第193話 新大陸への出航


 出航の日、神聖グリニアの東部にある湾岸都市はお祭り騒ぎとなっていた。

 港には全ての一般船が撤去され、調査隊を乗せた八隻の船だけが接岸している。また港には無数の人々が集まり、出発の時を見守っていた。



「お……教皇が挨拶しているみたいだな」

「ここからだと聞こえませんね」



 シュウとアイリスもその内の一隻に乗り込み、出発を待っている。

 間もなく昼に差しかかろうという時間で、太陽も真上に上っていた。風も涼しく吹いており、出航の日としては最高だった。



「そういえばこの船ってオルハ製なんですよね?」

「正確にはオルハの関係会社だな。オルハそのものは金属材料系を扱っている。ただ他に魔術動力も手掛けていたはずだ。エンジン部分はオルハ製かもな」

「へー。詳しいですね」

「エレボスからの報告書を読んでいないのか? お前のデバイスにも送信されていたはずだが?」

「最近は読んでなかったですねー」

「まぁいい。それとオルハは精密電子機器も生産している。ハデスとも繋がりはあるから、技術者と話すときは仲良くな」



 オルハは昔からある企業だが、大きくなったのは最近だ。

 また経営もオーギュスト家とハンネス家の二家によって支えられており、それぞれが別の部署を預かるという特異な形態を取っている。



「金属製の船なのに浮くなんて凄いのですよ!」

「オルハ製の魔物質だ。魔術処理された金属らしい。鉄より頑丈で腐食に強く、密度も低い。船の材料としては最高だな」

「凄いのですよ!」

「オリハルコンというらしい。頑丈な黄金とも言われている」

「どうしてです?」

「今は塗装されているから分からないかもしれないが、あれは金に近い色合いなんだ。オルハは最高傑作と言って自分の会社の名前からオリハルコンと名付けたそうだ」



 ディブロ大陸は未知の世界だ。

 どんな魔物が襲ってくるかも分からないし、何があるかも分からない。また海を渡っていくため、船は頑丈なものが求められた。

 そこで名乗りを上げたのがオルハであり、かつて教会にオリハルコンのプロトタイプとなる金属を提出したのである。期待した教会はオルハを支援し、オリハルコンは取りあえずの完成を迎えた。

 オルハという企業が大きくなったのもこれがきっかけである。

 神聖グリニアが掲げたディブロ大陸遠征による経済効果を上手く利用したとも言える。



「シュウさんはオリハルコンがどうやって作られているか分かるのです?」

「さぁな? だがかなり安く造れるらしい。そこから材料の特定はできる」

「何なのです?」

「土」

「え?」

「土だ」

「冗談ですよね?」

「本当だ。オルハは錬金術という魔術で土から金属を採取している。鉄とかアルミニウムがメインだな。その時にケイ素という物質も大量に採れるんだが、それがコンピュータとかの電子部品に使われる。だからオルハは別事業で精密電子機器も作っている。大量に採れたケイ素を魔術的に加工したり……あと多分アルミニウムを混ぜたりして作っているんじゃないか?」



 シュウの考えもオリハルコンを見て予想しただけであり、実際にどんなものなのかは知らない。しかし結晶中に魔力が配置され、それが特定の魔術陣を形成することで強化などの魔術が加わることは分かっている。妖精郷の魔物たちが調べたことだ。

 これは魔術による幻想の硬さや靭性を与えるという方式であり、その気になれば魔力だけで物質を生み出すことも可能だ。しかし安定性の低さから物質を元に魔術を組み込んだのだろうというのがシュウの予想だった。



「妖精郷では開発しないのです?」

「あそこは俺が定期的に魔力を供給しているし、賢者の石で環境整備しているからな。あんまり必要ないと思う。あそこは環境システムとアレリアンヌの大樹があれば充分だ。余計な物質を開発する必要もないだろ」

「あそこは何でも魔力で解決できる不思議空間になってますからねー」

「まさに魔物の楽園だな。ある意味、ディブロ大陸も似たようなものかもしれないが」

「人間に間引きされなかった大陸ですからねー」



 その気になれば単独でもディブロ大陸を調べることができたシュウも、安易に動くことができなかった理由がそこにある。今のディブロ大陸がどれほど魔物に支配されているか分からないのだ。

 シュウが開発している地図システムと監視システムもディブロ大陸の情報収集のためというのが大きい。



「何にしても、ディブロ大陸よりも先に『鷹目』との約束を果たす。そのためにハデスを立ち上げたわけだからな」

「例の計画ですね」

「ああ。今回の小規模目標はルーメンだ。じっくりいくぞ」



 数時間後、教皇や司教、そして多くの民に見守られて調査隊は出航した。








 ◆◆◆








 ルーメンの社長ポルネウス・ルーメンは出航を見守ってすぐにマギアへと戻っていた。数時間の移動に伴う疲れも癒さぬまま、社長室であるところへと電話をかける。



「……私だ。ポルネウスだ」

『貴方か。何か御用かな? また何かの開発を?』

「いや、少し聞きたいことがある。魔石についてだ」



 通話の向こう側から息を呑むような雰囲気が伝わってきた。



『まさか貴方の口からその言葉が出てくるとは思わなかった』

「どうなのだ? お前ほどの男でも難しいか?」

『いいや。確かに私は研究用に魔石を手に入れている』

「魔石をこちらに融通できないか?」

『……いいだろう。しかし相応の要求はさせてもらう』

「分かっている」



 魔石は違法物質である上に、手に入れるのも困難だ。

 当然ながら魔神教によって規制されている。保有するだけで重い刑罰を科せられるほどだ。取引の際には情報が漏れないように注意を払い、また輸送にも最大限気を使わなければならない。



