第215話 対魔王の作戦
スラダ大陸の全国から集められた精鋭たちが第一都市に集まったのは、作戦のおよそ六十日前だった。約六千人の精鋭は六人一小隊、十小隊で一中隊、五中隊で一大隊と編成され、全部で二十大隊が編成された。それぞれに隊長も指定されており、中には兼任する者もいる。
ちなみにシュウは中隊長ということになっており、五十九人の部下が割り当てられている。流石に大隊長は聖騎士が担当しているので、中隊長でも充分な地位と言える。
また部下の数に応じて作戦も知らされることになっており、小隊長や中隊長には相応程度の情報しか与えられない。そして作戦の十五日前、シュウにも中隊長として命令がメールで伝達されていた。
(夜間行軍で平原を目指せ、か)
兵士たちはそれぞれがトライデントを個人的に所持しており、総督府情報部から個々に対して情報が送信される。シュウの場合は所属する大隊の移動ルートと布陣位置について命令が送られていた。
勿論、このデータにはトライデントのワールドマップアプリと連携した移動経路も示されている。それによると布陣はオブラドの里と黄金都市の間にある平原ということになっていた。
(わざわざ挟み撃ちされるような位置取り……何を狙っている?)
本来なら、オブラドの里を南方から奇襲するのが正しい。
北側の豚鬼を攻めるという布陣ならば、牛鬼による側面や背後からの攻勢を気にする必要がないからだ。だが命令は敢えて二つの勢力の間に陣地を敷くというものである。
(一応、平原に流れる川の間に陣地は敷くとなっているが……まさか囮にでもするつもりか? 砦で牛鬼を警戒しつつ、攻め込まれた時はそこで耐えるとか?)
河川は比較的幅の広いものであるため、防衛側は有利となる。
東から西に向かって流れるこれらの川は、第一都市の北部で合流し、海に流れている。位置としては目立ちすぎるものの、防衛線としては充分に機能できる地形だ。
「どう思う、ナラク?」
「さてな。俺は俺のやりたいようにやる。久しぶりの仕事だからな」
シュウは空いている時間にナラクと接触し、この事実を共有していた。中隊長となったシュウと異なり、彼は一般兵士という括りになっている。そのため与えられた情報もほとんどない。しかし今回は黒猫としての仕事でこの討伐戦に参加しているので、必要な情報は互いに知っておく必要がある。
「しかし俺の聞いた話とは違うな」
「小隊長から何か聞いたのか?」
「うむ。俺たちは豚鬼どもと直接戦闘するかもしれないと聞いた。故に攻めるのではないのか?」
「……何? 陣の配置は分かるか?」
「それは知らんな」
戦術において最も大切なことは、味方を思い通りに動かすことだ。そして具体策は作戦の詳細を末端に知らせないということである。情報漏洩を防ぐ意味もあるが、今回は言語も違う魔物が相手なのでそこまで気にする必要はない。重要なのは、兵士に疑問を抱かせないことだ。
囮による犠牲も戦術の一つ。
兵士に自分が囮にされているということを教えてしまうと、士気の低下を与えるばかりか、勝手な行動を許すことになりかねない。
故に指揮官が与えるべきなのは表面的な命令。その裏に潜む意図を教えてはならない。ナラクにほぼ情報が与えられていないのは、そういった理由だ。
「ハッキングで情報を取るべきか……?」
「ふむ。それは何だ?」
「トライデントのシステムに不正アクセスすることでストレージに保存されているデータを閲覧する」
「それは難しいのか?」
「馬鹿を言うな。トライデントは俺の会社が作ったシステムだ。こんなこともあろうかと、傍受システムを組み込んである。普段は『鷹目』の奴に貸しているが、管理者権限は俺にある」
「何を言っているのかさっぱり分からん」
「メールを盗み見ることができるってことだよ」
ハデスグループが発売しているトライデントシリーズには、全て傍受システムが組み込んである。またマイナーではあるが、他社グループが開発しているソーサラーデバイスにもコア部品の魔晶はハデスグループ製となっているので、傍受は可能だ。
ちなみに傍受システムはシュウの保有する賢者の石を使った専用デバイスで制御できる。
「とはいえ、作戦を知ったところでこちらが自由に動けるわけではないからな……」
「何を悩む必要がある?」
「いや、だから黒猫の仕事をだな」
「いざという時は、力ずくで全て解決すれば良いのだ」
「うわ、脳筋」
「最悪は正体がばれても良いようにしているのだろう?」
「それはそうだが」
ある意味、『暴竜』としての称号に忠実なのがナラクだ。正体がバレようと、徹底抗戦されようと、与えられた目標を破壊する。それが『暴竜』だ。伊達に何百年も務めていない。
(いや、こいつはそれでいいのか)
聞けばナラクは豚鬼との最前線に置かれる可能性が高い。
その幹部の名に相応しく、大暴れすることで目的を達せられるのだが運が良い。寧ろシュウたちの大隊のように平原に移動しろと言われなくて良かったと考えるべきだ。
「ま、お前は好きに暴れるだけでいい。細かいことは俺がやる」
「うむ」
だがこの不可解な命令は不安を呼ぶ。
どう考えても不利な配置で陣を敷こうとする総督府の考えに、兵士たちの間では不信感が広がりつつあった。
◆◆◆
その頃、総督府の地下には秘密裏にゲートが運ばれ、組み立てられた。
完成した空間接続ゲートのアーチに青白い光が灯る。その奥から頭部に花飾りを付けた若い女が現れた。
「久しぶりです、アロマさん」
出迎えたシンクは挨拶する。
彼女はアロマ・フィデア。最古の聖騎士であり、緋王を封印していた英雄である。そして彼女に続き、フロリア・レイバーン、ラザード・ローダの二人も現れる。
