第187話 ゼノン・ライフ①


 不死王ゼノン・ライフの起源は五百年以上も前に遡る。

 当時、彼は小国の王子であった。しかし当時、その小国はスバロキア大帝国という侵略国家の脅威に晒されていた。第六王子という微妙な立場であったことから、彼は魔術の研究という面で国家に仕えることを選択する。

 絶対的な総力を鑑みれば敗北は必至であり、逆転するためにはそれを覆す魔術が必要というのが当時の軍事における課題だった。

 そうしてゼノンが目を付けたのが、死者の再利用である。

 戦争で死ぬ兵士を再利用することで、兵士を育てるための資金などを節約できる。それが彼の考えた新たな魔術だった。当時は不死属の概念が存在せず、これは革新的な考えだった。

 彼の研究チームは人が死ぬという現象について様々な実験を行い、データを集めていた。国の滅亡がかかっているという状況は倫理観の欠如を生み、人体実験は加速していく。幸いにもゼノンには才能があり、実験をした分だけ新たな発見を記録していた。

 そして村を丸ごと潰して人体実験の材料にするのが当たり前になった頃、一つの成果を得た。



「人間の不死化……理論上はこれで完成だ」



 それは人の肉体を魔力に置き換えることで、魔力が尽きぬ限りだが不滅を手に入れる法だった。すなわち魔物化なのだが、当時はそこまで分かってはいなかった。



「しかしこれを成し遂げるためには大量の魔力が必要となる。そのためには……」



 やがてこの不死化の魔術を前提とした作戦が立案される。

 それは大きな街に魔術陣を仕込み、その上で大帝国軍に占領されるという作戦だ。大帝国軍が誇る質の高い兵士の命を吸い取り、不死化の儀式の生贄とするのだ。

 この時、大帝国との戦争は激化しており、第三王子と第五王子が戦死していた。王位継承者である第一王子と予備の第二王子は決して戦場には出ず、第三王子から第五王子までが戦場での指揮を執っていたからである。第六王子だったゼノンは研究者という立場だったのでそれを免れていたが、それを第四王子が恨めしく思っていた。

 上二人は仕方ないとしても、自分より下であるはずのゼノンが安全な場所で研究ばかりしていることが気に入らなかったのだ。

 そして実際の戦場を見ているという関係上、第四王子は自国の敗北を察していた。

 このままでは生き残ったとしても余計な王族である第二王子以下は処刑されることだろう。そして第一王子が王位を継ぎ、大帝国にとって都合のよい傀儡にされるはずだ。しかし研究者として優秀なゼノンは生かされる可能性が高い。王族としての身分を捨てることを代償に、研究者としての待遇を与えられることは目に見えている。これまでの大帝国のやり方を見てきた第四王子はそれを確信していた。

 第四王子は戦場に出ており、敗戦国となれば戦犯者として処刑される。邪魔な王族かつ戦犯という処刑に充分な理由を覆すためには『裏切り』しかない。

 敵国の王族という立場ではなく、大帝国を勝利に導いた立役者とならなければならない。

 ゆえに第四王子は密かに内通し、国を引き渡す準備をしていた。

 そんな中で不死兵を生み出す作戦が実行される。



「ゼノン殿下、術式の設置が完了しました」

「分かった。有力者たちの避難は?」

「完了しています」

「そうか……申し訳ないが、市民たちには犠牲になってもらうしかないな。もぬけの殻では大帝国軍に不審がられる」



 この頃、ゼノンは国民を犠牲にしても心が痛まなくなっていた。

 何度も人体実験を繰り返し、実験体が不足すれば小さな村を潰して確保していたことで、倫理観が薄れていたのである。

 作戦予定の都市は国内でも二番目か三番目の経済力を持っているため、作戦による死傷者だけでなく餓死者などの被害も膨れ上がることだろう。しかしそれによって大帝国に勝利の可能性が芽生えるのだとすれば安いものである。

 だが、一仕事終えて気を抜いていたゼノンと部下の研究者たちの下に複数の兵士が飛び込んできた。彼らは剣を抜き、ゼノン以外に付きつける。



「何事だ!?」

「大人しくしろゼノン」

「兄上……兄上!? なぜここに!? 作戦のために前線に行っているはずでは……」



 知恵の回るゼノンは、そこまで言いかけて全てを察した。

 これは裏切りであると。



「お前の研究成果を全て渡してもらおうか。実験データから論文まで全てだ」

「それは……」

「大人しく渡せば大帝国軍にも言付けしてやろう。どうだ? 悪い話ではあるまい。それともこの距離でお前が俺に勝てるとでも思っているのか?」



 第四王子の言う通り、ゼノンに勝ち目はない。確かにゼノンは優秀な魔術師だったが、それはあくまでも研究者としてだ。実戦の魔術とはまた違う。

 それに大帝国の研究者として迎え入れてもらえるとすれば、悪い話とも言えない。ゼノンはどちらにせよ第六王子であり、国を継ぐ立場ではないのだ。母国に愛着こそあれど、しがみつく理由もない。



