第204話 魔物の大集落


 研究設備の奥で発見した男。

 それは眠っているようにも、死んでいるようにも見えた。



「人のように見えますね」

「油断するなよアイリス。俺が調べる」



 シュウはゆっくりと近づき、透明な容器に触れる。化学合成された樹脂で、厚さもかなりのものだ。叩いたり蹴ったりで壊せるものではない。魔術でも簡単には壊せないだろう。

 そして次に内部をよく観察する。



(この男、後ろから物理拘束されているな。それに魔術でも)



 また少し上を見る。

 そこには拳ほどの青白い六角柱が三つも設置されている。



(何かの魔術が発動している。それにこの男から魔力を無制限に吸い上げているな。ということは人形じゃなくて人か。それよりも凄いのがこいつが生きているってことだが……)



 男はかなり若く見える。特徴的なのは額に紋章が描かれている点だ。

 他に特徴を上げるとすれば、肌が綺麗なことだろうか。スキンケアなどがそれほど一般的ではないこの時代において、これほど綺麗な肌は珍しい。気を使っている女性でもこれほどのものではないだろう。時間操作で全盛期を保っているアイリスといい勝負ができるほどだ。

 あるいはこれも古代の技術なのかもしれないが。



「シュウ殿、その、どうですか?」

「魔術か何かで封印されているが生きている。それとこの男、Sランク聖騎士と同じ可能性がある」

「それはつまり……神に愛された無限の魔力を持つ者、ということですか?」

「ああ。この機械は常時魔力を吸収している。古代からここに封じられているとすれば、普通の人間なら魔力どころか生命力まで枯渇しているはずだ」

「なるほど……」



 覚醒魔装士という言葉は一般的でないにしろ、ある程度は広がっている。今は昔ほど隠されているわけではないので、ちょっとした情報通や教会の関係者ならば誰もが知っている。

 勿論、覚醒魔装士の性質と能力もだ。

 まだ理論までは解明されていないが、覚醒魔装士は魔力を無制限に回復することができる。あくまでも急速な回復力であるため、一度に扱える魔力は決まっている。しかし継続戦闘能力は凄まじいものであるし、覚醒後は尽きることのない寿命と成長力によって力を伸ばし続ける。覚醒魔装士の本領は数百年と生きてからだ。

 そして目の前で封じられている男が古代の覚醒魔装士だとすれば、期待は大きい。人類の存亡をかけた戦いに挑んでいた可能性が高いからだ。それほどの激戦にいたとすれば、Sランク聖騎士にも匹敵する実力者かもしれない。



「封印を解くか?」



 シュウの問いかけに聖騎士は悩む。

 確かに期待はできる。

 しかし封印を解くということはまた別問題だ。この古代人と思しき人物は神聖グリニアや魔神教にとって絶大な利益をもたらす可能性がある。現代語を覚えてもらうことで古代の叡智を読み解くことができるかもしれないし、この古代人本人が何か有益な知識を保有しているかもしれない。また覚醒魔装士ということならば戦力としても大いに期待できる。



「利益の方が大きいと思うが?」

「……そうですね。解いてください。ただし充分に注意を」

「心得ている」



 この手の封印は解除しようとした瞬間にトラップが発動することもある。

 しかしシュウには関係ない。

 死魔法で作用してる術式を殺し、即座に透明な容器の一部を分解した。外側からはシュウが何をしているか理解もできなかっただろう。アイリスですら死魔法の存在を知らなければ意味が分からなかったはずだ。一瞬で封印は解除され、シュウは容器の中に身体を入れる。

