第184話 混戦


 顔をしかめながら起き上がるグラディオに対し、シンクは剣を向ける。だがエンジがそれを制した。もうグラディオに抵抗する力も、そんな気もないと分かっていたからだ。



「どういう意味だね馬鹿弟子」

「そのままの意味だ。緋王と戦っているのは冥王……冥王アークライトだ。奴は俺に協力を持ちかけてきた。実質脅しだったがな」

「それは確かかい?」

「奴が名乗ったわけではない。だが、その可能性が濃厚だった。今、あの戦いを見て確信した」

「厄介だね」



 つまり最悪の事態が対処不能な事態に陥ったことを示してる。

 そもそも緋王だけならば、セルアの聖なる光で滅ぼせる可能性もあった。しかし冥王にはあらゆる魔装や魔術が効かないと言われており、聖なる光も効果を及ぼさないかもしれない。

 だがグラディオは問題ないと、小さく告げて懐から数珠のようなものを取り出した。



「あんた、それは……魔石かい?」

「流石はかつての師。よく知っている。これは複数の魔石を繋ぎ合わせた呪具だ」

「あの、魔石とは何でしょうか?」

「セルア姫は知らなくても仕方ないね。シンクは知っているかい?」

「いえ」

「それならついでに説明しておくよ。魔石は魔術の触媒になる特別な石さ。その開発者や開発時期はあまり分かっていないけど、私が魔石を知ったのは五十年くらい前だね。魔石を手にすれば、子供でも高位の魔術を扱うことができる……って言われているね。私も形状や色を知っているだけで、実際に見たのはこれが初めてだよ」



 それはシンクやセルアにとって驚くべきことだった。

 魔術は習得方法も体系化されつつあるが、軍用魔術は厳しく規制されている。基本的には教会や各国の軍でのみ教わることができる魔術だ。その他にも魔術学会に所属すればその機会もあるし、裏社会のルートで教わる方法もあるが、基本的に一般民衆には伝わらない技術だ。

 しかし魔石があればそんなもの関係なく高度な魔術を扱うことができるようになるという。

 皇女だったセルアは特に、魔石の危険性を理解できた。



「そんなものがあれば国家の秩序が崩壊しかねません」

「ふん。問題にはならん。魔石は魔装士を材料として生み出される。数を揃えることはできんよ」

「ちょっと待ちな馬鹿弟子。私もそんなことは初めて知ったよ!」

「流石の我が師もそこまでは知らなかったか。近頃では魔神教が闇組織の魔装士を生け捕りにして魔石を生成しているようだ。俺が手に入れた魔石は闇組織に流出したものだがな」

「はぁ……それは置いておくとして、どうするつもりだね?」

「この中には不死王を封印している」



 その言葉はエンジだけでなく、セルアとシンクを驚かせるのに充分だった。

 スラダ大陸に存在するといわれている三体の『王』がここに集結したことになってしまう。グラディオは数珠を見せつけたまま話をつづけた。



「俺も、ロゼッタを信用していたわけじゃない。裏切られた時のために切り札を用意しておいた。それと緋王を制御できなかった時のためにな。名目上は緋王への手土産としてだが」

「まさかロカの封印術をそこまで昇華するとはね……あんたそれで緋王と冥王は封印できないのかい?」

「不死王を封印できたのは奴が戦闘状態に移行する前に不意を打ったからだ。それにこの封印も常に術式を更新しなければ容易く破られる。俺が制御を手放せば一秒と経たずにな。そうでなくとも時が経てば破られるだろう」

「……そんな状態で俺たちと戦っていたのかよ」

「制御術式そのものは俺の魔術演算力を半分ほど封印することで自動発動させている。呪術の一種だ」



 シンクは苦い表情を浮かべていた。

 あれほど苦戦した相手が手加減に手加減を重ねていたと聞かされた気分だったからだ。



「ここで不死王を解放する。そして三体の『王』を消耗させ、王家の力で消滅させる。それが最善だ……ぐっ」



 痛みに耐えながらグラディオは立ち上がった。

 そして片足を引きずりつつ、冥王と緋王の戦場へと歩いていく。しかしダメージが大きいのか、腹部を押さえて倒れてしまった。それでも彼は体を起こし、戦場へと向かおうとする。



