第192話 激励パーティ
神聖グリニアはディブロ大陸の調査を歴史的に偉大なことであると位置づけ、より盛大に国民にもアピールすることを狙っていた。
その一つがテレビメディアの入場を許可した激励パーティの開催である。
魔神教のトップであると同時に神聖グリニアの最高意思である司教たちと教皇、任務に就いていないSランク聖騎士、遠征に向かう聖騎士、遠征への同行を許可されたスポンサー企業の技術者や魔術師たち、また周辺国のトップたち。そんな面々を揃えたパーティが遠征の三日前に開かれたのである。
当然、そこにはシュウとアイリスも参加していた。
「広いですねー」
「魔神教も何のためにこんな設備を作ったのやら」
「本来はここで集会とかを開くみたいですね。今は椅子を撤去してますけど」
周辺国のトップたちは良い機会だとばかりに司教たちに取り入ったり、各企業の社長と交渉したりと忙しそうだ。現にエレボスもハデスグループの社長として対応している。
他にも聖騎士を中心にテレビリポーターがインタビューを敢行していた。
一応は技術者として参加しているシュウとアイリスは特に捕まることもなく、普通にパーティを楽しんでいたが。
しかし、そんな中で二人に話しかけてくる男がいた。
「少し……少し宜しいですか?」
振り向くと礼服を着こなす男が立っていた。
少々頭部が薄くなっているものの、不潔な感じはしない。男はまず軽く頭を下げて自己紹介した。
「私はルーメンの技術部統括官クリム・アルケイデスという者です。お二人はハデスグループの技術者か魔術師の方々とお見受けします」
「シュウです。私はハデスの技術開発に携わっています」
「同じくアイリスなのです」
「おお、技術開発ということは、あのソーサラーリングもあなた方が?」
「そうなりますね」
シュウがそう答えると、アルケイデスはホッとしたような表情を浮かべた。
「まさかお二人のような若い技術者もかかわっておられるとは。ハデスには優秀な若い技術者が揃っておられるようですね」
「評価いただき光栄です」
実際は妖精郷の魔物たちが研究開発した内容のマイナーチェンジをしているだけなのだが、何も知らない者からすれば若い企業が若い技術者を使って大成果を上げたように見えるだろう。
実際、シュウもアイリスも見た目は十代である。どれだけ年齢を高く見積もっても二十代前半にしか見えない。
「しかしルーメンも伝統的な魔術増幅器の老舗でしょう? 勢いだけの我々と異なり、研鑽によって積み上げられたものを持っておられるはずです」
「扱いやすい、安全、安い、というのが我が社の製品の強みですから。それに必要なものは積み重ねてきたつもりです」
「堅実ですね」
「ところで私としてはソーサラーリングの安全性について気になっています。ストレージに保存された電子魔術式をソーサラーリングが展開して魔術陣に変換するというのが主な仕組みと聞きましたが、暴走の可能性はないのですか? たとえば、意図しない術式が発動する……といった」
「そもそも意図しない術式では術者により代入される環境情報と噛み合わないので魔術そのものが失敗しますよ」
「しかし機械に発動のほとんどを任せるというのが安全性に欠けるように思えまして」
そう言われたことでシュウは少し考えこむ。
黙ってしまったシュウを見てアイリスは心配そうに顔を覗き込んだが、すぐに大丈夫だと手で合図した。
「術式の発動をしているのは魔晶です。これは物質化した魔装ですよ」
「物質化した、魔装?」
「魔石という魔装を物質化した違法物質があるのは御存じですか?」
「噂程度には」
「それに近いものが魔晶です。ソーサラーリングの魔晶は電子データの術式を魔術陣に変換する魔装のようなものなんですよ」
その事実を聞かされ、アルケイデスは驚く表情を隠そうともしなかった。
純粋に技術者として興味を抱いたのだろう。しかしすぐに表情を暗くしてわざとらしく懐中時計を取り出し時間をチェックした。
