第214話 転移ゲート
ハデスグループ新社長、また財閥二代目会長エレボスはマギア大聖堂の奥の間を訪れていた。勿論、彼女一人ではなくハデスの技術者や護衛も伴っている。
一方で迎えたのは司教や神官技師たちだった。
「お待ちしておりましたエレボス殿。先代のエレボス社長の若かりし頃と瓜二つですね」
「司教様、それよりも」
「ええ、そうですね。こちらです」
司教はエレボスたちを案内し、幾つかの扉を潜った。それらの扉は隔壁としても機能するため、力ずくで開くのは難しい。認証カードを持つ者だけを奥へと通すための措置で、すなわちこの奥には秘匿するべきことがあるということである。
それも当然だ。
なぜなら、ここは空間魔術を研究する施設なのだから。
「我々はエレボス殿に感謝しています。空間魔術の開発と同時に我々へと相談してくださったのですからね。もしも論文で先に発表されていたら非常に困るところでした」
「こちらも裏社会に手を貸すつもりはありませんから。空間魔術の戦略的重要度は理解しているつもりですわ」
「お蔭でこれの開発も早期に完了することができました」
研究室の奥には、金属製のアーチが置かれていた。
アーチの両脇には柱のようなものがあり、様々なコードが繋がれている。そしてコードの先は大型のコンピュータに接続されていた。
これこそ、離れた空間を繋ぐゲートである。
物体を転移させるだけならば座標変換と時間魔術で再現できる。しかし離れた空間を接続し続けるというのは技術的困難を極めた。結果としてごく小さな亜空間を生成し、それを介して別空間を接続するということを考えたのだ。入口と出口から同時に同じ亜空間を生成することでゲートの魔術が発動するのだが、精密に全く同じ亜空間を発動しなければならず、そのためにはコンピュータによる精密制御が必須である。
結果としてゲート装置は大掛かりなものとなった。
「エレボス殿、例のものを」
「ええ」
エレボスは視線を背後に送る。
すると付き添いの技術者が手荷物の小さなケースを開いた。ケースの中には金属製の箱が二つ収納されており、その内の一つを開くとクッションに包まれた青白い正方形のチップが現れる。
「これが空間接続ゲートの術式が込められたストレージと、それを展開する専用オペレーティングシステムの複合チップですわ。テストも完了した完成品です」
「おお、これが。では早速組み込みましょう」
「ええ、やって頂戴」
ハデス技術者は頷き、ゲート装置へと歩いていく。補佐として聖堂研究所の研究員たちも作業を始めた。電圧チェックや魔力伝達路チェックなどを経て、ゲートへと魔晶チップが組み込まれる。長年の研究で魔晶の小型化、薄型化にも成功しており、魔道具に専用術式を封入する場合はストレージおよび制御用電子部品と複合させたチップ部品とすることが多くなっていた。
僅かな間にチップは組み込まれ、その後も最終チェックが行われる。
「司教様、完成です。これが空間接続ゲートです」
「おお……」
「もう一つのチップも奥の部屋にあるゲートへと取り付けます。それで実験が可能です」
「これはまさに世紀の実験です」
「はい。起動を確認後、物質転送と動物による移動実験を行うことになっています。並行して消費魔力と電力の計測を行い、完成とする予定です」
まだ大きく公表することはできないが、また一つ神聖グリニアは大きな力を手にした。特に空間移動による輸送は革命的であり、船が必須だったディブロ大陸の開拓でも大いに役立つ。
またゲート方式は空間魔術の不正な使用を禁止できる。
いずれは各都市に空間転移を阻害する結界を張り、ゲートにだけその結界を無効化する暗号術式を入れる予定だ。これによって空間魔術による移動を魔神教が独占できるようになる。つまり神聖グリニアによる大陸統治は更に強化される。
ディブロ大陸の開拓という大事業に手掛けている今、スラダ大陸の統治は絶対のものにしなければならない。