「およし馬鹿弟子。あんたは動けないよ。私が行く。それを渡すんだね」

「……師こそ俺との戦いの傷が癒えていないはず。そもそも俺が発端で起こったことだ。俺がやらなければならない」

「そんな怪我であそこに飛び込むつもりかい?」



 戦いの余波で空気が震え、大地も激震している。

 天から光が降り注いだかと思えば、大地から深紅の剣が迎え撃った。ぶつかり合う魔力だけで全身が削り取られるような感覚さえ覚える。

 とても近づくようなことはできない。

 実際、グラディオも不可能だと言った様子で首を横に振った。



「俺はあんな場所に飛び込むつもりはない。こいつを転移で投げ込む」

「……全く。ロカ族の秘奥、空間魔術に自力で辿り着くなんてね。呆れたやつだよ。それなのにどうして余計な力を求めたんだか」

「師は知っておられたのですね。ロカ族の起源の魔術を」

「当り前だよ。これを知っているのは一族のごく一部だけどね。それはともかく、不死王を転送で送り込む……それでいいんだね?」



 グラディオは頷いた。

 それを確認したエンジは、続いてセルアを見た。



「聖なる光の力は把握できたね?」

「……」



 セルアは自分の内部へと気を向ける。

 その奥深くから溢れる力の奔流を確認できた。荒療治ではあったが、グラディオとの戦いが力の発現に役立っていたらしい。



「仕上げはセルア姫の力が必要になるよ。いいね?」

「はい。必ず役に立ってみせます」

「ならさっさとやるぞ」



 グラディオはいつの間にか魔術陣を展開していた。

 すると彼の手にしていた数珠がふっと消える。それからすぐに、『王』たちの戦場に新たな魔力が解放された。







 ◆◆◆






 シュウと緋王シェリーからしてみれば唐突な出来事だった。

 自分たちとの戦いに割り込むようにして新たな魔力が現れたのだ。それも脆弱なものではなく、まさしく『王』の魔力であった。



「これは……」



 思わずシュウは手を止めてその魔力を探る。暴走する緋王はお構いなく血液魔法で植物を操っていたが、それらが急に劣化して枯れてしまった。

 血液魔法によりある意味で不死者となっていたはずの植物が枯れる。

 これは異常な出来事であった。



「ニンゲンめ!」



 骨だけとなっている不死王ゼノン・ライフは解放されると同時に崩壊魔法を放った。一瞬にして何億、何兆年と時を進め、風化させるのが崩壊魔法である。血液魔法で支配されている植物も例外ではなく、瞬時に枯れ果て、分解されて消失してしまった。



(こんなところに不死王が? だからアイリスが飛ばされたウエストエンドにも気配がなかったのか?)



 不死王はよほど魔力が凝縮しているのか、骨が黒に近い色合いをしている。また眼孔の奥には青白い魔力光が灯っており、恐怖を掻き立てる見た目をしていた。

 彼は自らを封じた人間に対して怒りを露わにしていたのである。下等な存在に封印されてしまったという屈辱は勿論だが、一瞬・・とはいえ貴重な研究時間が奪われたことに。



「おいお前たち。不快な人間の居場所を教えろ」



 ゆえに不死王は目の前で戦う冥王と緋王に興味などなかった。そもそも彼は二人がどのような存在であるかもよく分かっていない。魔力の質から『王』の魔物であることは察していたが、そんなことよりも自分を封印した人間を探すことが最優先だった。

 しかし怒りに支配されている緋王はそんなことは関係ないとばかりに血液魔法で生み出した血の結晶による刃を飛ばす。不死王は興味なさげに崩壊魔法で風化させた後、今度はシュウに向かって問いただした。



「不快な人間が近くにいるはずだ。教えろ」

「知るか。それだけでわかるわけないだろう。どれだけ人間が多いと思っている」

「ふん……邪魔にはならんからと生かしておいたが、そろそろ滅ぼすべきか」



 その間にも周囲からは血液魔法で支配された植物や大地が襲ってきているのだが、不死王は崩壊魔力を身に纏うことで全て風化させている。緋王などまるで意に介していない。



「おおおおおぁあああああああああ!?」



 緋王はさらなる変化を遂げる。

 大地から真っ赤に染まった大樹が生まれ、根は大地を抉って広がっていく。枝も天空を衝くほどの勢いで伸びており、それが緋王を飲み込む。深紅の大樹は血液魔法そのものであり、ある意味で血液魔力にも近い物質だ。

