第198話 ディブロ大陸発見


 ハデスグループの社長、エレボスの朝は早い。

 日が昇る時には社長室に出勤しており、書類の整理をしている。ハデスグループは本社ハデスの他、関連する中小企業を含んでいる。それらの中小企業は企業代表によって仕切られており、その報告は全てエレボスの下に集約されることになっているのだ。故に彼女は毎日忙しい。



(これは……)



 報告書を読んでいた彼女は、ふとその手を止める。

 ホークアイカンパニーという中企業からの報告書である。事業内容は広告やマーケティングであり、ハデスグループを運営するに当たって重要な役目を担っていた。

 だが、実は『鷹目』の運営する会社である。



(暗号ね)



 エレボスは報告書に偽装した『鷹目』からの暗号を解読する。

 一見すると普通の報告書に見えるが、実は特定の言葉を置き換えることで本来の文書が浮かび上がるようになっているのだ。エレボスは慣れた様子で暗号を解読し、本来の文書を読み取る。



「……なるほど。これでルーメンも終わりね」



 その内容はルーメン社が黒猫と取引して魔石を手に入れようとしているという情報だった。また近い内に証拠となる取引の書類も用意するとのことだ。それさえあれば、闇組織との取引を許さない魔神教も動くことだろう。特に禁制物質である魔石を手に入れようとしていたのだから、間違いなくルーメン社は終わりだ。

 まさに予定通りである。



「思ったより焦っているのかしら? こんな簡単に引っかかるなんてね」



 不敵に笑みを浮かべる彼女は、続きの書類を処理し始めた。







 ◆◆◆






『社長、ラビットフット社の使いを名乗る方が面会を求めておられます。企画八号のサンプルをお持ちしているそうで、そちらにお通ししてよろしいでしょうか?』

「分かった。通してくれ」

『畏まりました。社長室にご案内いたします』



 ルーメン社に午後一番の面会客が訪れた。

 社長のポルネウスはデスクの書類を片付け、立ち上がって姿見の前に立つ。身嗜みを整え、『赤兎』と面会するための準備を整えた。

 再び席に就いてしばらくすると、扉がノックされる。

 入室した『赤兎』は懐から防音の魔道具を取り出し、起動した。ここまでは前回と同じだが、今日は左手に小さなアタッシュケースを携えている。



「お久しぶりです。充分な報酬と確認できましたので、例のものをお持ちしました」



 『赤兎』はアタッシュケースをデスクに置き、鍵を解除して開く。

 内部は厳重に梱包されており、アタッシュケースの中にも小さな箱がある。『赤兎』の目配せを受け、ポルネウスは箱を手に取った。



「これが魔石か?」

「どうぞ、中を確認してください」



 ポルネウスは箱を開く。

 中には親指の爪ほどの大きさの青白い石が収められていた。半透明なので一見するとクリスタルの変異種に見える。しかしポルネウスはこれが大変なものであることを知っていた。

 試しに魔石へと触れ、魔術を念じる。

 するとポルネウスの目の前に水球が浮かび上がった。



「なるほど。念じるだけで魔術陣もなく……噂通りだ」

「本物だと確信できましたか?」

「もう少しレベルの高い魔術でも試してみたいが、ここでは難しいな」

「品質までは私では保証しかねますが、『白蛇』が用意したものですから問題ないと思いますよ」

「そうだと信じたいところだ」



 そうは言いつつもポルネウスとて疑ってはいない。

 黒猫とは古くからある闇組織であり、裏社会では伝説的存在となっている。この程度のつまらない詐欺など仕掛けてはこないだろうという信頼があった。



「品に満足できた、ということでよろしいですか?」

「ああ。感謝しよう」



 ポルネウスが魔石を箱に収め、大事に大事に鍵付きの引き出しへと収納した。一方で『赤兎』は持ってきたアタッシュケースを折り畳み、一礼する。



「では私はこの辺りで失礼します」

「ああ」

「またのご利用をお待ちしております」



 取引を終えた『赤兎』は社長室を去った。







 ◆◆◆







 調査隊の船団は特にトラブルもなく航行を続けていた。

 沈んだ一隻は見捨てることになったが、電撃網が完成してからは魔物が近寄ってくることもなかった。実際は精霊エレメンタル海大妖精ハイマーメイドが索敵と迎撃をすることで魔物を退けていたのだが。



