第229話 魔王討伐戦①


 ギルバートにとって、これはチャンスであった。

 彼は名門レイヴァン家の三男であり、所詮は家督を継ぐ地位に無い者である。ただ、偶然にもそこそこ強い魔装を産まれもって授かり、またこの遠征では覚醒にも至った。

 もう充分な成果は得たのだ。

 帰国してもそれなりの扱いはしてもらえるだろう。流石に家督を譲られるようなことはないが、西方都市群連合の連合防衛軍に推薦くらいはしてくれるはずだ。将軍補佐くらいになって、経験を積んでそのまま将軍となることも難しくはない。あるいは聖騎士になっても良いかもしれない。ともかく出世コースは約束されている。



(ただ、これを生き残ればな……)



 暴食王を地割れへと落とし、マグマに沈め、聖なる光の二重攻撃で暴食王を滅ぼす。またその間は強欲王を決死の覚悟で食い止める。

 それが主な作戦であった。

 ギルバートの役目は後者、つまり強欲王の足止めである。散らばる岩石や黄金に対して磁力操作を発動し、磁性や磁場を与え、味方の盾として使うのだ。特に錬成魔力は盾が有効である。あれは物質を金へと強制変換する法則であって、破壊するものではないのだから。



(死なないとはいえ、よくやるぜ)



 前に出て戦うのは『千手』のラザード、そして身体能力に特化したナラク、水晶竜を操るクラリス、雷を纏うジュディス、あらゆるものを吸引するベウラルだ。そしてギルバートを含め、何人かの覚醒魔装士が遠距離からサポートしている。

 そのお蔭で強欲王は時折動きを止め、攻撃を防がれ、苛立っているようにも見えた。

 殺したはずの人間が蘇ってくるというのも理由の一つだろう。



「遠距離攻撃組は攻撃を止めないで! 全力で援護するのよ」



 遠距離攻撃を担当する者たちのリーダーは『樹海』の聖騎士アロマである。彼女は積極的に攻撃参加はせず、樹海を張り巡らせることで接近戦組の足場を作っている。また同時に強欲王の攻撃をできるだけ封じ込めるべく、壁を作っていた。

 またそれを手伝うように覚醒魔装士エータ・コールベルトが黒い物質を操る。彼の操る漆黒の物質は、金属のような硬度を持つ。しかしながら黒い物質は彼の意志に従って自由自在に変化し、また思うがままに操ることができる。足場として役立つのは勿論、近接攻撃組のサポートもこなしている。雷を纏うジュディスに追随する黒い槍もそれだ。速度特化の彼女に相対位置固定することでエータが制御せずとも雷速を実現しているという理由もあるが。



「クローニン、結界の再強化を急ぎなさい。揺らいでいるわよ!」

「分かっていますよ」



 如何にも文官風な男、クローニン・アイビスが返事をしつつ手に持った本へと何かを書き込む。その本こそ彼の魔装であり、中身は完全に白紙だ。しかし彼が綴ることは物語として世界へと語り継がれ、世界がそれを現実にする。

 空想の度合いが強いほど再現率が低下してしまうという弱点は存在するものの、間違いなく強大な魔装の一つである。彼はできるだけ詳細を論理的に書き込むことで世界を騙し、戦場を囲む強固な結界を維持していた。

 また余裕がある時は、強欲王の目に砂が入る、小指に岩石の破片がぶつかる、偶然にも瞬きをした瞬間に敵の姿を見失ってしまう、などの都合・・を押し付けていた。



「えっと、アロマさん。そろそろ私が」

「いえ。シアはもう少し待機よ。暴食王が出てきたらフロリアやコーネリアと連携して撃ち落とすのよ。いくら二重の聖なる光で抑え込んでも、いつ出てくるか分からないわ」

「……はい」



 アロマの側に控える銀髪の少女は不満そうであった。

 彼女はシア・キャルバリエ。二挺拳銃の魔装を操る遠距離攻撃組で、更には暴食王がマグマから這い出てきた時のために控えている。彼女の他にも『天眼』のフロリアや、狙撃銃を操るコーネリア・アストレイも同じ役目を承っていた。

