第197話 『穿光』の鼓舞
海底より現れ、電撃網による防衛システムが搭載前だった一番艦を沈めた
人と比較すれば、生物としての格が違うと言わざるを得ない。
しかしそれが只人ならばの話だ。
「光よ。かの魔物を滅ぼせ」
『穿光』と呼ばれる男は、四百年ほどの間を聖騎士として過ごしている。まだスバロキア大帝国が健在であった頃からの聖騎士であり、また人類の生存圏が大陸全土に及んでいなかった頃から活躍していた。
彼の魔装は無限に光を生成し、圧縮する能力である。
通常は瞬時に拡散してしまう光というエネルギーを留め、圧縮することができる。これは強大な魔物に対して魔力で劣る人間にとって切り札となり得る。これはすなわち、魔力を注ぐことで実力以上の攻撃力を確保できるということである。光を圧縮して保持し続ければ、熱線によってあらゆる魔物を焼き尽くすだけの攻撃力に至るであろう。
圧縮の維持も必要なので事実上の無限ではないが、
リヒトレイが投げた光の槍は、一瞬で
「オオオオオオオオォオアアアアァァァッ!?」
しかしこの程度で死なないのが強大な魔物である。
だが、それもSランク聖騎士ならば対処できる。
リヒトレイは二発目、三発目と光の槍を放ち、
またこうしている間に電撃網の取り付けが完了している二番艦から五番艦、そして七番艦は
カーラーン製の最新鋭兵器だ。砲弾の発射システムにハデスの魔晶が利用されており、標的までの距離をインプットすれば自動的に弾道計算して砲弾を発射してくれる。これによって砲撃手は実質上の観測手となり、砲撃を専門とする人員が不要となった。
先日の奇襲では距離が近すぎるために魔術師や魔装士が対応するしかなかったが、電撃網の設置によって
「撃て! 撃て! 近づけさせるな!
「凄いぞ。どんどん魔物を倒している。俺たちでも勝てるんだ!」
「
「油断しちゃだめよ。弾幕を途切れさせず、殲滅するのよ。味方の船には当てないようにね」
船を守る電撃網の装備は発動するために大きな魔力が必要となる。そのため多くの魔術師と幾人かの聖騎士が魔力を使い切っており、船団の攻撃力はほとんどを砲撃に頼っている状況だ。
しかし攻撃力に不足はなく、海面に姿を見せた
航海士たちも艦長の指揮の下、巧みに船を動かして
「焦るな。順番に撃破するのだ。少々近づかれても構わん! 我々聖騎士が必ず討ち滅ぼす!」
甲板の聖騎士たちも奮起し、電撃網を無視して近づこうとする
着実に
勝利は見えていた。
◆◆◆
一番艦が沈んだ直後からこの二隻は船団の内側へと移動し、近づかれないように立ち回っていた。そのお蔭で二隻は直接的被害を受けることなく、電撃網の設置も進められている。そして六番艦のシステムチェックを行うシュウは、ようやく作業を終えた。
「問題ないはずだ。起動してくれ」
「了解。システム起動」
艦長の指示で魔術師たちがシステムに魔力を流し込み、術式が起動する。
電撃網は効率の良い迎撃システムであり、一度起動してしまえば発動し続ける。エネルギーをほぼ完全にループされているためだ。
こうして防御が整ったことで、ようやく反撃に転ずることができる。
「おも舵! 三十度! 三番艦と五番艦の間に入り、迎撃網を強化せよ」
即座に艦長が指示を飛ばし、船はそのように動く。また六番艦に電撃網の装備が完了したことは通信によって通達され、魔物相手に優勢を保っていることもあり、士気が向上していく。
もう敗北はあり得ないだろう。
シュウは技術者としてこの船団に乗り込んでいるため、艦橋から退室して待機用の部屋に向かう。この部屋は非戦闘員が戦闘時に待機するためにシェルターであり、他よりも頑丈にできている。
部屋に入ると、ハデスの技術者がシュウに駆け寄ってきた。
「心臓が止まるかと思いましたよ。この船は間に合って良かったです」
「一番艦は沈んだらしいからな。あれに生存者はいないだろう。うちの技術者は何人乗っていた?」
「二人です。キースとキャスが乗っていました」
「あの兄弟か。術式プログラムが専門だったか……色々と痛いな」
ハデスは死んだ二人の家族に充分な見舞金を支払う必要があるだろう。それは神聖グリニアからも払われるものなので、それほど困りはしない。
一番の問題は貴重なプログラマーが失われたことである。魔術を電子プログラムできる者は限られており、ハデスも教育している最中だ。それが同時に二人も失われたというのは、ハデスにとって頭の痛い出来事であった。