 そして深紅の大樹は真っ赤な花を咲かせ、更に花が散って実となる。

 血とは命。

 血とは支配。

 そして血とは子孫へと受け継がれるものである。

 暴走した血液魔法は緋王シェリー本体すら取り込み、植物の形態として次代へと力を継承させようとしていた。また血の果実を生み出すために辺り一帯の養分を吸い取っているのか、見る見るうちに大地が痩せていた。あっという間に養分や水分が吸収されていき、周囲は砂漠化が進む。これによって新たに生まれる緋王を強化しようとしているのだ。

 世界を滅ぼす。

 その願いを叶えるために、暴走した血液魔法は終焉の魔物を生み出した。



「……ぁ」



 果実が弾ける。

 その内部にはシェリーを幼くしたような人型の魔物がいた。力と記憶の全てを継承し、生まれ変わった緋王シェリーである。

 その魔物の名称は血継神羅ブラッド・ワン

 正真正銘、終焉アポカリプス級の魔物である。

 見た目こそ幼女といっても差し支えないが、秘めた魔力は間違いなく終焉の怪物である。



「……自己進化、か?」

「ほう。そんな方法があるとはな。興味が湧いたぞ」

「現金な奴」



 人間殺すという怒りに満ちていた不死王が、それを鎮めて緋王に興味を示している。魔物としての極端な心を持ち合わせながらも、やはり根っこは研究者であった。

 シュウの呟きを意にも介さず、何かの魔術陣を展開して緋王を観察していた。



(しかし、砂漠になるとはな)



 まるで死魔法だった。

 血液魔法によって大地の命が吸い取られ、全て緋王シェリーへと注ぎ込まれた。シュウの場合は死を与えることによって、余剰エネルギーを吸収しているため非常に似ている。

 シュウとしても興味はある。

 ただ命を吸い取るだけの死魔法と異なり、血液魔法には様々な応用がありそうだ。仮にこの自己進化を繰り返せば、間違いなく世界を壊せる化け物になることだろう。



「今の内に滅しておくのが最善か」



 シュウは掌の上に魔術陣を展開する。

 その魔術は《神炎》。膨大な熱エネルギーによって原子崩壊を引き起こし、その際に生じたエネルギーを取り込んで巨大化していく透明な炎だ。

 放たれた《神炎》は血のように赤い大樹に着火して瞬時に崩壊させた。透明な炎はあっという間に大樹を崩壊させつつ広がり、周囲を滅していく。球状に広がっていく崩壊空間は真っ先に幼くなった緋王を襲いかかった。

 透明な炎は彼女を焼く。

 流石に終焉の魔物だけあって、太陽を超える熱量をも意に介さない。シュウは物理透過によって回避しているし、不死王も骨が朽ちることなく維持されていた。

 一方でシュウは熱によって消滅させることができないと分かると、《神炎》の拡大を留める。術式にベクトル操作を追加することで、熱エネルギーを内側へと集中させたのだ。

 しかしこの状況で緋王と不死王は何もしないわけではない。



「tskte……wtshokaihshte?」

「ふん、邪魔をするな!」



 緋王は血液魔法によって個体でありながら一族という状態になっている。その身が滅びようとも生まれ変わるという方法によって再生するのだ。それもエネルギーを使うこともなく。今の緋王シェリーは急速に輪廻転生を繰り返すことで血液魔法にエネルギーを高め、自己進化している。支配によって《神炎》すら吸収していた。ダメージを受けつつも強化回復しているのである。

 一方で不死王は崩壊魔法によって周囲の熱を崩壊させ、魔力に変換している。緋王のように吸収まではしていないが、これによって完全に無効化していた。



「無駄か」



 意味がないと悟ったシュウは死魔法で《神炎》のエネルギーを回収する。逆に絶対零度の空間に変貌し、空気が液体化した。また空気が液体化することで気圧が下がり、暴風が吹きこむ。上下左右から吹き込む大風により、緋王も不死王も巻き上げられた。

 透過しているシュウはその間に別の魔術を構築する。

 シュウの周りに黒い風が吹いた。





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