第200話 調査会議


 突貫工事で行われたディブロ大陸での拠点作成だが、深夜となる頃にはいち段落していた。

 魔物の襲撃から守るために高い防壁が築かれ、その上には見張りの聖騎士が常に立っている。また防壁には魔術大砲も設置されているため、攻撃力には事欠かない。またいざ戦いとなれば、教会や各社の魔術師たちも参戦する。

 そして肝心の内部設備だが、インフラもほぼ整った。

 電気系統は優先的に設置され、続いて水の確保が行われた。幸いにも海がすぐ側なので、魔術で有害物質や余計な塩分を除去し、飲み水を確保したのである。これらはハデスの魔術機械によるものである。

 こうしてディブロ大陸に到達し、一晩明けた朝。

 主要な人物があるテントに集められていた。

 まずはリヒトレイを中心とした教会の聖騎士や魔術師が数名、そして各社の代表とその補佐役が顔を合わせ、今後について話し合うことになっている。



「昨晩のことですが、通信設備を設置して頂いてすぐに本国と連絡を取りました。教皇猊下も無事に我々が到着したことを喜んでくださったようです」



 リヒトレイの挨拶から始まったこの会議は、まず現状の確認が行われた。敷設された隠し設備の完成度の報告が各社から始まる。

 まずは各種インフラを整えたハデスからだ。

 シュウは幾つかの資料を配布してから説明を始める。



「まず全ての基盤となる電気設備だが、メインをここに設置している。それと予備電源も地下に設置した。この地下室はオルハの魔術師に協力してもらっている。これらの設備は重要だから、念のために地下と地上に分けて設置したい。水道は今のところ地上だけだが、明日までには予備として地下に設置する」

「電気の供給量はどの程度ですか?」

「今の設備ならば常時稼働を続けても電気が尽きることはない。それともしもの時に備えて蓄電池も用意しているから、電気の使用量を気にする必要はないと思う」

「では水道も?」

「同様だ。それと小さいが浴室も作っておいた。これも今のところは好きなだけ使える」



 おお、と小さな歓声が上がる。

 いわゆる軍事拠点において電気や水道といった設備は常に節約を命じられるものだ。しかし気兼ねなく使えるとすれば、その分だけストレスも減る。更に自由に浴室を使えるということも大きい。未知の場所には未知の病原菌が潜んでいることも考えられるため、身体の清潔を保つことは大切なのだ。

 この中ではやはり女性であるクリエラが嬉しそうだった。



「ただ下水処理がまだできない。それは本日設置の予定だ。それまではオルハに用意してもらった一時的なプールに貯める。少々臭いが残ると思うが、我慢してほしい。最後に通信機の話だ。こちらは完成しているからいつでも使える。ハデスからは以上だ」

「ふむ。ありがとうございます。では次にオルハに頼みましょう」

「分かりました」



 オルハ代表のクリエラが頷き、大きなテーブルの上に一枚の紙を置く。それはテーブルを丁度覆うほどの大きさだった。



「これは……地図ですか」

「はい」



 ある聖騎士の漏らした言葉を拾ったのか、クリエラは頷きつつ返事をした。

 広げられた地図の中心付近に拠点の詳細が記されており、外側は白紙である。つまりこれから埋めていくということだ。また拠点部分の地図も意外としっかりしていた。

 まずクリエラは拠点外周部分を指しながら説明する。



「このように拠点を守る形で多重防壁を構築しています。こちらは今のところ土壁ですが、少しずつ我が社でオリハルコンに変質させる予定です」

「どの程度の時間がかかりますか?」

「オリハルコンコーティングでしたら数週間で完了します。しかし完全オリハルコン化となりますと数か月は必要だと思います」

「ではまずはコーティングをお願いしましょうか」



 リヒトレイはそう言いながら地図上の防壁を指さし、更に続けた。



「まずは脆弱になりやすい出入口近辺からお願いします」

「かしこまりました」

「港の方はどうなっていますか?」

「そちらはほぼ完成しています。しかし今後のことを考えるなら船を整備するためのドックも建設しておきたいですね。港に隣接する形でまずは基礎工事を進めています」



 クリエラの提案は実に正しく、船を整備する専用の設備は絶対に必要だ。

 今回は港でそのまま整備しているが、航行中に大きく破損してしまった場合のことも考えなければならない。第二次、第三次と調査隊が派遣されるうちにそのようなこともあるかもしれないため、未来のためにもドックは必要不可欠だ。



「ふむ。建材は足りますか?」

「流石に完成は難しいでしょう。しかし基礎程度なら今の内に作れます」

「では防壁のオリハルコン化に余裕があればそちらもお願いします」

「かしこまりました」



 一通りの説明が終わり、続いてカーラーンの番となる。

 代表の老人スーリヤは懐から指示棒を取り出し、防壁を指しつつ自社の成果を説明する。



「我々は魔術大砲の設置を優先しました。一番外の防壁に三十二門をいつでも使えるようにしています。またこの辺りとこの辺り、それとこの辺りには地雷を設置しました」



 拠点は北、東、南の合計三か所に出入り口を設置しており、それ以外の方向に地雷を設置している。立ち入り禁止の立て看板を設置しているが、こういった情報は共有されるべきだ。

