第201話 『鷹目』の証拠偽装


 拠点の強化はつつがなく行われた。

 まず下水道を完備したことで拠点のインフラを完成させ、また予備設備も整った。次に港が使いやすく整い、護岸工事も行われた。ついでに周辺も整地され、今後の布石としている。そして拠点の防御壁へのオリハルコンコーティングも無事に完了した。

 尤も、コーティングは出入口周辺だけに留まっているが。

 ここまでで三日が経過しており、その間に調査隊の準備も整っていた。



「さて、行くか」

「なのですよ!」



 ハデスの調査部隊はシュウとアイリスを中心とした魔術師部隊だ。流石に技術者を何人も連れていくわけにはいかないので、技術者として同行するのはシュウの他は二人だけであった。またシュウを含め技術者にもソーサラーリングを装備させているので、魔力が続く限りは自衛も問題ない。

 尤も、シュウには元から必要のない心配だが。



「シュウ殿、どうぞよろしくお願いします」

「ああ。お願いする」



 そしてハデスに同行する聖騎士は四名だ。また教会の魔術師も三名加わるため合計七名が追加戦力となる。そのリーダーに任命された聖騎士ギャレット・スレインが挨拶に訪れた。

 彼はAランクの聖騎士の中でも優れている人物であり、魔装の力も強い。また彼に従う聖騎士や魔術師もやり手ばかりだった。

 魔神教なりのハデスに対する期待なのだろう。



「さて、そろそろ調査における目標を共有しておく」



 シュウは調査隊の面々に向かって語り始める。

 ざわざわとしていた場が静まり、緊張度が高まった。



「まず第一目標は地図の作成だ。これは言うまでもない。そして第一目標に付随するものだが、第二目標は魔物の巣の発見にある。ただ、今回の調査で巣を発見しても潰す必要はない」



 戦力が充実しているとはいえ、まだ無暗に戦いを仕掛けるわけにはいかない。ディブロ大陸の魔物はスラダ大陸よりも強力だと言われているのだ。下手なことをして戦力を浪費させたくはない。

 これは事前の会議で決まったことである。

 魔物の巣を発見した場合、規模や魔物の種類だけ調査して引くことになっていた。



「それで第三目標だが、これは期待しない。前時代、すなわち人類がディブロ大陸に住んでいた頃の古代遺産を発見することだ。当時の技術は現代をはるかに凌駕していたと言われている。その技術を発見すればディブロ大陸制覇に役立つだろうというのが教会の見解だ。ただ昔のことだから残っているとは限らない。期待せず、見つかれば運が良かった……という程度に留める。いいな?」

「またこれらの古代遺産を発見した場合、優先的に調査権が与えられます。見つかった場合は期待してくださって構いませんよ」

「……そういうことだ」



 ギャレットの補足に調査隊たちは騒めき、浮足立つ。

 古代文明の遺産と聞かされて興味が湧かない技術者はいない。また一般人でも気になるところだろう。その調査権が優先的に与えられるとすれば、探すだけの価値はあった。



「ともかくだ。第一目標は地図の作成で、魔物を刺激しないことだ。欲に駆られて単独行動をしないように頼む。出発だ」



 シュウはそう締めくくり、彼らは拠点の外へと歩き始めた。







 ◆◆◆






 同時刻、ハデス本社の社長室にある男が訪れていた。

 その男は一見すると他社から訪れたビジネスマンだ。しかし正体は『鷹目』である。無数の変装パターンを有する彼の本当の姿を知る者は僅かである。勿論、ハデスグループ社長のエレボスも知らない。



「三日ぶりです、エレボスさん」

「ええ。今日はもしかして例の資料を?」

「ルーメン社の社長が『白蛇』と契約した証拠となる資料です。それと独断ですがルーメンの関連企業が闇賭博を経営している証拠を捏造しました。その顧客名簿を少し改竄し、ルーメン社長も賭博場に訪れていたということにしています」

