第203話 古代遺跡②


 地下遺跡の通路は入り口だったらしく、一番奥以外に扉はなかった。また迎撃システムのようなものも一切なく、それが不気味さを余計に与えてくる。

 ようやく発見した扉に、聖騎士がおそるおそる触れた。



「……何も、ない?」



 入り口にあった円形の扉と同じく、電力が供給されていないのかもしれない。押しても引いても動かず、スライドさせることもできない。また鍵穴も見つからないことから、電子錠と思われる。磁気か電波で開錠するのだとすれば、鍵がない以前に電力がないため動かない。



「シュウ殿、お願いできますか?」

「やはり壊すしかないか。アイリス、やってくれ。狙うのは端だけでいい」

「了解なのですよ!」



 アイリスは即座にソーサラーリングを発動し、分解魔術で扉の端を分解する。先は外だったので遠慮なく全て分解したが、ここは狭い空間だ。金属を急激に分解した場合、金属粒子が空気を押しのけてしまう。つまり窒息の危険があるのだ。

 また金属粒子を身体に取り込むのは健康に良いと言えないので、そういった危険を防ぐ目的で分解魔術は最低限に留めている。

 扉は支えを失い、分解の際に生じた圧力で向こう側へと倒れる。こちら側に倒れそうなら移動魔術で押し返すつもりだったが、その必要もなかった。

 僅かに粉塵が舞い、アイリスが風魔術で押し返す。

 扉の奥にあった空間が現れた。



「かなり広いな」



 シュウはそう言いつつ、ソーサラーリングから明かりの魔術を呼び出す。部屋全体が程よく照らされ、全貌が明らかになった。

 手前から奥まで無数のパイプが張り巡らされており、壁には規則的に窪みがある。また窪みには人型の機械が設置されていた。



「ゴーレム、の一種でしょうか?」

「それにしては精密ですね。何の意味が……」

「普通は魔術を仕込めば動いてくれますからね」



 魔術師たちは困惑していた。

 機械人形ロボット魔術人形ゴーレムの概念は似ている。機械技術だけで動かす絡繰りがロボットであり、魔術のみで動かす使い魔がゴーレムだ。勿論、その二つを融合させたハイブリッド方式のものも存在するが、このように大別することができる。

 そして基本的にロボットは効率の悪いものとされている。工業用ロボットならばともかく、人型ロボットを機械仕掛けにするのは明らかに効率が悪い。しかし魔術さえ仕込めば生物のように振る舞うゴーレムは、内部に複雑な機械を仕掛けなくとも動いてくれる。何なら石や土などをゴーレムとして動かすことも可能だ。ただしゴーレムは一種の魔物化とその魔術制御であるため、制御できないほどのゴーレムは危険となる。

 ともかく、魔術師からすれば機械仕掛けの人形に意味を見出せなかった。



「シュウさん」

「ああ、調べてみるか」



 前世の記憶を持つシュウは、ロボットというよりもアンドロイドを思い浮かべていた。窪みに設置されているものはどれも人間の姿に近い。またこれだけ大量に生産されているということは、試作品レベルではないだろう。仮に動き出せば、人間に近い……または人を超える運動性能を発揮するはずだ。

 このアンドロイドを動かすためのエネルギーが電気なのか魔力なのかは今のところ不明だが、見た限りは劣化した様子もないので、動かすことはできるだろう。

 シュウは窪みの一つに近づき、アンドロイドをよく観察した。



(内部に魔力がある。結晶化しているな……魔晶に近いものか?)



