第185話 死の風
血のように赤い大樹はセルアたちの場所からもよく見えた。
また砂漠化が進んだことで辺りはすっかり変貌している。このありさまにエンジも眉を顰めていた。
「これは酷いね。あんなものを復活させようと思った奴の気が知れないよ」
「……」
「あんたに言っているんだよ馬鹿弟子が」
「……面目ない」
グラディオは元々あれを制御するつもりだった。力を手に入れ、見返したかったのだ。それが世界に厄災を呼んだ。『王』の魔物はまさしく災害であり、人の入り込める領域ではない。
抵抗できるとすれば、それはセルアだけだ。
今、セルアは力を溜めている。
「すぅぅ……ふぅ」
静かに呼吸を繰り返しながら聖なる光を溜めていた。
それが限界まで蓄積されたとき、『王』たちの戦場を浄化することだろう。いや、そうでなくては困る。聖なる光はセルアの身体を覆っており、呼吸を繰り返す度に波打つ。
時間はかかるが、着実に力は強くなっていた。
◆◆◆
シュウの放った黒い風は渦巻く気流すら切り裂いて緋王と不死王に迫った。そして渦を巻くように二人を取り囲む。だが緋王は血を操ることで、不死王は崩壊魔法によって黒い風を消し去ってしまった。
だがシュウは追撃することもない。
これで充分だと分かっているからだ。
「かかったな」
思わずそう呟いてしまうほど、綺麗に引っかかった。
緋王は血を鞭のように操ってシュウを攻撃しようとする。暴風に晒されながらもシュウを見失わないのは流石であった。しかし、途端に緋王は内部から崩れた。
「oaetaa?」
胸から首にかけてが一気に崩壊し、徐々に手足や頭も崩れ落ちていく。
また不死王も例外ではなく、骨の身体が溶けているようにも見えた。不死王は何かの魔術をかけられていると悟ったのか崩壊魔法で解除しようとする。しかしそれも意味がなく、ただ骨の身体が崩れていくだけだった。
「これは……ほう、そういうことか」
しかし不死王も愚かではない。
即座に自分の身に起こっていることを理解した。
「この私の内部に魔力を仕込んだか。ふむ、魔法の魔力だな。ならば話は簡単だ」
シュウの発動した魔術《死の風》は精霊を生み出す魔術だ。
死魔法を元に生み出した微小な精霊を放ち、病原菌のように敵の体内へと侵入させるのである。死魔法を元に生み出された微小精霊は対象の魔力を喰らっていき、やがて精霊は崩壊する。その小さな身を死魔力に変換するという形で。
これによって緋王と不死王は内側から溶けるように崩れたのである。
しかし魔法の魔力と分かってしまえば対処は可能だ。
不死王は崩壊魔力を体内に満たすことで《死の風》を崩壊させ、解除してみせた。
また緋王も別の方法によって《死の風》から逃れる。
「kate……akigtrisliahirtiaidhtfaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
言語化不能な何かを叫びつつ、緋王はその身体を霧散させた。しかし血液魔力は赤い大樹へと変貌し、花を咲かせ、実りを与えた。そして赤い実は緋王として転生する。
一度死ぬことによって死魔力の効力から逃れたのだ。
尤もこれは血液魔力という法則を持つからこそできたことではあるが。
「意外と対応が早いな。死ね」
シュウは死魔法を連続で行使した。
一瞬でも外部への意識を逸らしたという事実が重要なのだ。魔法の力を外部ではなく内部に向けた隙に、シュウは魔力を奪い取った。たった数回の死魔法で『王』を殺し尽くすことはできないが、それでも緋王と不死王から大きな力を削り取ることに成功した。
間髪入れず、シュウは複数の《
戦場はまた更地となった。
冥王、緋王、不死王は一時止まり、睨み合う。
「やるではないか。名も知らぬ『王』」
「そちらこそ骨の癖にな」
「agaiedjangal?」
「何を言っているか分からんぞ小娘」
