第224話 魔術の起源
暴食王と強欲王の戦いはまさに人外の領域。
砦の指揮所では空間魔術を応用した監視システムが用いられ、その戦いの行く末が見守られていた。
「何という破壊力。あれが暴食王の魔法……」
神官の一人が思わずそんなセリフを漏らす。
あらゆる物質を分解し、朽ち果てさせる。まさに破壊の権化だ。
一方で強欲王の力も恐ろしい。
「なっ!? あのような魔力を一体どこから!?」
強欲王の錬成魔法。
それは魔力を物質へと変換する力である。勿論、それだけならば魔術で再現もできる。しかし錬成魔法はそれだけの力ではない。錬成魔法は
絶大な魔力は空に展開され、全てを覆い尽くすほどの魔術陣として広がった。
そしてこの魔術陣には見覚えがあった。
「これは……何故!?」
フロリアが動揺する。
Sランク聖騎士である彼女の狼狽える姿に、皆が驚かされた。
「どうしたのよ?」
「アロマさん、あの魔術陣に見覚えがありませんか?」
「……そう言えばどこかで見たことがあるような気がするわね。どこかしら?」
「確かに俺も覚えがあります」
首を傾げるアロマにシンクも同意する。
その映像にある魔術陣の規模からして禁呪クラスであることは間違いない。そしてそれに見覚えがあるということは、禁呪のどれかということだろう。Sランク聖騎士とはいえ全ての禁呪を網羅しているわけではない。それぞれの得意属性の禁呪ならば扱えるが、それ以外ならば記録で見た程度ということになる。シンクなど、魔術は常にソーサラーデバイス頼りだ。
しかし、そんな驚くようなことではない。
魔物がアポプリス式魔術を使うことは分かり切っているのだ。禁呪を扱うとしても不思議ではない。寧ろ直接戦うことなくその手札を見ることができたこと安堵すべきである。
だが、フロリアはそうではないと首を振って答えた。
「あれは……あれは光の禁呪。第十一階梯《
「なんですって!?」
古代より伝わっていたアポプリス式魔術は炎水風土の四属性のみ。そして光魔術は後に陰陽魔術を駆使して開発されたものであったはずだ。
つまり人間が開発したものであり、魔物が知るはずのないものなのである。
それを今、強欲王は発動しているというのだ。
「これは不可解ですね。フロリア殿、あれは本当に光の禁呪なのですか?」
「ええ。見ていれば分かるでしょう。ラザードさんも《
再び全員が画面に注目する。
すると空を覆う魔術陣が完成し、白と黒の光が明滅した。更には禁呪魔術陣の下にオリジナルの収束系魔術陣が展開され、それによって《
勿論、それによって純粋な威力は格段に向上する。
天空には《
そして光の第十一階梯《
魔力崩壊にも近い現象を引き起こすということは、魔物に特効であるということ。
暴食王は白と黒の光に包まれ、その中に消える。
「やはり光魔術を……どうして」
フロリアは苦々し気だ。
人類が対魔物の切り札として編み出した光魔術を、ディブロ大陸の魔物が使っている。これは彼女にとって非常にショックであった。
彼女だけでなく、神官たちや他の聖騎士もこの異常事態に囁き合っている。
「落ち着きましょう」
しかしここでアロマが声を張る。
「今はこの戦いを見守りましょう。光魔術の件は私たちが考えるより、専門家の意見を聞きましょう。聖騎士アゲラ・ノーマンならば何か分かるかもしれないわ」
「では私が一度戻りましょう」
ラザードが提案する。
今、転移ゲートによって砦とマギア大聖堂は繋がっている。その気になればすぐにでも戻ることができるのだ。アゲラ・ノーマンは魔神教の中でも上位に属する者としか会わない。そのため適当な神官や聖騎士を寄越すわけにもいかず、だからといってこの状況でSランク聖騎士が抜けるのも不安が残る。
ただ、Sランク聖騎士の中で一番ましなのがラザードではあった。
故に皆が賛成する。
「ならお願いするわ」
