第188話 ゼノン・ライフ②
「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?」
それは紛れもなく不死王の絶叫だった。
聖なる光による魔力崩壊現象は不死王の身体を分解し、制御不能にしてしまう。集中した聖なる光は徐々に薄れていき、それと同時に不死王から分解された魔力が放出された。
「やったのか?」
「まだ油断するんじゃないよシンク」
エンジが忠告した通り、光の内側から不死王が這い出る。
骨が少しずつ朽ちており、魔力も安定していない。倒し切ってはいないが、大ダメージを与えたことは確かだった。
「おの、れ……えええええええええ!」
不死王は朽ちた体を崩壊魔力によって再生する。
骨の身体が黒く染まっていき、その骨の上に更なる魔力が覆う。その魔力は筋肉のように骨へと張り付き、やがてその上に皮膚が構築される。
骨だけだった不死王は全身が漆黒で覆われた人間の似姿となる。
すぐに全身の黒さも消え去り、人肌に近い色合いとなった。
◆◆◆
ゼノン・ライフが自国の都市を利用して不死者となった時、その肉体は魔力に置き換えられ、
実をいえば術式が発動した直後、ゼノンは死んでしまっていた。
それゆえ不死化の儀式はゼノンの死体へと実行され、動く死体として生まれ変わったのである。そうして生き返ったゼノンは当時、まだ人としての身体を保持していた。
「……戻ろう」
都市の人々の命はゼノンへと吸収された。もうこの都市に生きている人間はいない。
ともかく不死化の実験は成功したのだ。ゼノンは心の内にある虚無を義務感で抑えつけ、王都に戻った。不死化に成功したことで大帝国軍に勝利できる可能性が芽生えたと伝えるためである。
だが、戻ったゼノンを待っていたのはまた、裏切りであった。
王宮に帰還したゼノンは不死化の成功を伝えると捕らえられたのである。ゼノンは不死化に成功したサンプルとして王国魔術師の実験体となった。
その日からゼノンは様々な実験をさせられる。
全身に針を刺されて反応を見られたり、腕や足を切開されて筋肉や骨の動きを観察されたり、更には内臓を取り除かれて生きていられるかを試されたり。ともかく王子としての扱いではなかった。いや、人として扱われていなかった。
不死となったゼノンは恐れられたのだ。
特に第一王子は王位を奪われるのではないかと恐れ、都市を壊滅させた責任を引き出してゼノンを罪人へと仕立て上げた。
(なぜ、こんな目に遭わなければならない)
痛みは感じない。
故にどんな実験をされても苦しみはない。
しかし抵抗しようにも全身を実験台に固定され、魔術を発動しようとすれば魔装で魔術陣を破壊されてしまう。
実験は徐々に過酷になっていった。
毎日毎日、肉や内臓が削がれていく。筋肉を削ぎ落され、胃腸を取り除かれ、肺を潰され、目玉をくり抜かれ、最後には心臓まで切除された。
「ここまでして生きているとは驚きですね」
「ああ、心臓を取り除いても生きているとはな。確かに不死だ」
「不気味です……うう」
「そう言うなよ。私だってこんな実験嫌なんだから。王子殿下の命令じゃなきゃ……いや、これ以上言うのはやめておこう」
「今日は最後の……脳を切除する実験ですか」
「脳がなくなっても言葉や記憶に問題なければ、医学の進歩にもなる。我々の思考がどこから生まれているのか、それを確かめよう」
魔術師たちはナイフを手に取り、ゼノンの頭蓋骨を軽く叩く。それから少しずつ削って切れ込みを入れ始めた。
肉体のほぼ全てを失っているにもかかわらず、ゼノンは言葉を話せるし視覚や聴覚も健在だ。勿論、実験を行い記録している魔術師たちの会話も耳に届いている。
(なぜ、なぜだ? 私が何をしたというのだ? 私は何度裏切られなければならない!?)