不死王は不敵な笑みを浮かべる。実際は骨だけなので笑みを浮かべているかどうか分からないが、そんな雰囲気を醸し出していた。
そして片手を軽く振って空間を引き裂く。
崩壊魔法によって空間に綻びを与え、そこを基準に切り裂いたのだ。引き裂かれた空間の奥には崩壊魔力が満ちており、そこからタールのように魔力が垂れてくる。またその魔力は不死王の思念を受け取って形を為し、一匹のドラゴンとなる。
「やはり最強の代名詞といえばドラゴンだな」
不死王の研究は生と死に関連するものだ。
特に魔力生命体である魔物について研究した結果、これに辿り着いた。本来は魔力で構成される魔物の肉体を、崩壊魔力によって構築した。更には魂の魔術陣まで開発し埋め込んでいる。自立行動する魔術と言っても良い。
未熟な魂の魔術陣だったが、崩壊魔力のドラゴンを動かすには充分だった。
「初実戦といこう。
見た目は真っ黒でオーソドックスな形状のドラゴンだ。また動きもどこかぎこちない。
しかし紛れもなく崩壊魔力によって構築された魔物である。シュウが放った《死の風》も似たようなコンセプトだが、あれはウイルスのように単純な動きであればよい。そのため崩竜はより精密な、魂の魔術陣に近いもので制御されている。
いきなり崩壊魔力のブレスが放たれた。
その魔力密度と量は筆舌に尽くしがたく、シュウですら相殺しようとは思わない。転移で回避した。だが崩壊ブレスは止まることがなく、放たれ続けた。魔法魔力は『王』といえど安易に使えるものではない。シュウも莫大な魔力の消耗を覚悟して死魔力を使っている。崩竜のように無駄撃ちしようとは思わない。
(あのドラゴン、それほど魔力を感じないな)
シュウは回避しながらそんな疑問を浮かべていた。
魔法魔力ほどのものを扱えば、明らかに魔力が減っていると分かるはずだ。しかし崩竜にそんな様子はなく、先程から感じ取れる魔力は変わらない。
(どうなっている?)
明らかに法則から逸脱した状態だった。
崩竜の動きは非常に鈍く、シュウならば回避は簡単だ。その気になれば反撃もできるだろう。しかし魔力が減る様子のない崩竜を観察していたので、特に攻撃はしていなかった。
一方で緋王も血液魔力を砂漠へと侵食させていた。
命の源である血を注ぎ込み、砂に混じって眠っている植物の種を発芽させた。植物に特化した支配を得た緋王は再び眷属である
「aitweitlawekgheicsaietl,dkepwkdmalkedajtoelaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
幼い姿となった緋王の叫びに呼応して、
流石に数が多く、また血液魔力で構成されているので簡単に破壊することもできない。
崩竜は崩壊ブレスでそれらを破壊し、不死王も崩壊魔力で拮抗し、シュウは転移で回避し続ける。死魔力で対抗しても良いが、魔力の消耗が激しいので控えていた。
「流石に『王』は強いな。不意打ちで殺した獄王は弱いわけではなかったということか」
獄王ベルオルグを殺した時は、不意打ちで首を落とした後に死魔法で魔力を奪いつくした。しかし今は緋王シェリーと不死王ゼノン・ライフと同時に戦うことになっており、死魔法も同じ魔法で対抗されてしまう。
魔法や魔法魔力は互いに絶対的な力だ。
今までのように一方的な虐殺というわけにもいかず、工夫した戦いが必要となる。今もそれぞれの『王』は本体でまともに戦わず、眷属に任せるか回避に徹するかだ。特に
シュウは回避を続けていたが、遂に攻撃を開始した。
「俺も少々実験させてもらうとするか」
手刀に死魔力を纏わせ、上から下へと振り下ろした。すると死魔力が三日月のような形状で飛び、