アロマの一言に頷き、ラザードは退室した。
◆◆◆
天から降り注ぐ光は砦の屋上からもよく見えた。
神の裁きにも見えるそれは、ちょっとした騒ぎを起こしていた。
「おいおい……何が起こってんだ」
皆の意見を代表するかのようにギルバートが呟く。
それは誰かに問うつもりではなかったのだろう。しかし答えは返ってきた。
「あれは光魔術だな」
答えたのはシュウである。
神聖グリニアが開発した光魔術はアポプリス式に則って第一階梯から第十五階梯まで定められている。主に回復や防御の魔術として知られているが、それは第十階梯までの話だ。情報開示されていない禁呪クラスになると、蘇生や対魔の魔術になる。
「術式から見て禁呪だろう」
しかしシュウは当然のように知っていた。
それは魔神教からハデスグループに禁呪の電子データ化を依頼されていたからというのもあるが、対魔を想定した魔術の情報は仕入れている。結果として術式も完全に把握していた。
何故それを知っているのかという疑問も生じるが、この場ではそれよりも別のことが気になる。
「聖騎士の誰かが使ったのか?」
「さぁな。調べてみれば分かる」
シュウはソーサラーデバイスを使って望遠魔術を発動した。
◆◆◆
収束された禁呪《
絶対的な『王』の力には効かなかった。
「オオオオオオオッ!」
暴食王ベルゼビュートは光を消し去る。
その身に宿した法則が魔術を分解し、その要素である魔力へと変えた。いや、その魔力すら消し去ってみせた。
明滅する光が弾け飛び、不気味な巨体が咆哮する。
「貴様ノ魔法モソコヘ至ッタカ」
強欲王は少しばかり感心した様子であった。
「少シハ魔ノ神ニ近付イタヨウダナ」
魔力とは思念そのものであり、また同時にあらゆるエネルギーへと転化できる。熱、電気、光、質量、重力など、何でもありだ。
ならば魔力とはどこから来たのだろうか。
そこを突き詰めることで『王』はさらに一段上へと至る。
再び強欲王は錬成魔法を発動し、魔力を錬成した。シュウの死魔法のように既に存在するエネルギーを魔力に変換したのではない。無から魔力を錬成してみせた。
つまり魔力が生命力と同値である魔物にとって、無限の力を手に入れたことも同然。強欲王の瞳には自身の敗北など映ってはいなかった。
「我ガ真髄ヲ浴ビヨ!」
錬成した莫大な魔力は、強欲王マモンの魂を通すことで錬成魔力となる。黄金に輝く固有魔力を噴出し、暴食王へと襲いかかった。
黄金の濁流が暴食王を飲み込む。
そればかりか黄金は渦巻き、やがて竜巻のように周囲一帯を飲み込んだ。これには暴食王の親衛隊である
やがてその錬成魔力の竜巻が消え去った時、巻き込まれた豚鬼は全て黄金の像となっていた。しかし唯一、暴食王だけは体の一部が黄金に変化しているだけであった。
「ガァ……」
「ホゥ。生キ残ッタカ。木偶デハナイヨウダナ」
大規模な錬成魔力による竜巻は、豚鬼だけを巻き込んでいたわけではない。その中には豚鬼と戦っていた牛鬼もいた。しかし、牛鬼たちは黄金像になることなく無事である。これは強欲王が完璧に魔力をコントロールしている証であった。
身体の所々が黄金化された暴食王は、動くたびにその部位が剥がれ落ちて呻く。
流石に強大な魔物だけあって再生もしているが、もはやどちらが優勢であるかは明白だ。
「田舎者ノ愚カナ『王』。ココデ貴様ニ引導ヲ渡スノモ良カロウ」
強欲王は再び魔力を錬成し、錬成魔力を生み出した。虚空より現れる黄金の津波が今度こそ暴食王を黄金像へと変えるべく押し寄せる。
それに対し、暴食王は即座に動いた。
「ム?」
予想外ともいえる暴食王の行動に強欲王も驚かされた。
そう、暴食王は逃げだした。
◆◆◆
同時刻、聖騎士ラザードは神聖グリニアへと一時帰還していた。そしてすぐに同僚であるアゲラ・ノーマンと連絡を取る。
残念ながら直接ではないものの、すぐに連絡を取ることができた。
