだから当然である。また、アイリスに研究させていたことを魔神教が実用化しているというのも大きな問題であった。



「神聖グリニアが魔法の再現をやっていたぞ」

「本当なのです!?」

「正確には時間魔術を利用した反魔力の生成だな。流石に自由自在とはいかないらしい」

「私たちも反魔力は作れるんですけどねぇ」

「やはりその先が問題か」



 基準となる魔力波形があれば、その反魔力となる逆位相を作り出すのは難しくない。いや、かなり高難度で繊細な技術であることは間違いないものの、妖精郷の技術力ならば実現できるのだ。



「聖なる光の解析にかけては魔神教の方がやりやすいだろうからな。いずれは反魔力も再現されるとは思っていたが」

「こっちの想像より早いですねー」

「ああ。やはりアゲラ・ノーマンがいるからな。反魔力も古代技術の再現という可能性が高い。情報収集している俺や『鷹目』すら知らなかったからな。このままだと計画にも支障が出るかもしれない」

「そう言えば、私ってその計画聞いていないですね」

「なら、説明しておくか」



 シュウは仮想ディスプレイを出して、そこにスラダ大陸の地図を表示する。その地図はワールドマップアプリによるものだが、それよりも詳細であった。

 ワールドマップはハデス財閥にとって不利益となる場所は修正され、何もない場所として表示されるよう調整されている。しかしシュウの使う賢者の石を利用したデバイスは、完全な地図が登録されていた。



「『鷹目』の要望で神聖グリニアを滅ぼすことになっているが……どうやら奴は俺が滅ぼすのでは我慢できないらしい」

「みたいですね」

「人間の闘争を引き起こし、自滅させるのが『鷹目』の要望だ。そのためにディブロ大陸を利用しようと考えていたんだが、そこに『黒猫』が待ったをかけた」

「何か不都合なことがあったのです?」

「『黒猫』はアゲラ・ノーマンを消したいらしい。それを優先するために修正を加えることになった」



 そう言いながら、地図上にある西方のある国を指す。

 西方都市群連合と呼ばれる地域であり、西方では最も工業化が進んでいる国である。



「ここを拠点にして新勢力を生み出す。スラダ大陸にもう一度戦争を起こし、アゲラ・ノーマンを引きずり出しつつ神聖グリニアを滅ぼす。それが黒猫の今の目標だ。正確には『黒猫』『鷹目』、そして俺の計画だがな」

「戦争、ですか」

「そうだ。エレボスにもその準備をさせている。新兵器を開発させたりな」

「うーん……」



 乗り気ではなさそうなアイリスにシュウは首を傾げる。



「気になることでもあるのか?」

「そうじゃないんですけど。何か、こう……ちょっと違和感というか。うーん」

「魔装が何か訴えている、ということか?」

「はい。ただ、戦争に反対という感じじゃないです。注意しろって警告しているような……」

「分かった。参考にしよう。それと、これからの計画はアイリスにも共有する。何かおかしなことがあれば教えてくれ」

「分かったのですよ!」



 アイリスは時間を操るという魔装の副作用として、未来を感じ取る。明確な何かを知覚するわけではなく、かなり感覚的で言語化不可能なものだ。しかし、シュウはそれを信頼していた。



「さて、ここからだ。これから『黒猫』に会いに行く。お前も来るか?」

「ご一緒するのですよ!」



 神聖暦三百年。

 時代の節目となる波乱の年が終わった。





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