「そういえば社長に呼ばれておりました。この後のインタビューで少しばかり私も話すことになっておりまして」
「そうですか。ではまた遠征の時にお会いしましょう」
「ええ、ではまたいずれ」
アルケイデスは去っていく。
その背中を眺めながらアイリスが呟いた。
「シュウさんが丁寧に喋る……新鮮なのですよ」
「俺も時と場所は弁える。それにこれは大事な作戦だからな」
「それに魔晶が魔石を元に作り出された技術だなんて言って良かったのです?」
「ああ。これでルーメンの奴らは魔石に興味を持っただろうからな。違法物質だと知っていても調べようとするはずだ。あとはそこを突いてやれば……スキャンダルになる」
「あ、ずるいですねー」
「一方で俺たちの魔晶は魔神教も認めている物質だからな。ルーメンが泣こうが喚こうが訴えようが俺たちは合法ですって顔をしておけばいい。奴らは勝手に自滅する」
「でもシュウさん、今さっき関連性を喋りましたよね?」
「魔石に近い性質というだけで、魔石との直接的関係性は示唆していないだろ?」
種は蒔いた。
あとの収穫はエレボスがやるだろう。
二人はパーティの食事に再び集中し始めたのだった。
◆◆◆
パーティという催しには幾つか役目がある。
代表的なものは純粋に激励や感謝の意を示すことだ。特に遠征のために出資した企業に対し、魔神教はこれだけ感謝していますよという意思を見せつけることに意味がある。
そしてパーティ参加者たちにとっては他にも参加するだけの理由がある。
他の企業との交流や牽制のためだ。
「おお、これはエレボスさん。いつもお世話になっております」
「あらローデルさんではありませんか。こちらこそ我が社の魔晶を大量購入してくださって……そういえば今期は随分と購入なされましたね」
「はっはっは。それはもう。我が社はディブロ大陸遠征のために威信をかけておりますからな。最新兵器の開発には魔晶が欠かせませんよ。しかし術式開発のためのプログラマーが不足しておりましてな。次の段階に進むためにはどうしてもプログラマーが必要ですから」
カーラーン社は魔術兵器開発の新事業を立ち上げたばかりだ。元は銃火器や火薬の生産を行っている会社で、魔神教や各国の軍とも交流が深い。
つまり仲良くしておいて損はない。いや、寧ろ得しかない。
「ローデルさんがよろしければ我が社の方から技術指導できる者をよこしましょうか?」
「それはありがたい」
「ふふふ。ハデスとしましても魔晶を扱える人が増えることは良いことですから」
「時代が変わりますね。これからは魔術式をコンピュータで設計する時代です。いやー……楽しみですよ。我が社が禁呪を開発できるかもしれないわけですから」
「既にハデスの技術者たちにもアポプリス式の電子情報化を進めています。流石に禁呪となると膨大な情報量となりますし、魔晶の展開能力も不足していますから、それらを解決しない限り難しいかと」
「近い内に改良の予定でも?」
「いえいえ。魔晶を巨大化させれば性能も上がるのですが、我が社は個人での使用を前提としておりますからどうしても」
「ということは、我がカーラーン社から特注を依頼すれば……」
「勿論、承りますわ」
「ではまたいずれ契約をいたしましょう」
エレボスとローデルは目論見通り、互いの利益を高めた。
◆◆◆
同時刻、同じくパーティに参加していたルーメン社の社長ポルネウス・ルーメンはさっさとインタビューを終えて教皇の下に向かっていた。
「教皇猊下、お久しゅうございます。ポルネウス・ルーメンでございます」
「おお。君は先代……カーリネス君の息子か。そうか、話には聞いていたが君が継いでいたんだね。ルーメンには昔から世話になっているよ。聖騎士の中にも杖を愛用する者はいるのでね。それに増幅器の技術は魔神教の内部でも役に立っている」
「ありがたいことです。それに、そちらにいらっしゃるのはリヒトレイ・ヒュース様ですね。『穿光』の」
「その通りです。また今回の遠征について行くのも彼になります。挨拶を」
