第228話 不死の魔術
殲滅兵の力は圧倒的であった。
連射される戦略級魔術。そして無人でありながら解き放たれる禁呪。絶大な力を持つ豚鬼の群れも、大地を焦土に変えるほどの魔術連射を前にしては無意味であった。
(……空間魔術、錬金術、そしてコアには魔晶を利用した人工知能)
シュウは術式を見通すことで殲滅兵の仕組みを大まかに解明する。残念ながら遠目での観察であるため、詳細は分からない。しかしいくら魔術を使ってもエネルギーが尽きない仕組みは理解できた。
それは空間魔術によるエネルギーの転送である。
どこからかまでは解析できていないが、空間魔術によってエネルギーを供給し、それによって殲滅兵は動いていた。
(あの無人兵器が妖精郷に攻め込んできたとして……)
その光景を想像する。
妖精郷は霧の結界に守られ、海という壁に守られている場所だ。しかしあの無人兵器ならば霧を数の力で突破し、海上すら歩行して進むことだろう。それだけのスペックがある。
しかしそれだけであった。
(全く問題ないか)
圧倒的な破壊力は驚異的だが、その全てが魔術攻撃である。つまりシュウが死魔法を使えば難なく消し去ることも可能だ。厄介なのは数だが、それもシュウやアイリスの魔術があれば大した問題にならない。
(いきなり使われるより、ここで先に見ておいて正解だったな)
この調子であればすぐに豚鬼は殲滅されるだろう。
そして次は北で戦う暴食王と強欲王だ。
◆◆◆
強大な殲滅兵の力は指揮所からもはっきりと見えていた。
人でないにもかかわらず、人を超える……いや人でないからこそ、それを超える力がある。もはや人間の兵士どころか、聖騎士すら必要ないのではないかと思えるほどである。
「北はどうなっている!」
「影響ありません。少なくとも『王』は反応していないようです」
「よかった……」
大魔術の連発により膨大な魔力が行使されている。
それに引き寄せられ、暴食王と強欲王が乱入するのではないかという危惧は杞憂に終わった。
「南は監視を強化。北の『王』もそろそろ……倒れてくれると楽でいいんだが」
もう『王』の戦いが始まってから四か月だ。
疲れも知らず、魔力の尽きることなく、ただ二体の『王』は戦い続けている。七大魔王は伊達ではなかった。
今も暴食王が破壊し、強欲王が錬成している。
二体はこれだけ戦い続けても弱るどころか、ますます戦いを激化させている。アロマやセルアが抑え込まなければ砦ごと消滅していたことだろう。
「ともかく問題はこっちに絞られた。第二フェイズを始める。覚醒魔装士を集めてくれ」
シンクはそう告げた。
◆◆◆
砦の指揮所には珍しく教会関係者以外が集められていた。
そこにいるのは覚醒聖騎士を除く、十三人の覚醒魔装士である。あまりにも激しい戦いは桁外れな覚醒魔装士を生み出した。一億人に一人の才能とも言われる覚醒者がここまで集まったことは、歴史上初のことだろう。
この中にはギルバートやナラクもいた。
「南側の戦場が片付きつつあることは知っていると思う」
シンクはまず、そんな言葉から語り始めた。
「問題は暴食王と強欲王だ。互いに戦わせ続けることで、かなりの魔力を削ることに成功した……と思われる。そろそろ攻勢に出たい。そのために君たちを呼び出した」
覚悟していたこととはいえ、覚醒魔装士たちにも緊張の色が見える。この四か月で『王』の力は嫌というほど思い知ったのだ。そのお蔭か、彼らほど己を弁えている覚醒魔装士も少ないだろう。
大抵の覚醒者は、その圧倒的な力のお蔭でどこか慢心する。確かに慢心しても許されるほどの力を持つのが覚醒魔装士であり、彼らは人を超えた存在なのだ。しかし『王』の魔物を前にしてしまえば、そんなものは塵のように吹き飛ばされてしまう。
魔法は覚醒魔装を凌駕するのだから。
「奴らを倒す術はある。それは俺の聖なる刃だ。これは魂を切り裂く。だから『王』の魔物だとしても、当たれば確実に殺せる。そして君たちには俺が接近するためのサポートをして欲しい」
そしてシンクは仮想ディスプレイを拡大し、観測している暴食王と強欲王の戦いを映した。
「まず、この二体について説明する。暴食王は分解魔法であらゆる物質を破壊する。だから目を付けられたら即死だと思った方がいい。どれだけ不意打ちできるかにかかっている。そして厄介なのが強欲王だ。計測の結果、膨大な魔力を作り出している上にそれが尽きる様子もない。恐らくはコイツが一番厄介だ」
