第226話 現れる覚醒者たち
暴食王と強欲王を抑え込む戦いは四か月も続いていた。
いや、二体の『王』が争い合っているとはいえ、よくぞ四か月も耐えたというべきか。
「シュウ殿」
「なんだキーン?」
「この戦い、いつまで続くのでしょうか」
「さぁな」
破損した砦の隙間から魔装の狙撃銃で狙いを付ける。そして引き金を引いた。
「どうだ?」
「当たるわけないでしょう」
ずっとこの繰り返しであった。
二体の『王』は未だに戦い続けている。川を挟んで激しい破壊と創造がひしめき合っており、あの中に飛び込んだ者は一瞬も形を保っていられない。それは物質も同じであった。
魔力で作られた狙撃弾は暴食王の分解で即座に消滅するか、強欲王の錬成によって弾かれる。
それでもこの砦であの戦いを押しとどめていられるのは、ひとえに覚醒した聖騎士たちのお蔭であった。
「北側はほぼ聖騎士だけで何とかなりそうなものだがな」
「しかしシュウ殿の禁呪もたまに使うよう言われているのでしょう?」
「《
「問題は南側ですね。ギル様は大丈夫でしょうか?」
キーンの心配は彼の主人であるギルバートに向けられていた。三男とはいえ旧名家レイヴァン家の子息なのだ。間違って死ぬようなことがあっては困る。
そして砦の北側で二体の『王』が戦っているように、南側でも戦いが起こっていた。
オブラドの里からやってくる豚鬼の集団である。元から豚鬼たちは二十万以上もいたのだ。そして『王』の不在を心配し、彼らが攻めてきたのである。これによって南側の戦端も開かれることになった。
ギルバートはその南側へと配置されている。
「大丈夫だろ。この戦いで
しかしシュウは全く心配していなかった。
確かに豚鬼の群れは危険で、そこにいる上位種も恐ろしい存在ばかりだ。しかしギルバートはその激しい戦いの中で魔装を覚醒させていた。
勿論、彼だけではない。
既に十人以上がこの戦いで覚醒魔装士となっていた。
(まさかこれが魔神教の狙いか。各国の精鋭に今ではあり得ない死線を潜らせ、覚醒を促す。確かに今後のことを考えれば有効だな)
覚醒魔装士ならば
しかしディブロ大陸の七大魔王はその上をいく。
事実、シュウとしても覚醒魔装士が何人いようと負ける気がしない。魂にまで干渉できるようになった今の死魔法ならば覚醒魔装士の魂を抜き取ることも容易い。
「私にも力があれば……」
「そう急くなキーン。あれは人を選ぶ。事実、覚醒していない奴の方が多い。それに無茶をして死ぬ奴だってたくさんいる」
「ええ。今月の死者数は確か」
「五千人を超えていた。総死者数は六万超えとか聞いたな」
「初めの二か月は最悪でしたね」
一か月がおよそ三十五日なので、百四十日で六万人が死んだことになる。
まさに戦争状態だった。
各国も精鋭を送っているため、六万という数は大きな痛手だ。魔物との大きな戦いも減っている中、対魔物の精鋭は育ちにくくなっている。
もうシュウの中隊も初期メンバーはほぼいなくなっていた。
「ここにいましたか」
そこに連絡役の兵士がやってくる。
「シュウ大隊長!」
戦いが始まって四か月。
死者は積み上がるほどに膨れ上がり、今戦っているのは精鋭中の精鋭か、援軍としてやってきたばかりの者ばかり。
シュウはいま、精鋭中の精鋭として大隊長にまでなっていた。
◆◆◆
「まだ仕留められないか」
マギア大聖堂で教皇は唸った。
その場には二名の司教だけがいるだけであり、今のマギア大聖堂がどれほど忙殺されているのかよく分かる。教皇の招集に応えられるのがたったの二名だけだったのだから。
「猊下、物資と資金は問題ありません。しかし想像よりも霊水の消耗が激しく、何より死者の数が膨れ上がっております」
「私の部下に試算させましたが、現状維持ですらあと一か月で限界が訪れるかと。到底、反攻などできません」
暴食王、強欲王、そして二十万を超える豚鬼を相手にして死者が六万人程度で済んでいるのは、エリュトから精製した神の霊水のお蔭だった。