シュウには凝縮した死魔力によって空間の一点を殺す《冥導》という術がある。今回のは空間魔術を組み合わせた応用技、《冥導残月》だ。これは殺した空間の内部に固有時間を設定し、シュウの操れる空間とすることに意味がある。普通の《冥導》は空間を支えるエネルギーを殺すことでブラックホールのように周囲の者を吸い尽くす術だが、《冥導残月》ならば殺した後の空間を自在にコントロールできる。
シュウが指を鳴らすと、空間を引き裂く巨大な傷はパッタリと閉じられた。
更にシュウは次々と死魔力の斬撃、《冥導残月》を放っていく。そして巨体である
(全部で十六発。充分か)
《冥導残月》は殺した空間を空間魔術で操っている。
すなわち、一見すると閉じて元に戻ったような空間にも、《冥導残月》を放った分だけ斬撃が残っているのだ。つまりシュウが再び別時間を発動すれば空間の傷が開く。
ゆえに残月。
シュウはまた指を鳴らし、十六の傷を一斉に開いた。当然、その際に傷の上にいる物体は別空間に飲み込まれ、疑似的に切り裂かれたようになってしまう。
ただ二体はその間にも切り離された部分を魔力で繋げて再生しようとしている。シュウはその隙に《死の風》を放ち、死魔法で構成された微小精霊を仕込んだ。
死の微小精霊は対象の魔力を喰らって増殖し、内部から殺すのだ。微小精霊は瞬時に
一方で崩竜は全身が崩壊魔力で構成されているため、殺すところまでは至らない。しかし死魔力に風化という概念は存在せず崩壊魔力に死という概念もない。互いに食い合い、拮抗していた。そのせいで崩竜は動きを止め、墜落してしまう。殺すには至らなかったが、バグとしては充分に機能した。
「魔力が剥がれているぞ?」
「aieijgakd!?」
シュウは即座に死魔法を発動し、緋王から魔力を奪い取った。血液魔法を暴走させているに過ぎない今の緋王には死魔法を防ぐこともできず、容易く魔力を奪われた。その隙を突いて不死王が仕掛けてくるかとも警戒していたシュウだが、それは杞憂に終わる。
不死王は動けなくなった崩竜の下に降り立ち、何かを調べていた。
「ふむ。六號を止めているのは魔力侵食か。む? 僅かだが魂にまで侵食しているのか?」
考察に余念がないらしく、一時的に戦線から外れる。
シュウは一度不死王を無視することにして緋王に狙いを定めた。手加減せず死魔力を放ち、それが四方八方から緋王へと襲いかかった。緋王も血液魔力を鞭のように振り回して抵抗するが、シュウの計算された攻撃のせいで徐々に追い詰められていく。不死王が気を逸らしている間に仕留めようと考えているため、魔力消費はそこまで気にしていなかった。
尤も、シュウの場合は死魔法でいつでも回収できるため、魔力量もそれほど気にする必要はない。
触手のようにすり抜けるかと思えば、槍のように鋭く放たれる。シュウも死魔力の扱いに慣れてきたことで様々な攻撃を同時に扱えるようにもなっていた。『王』として覚醒した当初はただ放つだけで制御もぎりぎりだったものが、今では手足も同然だった。
更には《死の風》を使って再び緋王の内部に微小精霊を侵入させる。転生による復活を防ぐためだ。転生しようとすれば
「aihaoeoaooeooao,taskete!」
「だめだ、
何となく、命乞いをしているように見えた。
だがシュウは容赦なく死魔力で攻め立て、死魔法で殺していく。
緋王はまた地中から養分を奪い取り、赤い大樹を生み出す。そして自らと一体化することでまた転生を果たそうとしていた。
「安易だな」
シュウはがっかりという感情を覚えた。
よくよく感知すれば自身の内部に死魔力が潜り込んでいることも分かるはずである。その状態で魂の魔術陣が剥き出しとなる転生儀式を行えばどうなるか、分からないはずがない。
ウイルスとして潜り込んでいた微小精霊は自らを死魔力に転じる。
転生の瞬間という尤も無防備になる瞬間に感染した死のウイルスが発病した。
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