第231話 魔王討伐戦③


 シュウは目を見開いてその光景を眺めていた。



(アイリスですら練習中の……時間操作の究極形を魔術で再現しただと!?)



 妖精郷の研究所でも魔力そのものに関する研究は行われていた。シュウの死魔力という普通とは異なる魔力を実際に観察できるというアドバンテージもあり、比較的早くから妖精郷では真実へと至っていた。

 しかし真理を解明するのと、それを技術化するのとはまた別問題である。

 最も適性が高いアイリスに実用化の研究を任せていたが、まだ実戦レベルではなかった。



(そうか。アゲラ・ノーマンか……)



 すぐに思い当たる人物が浮上するものの、確かめる術はない。しかしこれが当たりであろうとシュウは考えていた。

 人類の技術はほぼハデス財閥が握っているため、魔神教の秘匿研究でもない限りはこんなものを開発できるはずがない。そもそも空間魔術が広まり始めたばかりにもかかわらず、その基礎となる時間魔術をここまで使いこなせるとは思えないのだ。



(俺も同化・・を早める必要がありそうだな)



 この戦いから帰還したらしばらく妖精郷に籠る。

 冥王にそんな決意をさせるほど、それは衝撃的であった。






 ◆◆◆





 光の禁呪を改良した番外禁呪《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》。

 それはセルアに与えられた専用の追加術式用ソーサラーリングがあって初めて発動する。この指輪は術式展開装具というだけでなく、ソーサラーデバイスにある通信機能も付与されている。

 暴食王と強欲王の魔力位相を解析したアゲラから最後のピースとして術式が送信され、それがあって初めてこの対魔王禁呪は完成する。



「これほどとは……驚きね」



 最も古い聖騎士であるアロマですら驚く。

 それもそのはずだ。彼女たちの前にはごっそりと消滅した大地があったのだから。禁呪《大地塵裂グランド・クロス》、複数の覚醒魔装、そして強欲王の生み出した黄金すら漏れなく消滅している。

 空間中に留まった絶大な魔力が《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》によって反転し、全てを対消滅させてしまったのだから。

 またこれだけの威力となったのは、発動者がセルアだったからというのもある。



「うっ……」



 疲労したセルアは大量の汗を流しつつ膝をつく。

 殲滅兵の自爆で空間中に散った魔力を留めていた《聖域サンクチュアリ》も、反転した魔力、つまり霊力と接触すれば対消滅は避けられない。だがセルアが自身の魔装によってそれを全て制御し、一か所に留めていたのである。

 故に彼女は極度の疲労感の中にあった。

 だが、それでも、倒れそうになっても戦場からは目を離さない。



「まだ……です」



 あれ程の攻撃ですら、暴食王と強欲王を消滅させるには至らなかった。

 しかしながら大ダメージを与えることには成功している。暴食王は膝をつきながら荒い呼吸をしており、強欲王に至っては仰向けになって倒れていた。

 あれでも倒せなかったと嘆くべきか、二体の『王』をここまで消耗させたと喜ぶべきか。

 ここは後者であった。



「これで……」

「ええ、私たちの勝ちよ。よくやったわねセルア」

「アロマさん」



 アロマがセルアの体を支える。

 二人の視線の先はよろめく暴食王へと向かっていた。正確には、その背後に回り込んだシンクへと。





 ◆◆◆





 シンクは身を隠し、決定的な瞬間を狙っていた。

 そしてその瞬間とは今だ。

 暴食王と強欲王が消耗しきった今こそ、人類が手にした最後の切り札を使う時である。



(これで!)



 五十六年間を剣に捧げ、『剣聖』の称号に相応しくなるよう自らを高めてきた。今のシンクはかつてのハイレインですら鷹揚に頷くほどの剣技を会得するに至っている。

 しかしやはり『王』は強い。

 ただ魔力が強いというだけで圧倒的な強者たりえている。

 つまりシンクの刃は背中の肉で受け止められてしまっていた。



「グオオオ!?」

「く……」



 聖なる刃は魔力であれば対消滅させて切り裂く。尤も、聖なる刃の方が密度が高いため、一方的に切り裂くという方が実情に合った表現だが。

 しかしそれを受け止めるということは、普通の魔力でないものがあるということである。

 暴食王は体内に分解魔力を留めていた。



「エッナエスウ!」



 傷口から滲みだす分解魔力がシンクの魔装を消滅させる。

 慌てて下がったシンクは、魔装を再展開させた。そして苦し紛れに斬撃を飛ばす。聖なる刃を応用した技術で、余程の魔物でなければ一撃で滅ぼせる威力がある。だがそれは分解魔力に弾かれ、斬撃もかき消されてしまう。