 感じ取れる最も大きな魔力はアンドロイドの胸部からだ。

 また胸部以外にも各所から結晶化した魔力を感じることができる。

 そこから予測できるのは、ソーサラーリングに近い運用だ。電子技術と魔力技術を上手く融合させているに違いない。アンドロイドほどのものを精密に動かそうとすれば、大量の電子部品と制御パーツが必要になってしまう。それを魔術で補っているのだろう。機械部分はあくまでも動力で、細かいバランス制御やメインの思考ルーチンは魔術陣化しているのだ。

 魔術陣による知能は人間の知能システムと類似しているため、中央制御としては優れている。しかし思考が複雑になるほど『悩む』という行為が生じてしまい、合理的思考が失われる。そこで柔軟な創造的思考システムを電子指令に変換して処理するという運用が効果的だ。

 ソーサラーリングも似たようなコンセプトで開発しているので、これらのアンドロイドに求めていたスペックもおおよそ予想できる。



「魔術を使える戦闘人形、か?」

「そんなことができるのです?」

「魔物だって魔術を使うからな。魔術陣にシステムを搭載すれば可能だ。この魔術人形も制御できる魔物……みたいなものだし」

「鉱物系の魔物に似てますねー」

「ああ、非効率な兵器だけどな」

「どうしてです?」

「この人形の一つ一つに思考システムが搭載されている。これを運用するなら、中央思考制御システムを作ってネットワーク接続した方が効率的だ。人形は知覚と魔術放出の端末として扱い、戦術立案と運用選択を中央制御に一任した方が絶対に強い」



 これだけの戦闘人形を運用するのならば、通信による連携は必須だ。その場合、相互通信によって互いに考えながら戦闘するより、中央制御によって群として運用した方が強いのは当然である。

 また中央制御ならば戦闘人形に思考システムを搭載する必要はなく、センサー類、動力、通信機さえあれば足りる。機体を動かすOSは流石に必要だが、大きな魔晶を使う必要はない。この人形はもっとコンパクトにして、内部に兵装を仕込むこともできるだろう。

 シュウからすれば、パッと見るだけでも非効率極まりない。



「これだけの技術があれば分からないはずがないのに……なぜだ?」



 あるいはできない理由があったのか。

 今のシュウには想像することもできなかった。






 ◆◆◆






 部屋を一通り確認したシュウたちの調査隊は、次の部屋を調べることにした。相変わらず電力供給が不足しているため、何一つ動かせなかったのだ。

 そして次に調べ始めたのは居住区のような場所であった。

 先の部屋から階段で降りた先に広がっており、生活空間の揃った部屋が幾つも並んでいた。



「ここは特に調べるものもなし、か」

「シュウさん、下に行こうって皆が待っているのですよ」

「階段が見つかったのか?」

「隠し扉があったのですよ。誰かがまた壊して開けたみたいなのです」



 物質分解の魔術はソーサラーリングのストレージにセットされているので、アイリスでなくとも使える。この分解魔術も『魔術は魂の媒体に作用させることができない』原則によって攻撃魔術としては使えないが、物質に対しては絶大な効果を及ぼす。こういった遺跡探索においては有用なので、ソーサラーリングに入れておいたのだ。



「階段はどこだ?」

「一番奥ですね。偶然、壁の向こう側が空洞になっているのを発見したみたいです」

「なるほど」



 シュウやアイリスだけでなく、他の調査員も隠し扉の話を聞いたらしい。皆が居住区の奥へと向かっていた。

 この居住区は非常に広く、通路も枝分かれしている。またそれだけ個室も多い。調べるにはかなりの時間がかかると思われたが、偶然によってそれがカットできたのは幸運である。

 そしてシュウたちがその扉の下に辿り着くと、すでに聖騎士と魔術師が先に階段を降りていた。



「どうなっている?」



 すぐ近くにいたハデスの魔術師に問いかける。



「今、安全を確認してもらってます」

「下は深いのか?」

「はい。取りあえず僕たちで下の方の空気を入れ替えておきました」

「そうか。よくやった」

「安全が確認出来たら……」



 彼が話している途中で、階段の下の方から金属を叩く音が三回聞こえる。

 状況からみて、これが合図らしい。



「……大丈夫みたいですね」

「なら、行くぞ。アイリスは付いてこい。そっちのお前はここに残ってもう少し調べろ。他にも隠し扉があるかもしれないからな。ウチの魔術師を何人か連れていっていい」

「わかりました」



 隠し扉が一つとは限らない。

 また改めて遺跡を再調査する必要もあるかもしれないと考えつつ、シュウたちは下へと降りた。







 ◆◆◆







 隠し扉の奥にあった階段を降りると、研究室や実験場らしきものがあった。

 先も見た機械人形の他、銃のような見た目の武器、用途不明な機械がいくつも並んでいる。また本棚も設置されており、そこには数冊の本が並んでいた。他には箱の中にメモ書きのような紙も入っていたりすることから、研究施設であることは間違いない。

