第225話 二体の『王』


 暴食王はひたすら逃亡していた。

 押し寄せる黄金の魔力は凄まじい。あれは津波だ。まかり間違っても暴食王の分解魔法程度で止められる魔力量ではない。絶対的な法則であるがゆえに、立ち向かうには同じく絶対の法則である魔法である必要がある。しかし、質が同格ならば量での勝負となる。今の暴食王に押し寄せる錬成魔力を吹き飛ばすだけの魔力はなかった。

 そして驚き、戸惑い、困ったのは人間側である。



「暴食王がこちらに向かってきます! どうしますかシンク様!」



 神官の一人が悲鳴のような声を上げた。

 そして彼がその言葉を言い終わらない内にシンクは指示を出す。



「セルア様は屋上に! 聖なる光を!」

「はい」

「アロマさんもあれを止められるか試してください」

「いいわよ」

「フロリアさんは聖なる光の射程に入るまで弓で狙ってください。それで止められたらいいんですが……」

「分かりました」

「それと聖騎士全員に告げる! 戦闘準備を整えよ! 砦にも緊急発令を! あと本国に連絡を取ってラザードさんを呼び戻してくれ!」



 真の戦いはここから。

 誰もが、そんな空気を感じ取っていた。






 ◆◆◆






 迫る黄金の津波は砦からも目視で確認できた。

 そしてシュウは思わずため息を漏らす。



(これは終わったな)



 望遠魔術で監視していたシュウは、あれが強欲王マモンの錬成魔力であることを理解している。そしてまだ遠くからでも津波のようだと認識できるほどの大魔力から放たれる魔法魔力なのだ。回避も防御も不可能というのが正常な判断である。



(その気になれば死魔力で圧し潰せるが……計画がな)



 シュウにとって困ったことに、今回の作戦は成功で終わって欲しい。しかし迫り来る錬成魔力を防ぐには死魔力を使うしかなく、死魔力を使えば冥王であることが判明してしまう。

 またここで作戦失敗した場合のリカバリーこそあれ、本命ではないので損失が大きすぎる。即座に切り捨てられないだけの準備はしてきたのだ。



「おい、キーン。あれなんだよ?」

「ギル様、下がってください」

「あんなもん下がった程度でどうにかなるかよ」



 ギルバートとキーンも苦い表情を浮かべている。彼らだけではない。迫る黄金を目の当たりにした者たちにも動揺は広がっていた。

 またそれに追撃するかの如く、砦全体にアナウンスが流される。



『戦闘態勢! 暴食王と強欲王がこちらに向かっている。なんとしてでも足止めせよ。遠距離攻撃持ちは攻撃を開始せよ!』



 そんな馬鹿な、という心の声が様々な表現となって皆から漏れ出る。

 当然だ。

 暴食王を抑え込むことすらできなかったというのに、強欲王すらやってくるというのだ。流石に精鋭だけあって遠距離攻撃ができる者たちは準備を始めるが、やはり敗北の気配が漂っていた。

 キーンも遠距離攻撃の魔装使いであり、その手に狙撃銃を具現化する。



「それがお前の魔装か?」

「普通の狙撃銃よりも射程が長くて、命中補正もかかるので便利ですよ。ホーミングするんです」



 シュウからの問いかけに答えつつ、魔力を込める。それだけで魔力から生成された弾丸が装填され、準備が整った。キーンがスコープを覗くと同時に、彼の雰囲気も変わった。



「……どうだキーン?」

「どこを見ても金色一色ですね。どこを狙えば……あれは魔物?」



 キーンはスコープを通して逃亡する暴食王を発見する。その身に刻まれた不気味な赤い模様は健在で、見間違えるはずもなかった。



「狙ってみますか」



 そう呟くと同時に引き金を引いた。

 特に大きな音を立てることもなく、長い銃身の先から弾丸が放たれる。彼の魔装はホーミング弾を放つという特徴があり、どれだけ離れていようともスコープに収められたら必中が約束される。弾丸は曲がりながら暴食王へと迫り、簡単に弾かれた。

