第189話 それぞれの望むもの
光が消えた後、そこに不死王はいなかった。
シンクの手から聖なる刃が消え、セルアはへたり込む。
「終わった、のですか?」
「……そうみたいですね」
「勝った……?」
「勝ちました」
力が抜けたのか、シンクは仰向けに倒れる。勢いよく砂が舞い、風に流れた。
セルアの力を借りた一撃は凄まじく、砂漠の向こう側にまで深い傷跡を付けていた。真っすぐ地平線まで伸びる斬撃痕が『王』を葬った一撃の威力を示していた。
「よくやったねセルア姫、それにシンク」
「はい。エンジ様もありがとうございました。それに……複雑ですけど、グラディオも」
「気にすることじゃないよ。あの馬鹿弟子は自分のやったことを償っただけさ。力を求めても、誇りは捨てていなかったみたいだね」
戦いは終わった。
必死だったが、こうして終わってみるとあっけないものを感じる。
(本当に、倒したのか……? 最後のあの軽い手応えは……)
シンクは首を傾げた。
◆◆◆
砂漠の端で、皮膚の溶けた男がよろよろと歩いていた。
「ぐっ……おのれ……」
男は全身に火傷を負ったかのような状態だったが、それが徐々に剥がれていく。そして最後には骨だけとなった。
不死王ゼノン・ライフはぎりぎりで逃げ出していたのである。
「大幅に魔力を使ってしまったか……適当な国を滅ぼして回収するほかないな。それに――」
「魂を置いていけ」
「がっ!?」
不死王は自分の胸元を貫く腕を見た。
そのまま首を動かして背後を見ると、そこには冥王シュウ・アークライトがいた。
「っ!?」
「お前たちの戦いは観察していた。隙を見て乱入しようと思ったが、予想外に弱体化してくれて助かったよ。今のお前は魔法が使えない。そうだろ?」
「きさ、ま」
「咄嗟に逃げたのはいい判断だった。だが逃しはしない」
シュウは死魔法と賢者の石の生成魔術を使って不死王の魂を抜き取る。
魔物としての体を維持する魂が抜き取られ、骨の体が風化するように消滅する。
「魂が少し歪だが……まぁ問題ない」
不死王の魂と魔力はシュウの手元に集まっていく。そこには緋王を殺して手に入れた賢者の石もどきがあった。未完成だった賢者の石は、不死王の魂を喰らって完成する。
小さな漆黒の玉が掌に収まる。
「こいつがあれば……アレが完成する。帰って研究だな」
シュウは転移魔術を発動し、その場から消えた。
◆◆◆
ファロン帝国滅亡と同時に起こった砂漠化。
これは周辺国家を驚愕させ、恐れさせるのに充分だった。その理由が魔神教によって諸国の上層部へ公表されたからである。
事件から二か月後、当事者であったセルアとシンクは神聖グリニアの首都マギアに招待されていた。
「これは……」
「まるで王宮の食卓ですね」
「姫は毎日こんなものを!?」
「パーティの時や特別な祝い事がある時だけです。毎日毎食こんな食事では税金の無駄遣いですから。この食事も私たちを歓迎するもの……なのでしょうね」
二人は円卓に座らされ、豪勢な食事を前にしていた。
そしてセルアがナイフとフォークを手に取り、肉料理を口にする。野菜を煮詰めた濃厚なソースがかけられており、肉の油のくどさを柔らかくしている。皇族のセルアでも滅多に食べられない味だ。
(よほど私たちを重要視している、ということでしょうか)
不死王を倒してからは本当にバタバタと忙しかった。
数時間後には神聖グリニアから来たというSランク聖騎士リヒトレイ・ヒュースが現れ、事情聴取が行われたのである。初めは信じられなかったが、その後の調査によって正しいであろうということが証明されることになる。
緋王と不死王が消えたというのが、やはり決め手となった。
その代わり、妖精郷に引き籠っている冥王の討伐だけは疑問視されてしまったが。
諸々の事態究明をしている内に二か月が経ち、こうしてようやく神聖グリニアへとやってきたのである。
「シンクも食べてはいかがですか?」
「え、はい」
豪華な食事に慣れていないシンクは、セルアの見様見真似で食事を進めていく。
そうしてしばらくすると、法衣に身を包んだ老人と若い男が入ってきた。セルアたちは食事を止めて立ち上がろうとする。だが、老人はそれを手で制した。
「そのままでよろしい」
若い男は椅子を引いて、老人はそこに腰を下ろす。
そして一息ついてから口を開いた。
「初めまして。私が魔神教の最高司教、すなわち教皇です」
「ファロン帝国第一皇女……いえ、元皇女セルア・ノアール・ハイレンと申します」
「えっと、シンクといいます」
「まずは不死王と緋王の討伐に感謝します。あれらは人類にとって最悪の脅威でした。しかしこうして討伐されたことは本当に喜ばしい。冥王については未確認ですが……それはいずれ分かることでしょう。冥王の住処とされる妖精郷を探らせていますから」
魔神教にとって『王』の討伐は寝耳に水の出来事だった。
当然ながら信じられないことであったし、ましてそれを成し遂げたのが少年少女だったということも驚愕に値する情報であった。
しかし今は真実であると調査結果が出ている。
何より、信じるに値するだけの力がシンクとセルアにはあった。
「セルア姫とシンク殿は一つ上の魔装を手に入れました。我々は覚醒魔装と呼んでいます。教会に属するSランク聖騎士は皆、覚醒魔装士なのですよ。私の後ろにいるラザード殿もそうです。彼は『千手』の聖騎士ラザード・ローダ。知っておられるでしょう?」
「あなたが名高い聖騎士ローダだったのですか。お初にお目にかかります」