「エレボス殿、分かっているとは思いますが……」
「ええ、相応の報酬さえ頂ければ」
「それならばよろしいのです」
魔神教にとって経済界の王であるハデス財閥は支配しきれない存在だ。
契約によって縛る必要があるほどに。
今回のゲートも絶対の秘匿が契約に盛り込まれている。世界一の技術力を有する国家は間違いなく神聖グリニアであるが、それを超える技術力を有する
司教もそれを危惧して、エレボスに念を押した。
「契約の順守をお願いします」
「ええ必ず」
だが答えたエレボスは怪しげな笑みを浮かべていた。
◆◆◆
シュウを含め、暴食王討伐戦に参加する精鋭兵たちは第一都市の宿舎で訓練をしつつ過ごしていた。身体が鈍らない程度に訓練をして待機するようにというのが総督府からの命令となっている。それゆえ、第一都市の外に出ることもできない。
ただ宿舎の設備は豪華である。
魔術や魔装の試し撃ちもできるほど広く頑丈な訓練場、銃専用の訓練設備、一流シェフが勤める食堂、いつでもお湯が張られている風呂、どんな怪我でも治してくれる医療魔術師が交代で詰めている治療所、またちょっとした娯楽設備まである。
この娯楽設備でシュウ、ギルバート、キーンはボードゲームを中心に向かい合っていた。正方形のマス目に役割を持つ駒を置いて王を取り合う戦略ゲームで、チェスと似ている。だがチェスと違って最大四人で行うゲームだ。
「見たか? 一斉送信されたメールを」
「周辺地形情報のことか?」
ギルバートは駒を動かしながらそう切り出す。答えたシュウも駒を動かしながら答えた。
「暴食王を討伐すると聞いていましたが、北部には強欲王もいるのですね。暴食王に気を取られて背後を突かれるとかなり不味いです」
手番となったキーンは次の手を考えつつ意見する。
すぐに彼は駒を動かし、ギルバートの駒を取った。
「あ、お前」
「ゲームは真剣だから面白いんですよ」
「丁度いい。守りに穴も開いたし、そこを攻めさせてもらおう」
「くっそー……二人で共謀しやがって」
このゲームの面白いところは、プレイヤー同士による共闘も起こるという点だ。盤面に応じて同盟や裏切りが多発し、次々と有利不利が変化する。
今はシュウとキーンが手を組み、ギルバートを攻めていた。
そして駒を動かしたシュウはまた口を開く。
「それで話を戻すが、牛鬼系の魔物もかなりの数がいると予想されるらしい。場合によっては二面作戦もあり得るそうだ」
「俺たちは壁にされるってか?」
「そんな作戦にするならもっと兵数を増やせば良かったと思うがな。砦か何かで片方を抑え込み、その間に戦力集中でもう片方を潰すのが定石だ。そうすれば多少はやりやすくなる。だが六千程度の兵士じゃ無理があるし、壁役みたいな無茶なことはさせられないだろ」
それは冥王シュウ・アークライトとしては楽観的な意見だ。
仮に重火器で完全武装した砦があったとしても、自分ならば容易く突破できる自信がある。仮にも古代より存在する『王』を抑え込むのだから、同じようなことができると考えて挑むべきだ。
(神聖グリニアの考えが甘いのか、何か秘策でもあるのか……)
とはいえ、戦線を二つ抱える可能性を考慮している点は悪くない。
あらかじめ知らせておけばいざという時も迅速に行動できるからだ。その時になって話が違うと言われるより、今の内に覚悟させておくという意図があるのだろう。
状況から考えて最近になって気付いたという可能性が高いが。
「なるほどな。今の俺みたいなものか。シュウとキーンの二人から攻められている」
「確かにそうだな」
「ギル様はここからどう動きますか?」
「一旦シュウの攻撃を受け止め、キーンがシュウに攻撃を仕掛けるよう誘導する必要がある。ただ防衛するとしても、シュウと潰し合うだけだとキーンに全部持っていかれるってわけか……難しいな」