第六王子として生まれながらも、国のために尽くしてきたつもりだった。非道と思う心が麻痺するほど残酷な人体実験を繰り返してきたが、それも国のためだった。
(こんな国に、家族に……尽くす意味があるのか? 私は……)
ゼノンが恨みを募らせている間も実験は進む。
切開された頭部から少しずつ脳が切除され、やがてその全てがくり抜かれた。その上で実験のリーダーを務めていた魔術師がゼノンへと問いかける。
「どうだ? 我々が分かるか?」
「表情が読めなくなったので反応が分かり辛いですね」
「うーむ……やり過ぎたか?」
今のゼノンに残っているのは骨格と、僅かに張り付いた肉や筋だけだ。
普通ならばとても生きてはいけない状態である。しかし不死者となったゼノンは確かに生きていた。そして溜め込んだ恨みによって魂を上の次元へと昇華させていたのである。
不意にゼノンに身体から黒い靄が現れる。そして靄は魔術師たちに触れ、肉体を崩壊させた。実験室は一瞬にして阿鼻叫喚となる。崩れていく肉体はどうすることもできず、魔術師たちはあっという間に朽ちて骨すら塵に返った。
そしてゼノンは覚醒した崩壊魔法によって拘束を解き、起き上がる。
「私は、私は人にあらず。不死の……王」
崩壊魔法は実験室を含め建物全体に及び、徐々に朽ち果てていく。そしてこの実験室のあった王宮の魔術区画にも崩壊が及び始めた。
やがてゼノン・ライフは崩壊魔法を使って国を滅ぼす。
そして不死化の秘法を応用してこの地に不死属の魔物を次々と生み出し続けた。
「不死の王……私こそが不死王」
無数の不死属を従えたゼノン・ライフは自らを不死王と名乗った。
そして実験により骨だけとなってしまった肉体に対し、ある誓いを立てる。
「真に不死の世界を実現するまで、肉体を取り戻すことはないだろう。この恨みを忘れないために。世界全てが不死となれば、私も異端ではない。私は不死の導師となろう。ニンゲンなど信用に値しない。ここが私の国、私の世界だ」
それから数百年。
スラダ大陸の南西部は不死王ゼノン・ライフの不死領域として知られるようになった。
◆◆◆
「この! この私に! この私に真の力を使わせたなあああああああ!」
不死王は今までとは比べ物にならない速度でセルアへと迫った。
今までは骨だけだったが、今は魔力によるものとはいえ筋肉を纏っている。つまり、身体能力が何倍にも向上しているのだ。
更にこの肉体は崩壊魔力を編みこんで作ったものだ。
セルアの聖なる光も効かず、あらゆる魔術や物理攻撃を無効化する。そしてひとたび攻撃に回れば、あらゆる打撃が即死の崩壊攻撃となる。
「きゃああ!?」
「姫様!」
シンクに戦う力はない。
それ故、セルアを抱えてその場から飛び去った。しかし人を抱えたまま砂地を飛び去ったことでバランスを崩し、倒れてしまう。二人は砂だらけになりながら転がった。
これを見逃す不死王ではなく、追撃しようとする。
だがグラディオが二人の前に立ちふさがり、不死王の打撃を受け止めた。勿論、直接ではなく魔術障壁を挟んでだ。しかし一瞬で魔術障壁は崩壊し、グラディオへと突き刺さる。
「ぐぅぅぅ!」
「邪魔をするなニンゲン!」
「ぐあっ!」
そのまま拳が振りぬかれ、グラディオは後ろに飛ばされた。シンクは慌てて受け止める。見ると、殴られた部分が徐々に崩壊していた。
「グラディオ! 俺たちを庇って……」
「気に……するな。元は俺が、呼んだこと……ぐっ」
「姫様! 聖なる光で止められませんか?」
「はい。やってみま――」
「止めておけ。それより……その力を小僧に託せ。凝縮し、聖なる光を刃に変えるのだ。今の不死王に普通の攻撃は届かない。お前ほどの使い手なら……できるはずだ」
「俺が? だが俺は魔力が」
「それはそこの皇女の役目だ。皇女は聖なる光を小僧に託せ。それを操るのは小僧だ。貴様ほどの使い手なら、操れるはずだ」
悩んでいる暇はない。
不死王はまた攻撃を仕掛けようとしているのだ。腹部が徐々に崩壊しているグラディオは、大量の血を流しながらも立ち上がった。その血は砂地に吸い込まれていき、グラディオはそれを踏み固める。
もはや死は確定した。
恐れるものは何もない。
「う、おおおおおお!」
そして踏み固めた地面を蹴って掌底を放った。勿論、直接当てるつもりはない。既に片腕を失っているため充分に懲りていた。グラディオがやったのは魔力の塊を飛ばす攻撃である。無系統魔術の魔弾に分類される手法だが、掌底と共に放つことで運動エネルギーを加えることができる。