 そして眠る男の首に手を触れた。



「冷たい。コールドスリープ? でもないか」



 冷凍睡眠状態にしては温かすぎる。

 しかしとても人肌の温度には足りない。脈もない。しかし魔力だけは感じられる。生きているのか死んでいるのかよく分からない状態だった。



「目覚める様子がないな」

「ひとまず戻ることを提案します。拠点の医療設備に運び込みましょう」

「シュウさん、私も賛成なのです」

「そうだな」



 ハデスを中心とした調査隊は、古代人と思しき男の発見を成し遂げる。

 地図の作成や遺跡の発見も間違いなく偉業だが、この発見は別格であろう。またこの発見を無駄にしないためにも、まずは男を無事に目覚めさせることが重要である。

 シュウたちは一度、拠点に戻ることにした。





 ◆◆◆






 拠点への帰還中においても魔物と遭遇することはなかった。今回は古代人護送という大切な仕事もあったのでありがたい限りだったが。

 そして拠点に戻ってすぐに例の男は医務室へと運ばれ、教会やハデスの魔術師が付きっ切りで経過を観察している。それ以外は他の調査隊が帰ってくるまで休憩だ。

 だが、その休息の時は思ったよりも短く終わってしまう。

 東を調査していたオルハの者たちが帰ってきたのだ。だが彼らの内の多くは怪我を負っていたが。



「治癒魔術の使える魔術師は早く来てくれ!」



 それを聞いてアイリスは飛び出し、勿論シュウや他のハデスの魔術師も駆け付けた。アイリスは素で治癒魔術を扱えるが、ソーサラーリングにも治療の魔術はセットされている。元から使い手を選ぶと言われていた治療の魔術も、ソーサラーリングならば誰でも使えるようになるのだ。

 シュウもその気になれば使えるが、今回はソーサラーリングを通して治療する。



「何があった?」



 腕が赤黒く腫れている教会魔術師を治療しつつ問いかけた。

 幸いにも命にかかわる怪我でもなく、口を聞けない状態でもない。話を聞きだすのは難しいことではなかった。魔術師の男は顔を歪めながら説明する。



豚鬼オークの群れです。高位豚鬼ハイ・オーク豚鬼王オーク・キングも沢山いて……」

「それで撤退を? その程度なら……」

「違う!」



 魔術師はシュウの言葉を遮って叫んだ。

 それが腕の傷に響いたのか、また呻く。シュウは治療を止めず、男が落ち着くのを待った。



「……すみません」

「それで何があった?」

「恐ろしい奴がいた。リヒトレイ様でも抑えきれない……あれは化け物だ」

「種は特定できたのか?」



 男は首を横に振る。

 豚鬼系統の魔物は珍しくもない。ただ群れを作りやすく、その点で危険度が高いと言われており、スラダ大陸ではほぼ滅亡している。そういった意味では、現代において珍しい種だ。

 しかし豚鬼系は大抵の種が知られている。

 全く分からないということはないはずだった。



「魔術を使う奴、どんな攻撃も受け付けない奴、豚鬼オーク系とは思えない悍ましい姿の奴……俺が見たのはそれだけです」

「なるほど、魔術か。どんなのだ?」

「俺たちと同じ……同じ魔術です」

「やはりか」



 現代において軍用魔術とされているのはアポプリス式魔術。これは古来より伝わっている。

 そしてこの魔術をディブロ大陸の魔物までもが使用した。

 すなわち、やはりアポプリス式魔術の由来はディブロ大陸にあったということだろう。完成された魔術と称される通り、古代人たちの技術力によって生み出された最新鋭の魔術だったのである。それ以外の技術は消滅して魔術だけ伝わっているというのもおかしな話だが、何かの絡繰りがあるのは間違いなかった。



「は、早く援軍を……リヒトレイ様が囮となっておられます」

「いや、その必要はなさそうだ」



 シュウは拠点の入り口の方を指さす。

 魔術師の男が目を向けると、オリハルコンコーティングされた入り口外壁から老人が一人入ってくる。リヒトレイ・ヒュース本人だった。

 しかし肩のあたりを怪我しており、随分と消耗しているように見える。相当な激戦だったのだろう。慌てて魔術師たちが近寄り、その場で座らせて治療を開始する。



「どうやら、撤退は無事に終わったようだな」



 リヒトレイが囮となって撤退したということなので、これ以上は誰も戻らないだろう。しかし随分と数が減っている。

 間違いなく死者がでている。

 第一次調査から厄介なことになったと、溜息を吐く他なかった。






 ◆◆◆






 東に向かった調査隊が魔物と交戦し、撤退戦を強いられた。

 この事実は瞬時に周知され、緊急会議が開かれることになった。まだ南に向かったカーラーン社を中心とする調査隊が戻ってきていないが、待っている暇はない。聖騎士、ハデス、オルハ、ルーメンの代表がそれぞれ集まり、対策を講じることになった。



