第227話 殲滅兵の出陣


 神聖暦三百年も終わろうとしたその日。

 つまり神聖グリニアが討伐を定めた期限が近づいていたその日、人間側は攻めに出た。



『久しぶりですねシンク殿』

「はい。久しぶりですアゲラさん」



 砦の指揮所で挨拶を交わすのはアゲラ本人ではなく、浮遊する小さな物体であった。それは魔術制御されたドローンであり、アゲラ本人は神聖グリニアのどこかにいる。



「そっちの準備は?」

『整っていますよ。殲滅兵は準備万端です』

「……随分と怖い名前ですね」

『私は相応しい名称だと自負していますが、まぁそれは置いておきましょう』



 アゲラ・ノーマンが開発したゴーレム兵。それは試作名称というより、無人自律魔術兵器の総称のようなものであった。そして完成品に付けられた固有名が『殲滅兵』である。

 無慈悲に、無情に、ただ目の前の敵を屠る。

 そのために開発された兵器だ。



『すでに永久機関も稼働し始めています。殲滅兵は魔物を滅ぼし尽くすまで止まることはないでしょう』

「分かった」



 シンクは深呼吸し、これから起こるであろうことを思い浮かべる。アゲラから送信された仕様書データから推察するに、敗北はあり得ない。

 少なくとも南の戦場では。



「これより最終決戦、第一フェイズを開始する。転送展開!」



 彼の周りに浮かぶ仮想ディスプレイ上には南の戦場が、それも様々な場所が色々な角度で映されている。シンクの言葉と同時にアゲラのドローンが淡く光り、同時に戦場では空間の歪みが大量に発生した。

 今は川を挟んでの遠距離攻撃で豚鬼の侵攻を食い止めている。

 ここにきて幅の広い川が壁となり、防衛戦において優位を保っていた。

 そして空間の歪みは川を挟んだ向こう側。つまり豚鬼が密集している場所である。



『さぁ、来ますよ。私たちの勝利が』



 転送された殲滅兵。

 それはまるで生物のように滑らかな曲線を有する多脚型ゴーレムだ。その胴体には知覚器官としてモノアイが取り付けられており、まるで金属製の魔物である。

 これが無数に現れた。

 また転送されてきた殲滅兵は、激しくモノアイを動かし、標的に狙いを付ける。そして滅ぼすべき豚鬼を見つけた瞬間、魔術が発動する。

 白い光線が、その機械的な冷たい目より放たれた。





 ◆◆◆





「おいおい。なんだありゃ!?」



 ギルバートは驚くというより、呆れる。

 それは皆の言葉の代弁であった。

 彼に続いて誰もが殲滅兵と、それが放つ白い光について話し合う。また光線は直撃した豚鬼を燃やし尽くし、消し飛ばし、薙ぎ払った。



「あれは炎の第十階梯だな」



 疑問に答えたのは当然ながらシュウである。

 またついでとばかりに殲滅兵についても言及した。



「神聖グリニアが用意していた無人兵器だ。少し聞いたことがある。暴食王を誘い出すとき、一機だけだがアレに似た兵器があったらしい。つまり四か月前のものが試作機で、こうして完成品を持ってきたってところだろ」

「けどよ、シュウ。どこからあんなの持ってきたんだ? 急に出てきたぜ?」

「空間魔術だ」

「ああ、そういう」



 魔神教が空間魔術の存在を公表して以降、少しずつ知られるようになってきた。しかしよく知られているというほどでもなく、言われてみれば思い出すような類のものでしかない。

 この光景には誰もが驚かされた。

 キーンもスコープで戦場を眺めつつ、平坦な口調で感想を述べる。



「これは酷い。私たちの苦労は何だったのかと思わされますよ。《火竜息吹ドラゴン・ブレス》の連射なんて意味不明です。見てくださいよ。豚鬼が一瞬で消し炭ですよ」



 ただでさえ第十階梯魔術は殲滅に適している。それを無数の殲滅兵が連射しているのだ。攻撃密度は圧倒的であり、逃げる場所などない。

 また殲滅兵が扱う魔術はそれだけではなかった。

 雷撃が閃き、鋼の砲弾が飛び交い、大地が氷結する。

 ありとあらゆる魔術を適切に使っていた。

 勿論、豚鬼もただでやられるわけではない。特に魔術を得意とする賢豚鬼オーク・セイジを中心とした豚鬼たちが反撃に出た。結界によって自分たちを守りつつ、物体を圧壊させる魔術によって殲滅兵を破壊していく。



