第230話 魔王討伐戦②


 神聖グリニアの首都マギアでは、突如として交通規制が敷かれていた。

 その理由は各地から集めたゴミをトラックに乗せて運ぶためである。民衆からすれば、大量の大型トラックがゴミを集めてマギア大聖堂へと向かっている様子は不可思議でしかなかったが。



「すぐに永久機関のこともばれるでしょうね」



 聖堂のある部屋からその様子を見下ろすリヒトレイ・ヒュースは呟いた。



「構わないのではありませんか?」



 それに対し、くつくつと笑いながらアゲラ・ノーマンが答える。

 振り返ったリヒトレイは彼が仮想ディスプレイを眺めているのを目にする。そのディスプレイには禁呪による結界内部で爆発する殲滅兵の姿があった。



「私の開発した永久機関は全ての人に利益をもたらすでしょう。それに元になるのは捨て場所に困るゴミばかり。錬成魔術を組み合わせれば生ゴミからでも殲滅兵を作成できるのです」

「それは……そうですが」

「尤も、このシステムを知られた所で簡単にコピーされるつもりはありませんがね」



 アゲラは自信あり気に笑う。

 彼の開発した永久機関は一般的なイメージとは異なるものだ。すなわち、一度手を加えることで永遠に回り続ける歯車のようなものとは違う。永遠に回り続ける歯車によって無限に運動エネルギーを生み出し続けることができれば、それは永久機関だ。しかしこれはエネルギー保存の法則に反するため実現不可能である。勿論、魔力にもエネルギー保存則が機能している。

 彼が開発した永久機関は一般的なイメージとは異なるものだった。



「私の開発したシステムはエネルギーの完全転換。元になる材料を投入すれば、それが保有するエネルギーを魔力へと変換するシステムです。冥王アークライトの死魔法を参考に開発したのですが、思いのほか上手くいきました。私は限定的に魔法の再現を成し遂げた!」

「そうですね。素晴らしいことだと私も思いますよ」

「それだけには留まりませんよ。永久機関に錬金術関連のシステムを連結すれば、何でも作れます。魔力とは便利なものですよ。本当にね。それだけは――Diabolucifelmagiaに感謝ですね」

「何と言いましたか? 最後の部分が聞こえませんでしたが」

「いえ、何でも」



 誤魔化すような笑みにリヒトレイは疑念の顔を向けるも、すぐに画面へと目を戻す。



「それで、『王』は倒せるのですか?」



 大切なのはそこである。

 幾ら魔力が大量にあっても、魔王を倒せなければ意味がない。伝説の七大魔王の内の二体を削り合わせ、その手の内を解析することで討伐の目途はついた……とリヒトレイは聞いている。しかし彼には詳細まで知らされていなかった。

 尤も、今はそれを聞くためにアゲラと面会しているのだが。

 問いかけられたアゲラは待っていましたとばかりに回答する。



「ふむ。では前提条件から語りましょう」



 砦を映しているディスプレイを端に除けて、新しい仮想ディスプレイを表示する。

 そこは白紙であり、何も記されていなかった。彼が開いたのはメモ帳アプリである。そこに指をなぞらせ、波動曲線を描く。それは一周期分だけであったが、リヒトレイも波動であると認識できた。



「あなたは魔力を何だと思っていますか?」

「神が与えたもうた力かと」

「クク……神。確かにその通りかもしれませんね。しかし私が問いかけているのはそういうことではありませんよ。もっと……そう、法則的な、学術的なことです」

「ふむ」



 リヒトレイは少し悩むような仕草を見せつつ、自身の知識を整理する。彼ほどになれば魔術や魔力に関する最新論文も認知している。専門的知識も表面的には知っていた。



「そうですね。我々を構成する最小単位、でしょうか? 奇しくもあなたの開発した永久機関がそれを証明しました」

「ええ。その通りですね。冥王アークライトの魔法に頼らずとも、あらゆるエネルギーが魔力へと変換できると分かりました。逆に魔力もあらゆるエネルギーへと変換可能です。つまり、熱だろうと電気だろうと光だろうと質量だろうと、元を辿れば魔力なのです」