魔術構造を保存する特性を利用し、治癒魔術を蓄積したエリュトの特製果汁。それが神の霊水の正体である。その生産過程では膨大な魔力で治癒魔術を込める必要があり、そう簡単には生産できない。どれだけ魔術を自動化しても、魔力は人が供給しなければならない。
「精鋭といえる人物は多いといえませんからね。霊水はともかく、こちらは深刻な問題です。猊下はどう思われますか?」
「私も各国に呼び掛けている。しかしこればかりは強要することもできんよ。こちらが転移ゲートを餌にしているとはいえ、無いものは無いのだからな」
「決め手に欠けますね。このままでは」
倒しきれない、という悩みはずっと抱えてきたものだ。
暴食王は分解魔法によってあらゆる攻撃を消し去り、強欲王の猛攻を凌いでいる。一方の強欲王は魔力を錬成しているので実質無限の力を持っているようなものだ。その力の差から強欲王が押しているのは分かっているが、だからといって暴食王が弱っているわけではない。
今は下手に刺激せず、聖なる光による弱体化とアロマの魔装による樹海の壁によって潰し合わせているのが現状だ。隙あらば暗殺を狙っているものの、大抵の攻撃は届くことすらない。
「なんとか二十万の豚鬼を滅ぼし尽くすことができれば話は変わるのですが」
「しかしその戦いのお蔭で覚醒者が何人も出ていると聞く。昨日の報告の時点で十三人が確認されたと聞いたが?」
「猊下、それはその通りですが覚醒魔装士とて不眠不休で戦えるわけではありません。また豚鬼も雑魚ばかりではないのです。また豚鬼が引き連れている巨獣も厄介でして、魔物と違ってこれらは死体の処理に困ってしまうのです」
巨獣はあくまでも巨大な動物であり、魔物とは違う。
殺せば魔力として霧散する魔物と異なり、巨獣はどうしても死体が残ってしまうのだ。それは戦場において邪魔となり、処理にも手間がかかる。また夥しい豚鬼の群れを前にそんな作業をしている暇はない。死体となった巨獣はいずれ腐敗し、その臭いから戦場の士気を下げ、また病気を蔓延させる。
「あるいは……」
教皇がそれを口にしようとした時、不意に電話が鳴った。
そこで言葉を止め、ボタンを押した。
『おぉ。猊下、実は報告があります』
「アゲラ殿か。何か成果があったのかね?」
『ええ。とても素晴らしい報告です。三か月……ああ、四か月ほど前ですか。猊下たちから早急に仕上げるようにと依頼されていたものが完成しましたよ』
教皇だけでなく、二人の司教もこれには笑みを浮かべた。
これで全ての問題が解決する。勝利を確信したしたり顔であった。
「ということは?」
『私はついに完成させました。無限の魔力エネルギーを生み出す最高傑作、永久機関を!』
「それは素晴らしい報告だ。興奮するだけのことはある」
『それと例のゴーレム兵を量産する体制も整いましたよ。それでお願いがあるのですが……』
「ハデスから魔晶を仕入れる、だね? 任せたまえ」
『魔晶さえあれば、あとはゴーレム兵の作成は難しくありません。以前に試作したもののプログラムは残っていますからね。あれから中央制御用コンピュータを用意して大規模運用に耐えうるように改良したのですが――』
「落ち着いてくれアゲラ殿」
興奮気味な声を抑えるように諫めつつ、教皇は内心で歓喜していた。
神聖グリニアが切り札として開発していた永久機関。そして無情に魔物を狩り続ける無人兵器、ゴーレム兵。この二つが決め手になる。
「アゲラ殿、ゴーレム兵の量産をお願いする。それと永久機関の最終調整も頼もう」
魔王の武器が魔法であるならば、人の武器は知恵である。
それを象徴するかのように、叡智の粋を極めた新兵器が送られることになった。
◆◆◆
同日の夕刻、砦の指揮所では神聖グリニアから朗報を受け取っていた。
「シンク総督! 切り札が完成したと連絡がありました」
「そうか!」
シンクだけでなく、皆が色めき立つ。
