第217話 開戦の光


 シンクとセルアが率いる二大隊は順調に目的地へと向かっていた。その間にも南部では赤い光が点滅しており、激しい魔術爆撃が行われている。全てゴーレム兵の仕業だ。

 そして移動開始から六時間後。

 遂に目的の位置で布陣することに成功する。



「撤退しながらの戦いになる。まずはこの辺り一帯に地雷を仕掛けろ。この付近で一度時間を稼ぐポイントとする。弾丸の消費は気にする必要はない。少しずつ後退しながら奴らを引きずり出すぞ」



 戦いの始まりは日の沈む直前であった。

 シンクは声を張り上げる。目視こそできないが豚鬼たちの里はすぐそこであり、六百人の兵士たちには緊張が見られる。聖騎士として、総督としてシンクはただ事実と目標を述べ続けた。

 一方でセルアは兵士たちを慰める。



「大丈夫です。私たちは必ず勝てます。たとえ一万の魔物がやってこようと恐れることはありません。なぜなら私とシンクがいるからです。それに聖騎士アゲラ・ノーマンが開発した最新兵器もあります」



 オブラドの里には五万を超える戦力があると考えられている。

 その全てが一気に襲ってくることはないだろうが、何倍もの戦力で攻められることになるのは間違いない。数で劣る以上、機動力を生かした撤退戦でなければならない。

 地雷トラップも、無人兵器も、犠牲を減らすための策である。

 更にその上で、戦いの始まりは聖なる光という切り札を切るつもりである。



「今日、私たちは神の光を見ます」



 セルアは告げる。

 そして魔力を溜める。

 淡く光る青白い魔力が彼女の身体から漏れ出し、聖なる光として蓄積される。魔力情報体、魔力蓄積体、魔力凝縮体、その他あらゆる魔力の結合を崩壊させる。それが聖なる光だ。

 空を照らす太陽の光は血のように赤いが、それを塗り潰すほどの白光が現れた。

 世界を照らす神の光。

 まさに『聖女』に相応しい力だ。

 最大まで力を溜めたセルアはトライデントのワールドマップを起動し、それを通して座標指定する。狙うべきオブラドの里は目視も不可能な距離なので、観測魔術による補助が必要となる。しかし逆にその補助を受けてしまえば外すことはない。



「全軍に通達する。これより史上最大の戦いが始まる。覚悟しろ!」



 シンクのそれが始まりの言葉となる。

 聖なる光が南の空へと消えていき……やがて地平線を白光で埋め尽くした。







 ◆◆◆







 作戦の開始は即座にマギア大聖堂へと知らされた。

 その知らせのすぐ後に教皇は全ての司教を集め、また未来視の神子をも呼んだ。その目的は神聖暦三百年事業ともなる戦いの行く末を占うためである。



「では、予言を始めよう」



 教皇は一言そう告げる。

 すると神子――今代は少年――が静かに目を閉じた。



「……質問を」

「では魔物の動きについて。どの方角に動くのだね?」

「まっすぐ、北に」

「犠牲はどの程度になりそうかな?」

「怪我人はかなり出ます」



 未来を読む魔装使い、すなわち神子はどの時代の神聖グリニアも探している。だがその魔装は常に同じというわけではなく、微妙に性質が異なる。今代の神子は質問と条件を与えることで未来を読むタイプだった。

 神子にはあらかじめディブロ大陸の状況や作戦内容の条件も教えており、それらを加味した未来を予知してくれる。



「川と川の間に作った砦の強度は充分かね?」

「……」

「どうしたのかな?」

「二つの未来が同時に見えます。一つは破壊され、泥沼の戦いとなる未来。もう一つは傷一つない未来になります」

「まだ確定していないか……」



 実をいえばこの神子は未来予知の精度が低い。

 条件分岐式の時間操作能力であり、少しでも前提条件が異なると全く違う未来を見てしまうことがある。参考にはなるが、完全に信じることはできないという弱点が存在する。その代わり、質問に応じて未来を読むので望む答えを簡単に知ることができるメリットがある。



