第199話 沿岸拠点の建設


 ディブロ大陸への上陸。

 神聖グリニアが長年望み続けてきた偉業が遂に成し遂げられた。とはいえ、そんなことでいちいち祝ったり騒いだりする暇はない。ディブロ大陸は未知の世界であり、魔物に支配されていると思われる場所だからだ。一刻も早く足場を整え、身を守る準備をしなければならない。



「ここから……ああ、そこまでだ。頼む」

「了解です」



 オルハの魔術師たちが錬金術によって地形を操作する。錬金術といっても、実情は物質を魔術によって変形させるだけの魔術だ。本当の錬金術は機密であるオリハルコンの錬成ぐらいである。残念ながら卑金属を貴金属に変質させる魔術は開発されていない。

 地形変化が発動し、即席の港を囲むように壁ができあがっていく。



「おーい。オルハの魔術師さん。魔術砲の土台を作ってくれないか?」

「要望は?」

「砲台を壁で隠すようにして欲しいんだ。砲身を出す穴だけ開けてくれ」

「分かった」

「だいたい……三十ほど作ってくれ」



 またカーラーンの技術者たちは拠点に設置する兵器を準備している。船にも装備されていた魔術大砲の他、通常の火薬兵器も設置する。火薬兵器のほとんどは地雷であり、それらは壁の外に埋められた。何も知らない魔物が地雷を踏めば、少なくとも体の一部は吹き飛ぶであろう威力に設定されているため、間違って人が入らないよう注意看板も立てられた。

 ともかく、いつ魔物がやってくるかも分からない。

 拠点を守る設備は早急な設置が必要だ。

 一方で拠点内部の設備を作っているのがハデスである。神聖グリニアのあるスラダ大陸と無線通信によって繋ぐための設備を建設する役目がある。また通信設備を動かすための発電機の設置もハデスの役目だ。シュウはハデスの技術者のリーダーとして、そちらの指揮をしていた。



「あっちの通信機の座標設定を記録した魔晶ってどこだ?」

「えっと……まだ積み込まれているかもしれません」

「私が取ってくるのですよ!」

「なら、頼むぞアイリス」

「三番艦の船倉に入っているはずなので、そこまでお願いします。ハデスのロゴが入ったアタッシュケースに入っているはずです。型番号は、えっと」

「十六番だ」

「分かったのですよ!」



 主に荷物運びのアイリスが走っていく。

 彼女も長く生きているだけあってそれなりの技術はあるのだが、あまりそれを披露することはない。彼女はどちらかといえば魔術師枠で乗っているためだ。素直で雑用も進んでこなすため、技術者たちからも歓迎されている。



「変電装置、設置完了しました。配線はどうしますか?」

「あー……もう少し待て」



 シュウは設計図を眺めつつ、変電装置周辺の配線をチェックする。

 装置としては比較的単純なものだが、繊細なものなので配線を間違えると壊れかねない。ただ、これでも魔術によって装置は簡略化されている方だ。



「……とりあえず変電のチェックを先に済ませてくれ。発電機の設置はどうなっている?」

「もうすぐ終わります。ただ蓄電池がまだ届かなくて」

「それも積み出してなかったのか」

「すみません。テントを優先しているらしくて。それとメインで使うはずだった蓄電池が一番艦に積み込んであったので、もう予備しか残っていません。予備は船倉の奥にあるみたいです」

「なら仕方ないか」



 一番艦が沈んだ影響は意外と大きい。

 船団の内、ほとんどは物資を輸送するための船だった。勿論、一番艦にも多くの物資が積み込んであったので、沈んだことで失われたものもかなりある。それを想定した予備も用意されているが、所詮は予備なのでどこに仕舞っているか把握できていない場合が多かった。

 そんな混乱もあり、まだ積み下ろしできていない機器も沢山ある。



「先に他の電気設備に電気を優先的に回してくれ。それと手の空いていそうなオルハの魔術師を呼んで、地下空間を作るように言ってくれ。予備の発電施設は地下に置こう」

「地下ですか? 配線が難しくなりますけど」

「安全を期すならその方がいい。予備だから後でもいいと思っていたが……メインを先に用意できないならそっちを先に終わらせる。それとメイン設備も近い内に地下に移動させる。今回は早さを優先しての地上設置だからな」

「わかりました」

「位置はバラバラにしておけよ。拠点内にも防衛線を構築することを考慮して、それぞれの防衛線に予備を置くようにしろ」



 軍事的拠点の作成には人手も時間もいる。

 そして夜になれば作業も進みにくくなるだろう。それまでに少なくとも電気設備は整えなければならない。



「もうすぐ日も沈む! 急げ!」



 シュウの凄みある怒鳴り声を耳にした技術者は、若干作業スピードを早めた。






 ◆◆◆






 ハデス、オルハ、カーラーンの三社が専門分野を活かして拠点を作っている時、ルーメン社だけはテントの設営に関わっていた。そもそもルーメンは魔術増幅器である杖を生産しており、拠点の作成とはあまり関係ない。またルーメンの魔術増幅器は個人が持ち運ぶことを前提とした開発をしているため、拠点に設置するような大型で高威力の期待できる装置に関するノウハウがない。