「ゼノン、この場で決めろ」

「……ああ、そうだな。分かった。兄上の言う通りにする。資料の原本は王城の資料室にある。十三番の鍵付き書庫だ。鍵はここにある」



 そうして取り出した鉄製の鍵を、第四王子は奪うように取った。



「そこに全てあるのか?」

「ここで術式敷く際のメモはそこの引き出しの中だ。これからまとめるつもりだったから走り書き程度だが、それ以外は書庫に――」

「なら用済みだ」



 第四王子はゼノンの言葉を遮って剣を抜き、切った。

 急所ではないため即死とはならなかったが、動脈の一つが切り裂かれており、このままでは失血死することだろう。



「殿――」



 ゼノンの部下が慌てて駆け寄ろうとしたが、背後に立っていた兵士によって心臓を一突きされ、死んだ。それを皮切りに兵士たちは次々とゼノンの部下を殺害し、部屋には血の臭いと叫び声が充満する。

 意識が薄れていくゼノンは、デスクを漁る第四王子を見ていた。



(これが報い、だとでもいうのか。民を使って人体実験をした私の末路がこれとはな)



 熱いような寒いような、不思議な感覚を味わいつつもゼノンは走馬灯を見ていた。客観的に見て碌でもない人生だったと断言できる。

 だがそれと同時に、沸々とした怒りが込み上げてきた。



(なぜこんな保身だけの男のために死ななければならない? それに大人しく資料を渡せば大帝国に言付けてくれるのではなかったのか? なぜこんな裏切りに遭わなければならない? 私は王族として責務を果たそうとしていた。誇りも国も捨てた奴のために死ぬなど……)



 不死。

 ゼノンはそれを目指していたはずだった。そして実験データが正しければ、この都市に仕掛けた術式によって不死者は誕生する。それを目にすることなく死ぬのは不本意だ。

 ならばと、考え方を変えた。

 このままではどうせ死ぬ。

 どうせ死ぬなら、最後に自分へと不死化の実験を施せばよい。本来は大帝国軍の兵士を生贄にするつもりだったが、もはやどうでもよいことに思えた。

 ゼノン・ライフは人としての死に際で大魔術を発動する。

 その日、世界に不死属という新たな魔物が誕生した。






 ◆◆◆






 不死王にとって探究心とは生きているということと同値だ。

 もう記憶すら薄れた過去にその起源がある。今の不死王には探究心だけが残り、それ以外には特に興味を示さない。故に自身の領域に引き籠って研究を続けていた。

 人として死んだとき、探究心以外の全てを失ったのだ。



「貴様が術者だな? この私に魔力崩壊とは皮肉なことをしてくれる」



 セルアたちの前に不死王は降臨した。

 普通ならば魔物特攻の聖なる光から逃げるべきだ。『王』の魔物といえど、魔力崩壊に抵抗するためには魔力による再生のごり押しか、魔法魔力による抵抗が必要となる。どちらにせよ莫大な魔力を常時消耗することに変わりはない。

 しかし探究心故に、不死王は現われたのだ。



(不死王! 殺せなかったか!)



 グラディオはいち早く動き、転移によって背後に回り込む。そして魔力を込めた掌底を放った。セルアに興味を示している今の不死王は隙だらけに見える。今しかチャンスはなかった。

 しかし焦りすぎである。

 崩壊魔力を纏っている今の不死王に触れることが何を意味するか、グラディオは分かっていなかった。



「ぐあああああ!」



 触れた瞬間、魔力は霧散して崩壊魔力がグラディオの右手に触れる。そしてその腕は瞬時に老化し、朽ち果て、骨すらボロボロと崩れ始めたのだ。



「ぐ、おおおお! 早く俺の腕を斬れ!」

「え? あ、俺?」

「そうだ! 早くしろ!」



 シンクは一瞬戸惑うも、即座に剣を振るってグラディオの腕を肘の部分で切り落とした。するとグラディオは額から油汗を流しつつ、左手と口を使って器用に止血する。ただ傷口を丈夫な紐で縛っただけだが、応急処置としては充分だ。