 キーン程度の魔装では『王』の体表を抜くこともできないらしい。

 彼の狙撃弾は命中を保証しているが、ダメージを与えることまでは保証していないのだ。



「どうだった?」

「ダメです。あれならギル様が地面ごと吹き飛ばした方がましですね」

「流石に俺の魔装の射程圏じゃないからな」

「分かってますよ」

「シュウは何か手がないのか?」

「俺か?」



 シュウは少し考えこむ。

 いや、先程から考えてはいたが、もう少しそれを練り込んで言葉にした。



「『聖女』の力に頼るのが妥当なところだろ。俺たちが何かするとすれば、土系の魔術で壁を作るとかじゃないか? それで少しでも時間稼ぎするぐらいしか思いつかないな」



 考え込んだ割には稚拙で誰にでも思いつく程度のものだが、寧ろその程度しか対処法がない。そもそも防衛のための砦なので、ようやく本来の戦い方をするわけだが。

 シュウは中隊長として命じた。



「魔術機関砲はまだ温存しろ。魔術で一斉に壁を作れ! 岩石を生成する魔術でいい! 座標は目視できる限界ギリギリだ。黄金の津波がデカすぎて遠近感が狂っているかもしれんが、アレはまだ遠いぞ!」



 五十九人の部下たちが一斉に自分たちのトライデントを起動する。今や得意不得意に限らず、どんな魔術でもトライデントが発動してくれる。発動者は魔力を供給し、魔術を選択するだけでよい。

 ただし、全員で同じ座標に同じ魔術を発動した場合、環境情報の変化に伴う魔術の失敗に気を付けなければならない。そこで土壌を変化させるのではなく、岩石を生成する魔術を使わせることにした。

 戦略級魔術の《大隕石メテオ》と少し似ているが、質量体を生成して設置する高度な魔術である。術式そのものはそこまで複雑でもない。

 シュウの中隊によって次々と壁となる岩石が設置され、それが防波堤のように繋がった。またこれを見た他の中隊も真似を始めた。結果としてかなり幅広で高い岩壁が生成される。

 砦からの遠近法による錯覚も含め、黄金津波を覆い尽くすほどに高い壁だ。これならば安心できるだろうという雰囲気で屋上の兵士たちの気が緩んだ。



「まだ油断するな!」



 しかしシュウは断固としてその油断を断ち切る。

 指輪トライデントを付けた右手を掲げ、大魔力を供給した。それによって魔術陣こそ展開されないが、トライデントの内部で大術式が処理される。

 空が赤く染まった。

 土の第十二階梯《流星群スター・フォール》。

 質量体を加速して天より落とす。《大隕石メテオ》の完全上位互換だった。



「おいおい。あれ、シュウがやってんのかよ」

「この精鋭に選ばれる……その上で中隊長に選ばれるだけの素養はあるということですか」



 ギルバートやキーンも感心した様子であった。

 確かに禁呪を許可なく行使したことは褒められたことではないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 壁の向こう側に質量体が落下していく。

 数十秒の空白が流れた。

 そして白い光が壁の向こう側から放たれる。数秒ほど遅れて轟音が響き渡った。



「やったのか!?」



 誰かがそう叫ぶ。

 津波のような黄金も、禁呪ならば相殺できる。誰もがそう勘違いしていた。

 まるで勢いを止める様子のない錬成魔力が再び見えるまでは。

 魔術で作った岩石の壁をも超える大波となって、黄金の魔力が迫っていた。更には逃げる暴食王が分解魔法で壁の一部を消し飛ばす。



「ちっ。思ったより時間が稼げなかったな」



 シュウは舌打ちする。

 しかしこれも想定内だ。理想ではなかったが、簡単に破られることも予想して新しい魔術を用意している。というより、錬成魔力の性質を見てより効果的な魔術を理解した。

 再び右手を掲げ、新たな禁呪を発動する。

 水の第十四階梯《深海召喚コール・アビス》。

 もはやなりふり構わない禁呪の連発だ。

 陸を海に変えるほどの水が召喚される。この魔術は指定空間の物質を水へと置換する魔術であり、大質量が出現したところで空気などが押し退けられることはない。暴食王を包み込むように、砦よりも高いところまで海原が出現した。

 同時に黄金津波が押し寄せる。

 錬成魔力は触れたものを黄金像へと変えてしまう。気体、液体、固体、無機物、有機物、生命体、非生命体、そのどれもが抗うことを許さない。しかしながら強欲王マモンも魔力を完全制御しており、味方を巻き込まないようにはしている。一方でそれ以外は強制的に黄金へと変えられる。



