第202話 古代遺跡①


 隠蔽の結界は効果が小さく、強い意志を持って入れば抜けられる。動物の本能に刺激を与える精神干渉の魔術だ。これが動物や子供ならば嫌悪感を植え付けられ、ここから立ち去ろうとしたことだろう。

 しかし調査隊にそんなものは通用せず、その奥にあるものを見つけた。



「シュウ殿、これは?」

「小屋に見えるな」



 奥にあったのは一人か二人で使うような小屋である。ただしコンクリート製であり、窓がなく、扉も金属だ。早速とばかりに聖騎士が先行し、その扉を開けようと試みる。幸いにも鍵はかかっておらず、重い音を立てながら扉が開いた。

 扉の内側には魔術陣が刻まれており、それが青白く光っている。



「錆防止の魔術か。昔のものなのに原形が残っているのはこの魔術のお蔭だな」

「そうなると、年代測定は難しいですね」

「外の魔力隠蔽結界もこの魔術の痕跡を隠すためだったのか。随分と厳重だな……」



 ギャレットを除く三人の聖騎士が小屋の内部を順番に観察し、首を振る。

 どうやら何も見つからないらしい。

 敵やトラップがないという意味も含まれているが、本当に何もなかったのだ。椅子や机のような日用品は勿論、武器の類もない。小屋が残っている以上、風化して朽ちてしまったということもないだろう。ということは初めから何もなかったということだ。



「ギャレットさん、ダメです。一通り壁や床も叩いてみましたが、隠し空間もありません」

「……本当にですか?」

「今は魔術師を入れて魔術の痕跡がないか見てもらっています。しかし成果は期待できないかと」

「これだけの隠蔽が施されて、小屋に保存の術が刻まれているのに何もない……?」

「はい」



 そんな馬鹿なことがあるかと皆が思う。

 だが事実、誰も小屋の中には物理的にも魔術的にも仕掛けは施されていなかった。アイリスも中に入って確認していたが、何も見つけることができていない。アイリスはこの中でシュウに次いで魔術の実力があるため、彼女に見つけられないなら誰が探しても同じだろう。シュウもアイリスより上とはいえ、それも僅かなものだ。



(本当に何もないのか?)



 シュウは空間魔術によって亜空間に隠蔽されている可能性も考慮する。亜空間を生成した場合、特定の魔術を鍵としなければ開かないことがある。小屋そのものに仕込まれていなくとも、そこから繋がる空間を開くことができるかもしれない。

 だが一通りの感知を行ったが、空間魔術の痕跡もあるようには見えなかった。

 死魔法を扱うという関係上、魔力が残っていればそれを掌握するのは簡単だ。隠蔽されていようとも、魔術の跡は見分けることができる。そんなシュウでさえ見つからないのは不思議なことだ。



(考えられるとすれば、俺ですら見分けられない隠蔽がある……あるいは物理的に隠されている)



 『王』の魔物であるシュウを騙せるほどのものだとすればお手上げだ。そちらは考えるだけ無駄というものである。

 逆に物理的手段で隠されているならば見つけるのは難しくない。

 シュウはソーサラーリングから振動系の魔術を呼び出した。超音波によって固体内部を非破壊検査するための魔術で、精度はそれほど高くないが、構造物の発見をする程度なら問題ない。

 この予測は正しく、地下構造が発見された証拠としてソーサラーリングの魔晶が点滅した。



「何をしているのですか?」

「地下構造を調べていた。当たりだ」

「何ですって!? 本当ですか?」

「多分、どこからか入れるはずだ。小屋はフェイクかもしれない」

「なるほど……全員、この辺りの地面を調べてください。土の下に扉が隠されているかもしれません」



 ギャレットがそう言うと、皆は一斉に地面を探し始めた。ハデスの魔術師はソーサラーリングから地下構造物検知の魔術を発動し、自分たちでも調べてみている。その結果、地下に巨大な何かが隠されているということを確認することとなった。

 予測はあっという間に確信となり、おもに魔術で土が掘り返され始めた。ここでもソーサラーリングが活躍し、辺りの土は一気に除去される。

 目的のものはすぐに見つかった。



「自然物でないものを発見しました!」



 それを聞いてシュウやアイリスを含む全員が一斉に集まる。そこは小屋から五歩分ほど離れたところで、金属製の円形構造物が発見される。見ればすぐに扉であると分かった。

 シュウは一番前まで移動し、その扉に触れる。

 見た目は一回り大きいマンホールだ。しかし魔術が仕掛けられている様子はなく、ただの機械仕掛けと思われる。



「シュウさん、動かせます?」

「壊せば開けられる」

「そんなことして大丈夫なのです?」

「警報装置は作動するかもな」

「それ、いいのです?」

「もう中には誰もいないだろうし、警報ぐらいは問題ない。流石に自爆まではしないだろ。ここは海と近い場所にあるわけだからな。最後の拠点だったんじゃないか?」



 人類はディブロ大陸からスラダ大陸に逃げたと言われている。この遺跡の位置から推察して、最後の拠点だったことは間違いない。またここまで隠蔽しておきながら囮として設置されたダミーとも考えにくい。無理に入り口を破壊したところで、過剰な反撃はないというのがシュウの判断だ。