「……それと『王』の討伐に何の関係が?」

「まぁ、慌てずに」



 笑みを浮かべるアゲラは、メモ帳アプリに記した波動の図を指し示す。



「魔力とは、これなのです」

「……波動、ですか?」

「ええ。魔力とは波動なのです。そしてこれが私たちの使っている魔力だとすれば、たとえば暴食王の分解魔力はこうなっています」



 そう言いつつ、アゲラは一周期半分の波動曲線を描く。



「更に強欲王の錬成魔力はこうなります」



 また追加として二周期分の波動曲線を描いた。

 三つ並べられた波動曲線を指さしつつ、苦笑しながら説明する。



「まぁ、これはこのような違いがあるという分かりやすい図示ですので、実際の違いかどうかは知りません。しかし、魔力にはこのように種類が存在します。この差が『王』の魔力です」

「……似たような論文を見たことがあります。この世界を構成する素粒子は、実は波長の異なるヒモであるという」

「ああ、ヒモ仮説ですね。その通りです。より正確には素粒子よりも小さな最小量子レベルのヒモ……魔力によってこの世界は全て記述されているのです。そして魔力という量子ヒモの重ね合わせによってあらゆる素粒子が作られ、その素粒子があらゆる法則を管理し、その法則の下、物質である我々が存在します」

「それも古代の知識ですか?」

「勿論」



 アゲラの顔は自信に満ちており、古代ディブロ大陸ではそれが仮説レベルではなく実証された事実として認知されていたのだろうと推察できる。



「さて、話を戻しましょう。魔力は根本的に波動である。『王』の魔力には波長の違いがある。この二つはよろしいですね?」

「はい。理解しました」

「ではこの魔力に対抗しようとしたとき、どうすれば良いと思いますか?」



 その問いに対し、リヒトレイは考え込む。

 アゲラがこうして答えを語るのではなく問いかけるということは、これまでの会話に答えに繋がる情報があったということだ。



「なるほど。波の合成、ですか」

「正解です」

「魔力の波と逆位相となる波動を持つ魔力をぶつけることで、振動を消滅させることができる。そういうことですね?」

「ええ。更に言えば『聖女』の聖なる光、『剣聖』の聖なる刃がそれにあたります。あのお二人の魔装は逆位相魔力によって魔力を対消滅分解させているのですよ。ちなみに逆位相魔力ですから、我々を構成する法則とは異なります。なので目視することはできません。聖なる光の効果範囲に見られる青い魔力光は、魔力崩壊現象に伴う光なのですよ。故に古代では……訳すと『霊力』や『反魔力』という風に言われていましたね」

「つまり、セルア殿とシンク殿の二人が決め手であると?」



 それでは本来の予定と変わらないではないか。そんな視線を向ける。

 しかしアゲラは首を横に振った。



「分からないのですか? 私たちの時代には聖なる光が……霊力が解明されていたのです。すなわち、魔術によって魔力位相を歪め、霊力を生成することができたということですよ。そもそも光の第十一階梯も魔力をいびつながら霊力に近い位相へと変化させることで実現しているのですよ?」

「あの《聖滅光ホーリー》が……確かに、文献では偶然組み上がった魔術と言われています。そして誰も術式の内容を解読できていません」

「ああ、その正体は極致制御時間魔術ですよ。限定的な領域において魔力周波数に時間遅延を施し、周波数をずらしているのです。そもそも時間というのは魔力の周波数が元になっていますからね。ちなみにこの魔力の振動速度が光速です。基本的に世界は矛盾を嫌いますから、時間魔術によって魔力周波数を変化させようとすると、修正力によって全世界の魔力周波数が同調します。よって限定的時間操作というのは実は非常に高度なのです。また限定空間時間操作に成功したとしても、次は空間を構築する魔力が矛盾を解消するために固有時間を形成して別位相空間化してしまいます。まぁ、この仕組みがあるからこそ空間転移が可能となり――」

「少し待って下さい。話が分からなくなってきました」



 専門用語の羅列を前に、流石のリヒトレイも白旗を揚げる。

 そこでアゲラも頷き、言い直した。



「つまり世界を構築する全ての魔力は基本的に同一の周期で同調しているのですよ。それを無理やり変えようとすると、固有時間を持つ別位相空間を作ることで矛盾を解消しようとします。これが相対的時間論です。要するにこの修正力を突破して、同一空間に時間魔術による周期遅延で反転位相魔力を作るのは困難ということですよ。《聖滅光ホーリー》という魔術はその術式の九十九パーセントをこの極致制御時間魔術が占めています」



