第223話 熱心党


 強欲王マモンは牛鬼の『王』だ。

 従える配下の数は三十万を超え、黄金に輝く都市を統治している。また配下もほとんどは中位ミドル級の牛鬼タウルス高位グレーター級の高位牛鬼ハイ・タウルスであるが、それらはいわゆる市民に過ぎない。黄金都市を守る衛兵はそのどれもが災禍ディザスター級を超える個体ばかりであった。



「……フン。アノ豚ガ攻メテキタダト?」



 流暢な古代語で強欲王が問いかける。

 報告に来た衛兵の牛鬼は深く頭を垂れながら答えた。



「ワレラガ王ヨ。真デゴザイマス」

「蹴チラセ」

「シカシ王ヨ。南ノ壁ハ壊サレ、豚ドモガいなごノヨウニ侵入シテキタノデス。豚ノ王ヲ確認シマシタ」

「ナニ?」



 強欲王は驚いた。

 そして黄金の玉座から勢いよく立ち上がる。

 筋骨隆々とした体格が特徴的な牛鬼の中で、強欲王だけは引き締まった肉体を得ている。腰には布を巻いて黄金のベルトで絞め、裸の上半身には様々な装飾があった。首飾り、腕輪、首輪、胸当て、指輪などで着飾っているが、不思議と下品な感じはしない。



「ヨカロウ。アノ田舎者ニ格ノ差ヲ思イ知ラセテクレル。付キ従エ」

『ハッ!』



 側に控える、黄金の鎧に包まれた牛鬼たちが一斉に返事をする。

 この鎧の牛鬼こそ、強欲王の近衛兵である縛鎖禁牛頭カテーナ・タウルス。わずか一体で複数の国家を滅ぼしてしまう絶望ディスピア級の魔物だ。それが合計で二十体もいる。

 しかし絶望ディスピア級であったとしてもやはり『王』には敵わない。魔法があるかないかの違いは天と地ほどの差を生み出すのだ。

 暴食王は強欲王でなければ止められない。

 近衛兵の役目はあくまで露払いだ。

 今、黄金の王が出陣した。





 ◆◆◆





 

 ディブロ大陸でのひと段落はすぐにマギア大聖堂へと知らされた。

 しかしまだこの情報は一般にまで公開されていない。あくまでも魔神教最高意思である教皇とその直下の司教たちだけが知る情報であった。

 作戦はほぼ成功。

 暴食王と強欲王を喰い合わせるというのは不満の残る討伐方法ではあったが、神聖暦三百年の内に片付けろと命じた以上、文句は言えない。ただ、神子による予言では泥沼の戦いとなる可能性が示唆されていたので安堵する者の方が多かった。

 しかし司教の一人、アギス・ケリオンはこの喜ばしい報告を聞くや否やある行動を始める。



「最低一体の魔王が年内に片付けられるとして、我々は次に備えなければならない。そうだね?」



 彼はマギア大聖堂の奥の間の一つに同志たちを集め、そう問いかけた。

 この場にいるのはアギス・ケリオン司教の考えに賛同した神官や聖騎士たちであり、総勢で三十人を超えている。だがあくまでもこの場にいる人数であって、他にもまだ多くの同志を抱えていた。



「ケリオン司教様! しかし備えとおっしゃいましても含意が広すぎます。どのような備えなのでしょうか?」

「では質問を変えよう。魔王を討伐したことで現教皇の権力は増大することだろう。そして知っての通り、現教皇は原典派だ。我々革新派は増々……権力を削がれてしまう」



 ケリオンが残念そうに告げた途端、次々と声が上がった。

 神は懐の広いお方だ、魔装だけが優遇されてよいはずがない、原典に忠実な老害を排除しろ、原典派の増長を許すな、などなど。憎悪すら感じるほどである。それを聞いたケリオンは満足気に頷いていた。

 この場にいる神官や聖騎士は革新派と呼ばれる派閥に属している。表向きは熱心党と呼ばれる魔神教の一党であり、不穏な集団としては認知されていない。そもそも革新派とは、本来は原典派に対抗する派閥をまとめて指す言葉であるため適当ではないのだが。

 そしてこの革新派……いや熱心党の長こそがマギア大聖堂の司教の一人、ケリオンなのだ。



「静かに」



 党首の一言で熱が引いたように静まる。



「さて、私たちは革新派などと呼ばれているが、不穏分子ではない。ただ布教に熱心な者たちなのだ。今、魔術の席捲によって魔装の地位は下がり、神への信仰ではなく資本と魔術に救いを見出す者が増えてきた……原典派にとっては残念なことにな」