「まずは我々に何が起こったか、それを説明しましょうか」



 リヒトレイがそう切り出し、シュウを含める他の者たちは頷く。

 豚鬼系の魔物に襲われたということだけは聞いているが、詳しい事情は分かっていない。まずはそこを聞き出すのが先決ということに異論はなかった。



「私たちは東に進むうちに、果樹園のような場所に辿り着きました。真っ赤な、丸い木の実の果樹園です。それ以外の木は見当たりませんので、野生のものではないでしょう」

「もしや豚鬼オークたちが運営していると?」

「アルケイデス殿の考えは私たちも思ったことです。そして事実、その木の実を採取して調べていたところに奴らが襲ってきた……」



 状況的に、魔物たちが果樹を管理しているのは間違いない。

 そして果樹園があるということは、その集落も近くにあるのだろう。



「思ったよりも近くに脅威があったか……これはより戦力を強化しなければならないな。しかし解せないのは、Sランク聖騎士ですら負傷するほどの相手だったというのか?」

「私が相手をしたのはおそらく破滅ルイン級の魔物です。それが何十といました。またこちらは奇襲を受けた側でもありましたから、逃げるので精一杯でした。お恥ずかしい限りですが」



 それを聞いてシュウ以外に動揺が走る。

 なぜなら破滅ルイン級とはSランク聖騎士ですら複数名で立ち向かうべき相手だ。それが何十体もいるのだとすれば、どうしようもない。

 現代においては銃撃や爆撃を駆使することで拠点防衛ならば可能だろう。しかしこちらから攻めるのは不可能と言わざるを得ない。



「調査は中止だな」

「しかしシュウ殿! それでは調査の意味が……」

「アルケイデス、あんたは知らないかもしれないが、破滅ルイン級は今の戦力でどうにかなる相手じゃない」



 シュウが冥王だと知る者がいれば、どの口が……と呟くことだろう。冥王アークライトは破滅ルイン級をゴミのように処理できる終焉の存在なのだから。

 ただ人間からすれば破滅ルイン級とはまさしく破滅の存在だ。

 一体でも出現すれば国家存亡の危機に陥る。つまり万全の準備を整え、国家の総力を尽くして戦うべき敵なのだ。こんな小さな拠点だけを頼りに戦うべき相手ではない。まして何十体と確認できている今、わざわざ戦う選択をするのは愚かでしかない。



「しかし……」



 それでもなお引き下がらないアルケイデスに非難の視線が注がれる。

 だが彼も勝算なしに主張しているわけではなかった。



「禁呪の発動を提案します。オルハの方々が調査されたということは、座標は分かっているはずです。ここから禁呪を発動し、豚鬼オーク共を殲滅すればよいのではありませんか?」

「あ、あなたは禁呪がどのような魔術か分かって言っているのですか!? あれは抑止力として発動を禁じられているものです。そう簡単に使って良いものではありません。たとえ魔物が相手だったとしても!」

「確かにな。あまり良い提案とは思えない」



 オルハ代表のクリエラは強く反対する。シュウも同様だ。

 その理由は魔物に対してでも禁呪は使うべきではない……という単純な論理ではない。そもそも禁呪とは発動するだけで周辺国家に対して強い緊張を生む。正当な理由があったとしてもだ。

 たとえばある国家が、仮想敵大国の首都に向けて禁呪を放ったとしよう。当然、国際世論からは強い批判の声が上がるはずだ。しかし、強大な力を持つ魔物を討伐しようとした結果、流れ弾が当たったのだと反論することができてしまう。魔物は死体を残さず魔力として霧散してしまうため、証拠など必要ない。また国内や周辺国家に対し、あらかじめ強大な魔物がいるという偽情報を流しておけば信憑性も増す。

 このように禁呪を不正な正当利用をさせないため、一般的に禁呪は禁止されているのだ。

 つまり、いつでも禁呪を使えますよ、と周囲に見せてしまう行為は国際的によろしくないのである。そういった意味から、使えるけど決して使わない魔術として保有するべきなのだ。抑止力とはそういうことである。一発で戦争が決する魔術を保有する国に争いを仕掛けようとは思わない。



「しかしディブロ大陸ですよ? ここは魔物の世界です。使えるものは使うべきではありませんか?」



 反対されながらもアルケイデスは主張を繰り返し、今度はリヒトレイをジッと見つめる。シュウとクリエラが反対しようとも、Sランク聖騎士が首を縦に振ればこの案は通される。それを期待してのことだ。

 リヒトレイも悩んでいた。

 確かにアルケイデスの意見も一部正しく、この状況を打破するには禁呪を使うしかない。



「考慮はしましょう。しかし防衛を固めるのが先です」



 ひとまずの先送り。

 これが最強聖騎士の出した結論であった。




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