強欲王マモン。
その戦いは賢者の如く静かなものだ。激しく荒れ狂う暴食王とは対極である。その身体から黄金に輝く魔力を放ち、あらゆるものを黄金に変えている。つまり近づくだけで即死なのは変わらない。だが分解魔力を使わない暴食王に対し、強欲王は遠慮なく使っている。危険度は強欲王の方が圧倒的に上である。
それはディスプレイの映像からも読み取れる。
「まずは邪魔になる暴食王を倒す。そのためにこの四か月でこれを用意した。ハデスグループに特注で依頼した専用の発動媒体だ」
シンクは小さめのアタッシュケースをテーブルに置き、魔術鍵を解除する。そして慎重な手つきでそれを開いた。中には細長い棒が大量に収められていた。またそれらは厳重なクッション材で保護されており、貴重なものだということが見てわかる。
その棒は少し長めのペンのようであった。
全員が注目したのを確認して、シンクはその一つを取り出し、見せつける。
「この中には光の第十五階梯《
その言葉に全員がどよめく。
まず神呪級魔術の情報が公開されることなどないし、それを魔術装具としてハデスが開発していたことも驚きであった。
ただしシンクも全てを説明しているわけではない。
神呪《
かつて買収したルーメン社の技術を取り込んだ刻印、そしてソーサラーデバイスに用いられている魔晶を組み合わせた《
「それぞれ、これを所持してもらう。それと作戦もこちらで決めさせてもらった。それぞれの魔装の能力を上手く組み合わせ、どうにか刃を届かせる。まずはこれを一人一つ、受け取ってくれ。これからの戦いが本当の切り札を完成させるための仕上げだ。今日で勝つぞ!」
聖杖が配布された後、シンクから作戦の説明が行われた。
◆◆◆
砦は一時的に休息ムードとなっていた。
問題となっていた南側は殲滅兵によって大地ごと豚鬼を消し去っている。もう人間が戦う余地などない。兵士たちは今までにないほど安らかな顔で休んでいた。
勿論、シュウの大隊も同様である。
しかしそのシュウと、すっかり顔馴染みとなったキーンは屋上で話し合っていた。
「……ギルバート様が呼び出されました。それだけでなく他の覚醒者も。これは……そういうことなのでしょうか」
「間違いなくそうだな」
「とても心配です」
このタイミングで呼ばれたということは、北の戦場へと送り込まれることに他ならない。キーンにとってギルバートは主人であり、また友人だ。心配するのは当然のことであった。
「私にも力があれば」
キーンは悔しそうに呟く。
彼の魔装は狙撃銃という非常に有用なものだ。相手が『王』の魔物という規格外でなければ活躍の余地もあったことだろう。
しかし今は覚醒者でなければ意味がない。
ギルバートを戦場に出しておきながら、自分が何もできていないということに不甲斐なさを感じていた。
「目を上げておけ、始まるぞ」
シュウはそう告げる。
バッと顔を上げたキーンの目には、侵食していく樹海が映っていた。砦を守るように茂っていた樹海は、攻撃性を備えて『王』たちの戦場へと迫っていく。
そして次の瞬間には、樹海が黄金に侵食され、分解される。
近づくだけで消し去られることが改めて証明されてしまうだけだった。
だが次の瞬間、大地が揺れる。
「くっ……」
思わずキーンも魔装を消し、砦の壁に掴まる。油断すると放り出されてしまいそうなほどであった。そして変化は戦場に現れる。
突如として大地が十字に割れた。
それも広範囲に、深く。
「《
「シュウ殿、それは?」
「土の第十四階梯だ」
十字の地割れはあっという間に広がり、暴食王と強欲王を飲み込んでいく。二体の魔法によって地面が黄金に染まり、同時に分解されて消滅している。しかしそれは地割れを広げることにしかならない。重力に引かれて二体は落下していくかに思えた。
しかし暴食王はともかく、強欲王は魔術すら自由に扱う。《
そして地割れの奥が赤く輝き始める。
「あれは……」
「新しい覚醒魔装士の攻撃だな。確かマグマを操るんだったか?」
「はい。オル・デモンズ様です」
「お、また来たな」
シュウは空へと目を向ける。
そこには水晶の巨大なドラゴンが浮いていた。またその上には人影もある。
