第209話 第一次調査、成功


 発見された古代人アゲラ・ノーマンは数日で言語を完全習得した。すぐに会話が成立するようになったことには驚かれたが、その後は発音やニュアンスの齟齬が修正され、もう意思疎通には困らない。



「ほう。これは面白い素材ですね」



 そんなアゲラは拠点全体の見学をしていた。

 睡眠状態からの目覚めは後遺症を残すかもしれないと言われていたが、すっかり元気になっていた。そして彼は言語習得能力から分かる通り、知能が高い。拠点を囲むオリハルコンに興味を示し、その見学を申し出ていた。



「結晶内部に魔力を配置し、魔術陣を構築しているというわけですか。ふむ。技術力は中々」

「そうですか? 古代の方から見ても珍しいのでしょうか?」

「珍しいわけではありませんが、高度な技術でしたよ。魔術を組み込んだ物質は私の時代にも多くありました。用途に応じて硬さや靭性を変化させ、伸縮する金属なども生み出していました」

「なるほど、新開発の参考にしましょう」



 案内をするクリエラはアゲラの知能の高さに驚くばかりだった。専門用語の説明さえしてしまえば、大抵のことは理解する。そればかりか自分たちの気付かなかった新しい視点で技術を語ってくれる。

 技術者としてこれほど話しやすい相手は大歓迎だった。



「魔術による物質の形状制御はエントロピーとエンタルピーの振り分けですから、最大エネルギーだけ想定しておけば自由自在な変形を可能とする物質も構築可能です」

「確かに配置関数とリンクさせることで統計力学的に制御できると言われていますが、配置指令を出す手法について問題が多いと言われています。誤差が多く、思うように動かすのは困難と。またミクロ操作とマクロ操作でも方式が変化するため、一括制御は不可能と言われています」

「人の能力で操作するのは限界があります。そこで量子化したデータを繋ぎ、揺らぎによって波動関数的に処理するのです。波動関数処理なら機械処理できますからね。思考パターンを波動関数に変換し、それを制御式として機械出力すれば可能です」

「そうなるとハデス社と協力するのが良さそうですね」



 クリエラは思案する。

 術式の機械制御はハデスグループの特許技術であり、またノウハウもあちらが上だ。共同研究で物質制御すれば近い内に形になる。



(物質を有機的に動かす。我が社が開発している魔術人形にも使えますね)



 オルハ社としては非常に有意義な意見であり、是非ともアゲラが欲しいと思う。しかしそれはクリエラの独断で決められることではない。間違いなく彼は魔神教の専属技術者となることだろう。実に惜しいと言わざるを得ない。

 この後もカーラーン社の技術者と合流することになっており、代表のスーリヤも彼の入手を望むに違いない。

 クリエラにとっては残念で仕方なかった。






 ◆◆◆






 ルーメン社代表のアルケイデスは、密かにリヒトレイから呼び出しを受けていた。

 その理由は社長の逮捕とルーメン社買収のためである。



「……そんな、馬鹿な」

「残念ですが事実です。まだ書類上のルーメン社は残っていますが、近い内に解体されてハデスグループへと吸収されることは決まっています」



 出張していたら会社がなくなりました。

 そう言われて信じられる方がどうかしている。アルケイデスの反応は人として当然だった。これを伝えたのがリヒトレイでなければ絶対に信じなかったかもしれない。



「君たちの社長は闇組織との取引をした罪で逮捕、ということです。どこまでが取引に関わっているか分からない以上、ここに来ている君たちも尋問対象となり得ます。援軍の船が来るまで大人しくしていただきましょう。よろしいですな?」

「……はい」

「またこの事実はまだ君の心の内に留めてください。余計な混乱を生まないためです」

「分かりました」



 社長の指令に従う必要がなくなったという点において、アルケイデスは肩から荷が下りた。

 だが違法物質の取引という点で冷汗が流れる。



(まさか……社長は魔石を……?)