この長い戦いに終止符を打つべく、神聖グリニアは秘密兵器を用意していると知らされていた。耐えること四か月。ようやく報われたという思いが広がっていく。
「攻勢を弱めるように前線に伝えろ。それと防備を固めるように。これから砦の修復を優先する」
「すぐに通達します!」
「よし、これで……」
今は誰一人として休んでいる余裕はない。
覚醒魔装士は交代で眠りながらずっと力を行使し続けていたし、そうでない一般兵も重火器の音が常に鳴り響く戦場で戦い続けてきた。誰もが限界であった。先の見えない戦いに心が折れる者もいたし、そんな者たちは真っ先に死んでいった。
しかし今、希望が見えた。
◆◆◆
無数の豚鬼がひしめく南の戦場で、ギルバートは覚醒した魔装を振るっていた。
彼の魔装は磁力を操る領域型魔装。そして覚醒を経て支配領域は大きく広がり、魔装の力は本質へと至る。すなわち、電子スピンを操る能力へと昇華していた。
「はぁ、はぁ……いい加減くたばりやがれ!」
ギルバートが魔装を使えば大地が抉れ、空気が捩れ、巻き込まれた豚鬼がすり潰されていく。
電子はあらゆる物質に含まれており、電子スピンを操ることで自由自在に磁性を与えることができる。つまり何の変哲もない土くれすら磁石となり、空気分子が磁場を宿すことで気体すら操ることができる。まさに物質へと干渉する万能の魔装へと進化していた。
彼が腕を掲げれば、磁力を帯びた岩石が浮遊した。また魔装によって空間上に磁場が構築され、岩石が高速で撃ちだされていく。また岩石も強烈な磁力により分子レベルで凝着しており、どれほどの加速を与えても壊れることがない。大質量の大岩が次々と豚鬼を圧し潰した。
「うおおおおおおらああああああ!」
そしてある戦場では豚鬼が次々と吹き飛んでいた。
犯人は『暴竜』ことナラクである。彼は元から覚醒していたが、極限の戦いを演じる中で成長していた。ただ身体能力を高めるだけの魔装と侮れない攻撃力と耐久力を見せつけている。彼の肉体はどんな攻撃をも弾き、逆に攻撃をすれば一撃で魔物を粉砕する。
矛と盾を備えた優れた戦士であった。
「ちぃっ! またデカい奴か!」
巨獣に乗った豚鬼が現れる。
この巨獣は巨大な獣を言い表す総称であり、一種を指しているわけではない。そのため耐久力も種によって様々だ。その中で、首の長い一際大きな四足歩行獣は耐久力が高く厄介であった。
ナラクは足に力を込めて飛び出し、そのまま長い首を蹴る。
それだけで巨獣の首が圧し折れた。バランスを崩した巨獣は横向きに倒れる。勿論、騎乗していた豚鬼も振り落とされた。しかしこの豚鬼は
同時にナラクの全身が軋み、右腕が圧壊する。
「ぬあっ!?」
驚いたのは
本当ならばナラクの全身を圧し潰すつもりだったが、右腕だけで終わってしまったのだから。
またナラクは腰のポーチから樹脂製の容器を取り出し、キャップを開いて中にある赤い液体を飲み干す。それによって見るも無残に潰された右腕が瞬時に再生した。
神の霊水の効果である。
「クハハハハッ! これはいいなァ!」
圧倒的に強いのは魔物側だ。
一方で人間側は近代兵器による制圧力で拮抗を保っているが、戦力としてはギリギリだ。神の霊水を湯水のごとく消費することでようやく防衛に成功している。
また覚醒魔装士はこの二人だけではない。
聖騎士からはシンクとラザード、また精鋭たちからもギルバートやナラクを除いて十一人がいる。彼らが中心となって戦場を分断し、小さな包囲を幾つも作って殲滅するというのを繰り返していた。
しかしここで不意にサイレンが鳴る。戦っている者たちを驚かせないよう、徐々に大きくなるそのサイレンは防衛への移行を示していた。
「あぁ?」
またナラクだけでなく、全員が撤退しながら防御陣を整えていく。
豚鬼の知者たちは、人間の戦い方が変わったことに気付いた。
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