第216話 暴食王討伐作戦開始


 神聖暦三百年、夏の終わり。

 ディブロ大陸第一都市総督のシンクが宣言した。



「これより暴食王討伐作戦を開始する。進軍せよ!」



 同時刻、二つに分けられた部隊がそれぞれに向かって進軍を開始した。

 一つは十八大隊分の大戦力で、多くの物資を運びながら北東を目指した。その目的地は二つに川に挟まれたエリアで、そこに布陣して待機せよと命じられている。

 もう一つは二大隊だが、オブラドの里北部に移動し、そこで戦闘に備えることになっていた。大隊一つで三百人なので、僅か六百人で戦うことになる。しかしそれを補うように、謎の兵器が同行していた。



「シンク様、あれがノーマン様の開発された新兵器ですか?」

「ああ。自動的に索敵し、攻撃してくれるらしい」



 大隊の一つを率いる聖騎士が感嘆する。

 持ち込まれたのはアゲラの開発したゴーレム兵だ。ハデス製の黒魔晶を搭載した自律行動兵器で、魔術制御により金属形状を変化させ動く。見た目は蜘蛛のような八本足の大型兵器で、具体的には大型車両ほどもある。金属製の脚が生物のように動く様には気持ち悪さがあった。



「詳しいことは知らないが、自己判断で魔術まで使うそうだぞ」

「ゴーレム、ですか?」

「仮の名称はゴーレム兵というらしい。俺たちの知るゴーレムとは似ても似つかないけどな」

「……ですね」



 よく知られるゴーレムは人形を動かす魔術の総称だ。

 その形状は発動者によって異なるが、よくあるのは石や土の人形である。まさかこのような金属製の化け物がゴーレムとは思えないのである。

 まるで魔物。

 だが大隊長の聖騎士はそれを口にすることはなかった。







 ◆◆◆






 シュウは自分の中隊を率いて、指示通りの移動をしていた。

 移動経路はトライデントのワールドマップに表示されており、その通り進むだけでよい。あらかじめ周辺地理を高精度に観測しているため、このようなこともできるのだ。

 トライデントの機能はあくまでも自分の位置を周辺地図と共に表示するだけであり、それをワールドマップの観測魔術で同期させなければ詳細な位置を把握することはできない。スラダ大陸はハデスグループが観測を完了させているため不要だったが、ディブロ大陸ではこのため新たに観測する必要があった。



「川、か」



 移動するのはアロマ、フロリア、ラザードの三人が率いる十八もの大隊だ。

 そして目の前にあるのは幅の広い川である。平原の川なので流れは遅いが、底が深く泳いで渡るのは難しい。

 だが、泳がなければ問題ない。

 シュウはある魔術を発動させながら一歩踏み出した。足の接着面は水上であり、普通ならば沈んでしまう。だがそのようにはならず、シュウは水の上を踏んだ。



「空中歩行の魔術は全員持っているな?」



 振り返ったシュウは中隊全員に向かって告げる。

 彼らは全員頷いた。

 シュウが使ったのは反作用を操る術式だ。空間座標情報を無意識的に入力することで、空間中のある位置に反作用を発生させる。これによって空気でも水でも踏むことができるようになる。本来は座標入力や出力調整が難しく、消費魔力の小ささに対して連発には向かない。しかしソーサラーデバイスがあれば自動調整してくれるので問題ない。

 シュウに続き、中隊員は次々と川を渡り始めた。また空中歩行に限らず、水を一時的に凍らせる魔術などで渡る中隊もいる。方法はそれぞれだが、皆が魔術を駆使して川を移動していく。



(いい流れだな。全員がソーサラーデバイスなしには魔術を使わなくなっている)