ギルバートは自陣の奥にあった駒を前に出し、壁を作る。
それに対し、キーンは攻め駒を動かして威圧的な配置を作った。
「川を挟むとはいえ、牛鬼もこちらには気付くでしょうね。間違いなく挟み撃ちのリスクを負うことになります。とはいえ防衛のため時間をかけて拠点を作っていては、豚鬼も放ってはおかないでしょう。奴らとて知能はあるわけですから」
「もたもたしていると……準備が整う前に察知される。だが時間をかけて拠点を用意しなければ耐え切るだけの地力がない。まさか第一都市を盾にするわけにもいかないからな」
「第一都市には一般人もいるからな。そこの駒、貰うぞ」
「うわ、特攻かよ」
シュウがギルバートの駒を取り、ギルバートもその駒を取る。だがこれでギルバートの陣地は崩れ、続くキーンが駒を内側にまで入り込ませた。更にはシュウも同じく駒を動かし、容赦なくギルバートの陣地を破壊していく。
「おぉ……容赦ねぇ」
「ギル様、どう反撃しますか?」
「二方面から攻められるってのはこんなにキツイのか」
「単純に倍の戦力で攻められているようなものですからね」
「となると、こうか」
ギルバートは壁の範囲を狭め、その代わり厚くする。
このゲームで取られた駒は死亡扱いとなり、二度と使えない。よって攻める側も自分の残る戦力と相談しつつ攻める必要があるのだ。無暗に突撃して駒を減らされると、別のプレイヤーに側面から攻め込まれる。
つまり消耗を強要する陣地の構築が絶対だ。
そうすれば二方向から攻められたとしても、攻める側が牽制し合うことで攻撃力の低下を狙える。
「流石はギル様ですね。そうなると、無理はできない。私も駒を下げるとしましょう」
「そうなると、俺も攻めに集中できなくなる……か」
「あ、あぶねぇ」
「しかしギル様も安心している暇はありませんよ? 攻め駒まで防御に回してようやく撃退したに過ぎないのですから」
「分かってるよ。だがこれを実戦でやるとなると、こっちは持たないな。大人しく引いてくれたらいいが、そのまま攻められたら消耗戦になる。地力で劣るこっちが崩壊するのは時間の問題だ。数の上でも魔物の方が多いし、魔物が大人しく下がってくれるとも思えない。結局、末端の兵士が嫌なところを押し付けられるってことかよ」
ここに送られてきた時点でギルバートも死を覚悟していた。
だが、それは覚悟であって死ぬつもりというわけではない。
「怖気づいたのか?」
「俺も
「魔術師だからどうせ後方から魔術を撃つだけだ。死ぬようなシチュエーションがあるとは思えないな」
「それを言うなら俺もキーンも遠距離型の魔装士だよ」
だが不安に思っていたのは彼らだけではない。
二体の『王』と戦わなければならないという事実に、多くの兵が恐怖を感じていた。
◆◆◆
作戦まであと二十日となった日の夜。
マギア大聖堂の奥の間では教皇と司教が集まり、報告会を開いていた。
「――この通り、空間接続ゲートは物質転送と動物転送を成功させ、死刑囚を用いた人体実験でも問題ないと分かりました。これによりゲートは完成したと見なし、今朝の船でディブロ大陸に輸送を開始しています」
空間魔術の実戦投入は以前から決定されていたことだ。それ以降は司教の一人が責任者となり、空間魔術を技術開発したハデスグループと協力して開発を進めていた。
実験を経て完成となったゲートは、片方がマギア大聖堂の地下、もう片方がディブロ大陸第一都市の総督府に置かれることが決まっている。
「また第三ゲート、第四ゲートの部品も完成しております。こちらはゲートが接続され次第、あちらへと送って兵站の輸送に利用することになっています」
「急な要請とはいえ、素晴らしい働きだ。しかしシンク総督殿から要請されていたもう一つの空間魔術……トラップは完成したのかね?」