 先行していた教会魔術師が資料の解読を試みているが、やはり全く読めないらしい。首を傾げている。



「やっと、それらしいところを見つけたな。隠されていただけのことはある」

「何を開発していたんですかね?」

「さぁな。文字はともかく、魔術陣の記述があれば読み取れるかもしれない」



 流石のシュウでも古代の言語までは知らない。

 しかし魔術の仕組みは変わらないため、魔術陣そのものがどこかに描かれていれば何か分かるかもしれない。シュウも早速、メモが入っている箱を物色し始めた。それに倣ってアイリスも調べ始める。



「さっぱりですね」

「ああ。計算式みたいにも見えるが……記号が全く違う」

「何の研究だったんですかねー」

「こればかりは解読に時間がかかるな。ヒントは絵か」



 シュウはメモの一つを取り上げる。

 そこには人を模した図が記されており、その胸部には小さな立方体が描かれている。その立方体に向けて矢印と共に何かの注釈がされているようだが、そこまでは分からない。



「さっきの人形の概念設計図か何かか? それにしては雑な図だな」

「胸のパーツ以外には説明がないですね」

「ああ。さっき見た人形はそんな単純なものじゃなかった。それに比べてこの図はゴーレムに近い。さっきの人形とは別なのか?」

「シュウさん、こっちに術式の一部みたいなメモ書きがあるのですよ!」

「どれだ?」

「これです」



 アイリスが見せたのは確かに魔術陣で記述されるものだった。残念ながらその一部であり、どんな術を完成させようとしていたのかは分からない。

 しかし断片的だが読み取ることはできた。



「空間魔術か。それも亜空間生成に類する術の一部だな」

「これに空間魔術ですか?」

「何をしようとしていたんだ? 意味が分からん」

「このゴーレムを召喚しようとしていた……とかですかね」

「それなら転移系で充分だろ」

「あ、そっか」



 シュウは一旦メモを置いて、機械の方を調べた。

 透明の板、大量のスイッチ、用途不明なダイヤルが並んでいる。



(このダイヤルから数字を予測できるか?)



 必ずしもゼロから順番に整数が並んでいるとは限らないが、参考にはなる。ここから推察して四則演算などの記号も分かるようになるはずだ。

 残念ながら十進数とは限らないが、そこは考えても仕方ない。



「アイリス、奥に行くぞ。実験品か何かがあるかもしれない。メモの意味が分かればいいんだが」

「はーい」



 二人は更に奥へと進んでいく。

 既に先行していた聖騎士たちが色々と調べているらしく、各所の扉が開いたままになっていた。ただ彼らが調べているのは危険の有無なので、扉を開けて一通り確認したら次へと移っている。

 そして彼らは、ある扉の前で止まっていた。



「どうした?」

「ああ、シュウ殿ですか。実はこの扉だけ開かなくて。お願いできますか?」

「分かった」



 再びシュウは分解魔術を行使する。

 だが、魔術は効果を及ぼさなかった。



「何?」

「どうしたのですか?」

「……効かない。魔術で封印されている」

「封印!? 解除はできますか?」

「問題ない」



 そうは言いつつも、正規の方法で解除するのは難しいと考えていた。術式を魔晶のようなもので発動しているらしく、術式が見えない。仕方なく、死魔法で魔力ごと消し去った。

 シュウは知らないことだが、ハッキングに近い方法で無理に封印術を解除した場合、部屋の内側から爆発する仕組みになっていた。死魔法により自爆の術式も消去され、偶然ながら綺麗に扉を開くことに成功したのである。

 そして扉の奥にはあるものが置かれていた。



「人……か?」



 巨大な円柱状の透明ケースの中に、男が入れられていた。





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