 結果として、誰でもできるテントの設営に関わることになったのだ。

 勿論、ルーメンとしては面白くない。またアルケイデスは焦りを感じていた。



「ハデスはどう足掻いても我々が仕事をできないようにしたいのか……」



 ルーメンがここまで疎外されているのは間違いなくハデスのせいである。露骨にルーメンにできることを奪っていくのだから、そのように解釈しても当然だった。

 一応は聖騎士に混じって杖を装備した魔術師が周辺警備にあたっているが、技術者たちは総出でテントを設営している。これはまさに屈辱であった。



「アルケイデスさん、荷下ろしに数人貸して欲しいと言われました。手の空いている人はいますか?」

「……こちらも暇ではないのですが」

「それは言ったのですが、電気設備が優先だと聖騎士の方々にも言われてしまいまして」

「電気……と言いますとハデスですか」

「はい」



 アルケイデスは深呼吸する。

 テントの組み立てのみならず、荷下ろしという雑用まで手伝うことになっているのは納得がいかない。本来、積み荷を降ろすのは船員たちの仕事だった。人手が足りないのは分かり切っているが、ここまで馬鹿にされると怒りを通り越して絶望すら覚えた。



(我々のブランドは何一つ役に立たない。それを思い知らされるだけになるとは)



 ルーメンは長年、魔術師用の魔術増幅器を独占販売してきた。杖を上回る性能の増幅器がなかったが故に、ただそれだけで企業として成立したのだ。それだけ魔術の需要が増えたというのも理由の一つだが、やはり誇るに足るだけの技術はあった。

 しかし、そのせいで魔術増幅器以外の技術がほとんどない。

 増幅用の刻印技術も小型化と効率化を集中的に研究開発していたので、カーラーンのように大型兵器を前提とした技術もない。よって拠点設営においては何一つすることがないのだ。

 アルケイデスも分かってはいたが、改めて思い知らされた。



「どうしますか?」

「仕方ありませんし、三人ほどそっちに回しましょう」

「いいんですか?」

「私たちは実際の調査になってから……そう、それからです」



 杖の技術は拠点の設営に向かないだけであり、実戦となれば必ず見せ場はある。

 アルケイデスはそう自分に言い聞かせた。






 ◆◆◆






 通信機用の魔晶を取りに行くために三番艦に赴いたアイリスだが、迷子になっていた。

 実を言うとシュウもアイリスも最近は転移で移動することが多かったので、彼女の方向音痴を失念していたのである。



「んー……また行き止まりなのですよ」



 作業中の船員に聞いて三番艦に乗ったまでは良かった。

 しかし船倉に辿り着けない。幾度も行き止まりに阻まれ、道を聞くことのできる船員にすら遭遇しない。これにはアイリスも危機感を覚えた。



「また外に出ることができたらいいんですけど」



 そう言いながら近くの窓に手を当てる。

 残念ながら船に取り付けられた窓は全て嵌めこみ式であり、しかも防弾措置の施された頑丈なものだ。壊す気はないが、アイリスでは魔術を使わない限り破壊できない。



(こっそり転移使ってもバレないですよね?)



 アイリスも既に転移魔術は会得しており、魔石を使わずとも発動できる。発動速度はシュウほど早くないが、転移精度は充分に実用レベルだ。

 しかし一般にはまだ転移魔術は普及していない。

 シュウもハデスで転移魔術を売り出す方法を考えているのだが、その気になれば魔術でどこにも潜入できるという危険な魔術であるがゆえに、政治的判断で販売できない状況だった。特定の場所と場所を繋ぐ転移門という形で売るのが最適解だというのがシュウやエレボスの判断だが、術式を解き明かされないように魔晶に解析プロテクトを構築するのが先だ。そんな諸々の理由により、転移魔術はまだ普及していない。



「そんなところでどうしましたかお嬢さん」



 転移を使おうかと悩んで気を抜いていたアイリスは肩を揺らす。

 思考に集中していたとはいえ、背後を取られたのは驚きであった。しかし振り返ると納得である。そこにいたのは覚醒魔装士リヒトレイであった。



「あ、『穿光』の……」

「はい。何かお困りですか?」

「実は迷子になってしまったのですよ。船倉に荷物を取りに行きたくて」

「ここは船室です。船倉はもっと下ですよ。お付き合いしましょう」

「ありがとうございます。助かったのですよ」

「こちらですよ」



 柔らかな笑みを浮かべつつ、リヒトレイは先導する。

 魔女と聖騎士という相容れない存在のはずだが、『鷹目』による長年の情報操作によってアイリスの顔は知られなくなっている。実際、彼もアイリスの正体に気付いていなかった。ただ聖騎士として、困っている女性を助けただけである。



「ところであなたはどこの会社の方ですか?」

「ハデスの魔術師なのです」

「ほう。ハデスの。ということはソーサラーリングを?」

「はい」

「私も使ってみたいとは思っているのですが、まだ買っていないのですよ。やはり便利ですか?」

「苦手な属性も簡単に使えるようになるから便利ですよ。私は風属性が得意ですけど、それ以外の属性も発動できるのです」



 ほう、と感心した様子で息を吐くリヒトレイ。

 彼は遥か昔から生きている聖騎士であり、ありとあらゆる魔術を知っている。勿論、魔神教が秘匿指定している魔術も知っていた。



(教えてしまえば、どんな魔術も使えてしまうのかもしれませんね。ソーサラーリング……便利だが、危険な力だ。ハデスとの取引は注意する必要があるかもしれませんね)



 呑気なアイリスの隣で、リヒトレイはソーサラーリングの危険性をただ一人理解していた。







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