 川を移動する兵士たち、聖騎士たちは全員が魔術陣を使っていない。つまり自前で魔術を使っているのではなく、ソーサラーデバイスによる発動を行っているということだ。

 上手い具合にハデス財閥なしには世界が回らなくなりつつある。

 そんな中、ギルバートがシュウの隣に移動して口を開いた。



「どこまで移動するんだ? もう言ってくれてもいいだろ?」

「すぐそこの対岸だ」

「そうなのか?」

「地図を見てみろ」



 そう言われ、ギルバートは自分のトライデントから地図を開く。自分を中心とした周辺情報しか表示されないが、最小縮尺でならば二つの川を見ることができた。



「こんな戦いにくそうな場所……いや、防衛には向いているか?」

「そこで陣地を作るそうだ」

「どうやって?」

「それは今から、聖騎士様がやってくれる」

「どういう意味だ?」



 シュウは黙って前方を指さした。

 するとその先では『樹海』の聖騎士、アロマ・フィデアが一番前を進んでいる。そして彼女は水上を魔装で移動しつつ、両手を天へと掲げた。

 膨大な魔力が放出され、人知を超えた演算によって制御される。

 魔力は天を覆いつくすほどの巨大な魔術陣となった。

 禁呪の発動である。

 魔術の発動がトライデントのようなソーサラーデバイスで賄われるようになってから、誰も魔術陣というものを見なくなった。まして禁呪のものなど、この中ではほぼ誰も見たことがないような巨大な魔術陣だ。驚きのあまり腰を抜かしてしまったものまでいる。そのせいで川の中に落ち、仲間に引き上げられていた。



「嘘だろ……」

「ギル様! 下がってください!」

「はは。無駄だっての。というか聖騎士様の魔術だろ?」



 半径数キロにも及ぶ魔術陣は恐怖そのものだ。

 その巨大すぎる魔術陣から放たれる禁呪は都市を壊滅させ、数万人を葬ることを可能とする。だが実をいえば攻撃性のある禁呪ばかりではない。地形そのものに影響を与える禁呪も存在する。たとえば土の第十三階梯《樹海降誕フォレスト・カーニバル》は砂漠すら森林に変える環境変化の魔術だ。

 そしてアロマが発動したのは同じ土属性の禁呪、第十一階梯《要塞創造クリエイト・フォートレス》である。要塞を生み出す魔術ということになっているが、その実態は一つの街を生み出しているに等しい。

 大地が揺れ、地形が変化する。

 目的地である川に挟まれたエリア全体が土煙に包まれた。



「気を付けろ。揺れるぞ」

「うおおおおおお!?」

「ギル様、揺れているのは水面なので座標設定を空中に変えれば大丈夫ですよ」

「そ、それを早く言え!」



 他にも空中歩行の反作用面を水面に設置している者や、水を凍らせて足場を確保している者、水面に板を浮かべている者はバランスを崩す。

 その間に《要塞創造クリエイト・フォートレス》は完成し、目的のエリアに小規模な城塞都市を生み出してしまう。

 現れたのは鋼鉄の壁に囲まれた要塞。

 また壁には巨大な鋼鉄の扉も取り付けられており、その高さは大人五人分はある。幅も自動車が楽に二台は通れるほどで、それが見える範囲に二つあった。とてもではないが、人力で開くことはできないだろう。



「これは派手な陣地作成だな」



 シュウも思わず笑ってしまうほど豪快だった。

 確かに魔術による建築方法はあるし、実用化もされている。しかしこれほど魔力を贅沢に使った瞬間要塞建設など初めて見た。

 更にアロマは魔装を発動し、自らの魔力を養分として大樹を具現化する。大樹は要塞の扉を強く押し込み、重い音を立てながら開いてしまう。その上で彼女は拡声魔術を発動した。



『全員、あの中で陣地を組み立てなさい』



 その声で我に返った兵士たちは続々と砦の中へと入っていった。





 ◆◆◆





 もう一つの部隊は、予定通りオブラドの里北部を目指していた。だが豚鬼たちも愚かではない。彼らも人間の動きを観察しており、大部隊が里の近くに移動していることを察知して動き出していた。