「あ、やられた」

「だがそれ以上に出てきている」

「物量の勝利だな」



 殲滅兵は破壊されることを恐怖しない。無人兵器だからだ。

 そして無人だからこそ、幾ら破壊されようとも構わないという体で戦闘する。どれだけ破壊されようと、追加の殲滅兵が空間魔術によって送られてくるのだ。



「奇跡だ」



 誰かが呟く。



「ああ、奇跡だ!」



 また別の誰かが確信を与える。



「奇跡に違いない!」



 そしてまた別の誰かが断定した。

 兵士たちは、この終わらない戦いに絶望を感じていた。いつまでも終わらないことに疲れていた。あっという間に消えていく豚鬼の群れを見せつけられ、それらはすべて反転したのだ。

 複数の殲滅兵が大規模魔力を必要とする大魔術すら次々と放つ。それも独自にだ。



「しかしどこからあの魔力を」



 周囲が興奮する中、シュウは極めて冷静に疑問を口にする。



「魔術処理は魔晶でも可能だが、魔力供給は絶対だ。あれ程の魔術を連発するとはどうなっている……?」



 何か恐ろしいものが開発されている。

 ハデス財閥として現代技術のほぼ全てを支えている以上、シュウは最先端技術すら把握している。そもそもハデスの技術は妖精郷で開発された物のグレードダウン版か、時代遅れのものばかりだ。しかしながらこんな無尽蔵に魔力を供給するようなものは存在しない。

 いや、存在しないことはないのだが、まだ妖精郷から外に出してない。



(ブラックホール相転移フェイズシフトの完成形が流出した? いや、それともハデスの技術を基に誰かが完成させたのか?)



 シュウは警戒を強めた。





 ◆◆◆






 マギア大聖堂の奥の間に、ある司教と神官、そして聖騎士が集まっていた。

 その司教とは革新派リーダーであるアギス・ケリオンであった。



「聖騎士アゲラ・ノーマンが新兵器を開発した。近い内にディブロ大陸戦線も収束するだろう。これでひとまずは二体の『王』を倒せる」



 しかし誰も喜びの表情を浮かべることはない。

 その理由をケリオンも分かっていた。



「あまりにも犠牲者が多い。まだ七大魔王どころか冥王すら残っているというのに」



 今回の戦いで出た死者は全員が精鋭であった。

 つまり武装しただけの兵士ではなく、高度な魔術や魔装を扱う者たちだった。しかもそんな者たちを使い捨てるかの如く酷使して時間稼ぎを行い、無人兵器で勝負を決めるというのだ。納得のいかないという主張は当然かもしれない。



「またこのままでは覚醒した少数精鋭と殲滅兵だけでディブロ大陸の制覇が始まるだろう。ますます、力ある魔装士だけが優遇される世界になるに違いない。エル・マギア神は慈愛、尊重、叡智を人に教えられた。我々は慈愛を以て全ての人々を平等とし、尊重によって弱者を助け、叡智によって人という種を高位に導かなければならない。一部の者だけが優遇される社会であってはならないのだ!」



 彼の演説に誰もが頷く。

 あくまでもここまでは共通認識を再確認したに過ぎない。

 ここからが本題だ。

 ケリオンは重々しく口を開いた。



「……とても残念な知らせがある。我らが教皇猊下は聖堂の財産を横領しているらしい」



 これには皆が驚いた。

 いや、憤慨していた。人々の模範であり、神の教えを最も忠実に守るべきその人が不正を働いて私腹を肥やしているというのだ。ここに集まるのは正義の心を強く宿した革新派の者たちである。その怒りはその辺の神官などよりはるかに強い。



