第186話 聖なる光
魔物とは魔力生命体である。ある意味でその肉体も魔術の一種であり、存在そのものが魔力である。故に魂に異変が生じることで魔力体が維持できなくなると霧散してしまう。
魂を直接攻撃された緋王の魂は一部が死んだ。
流石に全て殺し尽くしたわけではなかったが、魂が受けた傷は致命的であった。魔力体を維持できず崩壊していく緋王に対し、シュウは死魔法を発動して魔力を吸収していく。
「akgiaiedkkatgehaljdawsjeiakskiaksinu!?」
緋王は言語化していない呻きや叫びを上げつつも抵抗する。しかし損傷した魂では死魔法に対抗できず、血液魔法も維持できない。
見る見るうちに緋王の存在感が減少していく。
自己進化によって
「今回の件で死魔法の本質が見えたな」
シュウは何百年も自分の力を疑問に思っていた。
大抵の生物ならば即死させられる死魔法だが、その仕組みはエネルギーの吸収だ。死魔力が問答無用で殺す概念であるのに対し、死魔法は
しかし緋王の魂に干渉したことでその答えが少し見えた。
「ほう、魂に触れる力か。興味深いではないか」
「戻ってきたか、不死王」
「貴様のお蔭で六號はもう役に立たん。疑似魂が見事に壊れておったわ。お蔭で異空間に貯めた魔力も引き出せん。新しく七號を開発せねばならんな」
不死王は使い魔が壊された割に機嫌が良かった。
実験体と言っていただけあり、愛着があるわけではなかったのかもしれない。あるいは愛着はあったが、死魔法への興味が勝ったのだろう。
「貴様の魔法、魂を抜き取るのだろう?」
シュウも賢者の石の事件で知ることになった事実だが、魂とは魔術陣の一種だ。死魔法は魂の魔術陣を抜き取る。それによって魂を運営するための魔力、それに引きずられて肉体を維持する生命力も奪うのが死魔法の仕組みだ。
本来は干渉の困難な魂へと触れる法則。それが死魔法である。
「その死にかけを渡してもらおう。それは重要な研究資材になり得る。それと貴様も大人しくするのだ。このゼノン・ライフの偉大なる研究の糧となることを光栄に思うがいい!」
「それはこっちのセリフだ。『王』の魂に興味が湧いた。お前こそ俺の糧となれ」
二つの『王』が魔力を高めた。
◆◆◆
聖なる光を溜め続けるセルアは、己の限界と呼べるほど力を圧縮していた。どこからともなく流れてくる聖なる光に限界はない。しかし、一度に扱える量はセルアの能力に依存していた。
(ダメです……これでは倒せない)
冥王、緋王、不死王の魔力は絶大だ。
とてもではないがセルアの力では拮抗すらできない。仮に聖なる光が魔を滅ぼす力だとしても、圧倒的な『王』の魔力を前にしては心許ない。
セルアは焦っていた。
それを見かねたエンジは彼女の肩に手を置き、優しく告げた。
「ハイレン王家の聖なる光は代々受け継がれてきたものだよ。その力にはセルア姫の父、祖父、その先祖が宿っているんだ。信じるんだよ」
「ですが、これ以上は」
「姫には私たちと同じロカ族の血が宿っている。封印を解くんだよ。血脈と共に重ねられてきた封印を解くんだ。さぁ、落ち着いて」
セルアは言われたとおりに封印を解くイメージをする。
しかし何も分からない。ただ漠然としたままだ。内部の封印を解いてみろと諭された所で、何をしていいのかさっぱり分からないというのが正直な思いである。
ただ、そんな悩みは既に置いてきた。
この戦いも最後には『王』を倒すと覚悟して始めたものである。今更引き下がることはない。
「姫様、俺には何もできません。でも、必ずここにいます」
「シンク……」
「必ず、守ります。恐れないでください」
「……恐れ」
聖なる光に意識を注ぎつつも、セルアはもう一度その言葉を口に出す。
「恐れ、ですか」
すとん、と腑に落ちた。
自分は恐れていたのだと納得できた。ハイレン王家に封じられてきた聖なる光という力は、ロカ族の封印によって拡散を抑えこみ、純化されてきた歴史を持つ。その力の大きさはセルアは勿論、歴代の帝もロカ族の守護者も把握しきれていない。理論値こそあれ、実測はされてこなかった。
それは歴代の継承者たる帝が力を恐れ、自ら弱くしていたからだ。無意識のうちにその力を抑え込んでいた。
「シンク」
「はい」
「私を守ってくださいね」
「……必ず」
世界のために、仇のために、生き残るために、親友を生き返らせるために。
様々な理由でこの戦いは始まった。
その果てに手に入れた聖なる光は恐ろしい力である。真実、『王』に届き得る。これほどの力を手にして恐怖しない人間はいない。力の制御を誤れば周囲一帯が滅びるのだ。今まさに緋王が樹海を砂漠に変えてみせたところである。
セルアは恐れるあまり、最後の封印を外せずにいた。
歴代の帝が誰一人として外すことのできなかった本当の封印。その蓋が僅かに外れる。
「これは……」
「しっかり見ておきな馬鹿弟子。あんたが望んでいた本当の力だよ。望むままに力を求めたあんたにはたどり着けない境地さ」
グラディオが憧れ、望んだその力がセルアから溢れる。
聖なる光はこの場にいる全員を優しく包み込み、『王』たちの戦いの余波から守り始めた。重くのしかかる魔力が消え去り、息苦しさも無くなった。
セルアはこの揺り籠のような力を更に広げ、集めていく。
(お父様、カノン、どうか私に力を。そしてこの力を守るために!)