 一方で切り落とされた側の腕は完全に朽ちてしまっていた。



「これが噂に聞く『王』の魔力だね……気を付けるんだよセルア、シンク、それに馬鹿弟子!」



 セルアは完全に浄化できなかったことにショックを受けていたが、それでも再び聖なる光を集め始める。その間にシンクはセルアの前に立ち、時間稼ぎを企んだ。



「緋王と冥王はどうした?」

「なんだそれは? 知らんよ。私はそこの女に興味が湧いた。そこから消えろ」

「……こ、断る」

「ならば朽ち果てるがいい」



 不死王を守る崩壊魔力が一部伸びてシンクを襲う。咄嗟にその触手のような魔力を切り落とそうとしたが、崩壊魔力に触れたシンクの剣が逆に消失した。

 魔装の剣なので魔力崩壊が引き起こされ、強制的に結合が解かれたのである。

 今のシンクは魔力が尽きており、もう魔装を再展開する力も残っていない。このまま死ぬのが定めということになる。

 しかし、それをグラディオが助けた。

 転移魔術を発動し、シンクとセルアの二人を移動させたのである。これによって崩壊魔力は虚空を貫くだけとなった。

 その間にエンジは封印術を発動し、不死王を覆う。

 青白い球状の結界が不死王を包み込んだ。



「急ぐんだよ姫! 長くは持たないから――」



 しかしエンジがそのセリフを言い終わらない内に封印術が消滅する。崩壊魔法によって術式を風化させられたのだ。

 続いてグラディオが別の封印術を発動する。こちらはエンジの使った封印よりも空間魔術としての色が強く、普通の魔物ならば脱出は不可能だ。封印結界内部が固有時間によって制御されているため、ほぼ永久に封じることができる。内部時間の流れが非常に早いというのが特徴で、内部での数百年は現実世界での一秒にも満たない。結界の効力が切れる頃には内部に封印された対象は朽ち果てているという寸法である。

 しかしそんな結界も崩壊魔法によって風化させられてしまえば意味がない。一瞬にして数億年が経過したということにされてしまい、結界は瞬時に崩壊する。



「続けな馬鹿弟子!」

「分かっている師匠!」



 一瞬で崩壊させられる封印術を次々とかけていき、一秒でも不死王を縫い留めようとする。それによって確かに不死王は動けなくなっていた。

 しかし探究の邪魔をされたという事実は、不死王を本気にさせる。

 決してやる気を出させてはいけない『王』という存在に対し、敵意を抱かせてしまった。



「邪魔をするなニンゲン」



 不死王は肩のあたりから崩壊魔力によってそれぞれ腕を構築する。そしてこの腕は伸縮自在であり、触手のようにうねりながらエンジとグラディオに迫った。

 崩壊魔力で構築されているため、当然ながら触れられたらそこから身体が崩れていく。早めに対処しなければ崩壊が全身に及び、死に至るだろう。

 流石にロカ族だけあって、エンジもグラディオも回避しながら封印を仕掛け続ける。セルアが聖なる光を発動するまでの僅かな時間を稼ぐための行動なので、これで良い。



「ったく! あんたも面倒なものを召喚してくれたね!」

「お蔭で弱体化しているだろう!」

「それはそうだけどね!」



 聖なる光による魔力の浄化は確かに効いていた。不死王は本来の魔力を大きく失っており、崩壊魔力も存分に放出するといった贅沢な使い方はしていない。

 つまり広範囲に放たれた聖なる光は『王』の魔物すら充分に弱体化可能というわけだ。今この空間は聖なる光の残滓で満たされており、魔物にとっては毒のプールに放り込まれたようなもの。今ここで倒すしかないのである。

 いや、今こそ最大にして最後のチャンスだ。

 研究者である不死王ゼノン・ライフに時間を与えれば対策を練られてしまうことは明白なのだ。



「師匠、合わせろ!」

「誰にものを言っているんだい! 言われなくともやってやるさ!」



 エンジとグラディオは同時に複雑な印を組む。

 片手を使って特定の印を繋げることで術式を構築する技術だ。詠唱の代わりとして扱われるものだが、その利点は隠密性と速度である。

 二人はロカ族に伝わる高等封印術を発動した。

 不死王の周囲に複数の魔術陣が展開され、そこから半透明な鎖が射出される。鎖は不死王を捕縛するように巻き付いた。鎖は不死王に触れる度に崩壊しているが、それを上回る速度で鎖が射出される。本来は巨大な魔物を拘束するための連続封印術で、術者の魔力が尽きない限り鎖が射出され続ける。

 かつての師弟が力を合わせた封印によって、不死王は一時的とはいえその場に留まった。即座に崩壊魔力の腕を使って術式を消し去ろうとしているも、それより先にセルアが動く。



「終わり、です! 聖なる光よ!」



 濃密な光が不死王を包み込み、同時に苦しみの声が響き渡った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る