「猊下の心配は尤もです。しかしご安心ください。そちらは既に完成しております。観測魔術と同期させることで領域転送を可能とする魔術はゲートを理論考察する段階で考案されておりました。そのためハデスグループが数日で仕上げてくださいました」
「よろしい。準備は整ったということだね?」
「はい」
教皇は満足気に頷く。
シンクから作戦が提案されたときは今年中に空間魔術を確保できるか不安が残っていたが、間に合わせることができたのは僥倖であった。無理を押して今年中にやれと要請した手前、シンクには最高のバックアップを提供しなければならない。これで義務は果たしたということだ。
続いて別の司教が口を開く。
「私の方からも報告があります。エリュトの量産が安定し、神の霊水を充分に確保できました。こちらはオルハ製薬が技術提供してくださっています。ただエリュトの抽出液に治癒魔術を付与する魔術師が不足しているのが現状で、魔術学生のアルバイトを検討しています。現状でも作戦には充分だろうという見通しですが、余裕があるわけではありません。追加生産の許可を頂きたいと考えております」
「学生アルバイトで充分なのか?」
「ソーサラーリングに治癒魔術が登録してあれば誰でもできることです」
「いや、そうではなくそれで足りるのか?」
「神の霊水を一瓶作るのに最低三人の魔術師が魔力を注ぎきる必要があると聞いた。とてもではないが足りんだろう?」
エリュトの魔力構造蓄積により、神秘の回復薬が誕生した。どんな傷をも癒してしまうこの回復薬はいずれ来る『王』との戦いに備えて備蓄が進められ、それらは少しずつ第一都市に送られている。だが二十日後から始まる作戦で大量に消費するだろうと予想され、司教の一人が大規模生産の責任者となっていた。
実に効力の強い神の霊水だが、生産においては莫大な魔力が必要という欠点が存在する。エリュトの抽出液に治癒魔術をかけ続け、回復効果の魔力構造体を蓄積させる必要があるからだ。そのため、本来は量産に向かないものである。
教皇もそれをよく知っているので、同じく疑問を呈した。
「次の作戦の分は間に合うだろうね。しかし今後はどうする? 暴食王と強欲王を倒して終わりというわけではないのだよ。七大魔王はまだ五体もいるということになる。それに七大魔王とは違うが、この大陸には冥王もいるのだ。神の霊水はいずれ生産限界に達する。魔力の確保をするためにSランク聖騎士の力を借りるというのはあまりにも情けない」
まるで先回りするかのように、覚醒魔装士による神の霊水生産を否定する。
教皇としてはSランク聖騎士に雑事を任せたくないのだ。彼らは魔神教にとっての英雄であり、魔力を利用して薬作りをさせるべき存在ではない。合理性を考えれば間違いではないが、面子上不可能なことだった。
だが、ここで別の司教が手を挙げる。
「あの、少しよろしいですか?」
彼は聖堂の予算管理を請け負っている司教で、その関係から聖堂地下の研究所が行っている研究についても詳しい。すなわち、最先端を知る男であった。
「実はノーマン博士から予算申請がありまして、それが今回の件に使えるのではないかと」
「どのような研究だね?」
「教皇猊下も以前、マギアのゴミ問題について触れたことを覚えておられるかと思います」
「うむ」
「それをどうにかできないかとノーマン博士に相談したところ、ある提案をされました」
教皇を含め、それがどうしたのだという思いだった。
ゴミ問題と魔力問題は別の話だ。まるで関係性がないように思える。だが司教ともあろう男が無意味なことを話すとは思えず、全員が彼に注目する。
「ゴミを分解し、魔力とする。また魔力からあらゆるエネルギーを作る。エネルギー完全変換型永久機関の建造を提案されました」
それは魔力不足に悩む神聖グリニアという国にとって、朗報であった。
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