 この戦いで役割を持つ者すべてが覚醒魔装士だ。

 実際に攻撃する者、防御を担当する者、サポートをする者、その全てが覚醒魔装士で構成されているなど贅沢極まりない。

 ただ、それでも倒しきれないのが『王』なのだが。



「そこだ!」



 激しい攻撃の中、ギルバートは僅かな隙を強欲王に見つけた。

 その隙を逃すことなく、磁力を操作して大量の砂を操った。本来は磁性を帯びることのない物質に磁性を与え、自由自在に操作する。これによって強欲王の両足が砂の塊によって拘束された。

 また同時に通信する。



「ジュディス! やれ!」

『お任せあれ、よ!』



 それはあらかじめ決めていたギルバートとジュディスの連携技の合図だった。

 ジュディスは電撃を鎧として纏い、また槍のような武器を雷光によって具現化する生粋の接近型戦士だ。全身が雷に覆われているお陰で、その身を雷速と同等にすることができる。

 だが、ギルバートが支援することで彼女の速度は雷速を超えるのだ。

 覚醒魔装によって空間上に構築された強磁場をジュディスが通過した時、電磁場の法則に従い電磁加速現象が起こる。彼女自身が光のようになって、強欲王に突貫する。

 砂によって拘束された強欲王に回避の暇はなく、また足元に目を奪われてしまったことで迫るジュディスに気付かなかった。

 強欲王の腹部を雷光の槍となったジュディスが貫き、真っ二つにしてしまう。



「よし!」



 ギルバートは思わず勝利を確信した。

 しかし彼はすっかり忘れていたのだ。強欲王が錬成魔法の使い手であるということを。つまり、強欲王はその魔法によって自身の肉体すら錬成し、復活することができる。

 そして自身の肉体と同時に錬成した黄金の鎖によってジュディスを捕らえてしまった。雷速すら超える彼女を後だしで捕まえる反射神経は驚愕ものだった。

 早くも先の確信を撤回したギルバートは、何かを叫ぼうとした。

 しかしそれよりも早く鎖が締まり、ジュディスを握り潰す。肉片と血潮になって飛び散ったジュディスは、即座に神呪《神域ディバイン》によって復活した。



(くそ……あんなの倒せるのかよ)



 いくら《神域ディバイン》による加護があるとはいえ、何度も死ぬのは嫌だろう。そして相手は未知の力を備えている魔王だ。人知を超えた魔法の力で光の神呪すら無効化してしまうかもしれない。

 自然と心の声に弱音が混じる。

 いや、否定的な考えが心の多くを占めていく。



「気を付けろよ! 来るぜ!」



 十字の地割れをマグマの海に変えた男、オル・デモンズが叫ぶ。

 暑苦しい性格の彼には余裕が全く見えず、額や首に大量の汗が流れていた。必死に魔装を制御し、暴食王をマグマに沈めている彼がそうなっている。つまりもう一体の『王』が出てくるということだ。

 土の第十四階梯《大地塵裂グランド・クロス》によって生じた地割れから、大噴火のようなマグマが噴き出した。暴食王が飛び出してきたのだ。



「来た」

「私たちの出番のようね」



 二挺拳銃を抜いたシアが銃口を向けて引き金を引く。

 また僅かな時をおいて大型の狙撃銃を寝そべりながら構えたコーネリアも弾丸を放つ。

 この二人は共に近代兵器の武器型魔装であり、その威力については保証されている。ただでさえ強力な近代兵器が魔装化しているのだから当然だ。

 高熱により肉体が焼けている暴食王の胸に、二発の弾丸が直撃する。分解魔術で身体に付着したマグマを消滅させた直後の着弾だ。

 ただし、その弾丸は暴食王の体にダメージを与えることはなかった。弾き返されたということではない。ただ吸い込まれるように消えたのだ。しかし暴食王はどういうわけか、動きを止めてしまう。

 そこにコーネリアの狙撃銃が直撃した。

 彼女の能力は非常にシンプルで、チャージショットだ。応用すれば魔術を込めた弾丸を作成することもできるが、今のはただ魔力を込めて放った。

 覚醒魔装士の膨大な魔力が込められたチャージショットは、動きを止めた暴食王の胸を貫く。いや、爆散させる。



「そこよ!」



 そしてとどめとばかりにフロリアが魔術を込めた矢を放った。彼女の放つ必中の矢は、大きな弧を描いて暴食王の頭部へと直撃する。込められた魔術は炎の第十四階梯降焔滅亡《カタストロフィ》。本来は天より炎を降り注がせる禁忌の術式であるが、その威力を一本の矢に収束してしまった。