「もう来たか。予定より早い」



 シンクは腰にある刀を抜く。

 彼は敢えて魔装ではなく、普通の武器を使った。ただしその刀身はオリハルコン製となっており、また柄には魔晶チップが埋め込まれている。この魔晶チップは特別製で、シンクの魔装を再現するためのものだ。そもそもオリハルコンは魔術で硬さや密度などを調整しているため、同じく魔術によって形状から硬さまで調律できる。刀身の変化も思うがままだ。

 そして迫ってくる豚鬼オークの首を落とした。



「かかれ!」



 確認できる豚鬼オークは大量、そして高位豚鬼ハイ・オークが一体だ。シンクが初めの一体を倒したことを皮切りに、付近のいた精鋭たちが戦闘を開始した。魔装や魔術を駆使して次々と豚鬼オークを狩っていく。

 あくまで豚鬼オーク高位グレーター級であり、精鋭の魔装士であれば単独でも倒せる。そもそもソーサラーデバイスが普及した現代では、一般人でも複数名でかかれば倒せるのだ。誰一人として苦戦することなく壊滅させた。

 シンクは刀を鞘に納め、トライデントの仮想ディスプレイを開く。ワールドマップから現在位置と近くの魔物反応を探知し、大隊長の聖騎士に命じた。



「急がせろ。もう少し時間を稼ぐ必要がありそうだ」

「はっ!」

「ここからは慎重さより、迅速さが必要だな」



 そう言いつつシンクは仮想ディスプレイへと視線を落とす。

 見るとオブラドの里からかなりの数の豚鬼系魔物が向かっていた。まだシンクたちは移動中であり、大群で側面を突かれると大きな被害が出る。できれば待ち構えての戦いを望んでいた。



(少し早いが……セルア様の魔装で時間稼ぎをしてもらうか? それとも……)



 シンクはディスプレイから目を離し、すぐ側にいるゴーレム兵を見つめる。作戦の責任者としてこの兵器の説明は受けている。その力を使えば迫る多数の魔物を殲滅するのも難しくはない。



(おそらくこのまま移動しても先に接敵する。ならばここはゴーレム兵をぶつけてみるか)



 所詮は無人兵器。使い捨てには丁度良い。

 判断はすぐに終わった。



「ネットワークシステムへの接続を許可する。索敵システムを同期。魔物を迎撃しろ」

『認証します』



 機械的な応答と共にゴーレム兵が起動する。

 そしてゴーレム兵のシステムがネットワーク接続され、ワールドマップがロードされた。また観測魔術による座標測定も完了し、同時に環境情報の入手も終了。完全起動の準備は整った。

 ワールドマップに表示される魔物をロックオン、攻撃範囲の指定と測定、魔力の大きさから最適な魔術を選択、そしてストレージから術式を呼び出す。



『術式選択完了。発動、《紅蓮炎焼ヴァーミリオン・ノヴァ》』



 遥か先の空が赤く染まる。

 第九階梯魔術《紅蓮炎焼ヴァーミリオン・ノヴァ》は広範囲に炎を降り注がせる。また降ってくる炎の一つですら人を殺すのに充分な威力だ。大地と空が赤く染まり夕焼けのようになった。

 ワールドマップ上でも次々と魔力が消滅しているのが分かる。

 広い索敵範囲、魔術の精密性、そして容赦のなさ。

 これが仮に人へと向けられるとなると、戦争は瞬時に終結するだろう。向けられた側の全滅という最悪の形で。



(……想像よりも恐ろしいものを作ってくれたものだ、博士)



 殲滅は止まらない。

 ゴーレム兵は索敵範囲に魔物を認識し続ける限り、魔術を選択し、放つ。それは黒魔晶へと蓄えられた膨大過ぎる魔力が尽きるまで止まらない。

 命令ある限り、止まらない。





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