超高速で飛び出した魔力弾が不死王に直撃した。
しかし崩壊魔力で織り込まれた肉体が魔力崩壊を引き起こし、魔力弾は霧散する。だが運動エネルギーまでは消えず、不死王を僅かに押し戻した。
その隙にグラディオは不死王に飛びつき、身体で抑え込む。不死王に触れていることで急速に朽ちているが、それでもグラディオは気にしていなかった。元々先の一撃で死ぬことは確定していたのだ。ここで命を使うことに決める。
「っ! グラディオ、それは!」
「あなたが最後に教えてくれたロカの封印術だ。まさか……使うことになるとはな」
ロカ族の修行において最後に教わる封印術。
それは自分の命と引き換えに発動する最強の術だ。何より、その効力は永久である。ロカ族はその魂を代償に発動することで対象を永遠に封じ込める術を有するのだ。
それはつまり、不死王による崩壊魔法の風化が通用しないということになる。勿論、概念すら崩壊させる崩壊魔力には意味のない術だが、不死王の纏う崩壊魔力の肉体を削り取るには充分だった。
「俺は、自分のしでかしたことの責任は取る……早く、やれ……小僧!」
セルアは慌てて聖なる光を溜めてシンクの背中に触れる。
すると聖なる光はシンクの魂に触れ、魔装を刺激した。シンクは聖なる光を魔装を通じて剣の形へと変形する。
「放せえええええニンゲンンンン!」
不死王は苛立ちを隠すことなく、魔力として放出する。崩壊魔力は瞬時にグラディオの肉体を消失させたが、封印術は止まっていない。放出した崩壊魔力ごと、不死王の頭部にある肉体を剥ぎ取った。
そこにシンクが斬りかかる。
聖なる光を濃縮した刃は、魔法すらも魔力崩壊させるほどに力を増していた。振り下ろされた刃は不死王の頭部をかち割る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぬううううう!」
シンクの一撃は不死王の首のあたりまで容易く通ったが、そこから下は崩壊魔力で守られている。聖なる光のお蔭で刃は消されることなく留まっているが、それも時間の問題である。崩壊と崩壊の勝負は、やはり崩壊魔力に軍配が上がりつつあった。
聖なる刃が消えてしまう前に不死王を切り裂かなければならない。
雄叫びと共にシンクは力を込める。
もう魔力の残っていないシンクにできることは、力の限り刀を振るだけだ。
「はあああああああああああああああああ!」
グラディオが命を使って生み出した最後の隙。
ここで倒さなければもう後がない。
セルアもシンクの背中に両手を当て、聖なる光を注ぎ続ける。聖なる刃が崩壊するのを少しでも遅らせるために、力を注ぎ続けた。更にその残滓までもが不死王にとっては毒となり、再生を遅らせる。今の不死王は頭蓋骨がほとんど剥き出しになっており、そこから魔力崩壊の力が侵食しているのだ。
不死王は初めて追い詰められていた。
聖なる刃は内部から不死王を侵食しており、不死王はそれに対抗するために崩壊魔力を使わざるを得ない。しかし早く押し返さなければ魔力が尽きてしまうのだ。魔力が尽きるということは魔物にとって死を意味する。急速に消耗されていく魔力を感じて、不死王は焦っていた。
「姫様! もっと! もっとください!」
「シンク! もっと! あなたも力を注いで!」
聖なる光は底なしに注がれ、シンクの魂を通って凝縮され刃となる。
そしてこの現象はシンクに魂の覚醒を促した。
ここで不死王を倒すという強い感情も助けとなり、魔装と魂が一段上に移行する。魂に供給される莫大な魔力が聖なる刃に注がれ、シンクに力を与えた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
シンクとセルアは互いに力を込める。
ここで誕生した人工覚醒魔装士セルアと、それをきっかけに覚醒した覚醒魔装士シンク。偶然に揃った二人が不死王を倒そうとしている。これは奇跡のような出来事だ。
「う、ぬ……ぁああ……おのれ、えええええええええええええ!」
「これで!」
「終わりです!」
シンクの聖なる刃がひと際輝き、崩壊魔力による魔力崩壊現象すら置き去りにして振り下ろされる。
砂漠化した大地に眩い光が立ち昇った。
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