 ソーサラーリングに使用されるコア部品、魔晶は魔石に近いものだ。それは遠征前のパーティで少し話したシュウからの情報で確定している。またこの情報をポルネウスに伝えたところ、彼は興味を示していた。

 嫌な予感がアルケイデスの脳裏に過る。

 責任の一端を負わされるのではないかと内心で恐怖するのであった。





 ◆◆◆





「私は無実だ! 調べてくれたら分かる!」



 ポルネウスは尋問の最中でそう叫んだ。

 彼が閉じ込められているのはマギア大聖堂から少し離れた場所にある地下施設だ。主に罪人の取り調べと裁判を行うことになっている。まだポルネウスは容疑者という扱いのはずだが、証拠の多さ故に罪人同様に扱われていた。



「これだけの証拠があって、ですか?」

「そうだ! 全て偽造に違いない! 私は騙されただけだ!」

「闇組織と取引した書類、子会社の闇賭博経営、その賭博場の顧客名簿、果てには指名手配中の闇組織メンバーと密会している写真。大まかにはこれらの証拠があります。その全てが偽造であると? このサインは確かにあなたのものでしょう? 闇賭博を経営していたのはあなたのグループの子会社で間違いないし、賭博場の顧客名簿に記されているのはポルネウス・ルーメンという名前だ。そしてこちらの写真に写っているのはあなたであるように見えるのですが?」

「み、見た目の上ではその通りだ。だが私は知らない!」



 残念ながらポルネウスに反論できるだけの証拠がない。また『白蛇』と取引して魔石を手に入れたのは事実なのだ。

 しかし闇賭博の件については本当に知らない。

 こちらから切り崩し、そのまま全部の証拠が偽物だと言い張るのが彼に残された手だ。そして有効打となるのが嘘を見抜く魔装である。取り調べの際には嘘を見抜く魔装使いが立ち会い、証言に嘘がないかを調べるのが常識である。



「私を調べてくれ! 私は賭博など知らない。取引などしていない」



 闇賭博場との取引は、だが。



「私は騙されただけだ!」



 闇賭博場の件についてだけ、だが。



「私は何も知らない!」



 とにかく心の内で闇賭博のことだけを考えながら否定する。

 嘘ではない。

 だが正直でもない。

 魔装はあくまでも嘘を見抜くというものであり、正直に全てを話しているかどうかを調べるものではないのだ。勿論、調べる側もそれを熟知しているので漏れがないように質問するのが常なのだが、今のポルネウスにはそこまで頭が回っていなかった。

 ただ、取り調べをする尋問官は冷たく言い放つ。



「そんな言い訳が通るわけがないでしょう。大人しく証言してください」

「なっ!」

「これだけの証拠があるのです。騙された、知らないが通用するとでも思いましたか?」

「魔装で調べてくれ!」

「必要ありません」



 ポルネウスは絶句する。

 また当てが外れたことで絶望した。

 実をいえば必要ないのではなく、不可能というのが正確だ。嘘を検知する魔装使いの神官が不審死してしまったことで、調べることができなくなってしまったのである。貴重な魔装なので他国も簡単には貸してくれず、仕方なく地道な捜査をすることになってしまっている。大事件であるがゆえに捜査範囲は莫大なものとなり、こんなことで時間をかけたくないというのが尋問官の本音だった。

 ただこれをポルネウスに知らせる理由はなく、ただ必要ないとだけ言って切り捨てた。実際に多くの証拠もあるため間違いではない。



「ば、馬鹿な……これは、陰謀だ」

「満足しましたか? 正直に話してください。話さずとも罪状は既に確定していますが、我々には事件の詳細を調べる義務があるのです」



 有無を言わさぬとばかりの態度。

 もう抵抗は無意味だと思わされる冷たい言葉。



(何故、だ……)



 もう項垂れるしかなかった。






 ◆◆◆






 ディブロ大陸で待機するシュウは、エレボスから秘匿魔術通信を受け取っていた。シュウは賢者の石を利用した特殊デバイスを生み出し、複数のシステムを組み込んでいる。その中には暗号化した魔術通信を可能とする仕組みも含まれている。



「予定通りか」

『はい。追加の指示はございますか?』

「特にはない。そのままルーメンの技術を取り込んでソーサラーリングを強化しろ。俺たちの目的は分かっているな?」

『理解しています』

「そのためにはソーサラーリングの強化と普及が最も重要だ。最終的には禁呪を機械発動できるようになるまで技術を高めろ。それと、ブラックホール相転移フェイズシフト現象の技術開発も忘れるな」

