第232話 魔王討伐戦④


 どんな生物でも、その思考を生み出すのは魂である。

 これが失われるということは、死を意味する。これが人間ならば物質である肉体に寿命があるので、魂よりも先に肉体が限界を迎え、魂は魔力として霧散してしまう。逆に魔物は魂によってその肉体まで魂だけで維持しているので、魂が健全である限り肉体も健全である。そして魂が滅びれば肉体も維持できない。

 今、暴食王は消えようとしていた。



「ギ、ア……」



 肉体を滅ぼされたのではなく、魂を消滅させられたのだ。

 最後の言葉を残す暇すらない。ただ魂が最後に感じた叫びを、肉体が音に変換しただけであった。



「倒せました……?」

「はい。セルア様のお蔭で。ありがとうございます」

「ナラク、あなたもありがとうございます。シンクを守ってくれて」

「気にするな」



 腕を失ったナラクは、地面に座って止血していた。彼の魔装は身体能力の劇的な向上。魔力のある限り肉体能力は極限に拡張される。

 それは筋力や耐久力といった単純なものに留まらず、回復力も当てはまるのだ。

 少しずつではあるが、失われたナラクの腕は再生していた。



「ふふ。あの時のようですね」



 セルアが何を言っているのか、シンクにはすぐわかった。

 しかし懐かしむ暇はない。



「セルア様、次にいきましょう」

「はい!」



 二人はもう一体の『王』である、強欲王の下へと走っていく。



「あの二人に続くのよ!」



 アロマは他の魔装士に指示を出しつつ、自己治癒に集中するナラクへと近づいた。

 そして光の第八階梯《常時回復リジェネート》を発動する。これは肉体の治癒能力を高めつつ、体力も回復させる魔術だ。ナラクの魔装とは非常に相性が良く、再生速度が目に見えて上がった。

 彼女はナラクの耳元で囁く。



「あなたには感謝しているわ。最後のあの攻撃。割り込んでくれてありがとう」

「ふん……」



 興奮も醒めたのか、ナラクの口調も元に戻っている。



「貴様の要求だからな。『黒猫』」

「ええ。それでもよ」

「全く……いつの間に聖騎士なんて操っていた?」

「ふふふ」



 アロマは不気味な笑みを浮かべ、誤魔化す。

 今の彼女は『黒猫』によって操られている状態であった。そして彼女の指示でナラクはシンクを助けたのである。



「あ、そろそろ操作が途切れるわ」

「そうか。それで、あれも倒せばよいのか?」

「そっちは『死神』に任せるわ。もうあなたは休んでもいいわよ?」

「ま、どうせ回復する頃には戦いが終わっているだろうからな。それで良い。ところで……その気持ち悪い喋り方は何だ?」

「傀儡を使って喋ると、その本人の口調が優先されるのよ。私はこういうことを喋って欲しいって指示を出しているだけだもの」

「ほう。そうだったのか」

「それにこの会話も傀儡操作が終われば都合のいい適当な会話に置き換えられるの。だから特に心配する必要はないわ」

「便利なことだ」

「じゃあまたね。近い内に黒猫の会合もあるから」

「了解した」



 その瞬間、アロマの雰囲気が変化する。

 ナラクは右手で追い払うような仕草を見せた。



「俺はもう良い」

「そう? なら、私もあっちに行くわね」



 アロマは素直に強欲王の下へと走っていった。





 ◆◆◆






 暴食王との最後の戦いが始まった頃、他の魔装士は強欲王を抑え込むため一斉攻撃を開始していた。セルアの《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》によって強欲王は暴食王よりもダメージを受けてしまった。その理由は魔力錬成によって多くの魔力を手に入れていたからである。

 《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》は既に存在する魔力を反魔力へと変換するというもの。魔力が多いほどダメージが大きい。



「ジュディス! 準備できたぜ!」



 ギルバートも当然ながらこちらを受け持っていた。

 そして磁場を生み出し、それをジュディス・ライオルの前に置く。雷の武具と防具を生み出す彼女の魔装とギルバートは実に相性が良い。

 彼女自身が電磁加速され、砲弾のようにして強欲王へと突撃する。

 ジュディスの魔装も覚醒しているだけあって、電流と電圧が凄まじいレベルだ。それこそ、触れた瞬間に原子がプラズマ化してしまうほどだ。その巨体が貫かれ、腹に大穴が空く。

 強欲王が錬成で魔力と肉体を回復させようとしていたところに、その攻撃が炸裂する。更には追撃として弾丸が幾つか直撃した。シア・キャルバリエの幻術弾と、コーネリア・アストレイのチャージショットである。強欲王は幻術弾によって現実と夢の境界を彷徨い、激しく混乱する。そこに飛来したチャージショットが右目を中心として顔の半分を吹き飛ばした。