 続いてスーリヤは拠点の内側を指す。



「そしてここに監視用の塔、こちらに大砲の砲弾倉庫を置きました。砲弾倉庫は念のため三か所に分散しています。念のため、砲弾の生産設備も置きました。しかし残念ながら手作業となりますので、我々が総出で作っても一日あたり百発が限界でしょう」

「他の兵器状況はどうなっているのですか?」

「小火器を五十、擲弾筒を三十、狙撃銃を十、それぞれ用意しています。しかし弾の数には限りがありますので、不用意に使うべきではありません。こちらは流石に機械がなければ生産できませんので。これらは我が社の魔術師が警備する倉庫にまとめてあります」



 流石にカーラーンは兵器会社だけあって、武器が充実している。また持ち込まれた武器もカーラーン社の最新モデルであり、暴発や故障の心配もほぼない。火器類のような超精密機器は小さな部品の不具合で全体が動かなくなったり、動作不良を起こすこともある。剣や槍や弓矢を使っていた昔と異なり、銃火器を扱う現代では安全かつ扱いやすいということが求められる。

 その点、流石は老舗だけあって、カーラーンの武器は信頼があった。

 聖騎士もサブウェポンとしてカーラーン製の拳銃を装備している者が多いため、特に彼らから安堵の息が漏れる。



「これで拠点の全容が掴めてきましたね。次に警備状況を確認しておきましょう」



 リヒトレイが近くにいた聖騎士へと目配せする。

 すると彼はテーブルの下から両手で抱えるほどの箱を取り出し、それを開けた。中にはカラフルな円錐形の駒が入っている。そして彼はその内の白の駒を並べ始めた。

 同時にリヒトレイは駒について説明する。



「白の駒は我々聖騎士や教会の魔術師を指しています。また黒の駒はあなた方の魔術師です。そして今後魔物が現れた場合は赤の駒を配置します」



 地図上の防壁にあたる部分に白の駒が並べられていき、またその少し内側に黒の駒が少し置かれた。更にその二種類の駒は拠点内部の重要設備の付近にも幾つか並べられる。



「こうして見ると分かるかと思いますが、この程度の拠点を守るのに現状の戦力は過剰です。特に装備に余裕のある今は。また拠点の設備も数日以内には完成するでしょう。流石に防壁をオリハルコン化するまでは待てませんから、まずはオリハルコンコーティングの完成を待って外部への調査を開始したいと思います」



 この決定は当然のものだ。

 いや、ようやくディブロ大陸遠征の本当の作戦を開始するに至った。この場にいるおおよそ全員が気を引き締め、次の言葉を待つ。



「この遠征作戦にあたり、戦力の充実している内は一気に調査を進める予定です。オルハの方々には北、東、南にそれぞれ出入り口を作っていただきました。このことから既に予想している方もいるでしょう。私たちは戦力を四つに分け、その内の三つを使って各方面を同時調査します。勿論、残る一つの戦力はここの防衛です」

「あの」

「どうしましたかアルケイデス殿」

「その戦力はどのように分割するのでしょうか」



 これはそれぞれ気になるところだった。

 ただ、勘の良い者は想像できる。



(どうせ各社がどこかに配置されるんだろうな)



 シュウもそのように予想する。

 実際、その通りであった。リヒトレイは周囲を見渡しながら告げる。



「四社にそれぞれ分かれてもらいます。そこに聖騎士と魔術師も付き添います。またどこがどこに向かうかは我々の方で先に決めさせていただきました。異論はありませんね?」

「……そ、それは」

「異論ですかアルケイデス殿?」

「いえ……」

「では早速発表しましょう。まずハデスグループは北、続いてオルハは東です。私もオルハと共に向かいましょう。そして南がカーラーンです」



 やはり、という思いをアルケイデスは抱く。

 航行中でのこと、また拠点設営中での功績を考えれば当然の結果だ。今回の作戦において実際の調査に出向けることは名誉なことであり、拠点防衛しかできないというのはルーメンにとって最悪の事態である。

 何としてでも成果を出せと厳命されているアルケイデスは焦りを覚えた。



「お、お待ちください! 我々は! 我々の技術は実戦でこそ役に立ちます。調査には我々を選んでください! どうか!」



 アルケイデスも必死だ。

 恥も外聞もない要望であることは分かっているが、こればかりは譲れなかった。

 しかしそう簡単にリヒトレイも首を縦には振らない。



「言ったはずです。これは私たちが決めたことだと。四社の方々で相談すればいつまでも決まらないのは目に見えていますから」



 そう言われるとアルケイデスも反論できない。

 社長に言われたから調査に参加させろなどという無茶が通るわけもないのだ。残念ながら彼には黙って引き下がる以外の選択肢はなかった。

 しかしリヒトレイも可哀そうに思ったのだろう、妥協案を提案した。



「調査は何も一回ではありません。一度目の調査で周辺地理の情報を持ち帰り、二度目の調査も行います。その際にはルーメンの方々も参加していただきましょう」

「は、はい。ありがとうございます!」



 その様子を見て、誰もがルーメンは落ち目だと考える。

 また人間には多数派に流れやすいという心理があるため、聖騎士もオルハもカーラーンもルーメンを見放すようになるだろう。シュウの思惑通りに。






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