「皆はどう考えるかな?」

「何か一つがきっかけで変わる、という印象ですね」

「その原因を探るか?」

「充分な条件は与えているのだろう? 時の運、というものではないか?」

「そんな無責任な!」

「私とて適当なことを言っているわけではない!」



 今回の戦いは神聖グリニアの歴史に残るものだ。そのせいか司教たちも気を張っており、この部屋も心なしかピリピリとした空気が漂っていた。



「落ち着きましょう。もう作戦は始まっています。悠長に話し合う余裕があるわけではありません。怪我人が多く出るというのならば、追加の治療道具を送りましょう。転移ゲートも完成したのですから」

「神の霊水の生産には限界がありますが?」

「なにもあの秘薬だけが治療手段ではありませんよ。清潔な布、感染症防止の薬、そして栄養を付けるための食事も必要です。確か川の拠点にも転移ゲートを設置するのでしたね? 直送してはいかがですか?」

「もしもを回避するのではなく、備えるというのか……」



 悪くない方法ではある。

 未来視の魔装は危機の回避という点で優れているが、今代の神子は病弱なせいかその力が弱い。あまり遠くの未来を見ることができないので、こうして条件設定をしつつ近い未来を観測することになる。条件設定によって複数の未来を予知できるのは便利だが、不安定なのが問題点となる。

 教皇もその手を採用することにした。



「では医療道具を追加で送る準備をしましょうか」



 悪い未来をケアするより、確実な一手を採用する。

 上に立つ者としては当然の判断だ。

 ただ、泥沼の戦いを覚悟させられる現場はそうもいかない。史上初の魔王討伐はどれだけ犠牲を払ったとしても、成功で終わる必要がある。教皇を含むこの場の全員が、切り捨てる覚悟をしていた。






 ◆◆◆





 川の砦を構築するシュウたち十八大隊は順調であった。

 《要塞創造クリエイト・フォートレス》で砦の外観は完成している。重火器の設置や倉庫への物資運び入れは勿論、切り札として転移ゲートの設置も行った。



「ラザード様、これで完了です」



 神官技師がそう報告する。

 この転移ゲートはハデスグループと共同で開発したもので、対応するゲートと接続されることで長距離を瞬時に移動できる。

 ゲートは複雑な機械ではあるが、設置するだけならばそれほど難しくはない。大きめのパーツを組み立ててコードで接続するだけだからだ。



「では物資搬入をお願いします。またこれは機密ですので、この部屋に入れるのは一部の神官だけにしてください」

「心得ました。こちらはお任せください」

「では私は少し席を外します。また戻ります」

「はっ」



 幅の広い川を挟んだこの場所は物資補給も困難となる。そのためゲートが完成したのは僥倖だった。またゲートは第一都市の他、設定を変更すれば神聖グリニアとも接続できる。これで物資切れはあり得ない。流石に神聖グリニアが経済破綻でもすれば話は別だが、それはまずありえないだろう。

 そもそも莫大な金額が必要となる砦の建築すら禁呪で済ませてしまったのだ。予算には余裕がある。

 ゲートは砦の地下室に設置されており、そのまま物資倉庫に繋がっている。だがラザードはそれとは別の場所から出て、狭い螺旋階段を上りつつ上層に上った。

 その先はこの砦の作戦指揮所で、そこには指揮官となる聖騎士や神官たちが議論を交わし、デバイスに何かをメモし、またあるいは仮想スクリーンに映し出された地図と睨み合っていた。