『情報規制は『鷹目』の奴に任せよう。輸送は『赤兎』がやってくれるはずだ。まずは『赤兎』をよこすからそいつに報酬を渡してもらう』

「分かった。それに従おう。頼むぞ『白蛇』」

『また連絡する。精々、教会に気を付けることだ』



 通話が切れ、ポルネウスは深くソファに身体を預けたのだった。






 ◆◆◆






 順調に航海を続ける調査隊の船の上は、技術者たちによる交流会が開かれていた。

 今回はディブロ大陸遠征ということになっているので、その未知の大陸に拠点を築くことも作戦の一つである。そのため船の多くは物資が積み込まれている。実をいえば、八隻の内の六隻は物資を積み込んでいるのだ。その関係で技術者は一隻の船に集められ、必然的に交流会は開催された。



「カーラーンはそのような兵器を?」

「はい。しかし巨大化してしまうので移動が困難でしてね。魔物に対する都市防衛としては充分だと思うのですが、私の上司はそれではだめだと。確かにこの船ほどもある兵器など使い勝手に困るでしょうが」

「それでしたら私の研究室が開発している人形兵はどうですか? 鉱物系の魔物を参考にした動く魔術人形なのですが、自走するように設計すれば移動もできると思います」

「流石はオルハだ。鉱物に関しては抜きんでていますね。宜しければ共同研究などいかがですか?」

「それはいい。是非」



 あるカーラーンとオルハの技術者たちは早速とばかりに共同研究の約束を取り付ける。これと同じことが他のグループでも起こっており、あるいは学会のように学術的な討論も行われる。

 シュウも複数の技術者たちの前で講義のようなものを行っていた。



「……この図の通り、電子計算機は入力したデータをメモリに記録してそれをプロセッサに送信し、処理をしてメモリに記録してから出力している。このプロセッサが処理する計算は共通で、計算能力を高めるためにはコアを増設して並列処理させる必要がある。ただ並列処理も単純じゃなくて、それぞれのコアが出した計算結果をメモリに記録し、それを繋げ合わせる別プログラムも必要になるわけだ」

「つまり魔力計算機とは何が違うんだい?」

「魔力計算機は電子計算機ならば並列処理が必要な重く複雑な計算をするのが得意なんだ。電子計算機がいちいち数値計算で全体像を導くのに対し、魔力計算機は方程式を作ることで解析的に事象を処理する」

「それなら魔力計算機だけでいいんじゃないのか?」

「残念ながら、それは無理だ。魔力計算機の中軸を司る魔術陣は人間の手で構築する必要があるからな。複雑な計算が得意なのに、その複雑な方程式を入力するだけの技能が人間にはない」



 魔力計算機とは、すなわち計算魔術だ。

 方程式を魔術陣によって構築し数値を代入することで、複雑な式を処理して結果を算出するという効果を発動する。しかし魔術陣である以上、人間の手で構築しなければならない。それも魔力計算機が得意とするのは人間の構築能力を凌駕するほどの複雑な方程式である。

 まさに本末転倒なのだ。



「そこで電子計算機に方程式をプログラムするわけだ。電子情報は魔術陣と違って人間の手で維持する必要がないからな。あとは魔晶による電子情報を魔術陣に変換する機構を使えば魔力計算機が機械的に使えるようになる」

「あ、ソーサラーリング」

「そういうことだ。この仕組みを広義に応用したのがソーサラーリングだな。それはともかく、電子計算機はゼロとイチって数字しか扱えない。一方で魔力計算機はどんな数字でも扱える。この自由度の違いが計算能力の違いになっている」

「そうなのか」

「どちらにも利点はある。それに地道な処理は電子計算機の方が強い。魔力計算機は人間の思考とほぼ同じだからな」



 人間の思考を司る魂とは、すなわち魔術陣である。思考を発する魔術そのものが魂なのだ。それゆえ魔力計算機が人間の思考の仕組みと同じなのは当然なのである。

 当然ながら普通の人間は脳というハードウェアに縛られているので、魂の魔術陣による本来の演算能力を発揮できない。それができるとすれば脳が変異した人間だけだろう。たとえば覚醒魔装士のように。



「電子計算機は膨大なデータを地道に素早く処理するから、画像や映像処理にも向いている。使い分けが大事というわけだな」

「だからこそ二つを合わせることにも意味があるのか」

「なるほど。人間は電子計算機にプログラムを書き込み、電子プログラムを魔晶が魔力計算機に変換して計算を実行してくれるということか」

「色々な研究に応用できそうだな。たとえば俺たちオルハの研究室に人形兵を作っているところがあるんだが、そこの思考パーツとして搭載できるかもしれない」

「確かに。魔力計算機が人間に近い思考回路だとすれば効率的な運用もできそうだな。しかしどうやってプログラムする?」



 シュウの説明を聞いた技術者たちは次々と議論を交わし始める。

 その中には人工知能と思しき発想まである。



「……それなら思考部分の魔力計算機から電子プログラムに置き換える機構を作ったらどうだ? 電子データならメモリに保存して番号とかで管理しておけばいつでも引き出せるようになる。学習型の仕組みを作れば時間をかけることで人間の判断力に近い人形を作れるかもしれないぞ」

「それだ!」



 この遠征が終われば世界は大きく変わるだろう。

 あらゆることを計算機コンピュータに頼る高度情報化社会はもう始まっている。全て、シュウの計算通りであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る