「グオオオ!?」



 これには思わず強欲王も呻く。

 しかし、錬成魔法を止められたわけではなかった。

 魔力を錬成するという荒業によって自身の保有魔力を急速に回復させていき、その肉体までも瞬時に復活させる。



(本来ハ禁ジラレテイルガ、仕方アルマイ。魔神・・トノ契約モココマデダ)



 錬成魔法は恐ろしい素質を秘めている。

 その気になれば魔力を無限に引き出すことができるのだ。それは最強の魔物となり得る条件を満たしていた。しかし、強欲王と名づけられながらもこの『王』はそれをしなかった。無限の魔力を強欲に求めることはなかった。

 それは制限があったからだ。

 決してそれをしてはならないという契約が結ばれていた。

 だが強欲王はその禁を破る。

 空間が、歪んだ。



「これは……やべぇな」



 ギルバートは磁力で鉄を集め、一つに押し固める。またそれに強磁場を帯びさせ、射出した。しかしその弾丸は強欲王に触れた瞬間、弾かれてしまう。

 またジュディスも追撃しようとしたが、ただの魔力放射によって吹き飛ばされてしまった。シアやコーネリアも攻撃するが、やはり弾丸は弾かれるだけで届かない。またオル・デモンズがマグマをぶつけるも、それすら圧倒的魔力で弾き返す。



「魔力障壁? いや、ただ魔力を集めただけか!?」

「そのようですね」

「あんたは……いや、あなたは」

「私が行きます」



 聖騎士ラザードが前に出る。

 そして虚空より魔力の腕を無数に生み出し、その一つ一つに錬成したオリハルコンの剣を持たせる。『千手』の二つ名に相応しく、大量の魔力腕を使って一斉攻撃を始めた。

 しかしそれらは全て強欲王が集めた魔力によって弾かれてしまう。

 ただ魔力を集めただけで、この硬さ。

 魔力生命体たる魔物だからこそできることである。そして強欲王はまだ魔力の錬成をやめない。ジュディスも協力して攻めるが、全く攻撃が通用しなかった。



「それなら僕が!」



 ここでスレイ・マリアスが追い付いた。

 彼はセルアの魔装をコピーしたままなので、聖なる光を使うことができる。溜め込まれた聖なる光が強欲王を浄化するように広がった。

 また強欲王の魔力を減らすべく、ベウラル・クロフも魔装を発動させる。彼の魔装は物質だろうと魔力だろうと区別なく吸引する。強欲王から引き剥がすように魔力を吸い込み始めた。



「ちぃ! 俺が吸い込んでも減った様子がねぇな」



 まるでブラックホールなベウラルも、この膨大過ぎる魔力を前には無力。またスレイが発動した聖なる光でも削り切ることができない。

 聖騎士フロリア・レイバーンの狙撃、念力使いガストレア・ローの圧壊、そして水晶竜を使役するクラリス・ウェンディ・バークの太陽収束ブレス攻撃、そのどれもが通じない。



「くそ。完全に回復されたじゃねぇかよ」



 ギルバートは強く歯を噛みしめた。

 禁呪級魔術《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》で削り切った強欲王の魔力はすっかり回復されていた。いや寧ろ以前よりも多い魔力がそこに満ちている。あまりに多く、濃い魔力はエネルギー状態を高めて発する魔力光も黒に近くなっていく。



「グオオオオオオオオオオオオオオ!」



 この瞬間、強欲王の肉体が黒く染まって復活する。牛の頭部は禍々しい表情を浮かべ、瞳は紅蓮に染まり、角は無限の魔力を宿して漆黒となった。

 その姿はまさに魔王。



「グオオオオオオオオオオオオオオ! オオオオオッ!」



 角から魔力が集められ、黒い雷のように閃く。

 全員がそれを見て不味いと思うも、既に遅かった。強欲王の咆哮と共に、漆黒の魔力砲が放たれた。



「馬鹿、な――」



 全員が伏せる中、ベウラル・クロフだけは出遅れた。いや、何でも両手で吸い込んでしまうという魔装を持っている関係から、回避するということが頭から抜けていたのだ。

 彼は雷撃のような漆黒の魔力放射に晒され、その身体ごと消滅する。唯一残った右腕だけが宙を舞った。そして恐るべきことに、蘇生も発動しない。超高圧の魔力により術具ごと壊されたのである。

 初めて、人類側に死者が出た瞬間であった。






 ◆◆◆








 丁度その頃、シュウの下に一件のメールが届いていた。戦闘中にもかかわらず、シュウはデバイスを起動してメールを読む。

 その理由は送信主が『黒猫』だったからだ。



(俺に強欲王をどうにかしろと……? しかも自然な形でとは面倒な注文を付けてくれる)



 確かに消耗した今の強欲王マモンを討伐するのに苦労はない。弱った今ならば、死魔法で楽に魂を引き抜くこともできる。

 問題は自然な形でという注文だった。



(となれば……)