 彼らはラザードが入ってきたのを確認すると姿勢を正して迎え入れる。



「ラザード様、お戻りになられたのですね」

「ああ。フロリアさんとアロマさんは?」

「はい。まずフロリア様はお力を使って監視任務に就いておられます。またアロマ様は砦周辺に仕込みをしてくると言われて……」

「そうかい。ありがとう」



 続いて通信を担当する神官たちに問う。



「それで、南の方から連絡はあったかい?」

「つい先程、戦闘を開始したと。現在は徐々に北上しつつ豚鬼を引き付けているようです」

「そこまでは予定通り、か」

「それと本国よりゲートが開通し次第、医療物資を大量に送りたいと連絡がありました。また厳しい戦いになる可能性があるから覚悟するようにとも」

「わかった」



 まだ食料や予備の弾薬などの運び入れも終わっていない。これらは第一都市から運び入れることになっており、まだ時間がかかるだろう。本国からの輸送はその後だ。



「砦の完成具合はどの程度かな?」

「運び込んだ物資を次々と各所に移動させているのですが、それが間に合っていない状況です。砦の端の方は作業が滞っていると連絡が」

「物資もなのですが、電子配線が間に合わないとのことです。神官技師にも限りがありますので」

「そうか。それは問題だね」



 ラザードは少し考えこむ。

 物資については仕方ないとして、技師の不足は大問題だ。神官技師とは魔神教専属の技師であり、聖堂など魔神教施設を専門に整備する者たちだ。教会内部には神官だけが入ることを許される場所もあり、その事情から神官技師という特殊な職業が生まれた。

 それほど数が多くない職であるため、圧倒的に足りていない。こればかりは完全に予測不足で、初めから技術者を大量に雇う必要があった。



(今から呼んでも間に合わない……いや、それこそ転移を? だがそれは機密……)



 転移魔術は機密中の機密に相当し、そう簡単に人の目に触れさせるわけにはいかない。今回使っているゲートですら戦略級の機密なのだ。まして任意地点の転移など公開できない。

 しかし一方でこの作戦は絶対に成功する必要があり、そのような拘りをしている場合ではない。



(私一人では決めきれないか……)



 ラザードは再び問いかける。



「必要な技術者の人数はどの程度になるかな?」

「あと百人は欲しいところです」

「ふむ。ではマギア大聖堂にその旨を送ってくれ。私からも口添えしよう」

「ありがとうございます。すぐに繋ぎますか?」

「そうしてくれ」



 いかに素早く砦が完成するかで作戦の成否が変わる。

 ラザードは教皇に反対されても押し切る気持ちでいた。






 ◆◆◆






 砦に入った兵士たちの一番初めの仕事は物資の移送だった。

 聖騎士や神官たちが物資集積庫に運び込む諸々を、砦各所へと移動させるのである。また重火器や魔術兵器の設置も仕事の内である。

 この中でシュウたちは魔術兵器の設置を担当していた。

 理由は知識があったからである。



「窓の外に金属の杭を打ち込め。それに銅線を巻き付けろ」

「こうか?」

「ああ。それがないと術者が感電する場合がある」

「へぇ」



 ギルバート・レイヴァンが感心したような声を漏らしつつ作業する。

 彼らが設置しているのは雷撃を放射する魔術兵器で、魔力さえ流し込めば自動で発動する。砦の南外壁窓から砲身が飛び出るように設置されており、川を渡ろうとする魔物への攻撃として用いられる予定だ。しかし魔術で制御されているといえど、放射兵器なので安全対策としてアースを組み込むことになっている。



「量産重視だから稀に不良品も混じっている。テストを忘れるな。専用回路を魔晶に繋げた状態でテストコマンドを実行するんだ。診断プログラムが自動的にチェックしてくれる」

「……忘れてた」

「まぁ、本来は俺たちの仕事じゃないからな」

「だよな」

「幾らなんでも技術者が少なすぎる。俺は知っているからよかったが、こんなもん知らない奴の方が多いだろうに」



 シュウが感じていたのは作戦の手抜き具合である。

 スラダ大陸全土から精鋭を集めた割にこういった下準備が急すぎる。一夜城は戦略として有効だが、本来は時間をかけて取り組むべき工事だ。しかもそれを兵士にやらせるというのが手抜き過ぎる。

 遠慮せず評価するとすれば、お粗末という言葉に尽きる。



(それとも意味があってのことか……見ものだな)



 遥か彼方、南の戦場では激戦が始まっていた。






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