 非常に難解であったが、リヒトレイはその一つ一つを咀嚼し、理解しようと試みた。

 まとめると、世界の最小単位である量子体が固有振動を有することで魔力となる。そして魔力振動は固有時間を生み出し、固有時間は空間を生み出す。その振動の重ね合わせによって素粒子が生じ、素粒子は法則や物質の元になっている。

 そして全てが魔力という波動によって形成されているため、反対の位相を持つ波によって対消滅してしまう。その反転位相状態の魔力を作り出すのに必要なのが時間魔術だ。そして魔力が固有時空間を形成しないようにしながら位相をずらすという術こそ、時間魔術の極致であった。

 そこまで思考を整理して、リヒトレイはふと恐ろしいことを思いつく。



「まさか……《聖滅光ホーリー》は空間に魔力が多いほど威力が上がる?」



 恐る恐る、彼はアゲラへと目を向けた。

 するとアゲラ・ノーマンという男は冷たい笑みを浮かべ、端に寄せていたもう一つのディスプレイを手前に持ってくる。



「私の殲滅兵は永久機関から送られる魔力も使って魔力爆発しました。そしてこの領域は魔力を通さない結界《聖域サンクチュアリ》で覆われています。つまり内部の魔力を極致時間操作で位相変化させれば……」



 後は分かりますね?

 言葉はなくとも、そう言われた気がした。





 ◆◆◆






 《聖域サンクチュアリ》によって覆われたその場所を、セルアは見つめていた。

 殲滅兵の自爆によって内部は青白い光に満ちており、中で何が起こっているのか観察することもできない。しかし『聖女』として、聖騎士として、ただやるべきことを全うするつもりであった。



(ここで《聖滅光ホーリー》を使えば……)



 彼女もこの作戦を聞いた時、アゲラ・ノーマンの作戦提案書を読むという形で事実を知った。《聖滅光ホーリー》は魔力の固有振動へと干渉することで位相をずらし、反転位相魔力を生み出すというものであることを。

 これが事実だとするならば、この場合に限って聖なる光を使うよりも《聖滅光ホーリー》を発動した方が威力は高い。

 あの結界の内部にはそれだけの魔力が満ちているのだから。



「いきます」



 セルアは自身の演算能力によって術式を構築した。天を覆い尽くすほどの魔術陣が展開される。まさかこの広大な魔術のほぼ全てが時間制御に費やされているなど、思いもしなかった。しかし意識して発動することで以前より発動が楽になっていることを感じる。

 魔術陣は演算力で展開されるため、正しい想像イメージが正しい結果を呼ぶ。

 今まではよく分からないまま強引に発動していた《聖滅光ホーリー》を、今は正しく正確に処理していく。



(ここからです)



 そしてセルアは展開した魔術陣に差し伸べるようにして、右手を掲げた。

 彼女の右手中指には魔晶の取り付けられた指輪が嵌められている。それはアゲラ・ノーマンが用意した専用・・追加術式であった。

 《聖滅光ホーリー》の魔術陣の上に重なるようにして立体的に術式が追加される。その術式もまた、極致制御時間魔術だ。本来ならば精密に設定された《聖滅光ホーリー》の時間制御を崩してしまう邪魔な要素でしかない。しかしアゲラ・ノーマンはそこを上手く融合させてみせた。

 『王』の魔力位相を変化させることで《聖滅光ホーリー》に特別な魔力を混ぜるために。

 反転位相分解魔力と、反転位相錬成魔力を生み出すために。

 人類はただ怠惰に四か月も二体の魔王を放置していたわけではなかった。この時のために、その魔力を解析していたのだ。



「私たちの勝利です! 《滅王聖滅光アルティマ・ホーリー》!」



 七色を発する巨大な光が、生じる。

 暴食王と強欲王を滅ぼすためだけに調整された大魔術が、最高威力を実現できる条件下で発動された。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る