 確かにシンクやセルアの使う聖なる力……いや反転位相魔力は維持が難しく、簡単に世界の修正力によって元の魔力へと戻されてしまう。魔力そのものを魔法として昇華させた『王』の魔物に敵うわけがなかった。



(一撃で倒せなかった)



 これはシンクにとっても予想外のことであった。

 あれだけ弱っているのだから、聖なる刃で殺せると踏んでいたのだ。しかし現実はこれである。



(魂を切り裂くつもりだったのに……防がれた。まさか魂にまで分解魔法が?)



 回り込んで暴食王の視界から外れつつ、原因を考察する。

 シンクの力を防ぐとすれば、それは物質や魔力による現象ではない。魔法に他ならないのだ。それを確かめるべく再び切りかかるが、やはり背中を浅く切るだけで終わってしまった。

 更に今度は暴食王の背中から触手のように灰色の魔力が滲み出る。その体表に刻まれた赤黒い紋様から分解魔力が噴き出し、触手のようになった。それが合計で六本。



(単純に手数が増えたと考えるのは甘いよな)



 しかしこれはシンクにとって悪いことばかりではない。

 暴食王が分解魔力を発動したことで、更に動きが悪くなった。魔法の魔力は大きな消耗を生む。それに見合う力であるため油断はできないが。

 そして暴食王は分解魔力の触手を自在に動かし、シンクへと攻撃する。暴食王本体の動きは鈍いものの、触手の動きは飢えた獣のようで、確実にシンクを追い詰めるべく蠢いていた。



「カロヒヒリガホットウレ。クシミンケリットカケナスラエ」

「おいおい。俺を食べるってのか?」



 暴食王は大きく裂けた口の端から大量の涎を垂らしている。またその眼もぎらぎらとしており、喰らってやると言わんばかりであった。

 更にはそれを象徴するかのように、背中から生えた分解魔力の触手にも変化が起こる。その先端が裂けて、牙を生やした口のようになる。これが暴食王の本来の戦い方なのだろう。

 口裂け触手とでも言うべきそれは、一斉にシンクへと襲いかかった。常に暴食王の知覚に引っかからないよう立ち回るも、触手は独立してシンクを狙う。まるで触手の一つ一つに意思があるかのようだ。



「速……」


 

 決して触れることが許されない触手は勿論、暴食王が放つ分解魔法にも気を付けなければならない。《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》によって周囲の魔力は消滅し、それに伴って《神域ディバイン》の結界も消失した。

 再発動には配布した杖を再発動させなければならず、まだそれは発動していない。

 つまり何かの間違いで攻撃を受ければ即死なのだ。

 その触手の一つが、シンクに迫る。



(回避……無理!)



 上下左右のどこを見ても口裂け触手がいる。灰色の魔力はうねりながら飛び散っており、隙間を上手く抜けるというのは難しい。

 だからといって後ろに下がると、暴食王に捕捉されて分解魔法を使われる。

 絶体絶命であった。

 しかしそこに助けが現れる。



「うおおおおおおおおおらああああああ!」



 鼓膜が破れるかと思うほどの声と共に、暴食王が吹き飛ばされる。

 直前に察したシンクは迷いなく後ろに下がった。



「あんたは……」

「俺もやらせてもらうぜ!」



 それは覚醒魔装士の中で最も血の気が多い男、ナラクであった。

 また彼だけではない。

 次の瞬間には大地から樹木が芽吹き、暴食王を拘束してその魔力を喰らい始める。また背後から飛来した弾丸が頭部を吹き飛ばし、黒い槍が次々と刺さる。



「一気に仕留めるわよ!」



 アロマが樹木を操り、それを暴食王へと突き立てる。負けじと暴食王も触手のように伸ばした分解魔力で拘束を破り、樹木を食い荒らした。口裂け触手は頬張るようにして樹木を喰らっていく。これによって瞬時に頭部を再生させた。

 しかしそこに再び幾つもの黒い槍が飛来し、頭部を潰す。



「我々で何としてでも動きを止める」



 黒い槍を操るのはエータ・コールベルトだ。

 彼は元々軍人であり、その中でも突出した実力者であった。黒い謎物質を自由自在に操るという特性から後衛向きであり、状況を冷静に判断する視野もある。ナラクに続いていち早く動いたのは、実は彼であった。