「あら、本当に総督府なのね」
「これは便利です。聖堂も凄いものを開発したものだ……」
完成したゲートは早速使用され、第一都市総督府に三人のSランク聖騎士が送り込まれたのだ。『樹海』『天眼』『千手』の聖騎士は今回の作戦において重要な戦力となっている。シンクからすれば大歓迎だった。
この場には勿論セルアもおり、三人を出迎える。
「よくお越しくださいました。此度の作戦に加わってくださり、ありがとうございます」
「構わないわ。セルアもシンクも大事な計画の責任者だもの。手伝うのが当然よ」
アロマは二つ名の通り、植物を操る。たった一人で樹海を生み出すほどの術者だ。なにより、生み出した植物は魔力を吸って成長するという特性を見せる。魔力で生きている魔物に対して特効とも呼べる魔装を扱うことができるのだ。
同じく魔力崩壊を扱うセルアとシンクも、魔物を相手にする場合に限っては最強となり得る。
まさに最高の布陣だ。
「さて、この時のために蓄えてきた戦力の全てを使う時よ。物資も兵器もゲートで次々と輸送されてくるわ。必ず、勝つわよ」
柔らかい笑みを浮かべつつ、アロマは告げた。
◆◆◆
総督府指揮所にやってきた五人のSランク聖騎士は、早速とばかりに地図を広げて協議を始めた。まずシンクが地図上にある平原を指さす。
「ここが作戦の要となる二つの川です。これらの川はここまで流れて……合流します」
「確かに、守るのに適した場所ですね」
ラザードは大きく頷いた。
彼もシンクとセルアが提案した作戦については知っており、この説明は確かめるという意味が強い。
「となると、川に逆らって船で物資輸送しますか?」
「いえ、第三ゲートの部品が送られてくるそうなので、それを使いたいと思います」
「持久戦も考慮するなら補給路の確保は絶対ですからね。この川は防壁として役に立つが、その分だけ兵站輸送にも苦労する。なるほどゲートなら楽だ」
空間移動の便利さは先も確認したばかりだ。
納得もできる。
しかしここでフロリアが合流した部分の川を指さしつつ意見する。
「ここの防備はどうするの?」
「戦力の分散を避けるために無視します。なので、どうにかして川に挟まれた防衛ラインへと敵を誘い込む必要があるわけです。リスクはありますが、戦力分散のせいで各個撃破されるよりはいいと思います」
「フロリア殿の危惧は尤もですが、私はシンク殿の作戦に賛成ですね」
「分かったわ」
ひとまずの納得が得られたので、次にシンクはオブラドの里の北部を指す。
「ここに部隊を配置し、豚鬼が第一都市に目を付けないようにします。第一都市にも聖騎士による防衛戦力は残しますが、やはり戦力を集中させたいので」
「それだとその部隊が全滅するかもしれないわよ?」
「アロマさんの危惧はセルア様も唱えていました。そこで俺とセルア様も同行し、弱体化を狙います」
「できるの?」
「やってみせます」
「私がいた方がいいんじゃないの?」
「いえ、アロマさんには川の陣地の方を守って欲しいので」
アロマの魔装は植物を生み出すことだ。だがただの植物ではなく、魔力を吸って成長する。つまり魔力で生きている魔物にとっては天敵となり得る魔装だ。
だがそれはシンクやセルアも同じである。二人の扱う魔力崩壊も同じく魔物に対して大きなダメージが期待できる。その力ゆえの自信だ。
ただフロリアは難色を示した。
「それならば私が狙撃した方がいいんじゃないの? こっちの陣地から狙撃して危険度の認識を向けさせた方がいいと思うわ」
「多分、フロリアさんの狙撃だけでは足りないと思います。明らかな誘いだと知られてしまうので」
「どういうこと?」
「以前、巨獣を使って気を引こうとしたことがあります。その隙にオブラドの里の内部を探ろうとしたのですが、読まれて調査部隊が全滅しました」
「巨獣……確か魔物ではないのよね?」
「はい。ディブロ大陸の固有動物だと考えられています。主に南方に多く見られ、最大でビルほどもある種も確認されています。豚鬼の主な食料でもあります。話は変わりますが、そういう理由もあって南部から攻めると察知されやすくなります。守りが堅くても北から攻めるのは一種の開き直りですね。ともかく、目視不可能なほど遠距離からの攻撃は効果がないと考えるべきです」
「それで直接気を引こうと考えたのね」
「はい。奴らも不自然な巨獣の動きを疑問に思うだけの知能はあるようでしたから」
罠と分かる罠に飛び込むのは馬鹿だけだ。
残念ながらオブラドの里には戦術を理解できるだけの知能を持った魔物がいるらしく、よほど本気で攻める姿勢を見せなければ誘い出しだとばれてしまう。
数々の魔物と戦ってきた魔神教から見ても、今までとは勝手が違う。
「色々考えましたが、ここに部隊を配置して暴食王を引きずり出すのが最適です。戦力はあちらの方が大きく、その上でオブラドの里で防戦をされるとどうしようもない」
「その上で罠にかける、ということですか」
「そういえば猊下が博士の新兵器を送ると言っていたわね。それも前線に出すのはどうかしら?」
ふとアロマが呟く。
Sランク聖騎士は遥か昔から生身で魔物を屠ってきたがために、機械兵器を軽視する傾向にある。有用なことは知っているが、鉄の剣よりは使えるという程度の認識だ。
「そうですね。実験してみるのもいいと思います。どうせ機械ですから、使い捨てにできますし」
ゆえに一番若いシンクですら、そのような考えだった。
誰一人として、アゲラ・ノーマンの発明がどれほどの兵器なのか理解していなかった。
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