「見えた! 大陸が見えました!」

「ついにか」



 四番艦の艦橋では大陸の発見に湧き上がっていた。

 前方遥か先、右から左まで海岸線がしっかりと確認できる。つまり島ではなく大陸だ。出航してから五日目になって、ようやくディブロ大陸に到達した。



「まずは安全を確認しつつ接近し、接岸できるかどうかを調べろ。不可能なら魔術師を先行させ、臨時の港を整備する。オルハの魔術師に艦内放送を流せ」

「はい」

「それとリヒトレイ様にも連絡だ。確かまだ休んでおられたな?」

「では私が参ります」

「うむ。魔物を警戒しつつ、小舟の準備もせよ」



 艦長の命令に従って船員たちは動き始めた。

 ディブロ大陸を発見した後の行動は既に決まっており、まずはオルハの魔術師を派遣することになっている。オルハは錬金術という物質加工の魔術を多く開発しており、それらを得意とする魔術師が多く所属しているのだ。彼らの手を借りて沿岸部を急造の港に作り替えるのである。元から接岸できそうならば問題ないのだが、まず間違いなくそんなことはない。大型船が陸に付けられる自然地形を期待するのが間違いだ。

 また港の作成は今回の遠征で最も重要な作戦でもある。

 今後も遠征は繰り返されるため、ディブロ大陸に拠点となる場所を作成する必要がある。また神聖グリニアから拠点までの航路を確立し、いずれくるディブロ大陸制覇計画のための補給路としなければならない。



「さて、ここからが本番だ」



 気合を入れ直し、艦長も遥か向こうの大陸を見つめた。






 ◆◆◆






 シュウたち技術者や魔術師は四番艦に全員が乗っており、艦内放送で大陸が近いことを知った。そして各社の社員がこの船に乗っている意義を示す時がやってきたのだ。

 ハデス、オルハ、カーラーン、ルーメンはそれぞれ、ディブロ大陸での拠点構築のために尽力する必要がある。本来は土木工事専門の人員が必要なのだが、それらを全て魔術で片付けるのだ。特に錬金術を得意とするオルハや、兵器会社のカーラーンが活躍することだろう。



「ようやくですねー」

「ああ、俺たちは通信システムの設置が仕事だ」

「魔術通信ですね」



 拠点の作成においてハデスが担うのは通信機の設置だ。

 ハデスグループの抱える企業の中には通信事業を担っているものもあり、魔術による超長距離無線通信のシステムも開発している。音情報を電波に変換して魔術で飛ばすだけだが、科学だけの通信機よりも簡易的に作れる。魔術で飛ばすため電波の損失を気にする必要がなく、また曲げて飛ばすことができるので電波のみで遠くまで届く。本当ならば複数の基地局や光通信回線を利用して遠くまで運ばなければならないのだが、魔術が全てを解決してくれた。



「通信機は電気で動かすようにしているから、発電所の建設もいる」

「私たちも忙しくなりますね」

「エレボスの方も少し気になる。上手くやっていると良いんだが」

「心配し過ぎだと思いますけどねー。ちゃんと計画通りになりますよ」

「そっちの心配はしていない。『鷹目』の奴が調子に乗って変なことをしていないか気にしているんだ。あいつはすぐに遊び心を入れる」

「あー……」



 ハデスグループを立ち上げた時、『鷹目』の情報網と組み合わせるために専用の企業も設立した。その関係で『鷹目』は表向きの経済を支配することで情報操作しようとしている。一応は神聖グリニアを潰すためのメインの計画を進めているのだが、彼は気紛れで別の計画を混ぜてくる。シュウがいれば大抵のことはこなせるものの、残念ながら今はいない。エレボスだけに負担がかかってしまうため、そこをシュウは心配しているのだ。



