第195話 対策と謀略
《
しかし流石は魔術的に守られているだけあって、転覆することも電流により破壊されることもなかった。
ただし魔物たちはそうもいかない。
逃げ場のない海中に大電流が流され、ほぼ全ての魔物が消滅する。流石に電流も拡散しているので仕留めきったわけではない。遠くにいた魔物だけは消滅することなく、生き残っていた。
「終わったか」
「ああ」
聖騎士たちは魔装を消し、魔術師たちも魔力を収める。戦いの行く末を見守っていた技術者たちは安堵していた。
武器型の魔装を使う聖騎士が数名ほど海に引きずり込まれ、犠牲となった。魔物は撃退したが、ディブロ大陸に辿り着く前にこの被害というのは痛い。
「勝ちはしたが、これほどの……」
「俺たちは辿り着けるのか?」
「ああ」
逃げ場のない海での戦い。
慣れないものがあったとはいえ、聖騎士たちに自信を失わせるには充分な出来事だった。特に遠距離攻撃を持たない聖騎士たちは無力感を覚えていた。
◆◆◆
戦いの後、各企業のリーダーや聖騎士、魔術師が集まって今後のことを話し合っていた。
数名とはいえ犠牲者を出してしまったのだ。色々と考えなければならない。
「我が社も協力して一通りの点検はしました。船に異常はないと思います」
まず報告したのはオルハが派遣した技術者たちのリーダー、クリエラである。彼女はふくよかな体型の中年であり、疲れ切ったのか椅子に深く腰掛けている。
船はオルハの関連企業が建造しており、クリエラが率いる技術者の中には造船に関わった者もいた。魔物による襲撃後、すぐに彼女が陣頭指揮を執って八隻の船全てに簡単な整備が行われたのだ。
「それは良かった。このまま戻ることになってしまうと情けないですからね」
「リヒトレイ様……しかしこのままではディブロ大陸に辿り着けるどうかもわかりません。今後も同じように襲撃が続けば、船も無事とは限りませんよ」
「では戦い方を考える必要もありますね。聖騎士も船の上では戦えない者も多い」
リヒトレイは一通り聖騎士たちを睨みつけた。
あまりにも役に立たなかったことで、少々怒りを覚えているのだ。聖騎士は人々を守る存在であり、人々の希望でなければならない。その役目を果たせなかった軟弱さに嘆いてもいた。
「何か対策は考えましたか?」
「……いえ」
「では考えておきなさい」
「はい」
この部屋にいる聖騎士たちは若干気を落とし、ただ頷く。
聖騎士の中には遠距離攻撃が可能な魔装使いもいるが、武器型や防具型の魔装が最も多い。やはり聖騎士の扱う魔装もそのタイプが多いのだ。海の中から攻撃してくる魔物に対して有効な手を持つ聖騎士はあまりいない。
「ところで、あの魔物はどういった名称なのですかね?」
空気が悪くなったのを感じたのか、ルーメンのリーダーであるアルケイデスが話を変える。
とはいっても、その話も皆が気になっていたことだ。
この中でも最も古くから生きているリヒトレイへと視線は集まった。
「……あの魔物は私も見たことがありませんね。気になったので魔物の特徴から名称を調べさせているところです。しかし、おそらくは新種かと」
「新種、ですか」
「まぁ海の魔物はそれほど詳しく分かっているわけではありませんから、その調査も含めて今回の遠征に意味があるのでは?」
「確かに」
いわゆる水龍系と呼ばれる魔物は分かっていない種が多い。人間の生存域に海が含まれないためだ。水龍系に限らず、海に生息する魔物は分かっていることが少ない。
「新種の魔物が現れることが想定内だったとはいえ、早急な対策が必要だな」
ここで今まで黙っていたシュウが切り出した。
シュウもハデスの代表としてこの場に参加しており、立場に相応しい意見の具申も行う。
「海の魔物は地上に比べて巨大化しやすい。海水による浮力があるから、巨大な体でも活動できるしな。それに相手が海を三次元的に動けるのに対し、こちらは平面だけ……いや船の上の小さなエリアしか動けない。対策をしないと早いうちに船が沈むぞ」
「いえ、しかしこの船はオリハルコン製よ? そう簡単には沈まないわ」
警告を発するシュウに反論したのはクリエラだ。
やはり自分たちが開発したものに自信を持っているのだろう。確かにオリハルコンという素材は非常に頑丈で、魔物の体当たり程度で壊れることはない。
しかし船という構造上の問題は残る。
「壊れなくとも転覆はする。さっきの魔物はそこまで大きくなかったが、この船と同じ程度の魔物が現れたら終わりだ」
「それは……そうね。ならばどう対応するというの?」
「一番いいのは魔物に見つからないことだ。まだ戦うべきではない」
そう言うシュウはあの程度の魔物など容易く滅ぼすことができる。
しかし人間社会に起業したことで一般常識も集まり、今の人類の実力もある程度把握していた。今回は公にシュウの力を見せるわけにもいかないので、普通のレベルに合わせなければならない。
つまり結論は逃げ隠れするということだ。
「先の魔物だが、魔力の感じからして高位に属するはずだ。それがあの数……ということは、あれを統べる上位種がいると考えた方がいい。この戦い辛い環境でそれと戦うのは無理と考えるが? 少なくともあの魔物の生態などを調べて対策を練ってからでないと確実に死者も出る」