「こりゃ凄いな」



 ギルバートは素直な言葉を口にした。

 禁呪によって出現した大海は錬成魔力によって徐々に黄金へと変質している。その速度はジワジワとゆるやかであるが、着実に侵食していた。一方で暴食王は自身の周囲に分解魔法のフィールドを張り、大水を消し去りながら無理矢理進んでいる。

 後ろから錬成魔力が迫っている今、水の全てを消し去る暇はないと判断したのだろう。

 シュウの見立て通りであった。

 そして着実に暴食王と錬成魔力の侵攻速度は低下していた。



「皆さん、よく耐えました!」



 だから間に合ったのだ。

 世界を塗り替えるほどの淡い光が天より降り注ぐ。



「ここからは私たちに任せなさい」



 要塞を守るように、幅広く巨大な森が出現する。



「これじゃ狙えないわね」



 弓を手にした美女が呆れながら言う。

 Sランク聖騎士が参戦したことで、兵士たちの士気は一気に向上した。






 ◆◆◆






 暴食王と強欲王が同時に砦へと迫っている。

 その報告はマギア大聖堂にもすぐに寄せられた。そして教皇は緊急で司教を招集し、また未来視の神子をも呼び出した。



「あの予言はこれを示していたということか」



 教皇はまず、そんな言葉を述べた。

 この場に集まる司教たちも理解できないわけがない。教皇は神子が口にした二つの予言について言っているのだ。

 この作戦の成否を問うた時、神子は二つの答えを出した。

 一つは傷もなく戦いが終わるという予言。そしてもう一つは泥沼の戦いが演じられ、血と硝煙の匂いに染められるという予言だった。



「あれはどちらかが起こるということではなかった。そういうことだろう」



 司教の一人が重々しく口を開く。

 教皇を含め、皆が頷いた。そして教皇は改めて告げる。



「追加戦力を送るべきではないでしょうか? 幸いにも砦は川を挟んでいるのです。まだ時間は稼げると思います」

「いやいや、悠長なことをしている場合か!? ここは転移ゲートを公開しよう」

「それは時期尚早です。転移ゲートは軍事的な価値がありすぎます」

「今はそれどころではないだろう!」



 早速だが意見が割れる。

 援軍を送ることについては誰も反対しないが、その方法が問題であった。



「聖騎士アゲラ・ノーマンに対転移結界の開発を早めてもらうのはどうだね?」

「いや、彼には例のプロジェクトを任せている。予算も与えたところだ。やる気を削ぐわけにはいかんだろうに」

「今はディブロ大陸が優先です。やはり転移ゲートを公開しましょう。法整備によってある程度抑制し、時間稼ぎするしかないかと」

「いや、船で輸送すれば良いではないか」

「そうしている間に全滅するかもしれんぞ!」



 このままでは話がまとまらない。

 そう考えた教皇がスッと手を上げる。それによって司教たちは黙り、注目した。



「まずは神子に予言をさせてから判断しても遅くはない。転移ゲートを使うべきかどうか、それを予言させるのはどうだろうか?」



 幸いにも今代の神子は扱いやすい予言の魔装だ。

 条件を与えることで予測を直接述べてくれる。過去には抽象的で詩的な予言をする神子、絵で表現する神子など、扱いにくい予言の魔装も多々あった。それに比べれば、精度は下がるが参考にしやすい。

 司教たちは反対しなかった。



「では、予言に伴う条件を話し合うことにしよう」



 その後、神子による予言が行われる。

 結果として、神聖グリニアは転移ゲートを世間へと公表し、それによる魔王討伐戦線へと援軍を送ることを宣言した。当然、各国はこぞって援軍を送り出す。

 それぞれの国は、転移ゲートという甘い蜜に誘われてしまったのだ。送り出した兵士や援助物資はそのまま神聖グリニアに対する貢献となり、自国へとゲートの技術がもたらされるかもしれない。それを目当てに教皇も驚くほどの支援が集まることになる。

 だが、これが予言によって予想されていたことであり、全て神聖グリニアの計画通りであったことは言うまでもない。






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