 これは党員の誰もが知ることだ。いや、同意していることだ。

 集まった神官や聖騎士たちは一斉に頷く。

 ケリオンも声を抑揚気味にしつつ話を続けた。



「私たちは考え直さなければならない。かつて魔装が神聖と考えられた理由は何だったか? それは魔物から人を守る力であったからではないか。そして近年の研究では魔装は魔術の一種であり、固有魔術のようなものではないかという報告もある。時代に合わせ、私たちは認識を変える必要がある! そう、魔術も魔装と同じくエル・マギア神から与えられた祝福なのだと!」



 彼らが革新派と呼ばれる所以がここにある。

 魔術と魔装が同一のものであるという事実は、魔神教にとって不都合なことであった。それによって聖騎士が特別であるという教義が揺るがされる上に、魔術系企業の資本力を増大させかねないからだ。

 魔神教はエル・マギア神より祝福された魔装士を特別な存在と位置付け、聖騎士か軍属に限定することで個人所有を許さないようにしてきた。そうすることで特別なものであるという認識を民衆に与えていたのである。

 魔装も魔術も同じようなものであり、そして今やソーサラーデバイス、トライデントシリーズのお蔭で金さえあれば魔術の力を得られるようになった。つまり金さえあれば祝福を受けられるようになったということだ。

 原典派にはとても許容できないことだろう。

 それで古い教えを強行した結果、信仰から離れる民が増え始めたのだ。いや、表向きは魔神教を信じているが、本質的には資本を信じるようになってしまった。

 これを危惧したケリオンたちが立ち上がり、熱心党を組織したのである。



「私たちはもっと魔術系企業と繋がりを持たなければならないのだ。筆頭たるハデス、錬金術のオルハ、魔術兵器のカーラーン、他にもまだまだある。今までは否定的だったが、魔神教として公式に魔術を認めなければならない。そうすることで魔術系企業を支援し、民の信心を取り戻すのだ!」



 党員は一斉に起立し、奮起の声を上げる。

 彼らは熱心党。その名の通り、布教に熱心な者たちだ。古い原典の教えに縛られた老害の支配から脱却しようと考える集団である。彼らは魔神教に革命を起こそうとしているのだ。

 そして革命には様々な力がいる。

 経済力、権力、軍事力、そして情報力。

 この熱心党に所属する者はスラダ大陸全土で見れば意外と多く、あらゆる力を備えている。この中でケリオンが力を入れているのは情報力であった。



「聖騎士ホークアイ殿。君の予測を述べなさい」



 ケリオンはまだ熱が冷めぬ中で、ある聖騎士を指名する。

 その聖騎士はマギア大聖堂の聖騎士ではないのだが、ある特異な魔装のお蔭でこの場に集まることができていた。

 ホークアイと呼ばれた男は前に出て、トライデントから仮想ディスプレイを展開した。そこにはスラダ大陸の西部地図が映される。



「あー、ホークアイです。この場にいる人の中には初めての方もいると思いますがよろしくお願いします。普段は西方都市群連合の聖騎士をしています。まずはこの地図を見てください。元から東西で貧富の差が大きかったことは御存じかと思いますが、その理由は農業や単純労働といった単価の安い労働を西側に押し付けているからです。東側が裕福な一方、西側は貧しさを強いられています」



 これはかつて神聖グリニアがスバロキア大帝国を破ったという歴史に基づくものであり、西側が貧しくなるのは必然であった。敗戦国が滅び去った今でも、その跡地の国家はツケを支払わされているのだ。

 これは歴史として誰もが教わることであり、この場に集まっている党員たちも知る事実である。

 ホークアイは前提条件として述べたに過ぎないのだ。



「さて、そんな中で西方都市群連合だけは工業化に成功しました。かつてハデス財閥がテコ入れしたことが要因ですね。主な西側企業の本社は大抵がこの国に集まっていることから、経済力も随一でしょう」

「それは何の関係があるのですか?」

「思い出してください。西側は貧しい土地。まだ信仰が残っている地域です。そして原典派は西側の工業化によって古典的信仰が失われることを危惧するでしょう。七大魔王の一体を討伐したという事実によって権力を強化し、西側に貧しさを強制する未来が見える、ということです」