「クラリス・ウェンディ・バーク様ですね。南側でも目立ってらっしゃいました。それ以外でもかなり目立つ方でしたから」
「あの女、普段から自分の魔装を自慢しているからな」
「とはいえ、水晶竜から放たれる光線は凄まじいものです」
宙に浮かぶ水晶竜は、太陽光を集めて一か所に圧縮する。彼女の魔装は眷属型で、具現化した水晶竜による広範囲光線攻撃が売りだ。しかし集束させることで、その威力は劇的に向上する。
狙うは地割れから逃れた強欲王だ。
放たれた光線は光の速さで強欲王を撃ち落とそうとする。しかし強欲王も察していたのか、錬成による鏡で跳ね返した。
ただし、跳ね返された光も水晶竜は吸収してしまう。
更にはどこからともなく現れた長身の女が、雷を纏って突貫していく。それに沿うようにして黒い槍も複数飛翔し、更には大量の植物が彼女を守るように追随していた。
「無茶をする」
シュウは本音を漏らす。
覚醒しているとはいえ、『王』へと接近戦を挑むのは無謀だ。今は不意打ち禁呪で驚かされて錬成魔力を止めているが、もう一度冷静に戻れば即死だろう。
強欲王は接近する敵を目の当たりにして、黄金の輝きを放った。雷を纏う女も追随する黒い槍や植物を足場にして回避するが、やがて津波の如く迫る黄金に晒されてしまう。
残っていたのは黄金像と化した女であった。
「あ」
「やっぱりな……いや、違うな」
キーンだけでなく、シュウも少し落胆したような声を出した。しかしシュウは即座に考え直す。黄金像となってしまった彼女が砕け散り、突如として復活したのだ。
「あれは蘇生魔術か。なるほど。よく見れば結界みたいに張られているな」
「まさか広範囲にそんな高度な魔術を!?」
「だからあんな無茶苦茶をしているわけか」
また、いつの間にか強欲王の側まで別の男が移動していた。彼は両手を差し出す。するとその掌に真っ黒な穴が出現し、そこにあらゆるものが吸い込まれ始めた。勿論、錬成魔力も。
普通ならば攻防一体の攻撃となるだろう。ただし魔法を吸い込んで無事でいられる方がおかしい。彼も内側から黄金像となって一度死ぬ。しかし、光の神呪によって復活した。
「なにやら騒いでいるな」
「ベウラル・クロフ様ですね。彼もクラリス様と違ったベクトルで魔装に自信を持っている方でしたから、あの結果に納得がいかないのでしょう。その点、ジュディス・ライオル様は冷静ですね」
「ジュディス? ああ、確かあの雷の女か」
「はい。私の記憶が正しければ、我が国の軍人だとか」
「なるほど。西側か」
シュウは何か考え込んでいたが、すぐにそれを止めた。
戦場は次々と移り変わっている。今度はナラクがその身体能力によって強欲王に接近する。
「牛鬼の『王』を先に倒すのでしょうか?」
「いや、どちらかといえば時間稼ぎのように見えるな。本命は地割れに落とした暴食王だろ。あれの魔法は接近戦では勝てないからな」
「だから接近戦組は強欲王に?」
「たぶんな」
目を横に逸らすと、黒い板のようなものに乗って宙に浮く二人の影があった。一つは『聖女』として知られるセルア。そしてもう一人は新しく覚醒した金髪の男である。
そして二人は
「あれは『聖女』様の魔装! まさかあんなものまでコピーできたというのですか!?」
「本人が言うには、どんな魔装でもコピーできるらしい。それに一度コピーすれば切り替えもできるとか聞いたな」
「無茶苦茶ですね」
「元は劣化コピーしかできない上に、コピーした魔装は普通より大きな魔力を必要としたみたいだが……覚醒してそれらが解消されたようだな」
シュウが注目するのはスレイ・マリアスという男だった。
覚醒しなければちょっと珍しいくらいで終わった男だっただろう。しかし人外の領域へと踏み入れてしまったことで化けた。その点はアイリスとも似ているかもしれない。彼の本当の力を発揮するには、とても魔力が足りていなかったのだ。
覚醒によってスレイという男は完全となる。
どんな魔装であろうと、仮に覚醒していようと、それをコピーできるようになってしまった。それこそ、魔神教が誇る最強の魔装たる、聖なる光すら会得したのだ。
二つの聖なる光が、マグマで満たされた地割れへと吸い込まれていった。
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