 シュウは隣で手に汗握りつつ戦場を眺めるキーンに話しかける。

 初めての死者がでてきたことで、焦っているらしい。不安な表情がより強くなっていた。



「狙えるか? 強欲王を」

「……ええ。しかし」

「心配するな」

「何を……」



 キーンはスコープから目を離し、シュウを見つめる。

 するとシュウは賢者の石から作ったデバイスを介して魔術を発動し、その掌に一つの弾丸を錬成した。それもただの弾丸ではない。あらゆる光を吸い込む漆黒がそこにある。

 魔術陣が展開されないのでキーンには分らなかったが、この錬成には膨大な魔力と繊細かつ巨大な術式がはたらいている。冥王が強欲王を滅ぼすために作った弾丸がキーンへと手渡された。



「これなら効く。ただし、当ててから効果を及ぼすまで少し時間がかかる」

「あの、これはいったい?」

「深くは考えるな。それに悠長にしていたらこの弾丸は自壊するぞ? 特製の魔弾だ」

「……分かりました。あなたを信じますよ。大隊長」

「それでいい」



 弾丸を受け取ったキーンは、自身の魔装へとそれを装填する。本来は魔力から弾丸を生成するので、普通は装填する必要もない。しかしその気になれば外部から弾丸を詰めることもできる。

 漆黒の弾丸が込められ、キーンはスコープを覗いた。

 雷撃のような魔力砲を放つ強欲王へと狙いを定める。



(ギル様、私も助けになります)



 引き金に指がかけられた。






 ◆◆◆





 空気が震え、体が震え、魂が震える。

 強欲王の攻撃は単純でありながら破壊力は群を抜いていた。岩石ですら付近を通過するだけで粉砕され、触れようものなら一瞬の拮抗もなく消し飛ばされる。



「くそ、痛ぇ」



 ギルバートは背中が焼けるような感覚に襲われていた。

 勿論、実際に火傷しているわけではない。ただ濃密すぎる魔力に影響され、そのような錯覚に襲われているのだ。心が恐怖しているともいえる。

 それはギルバートだけに留まらず、誰一人として立ち上がれずにいた。

 またその瞬間、大きな魔力が一つ消失したのを感じる。



「暴食王は、倒せたのか……はは」



 それに対し、こちらは強欲王を回復させてしまっただけである。

 時間稼ぎにすらならなかった。



(今度こそ死んだかもな)



 この戦場で何度もそれを覚悟した。

 その度に切り抜け、果てには覚醒にまで至っている。しかし今度こそ、殺されると思った。

 ギルバートの考えを証明するかのように、強欲王の背から黄金の魔力が噴き出す。それは翼のように広がり、周囲を金に変質させていた。錬成魔力による強制物質変換である。

 この魔力は別に金に変えるという効果があるわけではない。強欲王マモンの思うがままに、自由自在に物質を作り変えてしまう。それは強欲王自身にも適用されるのだ。

 翼のように広げた錬成魔力でその身体を包み込む。それはまるで繭、あるいは卵であった。これが孵った時、新しい強欲王が人間たちを蹂躙するのだろう。それだけの魔力が内側から感じられる。ギルバートが死を感じたのも当然であった。



「くっ……させ、ない」



 同じく倒れるラザードが魔手を生み出し、それを伸ばして黄金の卵に触れる。しかし魔手は一瞬にして金の像になってしまった。

 触れることすら敵わない。

 膨れ上がる『王』の威圧に誰もが立ち上がれずにいた。

 やがて金色の卵が孵化する。



「コオオオォォ……」



 罅割れた卵からは洞窟の反響音を思わせる吐息が漏れる。

 直後、それは内側から破られた。先程よりも一回り大きな腕が黄金の卵を裂き、真の姿となった強欲王が現れる。錬成魔力を凝縮した黄金の鎧を纏う牛頭の魔王。

 これこそが金剛牛魔アステリオ。あるいは強欲王マモン。

 七大魔王の一角が見せる本気であった。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」



 解き放たれる威容。

 大地すら畏れ、震えあがる咆哮。

 天すら震撼し、雲は霧散した。

 そして強欲王は割れた卵へと手を伸ばす。それは不思議と、溶けるようにしてある形となった。ひと回り大きくなった強欲王の手に馴染む、巨大な両刃斧へと。その全てが金色でありながら、不思議と下品な感じはしない。

 終わった。

 誰もがそう感じさせられるほど、それは強大な魔力を保有していた。



「これは……!」

「シンク、迂闊に近づかないで!」



 暴食王を滅ぼし、次は強欲王と息巻いていたシンクとセルアも立ち止まる。

 格の差を思い知らされた。終わりだと思わされた。




 ――しかし次の瞬間、漆黒の弾丸が強欲王の左胸を貫いた。





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