 そもそも数万年前の機械が生きているかどうかも不明だ。

 仮に機械を動かす技術があったとしても、電力不足で扉の開閉は不可能だっただろう。



「シュウ殿、本当に壊してしまわれるのか?」



 一方でギャレットは眉を顰める。

 古代遺跡は貴重な資料なので、あまり破壊してほしくないという意見だ。これは聖騎士たちだけでなく、魔術師や技術者たちも思っていることだった。

 しかしシュウは首を横に振る。



「おそらくは電波か何かを鍵にしていたと思うんだが、それが分からない。ハッキングしようにも電子錠を制御しているOSが分からないから無理だ。最後に、電源が入っていなかったら無意味だ。それなら入り口程度は破壊して、内部の遺跡に期待する方がいい」

「……そうですか。仕方ありませんね」

「そもそもこの程度の鍵ならそのうち再現できるようになる。急いで解明する必要もない」



 そう言われて皆がハッとする。

 古代遺跡を発見したことで、その全ての技術を回収しなければならないと固執していた自分たちに気付いたからだ。

 回収すべき技術は、自力での開発が困難と見通されるものに限る。その気になれば開発できるようなものにまで注力するのは無駄というものだ。

 ギャレットも納得し、深く頷く。

 了承を得たと解釈したシュウは、早速とばかりに分解魔術で入り口を破壊した。少々大きな魔力を使ってしまうが、分子レベルで分解すれば多少は安全である。仮に警報装置が組み込まれていたとしても、それすら消滅させることができる。

 ごっそりと削れた円形扉の下には、深い穴と梯子があった。



「地下ですか……我々が先行しましょう。安全を確認しますので、その後で降りてきてください」

「ああ……いや、待て」

「どうかしましたか?」



 シュウはアイリスに目を向ける。

 すると彼女はそれだけで全てを理解し、ソーサラーリングを通じて魔術を発動した。発動するのは移動魔術による気体分子の入れ替えである。地下空間が長期にわたって閉塞されていたということを考慮し、内部の空気を入れ替えることにしたのだ。

 大規模な魔術なので、技術者枠のシュウがやるより、魔術師枠のアイリスがやる方が自然である。魔術は数分ほど発動し続け、内部の空気の入れ替えは無事に完了した。



「これで毒ガスとかの心配はなくなったはずだ」

「感謝します。では」



 ギャレットは二名の聖騎士に目配せする。

 するとその二人は教会魔術師を二人だけ伴わせ、順番に梯子を下り始めた。






 ◆◆◆





 結果として地下遺跡の内部に危険は少ないと判断され、ハデスの技術者と魔術師も十人ほど地下に降りた。梯子の一番下に降りてまず見たのは、魔術の明かりに照らされた通路である。おそらくは鉄筋コンクリートであろう通路は無機質で、監獄を思わせる閉塞感がある。

 また天井や壁の下部には一定間隔で電灯と思しきものも並んでいたが、点いてはいなかった。

 通路の幅は四人がぎりぎり並べる程度。

 安全のため、二列になって進んでいく。



「シュウさん」

「どうした?」

「思ったより地味ですね。もっと壁画とか、変な機械とかがいっぱいあると思っていました」

「さっきも言ったが、この遺跡はディブロ大陸にいた頃の人間がスラダ大陸に脱出する寸前で利用していた拠点の可能性が高い。それだけ追い詰められていたわけだし、質素なものになるのも当然だろ」

「じゃあもっと奥地に行ったら……可能性はあるのです?」

「そうだな。東はオルハの奴らが調査しているし、無事に戻ってきたら何か聞けるかもな」



 遺跡と聞いてすぐに思い浮かべるのは洞窟や壁画、また蔦に覆われた石の建造物だ。しかしディブロ大陸の文明は現在よりも遥かに進んでいたとされており、必然的に遺跡も近代的……いや近未来的なものとなってしまう。

 アイリスのイメージも間違っておらず、逆の意味で期待外れというのも頷けるが。



「仮に資料があったとしても、まずは解読が必要だ。しばらくはつまらない解析ばかりだろうな」

「調べても早速分かるわけではないんですねー」

「当時の言葉を知る人間がいれば別かもしれないが、期待はできない」



 ディブロ大陸に関する謎は多い。

 どういうわけか、かつて人類がそこにいたであろうという曖昧な伝承しか残っていないのだ。当時の痕跡といえば僅かな伝承とアポプリス式魔術以外にない。当然ながら、使用されていたであろう言語など全く分かっていない。現在の言語は当時からの派生ではないかと言われているものの、スラダ大陸に別の言語体系を有する民族が複数いる時点で期待しない方がいい。



「前方に大きな扉を発見!」



 前方からそんな報告が聞こえてくる。

 シュウとアイリスは顔を見合わせ、隊列の前に移動した。





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