『お任せください。そちらは妖精郷の本部研究所で実験中です。完成すればソーサラーリングに組み込みます。ただ実用化に数十年はかかる見込みです』



 世界最先端の技術を保有する国といえば。

 そう聞かれたとき、必ず神聖グリニアだと皆が言う。

 しかし本当の最先端はシュウの住まう妖精郷だ。その中にある研究所は神聖グリニアとは比べ物にならないほど技術が進んでいる。おおよそ、三世代分は先を行っているだろう。そんなテクノロジーモンスターのバックアップを受けたハデスグループが開発するものがどれほどのものになるか、考えるまでもない。



「それとこっちで『天秤』と話を付けておいた。ハデスグループの資産で銀行を買収できるようになっているはずだ。資金をそっちにも追加してくれ」

『西部都市群連合の連合銀行の一つですわね。かしこまりました』

「計画通り、十年以内にハデスグループを財閥化しろ」



 ハデスグループは魔術産業を中心に活動している。

 他にも電子技術を手掛けているが、メインのターゲットは魔術師だ。全人類の数から見れば魔術師はそれほど多くないため、ソーサラーリングだけを売りにしてもいずれは頭打ちが来る。そのため、事業の拡大を考えていた。

 資産が欲しいだけなら現状でも充分だが、シュウが求めるのは経済支配するほどの巨大組織だ。また国家を超えての影響力を望むため、神聖グリニア以外の国の銀行を買収することにした。



「俺もそっちに戻ったら連合国に向かう」

『お待ちしております。交通手段を用意いたしましょうか?』

「不要だ。行ったこともあるから転移で向かう。あそこは旧スバロキア大帝国領だからな」



 シュウの計画のためだけに潰されたルーメン社は悲劇といって差し支えない。

 だが世間は空前絶後の大犯罪者として裁き、ルーメンが残したものは全てシュウが頂く。『鷹目』の世論操作があってこそ成功したことだが、シュウとしては今回の結果に満足であった。






 ◆◆◆






 ディブロ大陸第一次調査の大成功。

 それが報じられたのは有名大企業による不祥事を覆い隠す意図があったのかもしれない。古代人発見の報告すら秘匿されることなく公開された。この発見は超古代研究を進展させ、ディブロ大陸制覇を早めるだろうと各メディアが報じた。

 文字、映像メディアがこぞって古代人の姿を報道するため、あっという間にアゲラの容姿は大陸全土に広まる。当然、闇組織にも知れ渡っていた。



「これは……」



 西方都市群連合国の僻地にある屋敷で『黒猫』が呟く。

 彼の手には新聞が握られており、一面に神聖グリニアのなした大成功が掲載されていた。同時に古代人の顔写真も載せられており、彼が聖騎士の一人になったということが記されている。

 だが『黒猫』にとってはどうでもいいことだった。

 アゲラ・ノーマンの顔写真に注目し、溜息を吐く。



「まさか生き残りがいたとはね。『聖女』は天然ものだから見逃してあげたけど、これはダメだ」



 そう言いつつも彼の表情は変わらない。

 無表情というより、読み取りにくいのが『黒猫』だ。これは歴代を通して変わらず、『黒猫』の不気味さでもある。

 そんなところに扉がノックされる。

 入室を許可すると、静かな身のこなしで初老の男が入ってきた。



「君だったんだね、『黒鉄』」

「ええ。あの方は眠られました」

「そうか。丁度お昼寝の時間だね。彼の護衛としての生活はどうだい?」

「私の心残りを解消してくださり感謝しかありません。それよりもどうかしたのですか? 何やら難しい顔をしておられましたが」



 表情を読むのが難しい『黒猫』の様子を瞬時に見破るのは、『黒鉄ハイレイン』の年の功といったところだろう。



「この古代人が問題でね」

「どうかしたのですか?」

「ああ。このままだと彼に世界を滅ぼされるかもしれないんだ」

「ほう……」



 少しばかり低い声で聞き返す。

 守るべき者がいる『黒鉄ハイレイン』にとって、それは聞き捨てならないセリフであった。



「どういうことか教えていただけますよね?」

「古代技術は人類にとって毒、ということさ。過ぎたる力が身を滅ぼすようにね。それと僕たちの計画にも支障が出る。早めに暗殺しておきたい。居場所の捜索を『鷹目』に依頼しておくよ」



 珍しく『黒猫』は警戒を露わにしていた。






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