「シュウ殿の言われた通りだ。いちいち私の《
「ぱっと考えられる対策は電流を流すことだ。流石に電気が流れている所に好んで近寄ってくることもないだろう。ただそれだと装備も整っていないし色々と問題もあるんだが……その開発はすぐにハデスがやろう。予備のストレージにプログラムすれば即席の魔物避けは作れるはずだ」
それを聞いたアルケイデスは焦る。
社長からくれぐれも活躍して聖騎士にルーメン社をアピールするように言われている。しかし会議の主導権はシュウに奪われており、他の企業の代表もそれでいいとばかりに頷いている。
また最強クラスの聖騎士であるリヒトレイも同意したことで流れは決した。
「ではハデスグループに解決策を任せましょうか。必要ならば物資の使用も許可をだそう」
アルケイデスは何も言い出せず、そのまま会議は終了した。
◆◆◆
会議の後、シュウは船内の会議室を一つ貸し切りにして技術者を集めた。ハデスが送り込んだ技術者はソーサラーリングのハード設計にも関わっており、シュウの無茶振りにも充分ついていけるだけの素養はある。
「一通りの設計概念は以上になる。ストレージへのプログラムは俺が担当するが、魔晶による術式展開の負担を減らすためにハード面から改良したい。本来、海中に放った電流は拡散するんだが……上手く海中に回路を形成するようにしたい。それで可能な限り電流の発散を防ぎ、エネルギー効率を高める」
技術者たちもシュウの言っていることは理解できるし、可能だとも考えている。
しかしあまりにも急なことだった。
「あのー……エネルギーはどこから確保しますか?」
「初めに供給するだけでいい。電流を通すことで水は酸素と水素に分割されるんだが、それを回収して再結合させて電気エネルギーを取り出す。熱エネルギーになって消えていく分は魔術でどうにでもなるとして、酸素と水素を回収する機構が必要なわけだ。そのための吸気口を付けたい」
「それはいいんですけど、素材はどうしますか? 酸素と水素を吸引するなら、腐食の影響を受けますが」
「丁度オルハがいるからな。オリハルコンを分けてもらう」
それを聞いて技術者たちも納得した。
本来、船の上で金属を加工するというのは不可能に近いことだ。精密機器の作成など尚更不可能である。しかしオリハルコンは魔術的な要素が硬さや靭性を形成しているので、同じ魔術によって加工ができる。元から特定の魔術で自在に加工できるようにできているのだ。
「ああ、確かにあれなら加工も簡単ですよね」
「即席って考えればそこまで精密性に気を付けなくて充分じゃないか?」
「オルハの人たちも呼んで協力してもらった方が早いだろ」
「あ、私が呼んでくるのですよ!」
しれっと参加しているアイリスがオルハの技術者が待機している部屋に駆けていく。技術者たちは何の違和感もなく彼女を送り出し、話を再開していた。
「シュウさんは魔術プログラムをどうやって組むつもりですか? それによってハード面でも調整が必要だと思うわけですが」
「ああ、術式が細かくなるからクロック制御で同期させるつもりだ。複数の術式を論理回路で繋げて精密制御したい」
「なぜです? シュウさんなら同一術式としてプログラムできるでしょう? 術式の調整が面倒だと思いますけど、論理回路を組むよりは簡単だと思います。それに我々は論理回路がそれほど得意というわけでもありませんよ?」
「そこはカーラーンに頼む」
「……また外注ですか?」
「敢えてな。それにカーラーンは次世代兵器開発のために高度な電子機器の開発にも注力している。この船を動かすシステムにも一部関わっているらしい。船のシステムと同期させるのも容易なはずだ」
「ああ、そういう……」
技術者たちがシュウの説明に納得したところで、部屋の扉が勢いよく開かれた。
それをしたのはアイリスである。
「オルハの人たちを呼んできたのですよ!」
確かに彼女の背後には数名の技術者がいる。その中にはオルハ代表のクリエラもいた。
オルハにとっても良い話だったということもあるだろうが、実に早い交渉成立である。
「丁度よかった。アイリス、次はカーラーンにも声をかけてくれ。装置の電子回路を手伝って欲しいという旨を伝えろ」
「行ってくるのですよ!」
「それとクリエラ殿はこっちに来てくれ」
「随分大ごとになったものね」
クリエラは肩を竦めつつも嬉しそうな態度を隠さない。
聖騎士ですら対策が困難であると断じた魔物への対策に加わるというだけでオルハにとっては良いことばかりだ。断る理由などないし、誘ってこなかったらオルハ側から声をかけようと思っていたほどである。
また政治的感覚も有する彼女は、ハデスからの誘いが派閥形成のようなものだと理解していた。
(似た分野の……いえハデスにとってライバルのルーメンを孤立させるつもりね。こんな狭い船の中で大掛かりな真似をしてくれるじゃないの)
神聖グリニアは統一された意志の下、ディブロ大陸を取り戻すと宣言して調査隊を派遣した。
しかし実情は大陸の覇権を握る神聖グリニアに対し、経済覇権によって食い込もうとする民間企業の戦争であった。
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