「……そんなこともしていたの?」

「ついでに賭博場で有名な犯罪組織の幹部と歓談している写真も偽造しました」

「もしかしてあの方が考案していた画像加工技術を使ったの?」

「ええ」



 もはやオーバーキルではないかと思うほど無慈悲な情報操作である。

 また『鷹目』のことなので、情報公開のやり方も絶句するほどのものになることは間違いない。その気になれば彼の情報操作で国が滅びるのではないかと心配になるほどだ。

 ちなみにいえば、『鷹目』は神聖グリニアを滅ぼそうとしているので、その気になれば国を滅ぼせることは間違いない。小国を滅ぼす地力がなければ大国に手を出そうなどと思わないだろう。



「それだけ捏造すれば隙が生まれるのではなくて? いくら何でも忙しい社長という人物にアリバイを与えず追い詰めるのは可能なのかしら?」

「無論ですよ。そのために魔石の取引をして頂いたのですから」

「どういうこと?」

「魔石の取引は一般企業に紛れて行われました。つまりこれが露呈した時点で、ルーメン社長には他にも偽装して結んだ契約があるのではないかという疑いが生じます。そして私が残す証拠は、もしかすると表向き合法に見せかけた違法行為だったのではないか、と思わせるに足るものです。そして人は与えられた情報より、自分の想像を信じます」

「情報の誘導ということ?」

「これも情報操作の基本ですよ。思考を誘導し、自らの手で誤った結論に至らせる手法です」

「……本当に怖いわね」



 これらは情報メディア企業が複数誕生したからこそ取れる手段だ。

 一般市民は何も考えず自分の労働と生活に集中すれば良かった昔とは異なり、今の時代は市民の一人一人が多くの情報に晒され、考えさせられている。また義務教育という概念が生じたことで、市民の思考レベルも非常に高い。

 誤情報を与え、偽装した結果に到達させる。

 今の『鷹目』はそんなこともできるのだ。妖精郷で開発された最新の魔術や科学技術も積極的に取り入れているので手が付けられない。



「まさか他にも何かしているの?」

「ええ、まぁ、色々と」

「……今の内に全部教えなさい」

「残念ながら私はあなたに雇われているわけではありませんから、これ以上は有料です」

「いいでしょう。幾らかしら?」

「知り合い価格で提供しますよ。二百万でどうですか?」

「問題ありません」



 エレボスはデスクの下にある金庫を開き、そこから札束を二つ取り出す。

 慣れた様子で『鷹目』がそれを数え、それが終わると懐に仕舞う。



「交渉成立です」

「話してもらうわよ」

「ええ、まずは事前に『死神』さんに依頼して尋問神官を暗殺させました。嘘を見抜く魔装使いの神官ですよ。つまりルーメン社長が冤罪を主張しても証明する方法がありません。他には――」



 全てを聞き終わった時、エレボスはあまりの酷さに味方で良かったと安堵したのであった。






 ◆◆◆






 シュウが率いる北方への調査隊は順調に進んでいた。

 魔物に遭遇することもなく似たような景色が続くため、全体的に油断も生まれていた。



「何も見つかりませんねー」

「意外と魔物もいないな。今のところは気配も感じない」

「どうするのです?」

「こういうことも想定はしていた。初めに言っただろ。地図を作るのが一番の目的だってな」



 何もない場所を歩くだけなので、アイリスはすっかり飽きていた。

 そういうシュウもかなり飽きてきていたが。



「少し遠くを見てみるか」



 シュウは周りにバレないように、瞳の内部に魔術陣を構築する。勿論、周りに気付かれないよう、魔力は最低限しか使わない。

 光の振動魔術によって遠くの景色を取得し、めぼしいものがないか確認した。



(海、岩場、森……自然物ばかりか)



 残念ながら第三目標に設定した古代遺物は見つからない。そして驚くべきことに第二目標の魔物の巣ですらなかった。



(もう少し魔物が多いと思っていたが、そうでもないのか?)