「まぁ、悪いようにはならないと思うが……不安だ」

「不安ですねー」



 二人の予想は実に的を射ていたのだが、残念ながらそれを知る術はなかった。







 ◆◆◆






 情報を収集し、また情報操作を得意とする『鷹目』は黒猫の全ての幹部と繋がりがある。『死神』であるシュウや、ボス『黒猫』が最も繋がりが強いとはいえ、他の幹部とも多くのやり取りをしている。情報という武器が万能であるからこそだ。



「久しぶりですね『天秤』さん」

「やっときたのね『鷹目』。待っていたわ」



 そんな幹部たちの中でも『天秤』は情報を大切にする。魔神教によって禁止されている賭博事業を営業しているためだ。しかし禁止されているからこそ、人々は賭博を愛する。表向きには『鷹目』の情報操作で別事業を経営し、裏で賭博場を運営している。そのため『鷹目』とも多くの取引をしているのだ。



「最近の経営はどうですか?」

「順調よ。少しずつ各国の権力者も取り込んでいるわ。上手く金を使わせて、その度に金を貸して、その繰り返しで簡単に破産させられるもの。権力者は土地もたくさん持っているから儲けが多すぎて困っちゃうわ」

「では私の経営している管理会社に委託してはどうでしょう?」

「あら? そんな会社持っていたの? 早く言いなさいよ」



 彼女は羽毛の扇で口元を隠しながら上品に笑う。

 今代の『天秤』は先代の娘であり、まだ引き継いだばかりの若い幹部だ。しかし先代から『天秤』の何たるかを学び、幹部として充分な力を備えている。彼女は先代からの遺産も含めると、小国家の国家予算にも匹敵する資産を有するのだ。

 今の黒猫で最も多くの資産を有するのは間違いなく彼女である。



「その件についてはまた後日として、私が『天秤』さんをお呼びしたのは頼みがあるからです」

「わざわざ黒猫のバーに呼ぶなんて珍しいと思ったけど、あなたが頼みなんてもっと珍しいわね。私じゃないといけないことかしら?」

「はい。小さなものでもよいので賭博場を一つ頂けないかと思いまして」

「何に使うの?」

「ちょいちょい……と操作しまして、ある企業に組み込みたいのです」



 それを聞いて『天秤』は首を傾げた。

 賭博場とはリスクそのものであり、簡単に経営できるものではない。それを企業に組み込もうとしているのが理解できなかったのだ。

 『鷹目』もすぐに彼女の勘違いを正すため、説明する。



「私の目的は敵対企業に賭博場を組み込むことですよ」

「ああ、なるほど。悪いことを考えるじゃない」

「ですので切り捨てられるようなもので構いません」

「その程度ならいいわ。他に要望はあるかしら?」

「顧客の帳簿を弄りたいので、そちらもください」

「そっちは高いわよ? 顧客の信用を買うのがどういう意味か分かっているのかしら?」

「勿論です」



 賭博が違法であるがゆえに、『天秤』は顧客情報を厳重に管理している。仮に流出すれば、聖騎士に追われるだけでなく、二度と顧客からも信用されなくなるだろう。『天秤』としては終わりだ。

 情報の大切さを心得ている『鷹目』も理解していた。



「分かっているならいいわ。そうね……これでどうかしら?」



 扇を閉じ、指を三本立てる。



「三億ですか。いいでしょう」

「あら。今日は粘らないのね」

「妥当なところでしょう。仮に私から情報が流出したとして、それらを収めるのに一億ほど必要でしょう。また顧客情報と賭博場を合わせて二億というのは妥当かと思います」

「分かっているならいいわ」

「では新しく口座を作って渡します」



 現代でもバーやクラブとして残っている黒猫の酒場。

 その一つで、暗い計画が立ち上がっていた。





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