血脈に宿る父が守ってくれる、親友でもある女騎士カノンは守ってくれた、エンジたちロカ族の守護者も認めてくれた、敵だったはずのグラディオですら託してくれている、そして戦いの中で信頼を築いた騎士シンクも必ず守ると約束してくれた。
もう恐れることはない。
セルアは聖なる光の、本当の力を解放する。
彼女の額にある紋章が激しく輝き、底なしの魔力が聖なる光となって具現化した。
「光、あれ!」
聖なる光はセルアの手を離れ、世界に解き放たれる。
浄化の世界が『王』たちの戦場を包み込んだ。
◆◆◆
冥王と不死王は睨み合っていた。
互いに魔力を放出し、手を出す瞬間を狙っている。仮に僅かでも隙を見せれば、その瞬間に戦況は動くことだろう。しかし、そんな瞬間が訪れる前に戦場は淡い光に包まれた。
セルアの聖なる光が完全発動したのである。
「これは? どうなっている!?」
「何だと!?」
シュウも不死王も驚かざるを得なかった。
なぜなら魔力で構成されているその身体が溶けだしたからである。魔物は魂が操れるだけの魔力を肉体として結合させることで実現している。その硬さも柔軟性も魔力結合によって生じたものであり、ある意味で幻想の硬さだ。故に強大な力を持つ魔物は魔力結合によって多くの攻撃を無効化してしまう。
ある魔物が有する硬い鱗もその一種であり、シュウのような霊系魔物が実体と霊体を自在に変更できるのも魔力によって肉体を構築し、魂で支配しているからだ。
その魔力体が溶けているというのは異常な出来事だった。
「これは! 興味深い。まさに魔力崩壊ではないか! 私の崩壊魔法でのみ観測できていた事象がどうしたことか! 他に使い手が現れたとでもいうのか?」
「魔力崩壊だと?」
「その通りだ。これは魔力エネルギーが最小単位に分解される現象だ。精神に支配される魔力がどういうわけか結合力を失い、崩壊してしまうのだ」
「だから身体が溶けているのか」
シュウだからこそ絶対的な魔力によって魔力崩壊現象を補完している。霧散している魔力を補填することで魔力体を維持しているのだ。不死王も骨格が崩れつつあるが、同時に修復もされている。
しかし緋王は違った。
死魔力で魂を傷つけられ、存在維持すら困難となっていた緋王に魔力崩壊を防ぐ術はない。徐々に溶けて消失しており、消滅も時間の問題と思われた。
さらには飛行魔術も消失し、シュウは落下していく。途中で霊体へと変更することで空中に留まったが、再び飛行魔術を発動しようとしてもできなかった。魔術陣が完成する前に崩壊してしまうのである。
(魔力崩壊か、なるほどな)
魔物はこの光の中にいるだけで存在を削られ、消滅するだろう。現にシュウもかなりの勢いで魔力を消耗して存在を維持している。また魔術も発動しないため、会得したばかりの転移魔術はおろか、移動魔術や加速魔術による脱出も望めない。
(魔導も魔装も使えないだろうな……が、やはり魔法は使えるのか)
シュウは霧散していく魔力を『
「くくくくく! これは良い! 未知が私を呼んでいるぞ!」
骨の身体を安定させるためか、崩壊魔力を纏った不死王は空を浮遊した。飛行魔術の魔術陣を崩壊魔力で描くことで魔術を実現したのである。
不死王はよほど興味が移りやすい性格なのか、シュウのことなどもう忘れているように見えた。
仕方なく、シュウは消滅の危機に瀕している緋王へと近づいていく。
「魂は多少損傷しているが……まぁ、許容範囲だろう」
そう言って死魔力を放出し、緻密な立体魔術陣を描いた。魔術に死魔法を混ぜ込み、魔術陣によって消滅しそうになっている緋王の魔力体を覆う。
もはや緋王には抵抗する力もなく、ただされるがままに術式を受け入れる。
魂の抽出、加工、魔力注入により、『王』の魔物を望む物質に作り替えた。それは百年前に手に入れたものであり、死魔法の本質を垣間見た今この瞬間に完成となった術式である。
すなわち、賢者の石の生成術だ。
本来ならば大量の魂の魔術陣を組み込むことで万能の魔術触媒とする儀式なのだが、『王』の魔物の魂を生贄とすればそれほど多くの犠牲を必要としない。魔力を法則にまで捻じ曲げる魂を賢者の石に変換することで、魔石以上賢者の石未満といった性能となる。
術の発動後、シュウの手には暗い青の石が握られていた。
「これなら、あとは不死王を取り込めば賢者の石がもう一つ手に入るな」
シュウは死魔力で飛行魔術を発動し、不死王を追いかけた。
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