 ディブロ大陸の事前予測というものが神聖グリニアからもたらされ、各社はそれに応じた装備を整えるように言われていた。その予測とは魔物が跳梁跋扈する魔境であるというもので、もっと頻繁に魔物が出没すると思われていたし、シュウもそう考えていたのだ。しかし実際はそうでもない。

 意外にも野生動物の方が多く、またシュウも見たことのない動物がかなりいた。スラダ大陸とは別の進化を遂げたに違いない。



「ん?」

「どうしたのです?」

「いや、ちょっと待て」



 シュウはあることに気付き、改めて確認し始めた。

 そうして事実を認定する。



「止まれ」



 それほど大きな声ではなかったが、シュウの声は全員に届いた。まるで従うべき王の命令を聞いたかのように規律正しい動きだ。それもそのはずで、シュウは無意識ながら魔力を込めて命じていた。魂に作用する魔力を込めて飛ばす言霊は、他者を従わせる力がある。

 これも魔力差が圧倒的だからこそ起こる現象で、魔術というほどのものでもない。

 誰一人、シュウの命令を疑問に思うことなく実行した。

 ただし疑問を感じないのは止まれと言われて止まった自分たちに対してであり、何故停止を命じたのかについては別である。

 ギャレットは不思議そうに問いかけた。



「どうしましたか? 魔物でも見つけましたか?」

「あの森」

「森……前方にある森ですか?」

「ああ、偽装しているが、魔術陣が仕込まれている」

「本当ですか?」



 これを聞いて首を傾げたのはギャレットだけではない。同行する聖騎士、魔術師、また技術者は勿論、アイリスもだった。



「行けば分かる」



 しかしシュウはその場では答えず、先頭に立って森の方へと進んでいく。一応、シュウはハデスのリーダーとしてこの調査隊に参加している。つまり優先して守るべき人物ということになっているのだ。ギャレットがシュウの少し前まで移動し、護衛としての役目を果たす。

 森は目で分かるほど近くだったので、すぐに着いた。



「シュウ殿、特に不審な点は見つかりませんが?」

「偽装しているからな」

「といいますと?」

「たとえばその木だ。俺の身長の倍くらいの高さに印があるだろ? 小さな魔術陣だ」



 ギャレットは慌てて確認し、それを同行している教会魔術師にも見せた。木の幹に刻まれていて非常に分かりにくかったが、確かに魔術陣である。



「これは刻んだというより、焼き印に近いです。レーザーか何かで型を取り、それに合わせて術を刻み込んだのかと。これほど細かい魔術陣だなんて……」

「それほど凄いのですか?」

「ギャレット殿は魔工学に詳しくないでしょうから……しかし専門の者が見れば驚きのあまり卒倒するかもしれませんね。私が分かる限り、この親指の爪ほどしかない魔術陣の中に二つの効果が混ぜられています」

「シュウ殿はよく見つけたものだ……」



 一方でシュウは少し離れたところにある別の木に近づき、そこでも魔術陣を見つけていた。



「ここにも魔術陣がある。この魔術は複数の魔術を特定の配置をすることで領域的に効果を及ぼすものだ。それに用心のためか知らないが、一つや二つほど欠けたところで隠蔽が解けることもないようにバックアップの効果も付与されている」

「何が隠されているので……聞くまでもありませんね」

「ああ、古代の遺跡だろうな。期待はしていなかったが、こんな簡単に見つかるとは」



 聖騎士たちは森の少し奥に侵入して危険がないか確かめ、魔術師たちは新たに魔術陣がないか探している。古代文明は何故か分かっていないことが多く、その技術も多くが廃れている。現存する古代技術はアポプリス式魔術だけであるとも言われているのだ。こうして古代技術の片鱗と思しきものが見つかった以上、優先して調べることになる。

 ギャレットは感心してシュウに尋ねた。



「どうして見つけることができたのですか?」

「この辺り一帯を魔術で探知していたんだが、この森の一部で動物が近づかないエリアがあってな。丁度円形に動物が避けて通る場所があったからもしかしてと思って調べた」

「調べたと言いますと、遠見の魔術を?」

「ああ」

「となりますと、動物除けの魔術になるのでしょうか?」

「多分な。動物のせいで壊されたりすると不味いものが奥にあるのかもしれない。この小さな魔術陣そのものは動物除け、魔力隠蔽の結界、空中魔力吸収あたりか」

「解除は可能ですか?」

「所詮は動物除けだ。解除するまでもなく入れる。何となく嫌悪感を覚えるかもしれないが魔術の効果だ」

「なるほど。では進んでも問題ないわけですね」



 最悪は地図を作って終わりということも考えられたので、成果を上げられるのは良いことだ。ギャレットもあからさまに安堵してみせる。結界の解除が難しいならば諦めなければならなかったからだ。

 調査隊は聖騎士を先頭に、森の奥へと進んだ。





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