(まぁ、計画には支障もない。それに長期的に見ればこの遠征に参加した方がメリットは大きいからな)
とはいえ問題なのは今のハデスにとって、である。
シュウからすれば計画通りではなくとも予想の範疇であり、内心では問題視していなかった。
「戦いそのものはそろそろ終結しそうだ。この調子なら八番艦も沈まずに済みそうだな。こんなことを言うのはアレだが……一番艦だけで済んで良かった」
「ここで全滅してもおかしくはありませんからね」
「海底からの奇襲さえ防ぐことができれば、カーラーン製の大砲で全て片付く。流石に兵器会社のトップだけあって、性能は最高だな」
「我が社の魔晶のお蔭でもあります。加速魔術の機械化は革命的ですね。これからは携帯銃も火薬ではなく加速魔術による仕組みが採用されるかもしれません」
魔晶の有用性は存分にアピールできている。
遠征が終わった後、あらゆる企業から魔晶の取引が持ちかけられるだろう。そうなれば魔晶に対する予算も今までより増えるのは間違いなく、開発者側としても嬉しいばかりだ。
そうしてしばらくすると、喜ばしい艦内放送も流れた。
『八番艦の設置も完了されました。これより反撃に移行します』
一番艦のことは残念だが、これでもう他の船が沈むこともない。
近寄れる船がなくなったことから
◆◆◆
魔物の撃退が完了した後、取付作業のため各船に散らばっていた技術者たちは小舟で四番艦に戻った。それと並行して沈んだ一番艦の生存者を探す作業が行われたが、数名ほどの聖騎士や魔術師が助かった程度であり、その他は死亡と判断された。
海に沈んでしまった以上、死体の保護も不可能だ。
そこでリヒトレイが神官役で簡易的な葬儀がその場で行われることになった。
「神の御許へと召された英雄たちに祈りを捧げましょう」
船を操作するための最低限の人員を除き、全員が甲板に出て祈る。
当然ながらシュウとアイリスを除く全員が魔神教信者であるため、黙祷によって葬儀は行われた。数十秒が経ったとき、再びリヒトレイが告げる。
「我々の偉業はエル・マギア神が見ておられます。たとえ魔物に殺されようとも、その果てには神の国に迎え入れられるでしょう。我々は先に招かれた英雄たちが恥ずかしく思わないよう精進し、この遠征を成し遂げる必要があります」
ディブロ大陸に到達もしない内に多くの死者が現れ、また船も一隻沈んだ。
これによって教会所属の聖騎士や魔術師はともかく、同行する各社の技術者と魔術師の中には恐怖を抱く者も少なくない。勿論、今更船団を反転させて帰るなどというのは認められない。故に聖騎士のリーダーであるリヒトレイは彼らを励ます必要がある。
「この困難な道を乗り越え、魔の大陸で足場を作る。我々の任務は変わりません。その道中でまた死者もでるかもしれない。恐れはあるでしょう。しかし神は魔を滅するために私を特別に祝福し、私の仲間たちに充分な力を与えてくださっています。この私を含め、聖騎士がいる限り敗北はないのです」
その言葉に目を伏せていた技術者たちに希望の火が灯る。
魔装とは神から与えられた祝福。そして聖騎士になるほどの者が持つ魔装は特別。更に不老になるほどの強力な力が与えられたSランク聖騎士は神の使いのようなものだ。
この魔神教の教えは皆が承知していることで、リヒトレイの激励により心に思い出させられた。
「強く、雄々しく、勇敢でありなさい。これは神に与えられた試練です。この試練を乗り越えた時、我々は必ず試練に見合う褒賞が与えられることでしょう。神は見ておられるのです。我々は必ずあの大陸に辿り着き、忠実な神のしもべであることを知らしめなければなりません!」
リヒトレイの言葉は拡声され、また艦内放送を経由して全員に届けられている。
シュウとアイリスからすればどうでも良い話だったが、それ以外の者からすれば心を奮い立たせるのに充分だったらしい。沈んだ表情が明らかに変わっていた。
「シュウさん。この調子だったら計画に支障がでませんか?」
「このタイミングで一隻沈んだのは困るな。これ以上魔物が近づかないように威圧しておくか」
「どうするのですか?」
「
「
「俺が殺すことにする」
知らないところで冥王の加護を得ていた調査隊であった。
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