彼のプライベートナンバーは同じSランク聖騎士にも公開されておらず、教皇を介して彼の研究室に繋がる電話を頼るしかない。場合によってはすぐに連絡が取れないので、今日は幸運であった。
『おや、どうかしましたか? 今は討伐戦をしていたのでは?』
「実はアゲラ殿に聞きたいことがありまして」
『ほう?』
「魔物が我々の開発した光魔術を……しかも禁呪を発動しました。これは我々の技術が魔物側に漏れ出しているということでしょうか?」
いきなり核心を突くような問いかけに、電話越しのアゲラも黙り込む。
しかしすぐに答えを口にした。
『私が一つの答えを述べるとすれば、
「……一体それは? 申し訳ありませんが勉強不足でして」
『仕方ありません。この理論は私の頭の中にあるものですから』
しれっとそう告げるアゲラに色々と言いたいことが生まれた。しかしラザードはぐっと堪えて、それが一体何なのか問う。
「詳細をお願いします」
『一般的に知られているアポプリス式魔術は起源と呼ばれる何かに刻まれたものであるという考えです。そして人間は魂によって起源へと接続し、魔術を引き出している。いえ、人間だけでなく魔物も。寧ろ起源があるからこそ魔物も人間も等しく同じ魔術が扱えるのではないかと考えています』
「つまり我々の開発した光魔術も起源に刻まれていると?」
『いいえ。元から起源には光魔術が存在したのですよ。そして昔の人々は無意識に起源から叡智を受け取り、自身の功績として光魔術を開発したのです』
「そんな馬鹿なことが!?」
あまりにも異端。
これにはラザードも憤慨した。
だがアゲラは極めて冷静に諫める。
『ですから私の内に留めているのですよ。そう、遥か昔から光魔術は存在した』
「……古代の知識ですか?」
『ええ。私は昔から光魔術が存在したことを知っています。今と全く同じ術式で。勿論、闇魔術やその他の失われた魔術についても知っていますよ』
「何故それを黙っていたのですか!?」
『信じて頂けるとは思っていませんからね』
それを聞かされ、ラザードは怒りよりも先に血の気が引くような思いに支配された。
すなわち、これから討伐しようとしている七大魔王は古代の魔術を知っているということだ。仮に
「ではまさか……冥王が使うとされる黒き滅びも古代魔術の一つなのですか?」
『冥王の魔術ですか? ああ、あれは私も知りませんね。恐らくは
「マギ……? それは起源とは違うものですか?」
『分かりやすく言うならば、
その斬新で革新的過ぎる考えは、確かに異端とみられる可能性がある。今アゲラは敢えて言わなかったが、魔装が魂に刻まれた固有魔術式であるという考えが主流になっている今、
魔術や魔装を生み出しているのが、ただの世界のシステムということになるのだから。
唯一の救いは、この理論がアゲラの頭の中に留められているということ。そして証拠がなく、仮説にすぎないということである。
(ですが魔物が光の禁呪を使ったことが説明できてしまう。アゲラ殿の仮説を私には否定することができない)
ラザードは極めて理知的であるがゆえに、彼の考えを否定しきることができなかった。それ以外に魔物が魔術を扱える理由を説明できる気がしないというのもあるが。
そしてラザードは興味本位で、ほんの気まぐれのような心積もりで問うてしまう。
「では……魔法とは? 『王』の魔物が使う魔法とは何でしょうか?」
『良いところに目を付けましたね。言うなれば……』
言葉が途切れる。
いや、アゲラなりの言葉を探していたのだろう。この難解な問いに対し、理解しやすい解を与えるため思案していたのだ。
『そう、言うなれば
つまり、人間には魔法に抗う術がないということを示していた。
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