「何ということだ!」

「そんなことは許されない!」

「傲慢な原典派を許すな!」



 熱心党員は次々と原典派に対する怒りを示す。

 ホークアイの予測は現実的であり、あり得る未来だ。マギア大聖堂は昔から原典派が優勢であり、今も革新派は熱心党の党首でもあるアギス・ケリオン司教しかいない。

 信仰を押し付け、貧しさを押し付けるなど魔神教の教えから外れている。

 基本の教えは慈愛、尊重、叡智。つまり他者を慈しみ、他者を思いやり、素晴らしい未来を全員で考えるというのが本来の姿なのだ。だが、原典派はそれを蔑ろにしている。

 故に革新派は怒りを覚えていた。

 ケリオンは彼らの思いを代弁する。



「ホークアイ殿が予測したように、今の教皇は必ずそれを行う。私はそれを知っている。だからこそ私たちは欲に塗れた今の体制を崩し、革新を成さなければならない。そのための熱心党なのだ」



 彼らの目的は熱心な布教。そして本来の信仰を取り戻すことだ。

 金や権力に染まってしまった神聖グリニアを、過去の純粋な時代へと戻す。

 そのために彼らは画策を続ける。





 ◆◆◆






 西方都市群連合は不遇な国である。

 スラダ大陸の西側に位置するこの連合国は、神聖グリニアによって一つの国家であることを禁じられているのだ。その理由は、旧スバロキア大帝国領だからである。各都市を支配するのはかつての大帝国貴族であり、その中には四大公家の血が混じっている者がいる。つまり新しい皇帝によってスバロキア大帝国が復活しないよう、制限されてしまったのだ。

 しかしこれは大帝国の復活を阻止するためだけのものではない。貴族たちが我こそは正当な皇位継承者であると主張して国家を乱立させ、内乱を発生させないための措置でもあった。



「これはエレボス会長! ようこそ我が社へ!」

「急にごめんなさいね。色々と状況を聞いておきたかったのよ」

「存じております。まずはこちらへ」



 都市の一つに、ハデス財閥会長のエレボスが訪れていた。

 彼女の目的は財閥傘下の企業を視察することである。今やハデス財閥関係の企業のほぼ全てを妖精郷の魔物が支配している。しかし全てではない。この会社も一般人が社長を務めていた。



「地下工房の様子はどうかしら?」

「順調に稼働しております。各種部品の研究も滞りありません。この調子であれば十年以内に量産体制に入れるかと思います」



 社長はエレボスを地下へと案内しつつ説明する。

 この設備は全てハデス財閥が投資して用意したものであり、またこの会社で働く者たちはその投資によって職を得ている。社長を含め、この会社で働く者たちにとって、ハデス財閥は恩人なのである。

 もしも西方都市群連合にハデスが投資しなければ、未だに農家や酪農家をしている者ばかりだったかもしれない。

 地下へと続くエレベータに乗り、二人だけで下へ降りていく。このエレベータも専用IDで認証しなければ動かせず、それ以外にも秘密のパスワードが必要だ。

 そしてこれだけ厳重に秘匿されているのには理由がある。



「へぇ、随分と形になったのね」



 エレベータから降りたエレボスはまず感心した。

 彼女の前には一面ガラス張りの巨大な窓があった。そしてその奥には一際広い空間が広がっている。彼女の立つ位置からさらに深いところまで広がっており、その中央には巨大な円柱状構造物が鎮座している。中には幾人もの技術者や科学者が入って作業していた。



「はい。黒魔晶を前提とした新兵器です。まだ試作段階ですが、ひとまずの形にはなりました。しかし伝達系の設計をもう少し簡素にできると考えております。今のままではタイムラグが生じてしまいますので、そこを解決する必要があるかと」

「そう。ならもう少し投資しましょうか」

「よろしいのですか?」

「問題ないわ。東側で儲けた資金なら余ってるくらいよ。少しくらい西側に還元しましょう」

「……ありがとうございます」



 社長は深く頭を下げた。

 それだけ東西の貧富差が激しいのだ。ハデス財閥が積極的に西側へと投資しているお陰でましにはなっているが、西側は本当に貧しい者が多い。貴族や一部の有力者を除けばほとんどが一次産業従事者であり、最底辺の国は未だに国防軍の正式装備が剣や槍だったりする。

 西方都市群連合もハデスが手を出す数十年前までは貧しい者が多く、研究者もほとんどいなかった。工業発展を果たしたのは全てハデス財閥とそれを率いるエレボスのお蔭なのだ。

 この国に所属する者はエレボスに頭が上がらない。



「必ず……必ず、この全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステムを完成させてみせます」

「ええ。期待しているわよ」



 エレボスはそう言いつつ、円柱状構造物よりもさらに奥へと目を向ける。

 そこには鉄骨の骨組みに覆われた、見慣れない形状の物体があった。先端が細く尖った円柱状の胴体部に二つの翼。それは航空機と呼ばれる新しい兵器であった。





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