教皇に促され、リヒトレイは一歩前に進み出た。
顔こそ老いているが、鍛え抜かれた肉体と鋭い眼光は戦士そのものである。
「お初にお目にかかります。リヒトレイ・ヒュースです。遠征ではそちらの技術者や魔術師たちと共に過ごすことになります。何があろうと私たちで守りましょう」
「お願いします」
ディブロ大陸のことはほとんど分かっておらず、文献で幾つか知られている事項があるだけだ。今のディブロ大陸は強力な魔物の巣窟になっているだろうと予想されており、当然ながら調査隊は死を覚悟して向かう。
それを安心させるために共に乗り込むのが『穿光』のリヒトレイだ。
古くからいるSランク聖騎士というだけあって、安心感が違う。戦いに詳しくないポルネウスも快く部下を送り出せるほどだ。
「猊下、今後とも我が社の杖を御贔屓に」
「私が聖騎士に強制することはできませんよ。最近ではソーサラーリングに乗り換えたいと申す者も多くなっていますから。リヒトレイ殿はどうですか?」
「私は魔術の出力にそれほど困っていませんから、ソーサラーリングの発動速度がありがたいですね。同じく聖騎士には魔術を副次的な攻撃手段と考えている者も多いですから、ソーサラーリングを使いたがると思います。魔術師は意見が分かれるかもしれませんが……しかし治癒魔術を使う者は単純な増幅器の方が良いと申していましたな」
「おお。それは良いことを聞きました。我が社でも治癒魔術に特化したものを作ってみましょうか?」
「そんなことも可能なのかね?」
ここだ、とポルネウスは唾を呑んだ。
やはりというべきか、聖騎士の中にはソーサラーリングを好む者が多い。ここでルーメン製の杖を売り込んでおかなければ、シェアはどんどんハデスに奪われていく。
「勿論です! 我が社は現在、特化型にも取り組んでおります。伝統的な汎用性に優れたものではなく、特定魔術を強化する杖も発売できるでしょう」
「それは楽しみだ。新商品に期待しているよ」
「はい。必ずや、猊下の期待に応えましょう」
心なしか、ポルネウスの声は震えていた。
◆◆◆
教皇から離れたポルネウスは、技術部統括官アルケイデスと合流していた。
「首尾はどうだね?」
「はっ。やはり魔晶が鍵かと。少なくとも似たものを開発しない限りハデスの製品には及びません。また各社の技術者とも交流しましたが、ソーサラーリングの画期的な仕組みに感嘆する者ばかりでした」
「やはりか。私も教皇猊下と話をしてみたが、聖騎士もソーサラーリングに流れつつあるらしい。君が三年だったか……いや四年前に提出した特化型の杖を完成させたまえ」
「は? しかしあれは」
「事情が変わった。あの時はソーサラーリングなど影も形もなかったのだからな。今までのように汎用性と使いやすさだけを求めれば負けるのは確実だ」
「承りました」
魔術師の良さは万能性だ。
様々な属性や特性の魔術を扱う魔術師に縛りを与えるべきではない。ゆえにルーメン社の杖は汎用性の高い増幅器を開発してきた。それは正しく魔術師たちに受け入れられ、伝統ある会社として発展したのだ。
しかしハデスによって時代は変わりつつある。
「それでアルケイデス君。ハデスの技術者に接触して魔晶の秘密は分かったのかね。簡単に教えてくれるとは思わないが……」
「いえ、それが。実はあれは魔石に類似していると語っていました」
「魔石だと?」
魔術を扱う上で禁忌とされる装具が魔石だ。
その理由は魔石の材料が魔装士だからである。ただ、情報としてはポルネウスも知っていた。
「魔石……魔石か。調べることは可能か?」
「実物があれば、おそらくは」
「何とか手に入らないものだろうか。やはりここはあの組織に……」
「社長?」
「いや、何でもない」
強い口調で話を終わらせる彼に対し、アルケイデスはこれ以上の追及をすることができなかった。
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