 またこの黒い槍を受けた暴食王はその傷口から赤黒い侵食を受けて動きを止める。ただし、これはエータの能力ではない。



「ひひ……僕の血を受けたね」



 そう告げたのは前髪の長い、不気味な男であった。

 彼の名はガーズィン。呪いの血液という魔装を宿す置換型覚醒魔装士である。彼の血に触れた者は魔力の制御を失ってしまう。より正確には魔力の支配権を乗っ取るというのが正しい。

 本来、生命体が保有する魔力は魂によって支配されている。しかしガーズィンの呪血を受けると制御権を奪われ、魔術も魔装も使えなくなる。そればかりか、魔術攻撃に対する耐性すら失うのだ。

 普通、人体を直接爆発させるような生体干渉は不可能とされている。その理由は体内は魂による強い魔力支配の力場で守られているからだ。これによって術式による干渉ができない。その例外は、治癒魔術のように意図的に受け入れることである。これはほぼ本能的な部分なので、頭で考えて許可を出したからといって簡単に干渉できるようになるわけではない。

 しかしガーズィンの魔装によって魔力制御を奪われると、それができてしまう。

 暴食王は全身がドロリと溶け始める。



「これで動けない……ひひひ」

「水の第七階梯《溶解魔液メルトウイルス》か。人には向けないで欲しいものだな」

「ひひ」



 呪いによって魔力を乱され、もはや分解魔力も維持できていない。

 頭部は黒い槍で破壊された上に全身を魔術で溶かされている。

 また無理矢理逃げようにもその足をアロマの樹木が捕らえていた。

 シンクはその間に聖なる光を刀へと注ぎ込み、きわみの一撃を準備する。



「これで! 終わらせる!」



 今度こそ魂ごと切り裂いて見せる。

 強い気迫によって動くシンクは、聖なる刃を掲げた。そして自身の放てる最高の一撃として、ただ振り下ろす。

 しかし暴食王もただで死ぬような存在ではない。

 ディブロ大陸で最も力ある七大魔王の一角に坐するこの『王』が、肉体の不自由を理由に死を受け入れるはずもなかった。突如としてその両腕が灰色に染まる。自らの腕を分解魔力へと変換することで最後の足掻きをしたのだ。

 そしてもう刀を振り下ろそうとしているシンクは止まれない。



(こいつ、どこまで!)



 腕の一本は失うかもしれないが、無理やり中断してでも引くか。

 このまま自分の死と引き換えにするつもりで攻撃するか。

 引き延ばされる思考の中でシンクは選択に迫られた。

 だが知覚の端であるものを捉え、第三の選択肢が生じる。



「うおおおおっらああああ!」

「感謝するぞ! ナラク!」



 迫る分解魔力をナラクが左腕で受け止め、弾いた。膨大な魔力を纏わせることで一瞬だけ拮抗させ、そのタイミングで弾いたのだ。武の頂きともいえる絶技によってシンクは救われた。しかし代償としてナラクの左腕は分解され、消滅させられる。

 そして聖なる刃は振り下ろされた。

 再び暴食王の骨肉に止められる。



「お、おおおおおおおおお!」



 シンクは思い出す。

 いつかの昔、不死王を斬った時と同じだ。



(『王』には簡単に刃が通らない……か。だが!)



 切り裂くどころか、押し返されそうな程の圧を感じる。少しでも気を抜けば、あっという間に弾かれてしまうことだろう。

 これがシンクの限界。

 あと僅かに届かない。

 そのあと少しを担うのは、やはり『聖女』であった。



「シンク!」



 背中にセルアの手が触れる。

 彼女は精神的疲労に耐えて駆け付け、聖なる光の力を注ぎ込んだ。とはいえ、本当に聖なる光を注ぎ込むわけではない。そんなことをすればシンクの魂や肉体まで滅び去る。より正確には聖なる光の呼び水となる魔力を注ぎ込むわけだ。

 シンクの刃が一層強く輝く。

 逆位相の魔力によって周囲の物質が対消滅させられ、それに伴って魔力光が漏れているのだ。



「切り……裂け!」



 刃が振り抜かれる。

 暴食王の魂は、二人分の反魔力によって滅び去った。






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