「愚かな教皇を許すな!」

「ケリオン司教様。今こそ立ち上がるべきです」

「その通りです。あなたが教皇となる時が来ました。不正を暴く、正義の人よ!」

「我々は、いえ全世界の同志たちがあなたを支援します」

「共に悪を裁きましょう!」



 口々に放たれる革命の意志に、ケリオンは満足気であった。

 そして側近の聖騎士を呼ぶ。



「聖騎士ホークアイ。手筈は整っているな?」

「勿論です」



 真面目な表情の男、ホークアイが鷹揚に頷く。



「教皇猊下……いえ、現教皇の不正を示す書類は既に集まっております。これを異端審問部へと提出すれば、審問官たちが検挙することでしょう。タイミングは今しかありません」

「うむ、その通りだ。こんな不祥事が暴かれれば、間違いなく魔神教の求心力は低下する。ますます信者の心は離れるだろう。がっかりすることだろう。だからこそ、魔王の討伐という朗報の前にこれを成しておく必要がある。誤魔化しにしかならないが、魔王討伐の功績によって復権を図るのだ」



 遂に熱心党が力を持つ時が来た。

 この場の誰もがそう考える。

 原典に執着し、いや利用して権力を主張する老害を排除できると歓喜した。熱心党は魔神教の教えを伝え続ける本当に熱心な集団である。

 神聖暦が始まった頃、魔神教はピラミッド型の権力構造によって大陸全土を上手に支配してみせた。強い魔装使いを集めることで聖騎士を広め、スラダ大陸を安寧へと導いた。それは素晴らしい功績である。

 しかし強くなりすぎた権力をさらに強固なものにして、それに縋りつくのは許せない。本来の、熱心な信者としての姿に立ち返る必要がある。

 まして不正・・をはたらく教皇など言語道断だ。



「今こそ革新の時だ。魔神教の新たな姿を……いや、本来の姿を取り戻すのだ!」



 ケリオンは右手を掲げ、宣誓する。

 同意するかのように神官、聖騎士たちも手を掲げた。ただ一人、ホークアイと呼ばれた聖騎士を除いて。







 ◆◆◆






 マギア大聖堂の地下庭園に白を基調とした衣を纏う男が歩く。その隣には聖騎士服の男が二人。この二人は護衛であった。

 白の衣の男、現教皇はこの場所を気に入っている。よく散歩に訪れるのだ。



「今日にでも決着するだろうね」



 そんな呟きを漏らす。

 勿論、ディブロ大陸のことだ。彼としては独り言のつもりだったが、護衛の一人が生真面目だったのだろう。知り得る情報を提供する。



「圧倒していると耳に挟んでおります。私の同期があそこにいますので」

「ほう。そうだったのか」



 しかし教皇も気にした様子はなく、感心してみせた。



「このエリュト庭園の改装が楽しみだよ。ここもいずれは霊水の自動生成設備になるはずだ」



 この地下庭園はエリュトを栽培している。

 その目的は魔神教の成果を称えるためのものだが、この状況でエリュトを観賞用だけにするわけにはいかない。ディブロ大陸では不足するほど神の霊水が消費されているのだから。エリュトの果汁を加工し、治癒魔術を固定した特別な回復薬。この庭園でもその生産設備を整える計画がある。

 問題は治癒魔術を発動するためのエネルギーとなる魔力だったが、それは既に解決された。



「聖騎士アゲラ・ノーマンの開発した私たちの新しい力、永久機関。計画しているディブロ大陸遠征は予想よりも早く終わるかもしれんな」



 欠損すら癒やす秘薬、神の霊水。

 あらゆる魔術の発動を可能とする媒体。魔石から発展したソーサラーデバイス。

 そして無限のエネルギーを取り出す戦略級兵器、永久機関。

 元は聖騎士の力で成そうとしていたディブロ大陸遠征計画も、人の技術によって大きく進められた。上手くいけば自分が教皇に在位している間に完遂できるかもしれないという欲すら出てくる。



(いかんな。私としたことが)



 失われた大陸を取り戻し、大敵たる魔王を打ち破る。

 それを成した教皇は歴史に刻まれることだろう。いや、刻まれて然るべきだ。

 彼は外面を気にするあまり、内側から崩されようとしていることに気付いていなかった。




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