ラザードは軽く礼をするだけで口を開かない。
その代わりに教皇が説明を続けた。
「知っての通りSランク聖騎士の仕事は強力な魔物の討伐です。そして最終目的として、『王』の魔物を討伐することも含まれています。そしてあなた方は見事に二体もの『王』を倒した。これは我々がどれほど願っても叶えられなかったことです。そこで単刀直入ですが……お二人に聖騎士になっていただきたい」
「私たちが……」
「セルア姫の聖なる光、そしてシンク殿の聖なる刃。魔物を討伐するのに適した魔装です。どうでしょうか? 必要なことがあれば譲歩もしましょう。それだけの権利が、今のお二人にはあるのです」
どうか、と尋ねる教皇だが、実をいえばシンクとセルアに選択肢などない。
なぜならファロン帝国が滅亡してしまったからだ。緋王による自己進化転生によって辺り一帯は砂漠となってしまった。もう国として再生するのは難しい。作物も育たない土地になってしまったからだ。
しかしセルアは元皇女として国民のことが気がかりではある。
「……二つ、願いたいことがあります」
「よろしいでしょう」
「一つはファロン帝国の民を導いてください。生き残った者たちが暮らせるように、移民の手配をお願いします」
「そのくらいは容易いことです。周辺国に働きかけましょう。もう一つは?」
「私の親友……騎士カノンを蘇らせてはくださいませんか?」
元々、緋王を倒そうとしたのは国の平和のためであると共に、カノンを蘇らせるためであった。『王』を倒した成果によって神聖グリニアと交渉し、死者蘇生の魔術を使ってもらう。それが元の目的だったのだ。勿論、忘れていない。
エンジに死体が腐食しないよう封印をかけてもらったので、綺麗なまま残っている。
教皇も深く頷いた。
「その話は事前に聞いております。既に儀式の準備を整えておりますので、明日にでも蘇生しましょう。シンク殿は何かありますか?」
「俺、いや、自分ですか。えっと……その、特には思いつかないです」
「欲がないのですね」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……何というか話が大きすぎて。自分、庶民なもので」
「今すぐというわけでもありません。その時まで取っておくのもいいでしょう」
「わかりました……あ、でも一つお願いしたいことが」
「何でしょうか」
「師匠を……剣聖を探して欲しいんです。自分には師匠が負けるなんて想像できなくて……」
「確か冥王と戦ったのですね。保証はできませんが、探しましょう」
神聖暦二四四年、神聖グリニアは新たなSランク聖騎士を二人同時に公表する。
一人は『聖女』セルア・ノアール・ハイレン。
もう一人は『剣聖』シンク。
聖なる光、あるいは聖なる刃によってあらゆる魔物を消滅させる最も有名な聖騎士として活躍していくことになるのだ。不死王と緋王を討伐したという功績は正しく人々の希望となり、やがて世界はある方向へと進み始める。
ディブロ大陸への進出。
人類は遂に七大魔王の棲む領域へと手を出すことを決定した。
◆◆◆
小さな電灯で照らされた暗い小部屋に、ある少女が寝かされていた。
その傍らには仮面をつけた男『鷹目』とその上司である『黒猫』が立っている。
「目覚めませんが……問題ないのですか?」
「ああ、魂が損傷していたからね。回復に時間がかかるんだ。それに僕の傀儡化の影響もある。本当は人形を動かすものなんだけど、人間にも効果はあるからね。とはいっても覚醒魔装士の意思まで縛ったりはできない。精々、彼女の目を通して監視装置として役に立つくらいかな?」
「私としては羨ましい限りですね。好きなだけ傀儡を生み出せるなど」
「今回は運が良かった。『死神』には感謝だね。おかげであの有名な聖騎士……『樹海』のアロマ・フィデアを僕の手中に収めることができた」
寝かされている少女はかつて緋王を封印した聖騎士であった。
緋王の封印が解けた後、『黒猫』と『鷹目』によって回収されていたのだ。
「この方はどうするのですか?」
「僕はこのまま返してあげるつもりだよ。神聖グリニアの中枢情報にアクセスできるはずだからね。情報収集も捗るかなと」
「それがリーダーの情報源の秘密でしたか。もしや世界中に傀儡が?」
「勿論だよ」
何のこともないように告げる『黒猫』。
これには『鷹目』も呆れ顔だ。
「大した方ですね。世界を裏から支配していると言われても驚きませんよ。いつの間にか剣聖までも幹部に入れていますし」
「それについては偶然だよ。『樹海』に傀儡化を仕込んだのも、新しい聖騎士……『聖女』を見張るためでもある。魔神教もそろそろディブロ大陸に行きそうだからね。それも気になるかな。君が待ち望んだ、神聖グリニアによるディブロ大陸進出だ。どんな気分かな?」
「ようやく、とだけ言っておきます。一言では言い尽くせない気分ですね」
「僕たちは黒猫だ。国を滅ぼすのも建てるのも、好きにするといいよ。邪魔はしない」
そう言いつつ、『黒猫』は彼女を抱えた。
軽々と持ち上げていることから、見た目の割に力持ちらしい。そして空間が歪み、『黒猫』はその奥へと消えていった。『鷹目』も深い溜息をついてから転移でどこかへ消えてしまう。
数日後、思惑通り神聖グリニアはアロマを発見して保護することになった。
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