 炸裂した禁呪は暴食王を吹き飛ばして再びマグマへと放り込む。

 更にはそのマグマを操るオルも、紅蓮に輝くその粘液を腕のように形態変化させて暴食王を掴み、引きずり込んだ。



「もう一度です。スレイさん。合わせてください」

「はい!」



 再び暴食王の力を削るべく、淡い青の光が落ちた。





 ◆◆◆






「これは時間がかかりそうだな」

「私たちは見ているだけ……ですか。もどかしいですよ」

「だが、思ったよりは有利に戦いを運んでいる。それに……」



 シュウは後ろを向き、南側の戦場へと目を向けた。



「こっちは終わったな」



 大地を埋め尽くしていた豚鬼の軍勢は見る影もない。

 寧ろ今は殲滅兵が戦場を埋め尽くし、魔術の光が地平線の彼方で輝いていた。オブラドの里から次々とやってくる豚鬼を迎え撃つばかりか、逆に押し返してしまったのだ。もう放置するだけで勝利を得られることだろう。

 そして暇を持て余した殲滅兵は、次に北へと送られることになる。

 砦に近い殲滅兵から順に、空間の歪みへと飲み込まれている。

 シュウとキーンは知らないことだが、これも永久機関から供給される魔力を使った大規模転移だった。





 ◆◆◆





 殲滅兵の転移によって、北の戦場もまた変化した。



「ここからは第三段階よ!」



 アロマが通信機を使って全員に告げる。

 第一段階が殲滅兵による南側の豚鬼を殲滅すること。また第二段階は全ての覚醒魔装士による『王』の討伐。そして第三段階は第二段階が長期化すると見込まれた場合に発動する作戦だ。



「全員、一度引きなさい! 結界の用意を!」



 空間転移で送り込まれてくる殲滅兵の幾つかは、錬成魔力の余波によって黄金に変えられつつある。しかしその殲滅兵が遠距離攻撃を仕掛けることで覚醒魔装士たちの撤退時間を稼いでいた。

 強欲王も無制限に魔術を放つ殲滅兵の方が厄介と見たのか、そちらに錬成魔力を生み出して嵐の如く放っている。更には錬成魔法で大地から鋭利な槍を錬成し、剣山のようにして殲滅兵を破壊していた。



「フロリア!」

「全員が結界の範囲外まで避難しました」

「発動して」

「はい」



 魔神教一番の光魔術の使い手、フロリア・レイバーンが魔装を消して両手を掲げる。

 天を覆うほどの大魔術陣が展開されたが、その規模は禁呪の半分もない。しかしながら光の禁呪として分類される魔術であった。

 光の第十三階梯《聖域サンクチュアリ》。それは本来、魔物を封じ込めるために作り出された結界であった。魔力の動きを弾き、結界の通過を許さない。どこまで『王』に通用するかは実証されたことがないので不明だが、今回についてはそれを気にする必要はなかった。

 《聖域サンクチュアリ》の効果はあくまでも魔力の阻害。すなわち、魔力現象を通さないということである。それは魔力を伴う魔術現象をも通さないということである。自然エネルギーを利用するタイプの禁呪には効果がない結界だが、単なる魔力爆発ならば問題なく封じ込める。



「アゲラ、やって」



 覚醒魔装士が全て避難し、結界も完成した。

 それと同時にアロマがアゲラ・ノーマンへと告げる。いつの間にか彼女の側に浮かんでいたドローンを通して、それは伝えられた。



『では、少し眩しくなりますよ。魔晶崩壊爆発です』



 結界内に残る殲滅兵の全てが淡い青に輝き始める。

 それは魔力の光であり、内部に搭載された魔晶が暴走し始めている兆候であった。魔力を爆発させるというだけの簡単な無系統魔術。それは魔力消費の割に威力がなく、それを使うならば炎魔術を使った方が早いという理由で忘れ去られた技術だった。

 永久機関によって供給された膨大過ぎる魔力が殲滅兵の魔晶を壊し、崩壊現象へと導く。そして魔晶とは魔石が元になった技術であり、魔装を削り取るほどの魔力を固めて作られる。それが永久機関からもたらされる魔力で暴走すれば、どうなるか想像に難くない。

 数えるのも億劫になるほどの殲滅兵が連鎖的に大爆発を引き起こす。たった一つの爆発で戦略級魔術並の威力を誇るそれが、無数にだ。

 《聖域サンクチュアリ》の内部が眩しいほどの光で満たされた。



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