第182話 戦う理由②


 多数の魔術陣を展開するグラディオに対し、セルアはまた聖なる光を放つ。

 先程は回避したが、グラディオは敢えて受け止めた。



「やはりこの程度か」



 聖なる光はグラディオが軽く腕を振るうだけで弾かれてしまう。緋王すら滅ぼすであろうと言われた力とは思えない。増々失望を深めたグラディオは転移でセルアの前に移動する。そのまま彼女の首へと手を伸ばしたが、アイリスが阻んだ。

 時間停止を併用して瞬間的に雷撃魔術を発動したのだ。



「ちっ! やはり貴様が一番厄介だったか」



 回復、防御、支援攻撃を完璧にこなすのが今のアイリスだ。グラディオからすれば厄介極まりない。魔術陣も使わず魔術を発動しているようにすら見えるため、空間転移を可能とするグラディオですら戦いたくないと思わせられる。

 優先順位は自然とアイリスが一番になった。



「貴様にはこれを使う価値があるようだな」

「それは……魔石なのです?」

「やはり知っていたか」



 グラディオは懐から魔石を取り出し、それを握りしめた拳をアイリスに向かって突きだした。すると不意にアイリスの姿が消える。



「アイリスさん!?」

「あの厄介な女は俺が力を手に入れてから殺すとしよう。まずはお前たちだ」



 セルアは後ずさる。

 だがグラディオは一歩一歩、彼女に迫った。互いに歩数は変わらないが、歩幅はグラディオの方が大きい。たった数歩でセルアは追い詰められる。



「終わりだ。愚かな遠き同族よ」



 グラディオは鋭い抜き手を放った。






 ◆◆◆






 アイリスは強制転移によってどことも知れぬ場所に飛ばされていた。

 慣れない転移に酔いのような感覚を覚えるも、すぐに周囲を観察する。そこは何もない岩場であり、川が流れていた。両脇は岩壁で、見上げると自力で昇るのは難しいほど高いことが分かった。



「ここは……渓谷みたいですねー」



 しかし自然豊かで清らかといった印象は受けない。

 寧ろ不浄さや汚らわしさを感じさせた。アイリスは咄嗟に近くの岩場に身を隠す。



(知らない場所に……これが転移ですねー)



 グラディオによって強制転移させられたことはすぐに分かった。

 しかし周囲には不穏な気配が漂っており、まずは戻るよりも周囲の様子を確認することである。アイリスの感知でも強力な魔力が幾つも感じられた。



(強い魔力が二つ。それに弱い魔力が沢山ですね。それにこの感覚は……不死属)



 岩陰から顔を出し、水と光の魔術で遠くを見た。すると予想通り、渓谷に沿ってまばらに不死属系の魔物が彷徨っている。強力な魔力を持つと思われる魔物は見えないが、それ以外の不死属は十や二十どころではない。

 アイリスはひとまず渓谷から脱出することにする。

 ここにいる魔物を全滅させることもできるが、今はそんなことをしている場合ではないのだ。



「場所を把握するときは……空」



 アイリスは念のため時を止め、飛行魔術で浮かび上がる。時が止まっているので魔物に気付かれることもなく上空へと飛び上がった。

 空から周囲を見渡すと、西側から南側にかけて海が見えた。

 つまり大陸の南西端ということになる。



「ここ、もしかして不死王さんの領域ですかねー」



 もしもそうだとすれば、かなりの距離を飛ばされたことになる。

 アイリスは肩を落とした。



(これならシュウさんに連絡した方がいいですねー。心配して何かの勘違いで国を滅ぼされても困りますし)



 実をいえば時を止めて元の場所まで移動すれば、あまり関係ない。

 しかしいくらアイリスでも大陸を飛行魔術で横断するのは非常に面倒なのだ。何時間もかけて東へ東へと移動することになる。方向音痴の彼女に辿り着けるわけがない。

 思わぬ形でアイリスは戦線離脱となり、首飾り型の魔術通信機を起動するのであった。








 ◆◆◆








 セルアは死を覚悟した。

 頼みの聖なる光も役に立たず、このままグラディオに殺されるのだと思って目を閉じた。だがいつまで経っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開くと、そこにはシンクの背中があった。



「貴様、まだ動けたか」

「はぁ、はぁ……俺が相手だ」

「なぜそこまでする? 貴様は今にも倒れそうだ。その姫にそこまで守る価値があるのか?」



 グラディオはロゼッタからセルアの護衛についても聞き及んでおり、シンクが今日護衛になったばかりということも知っていた。着任したばかりの騎士がそこまで命を懸ける理由が分からなかった。



「師匠に言われたからな」

「また他人に言われたことか?」

「違……わないけど、違う。俺は剣を振るう目的を言っているだけだ」

「目的だと?」



 威圧的な目元に皴を寄せ、グラディオは聞き返す。

 まだ荒い息をしているシンクはすぐにでも倒せる相手だ。その余裕からか、グラディオは構えすら解いた。



「俺は……俺は師匠から守るための剣を教わった」

「何の話だ?」

「力の使い方だ。俺の力は守るためにある。だから姫様を守る。それが俺の信念だ。お前は何のためにそんなに力を求めるんだ? 何をしたいんだ?」

「俺は俺を選ばなかった神に復讐する。そのために力を手に入れる」

「お前は充分強いだろ。何でそこまで」

「貴様には分からんことだ」



 グラディオは僅かに語調を強め、シンクに掌底を放った。だがシンクはそれを刃の側面で受け流した。その勢いを利用して刀を振り上げ、そのままグラディオの掌を滑らせつつ振り下ろす。この一撃は掌底を放っている右手を深く傷つけた。



「ぐっ……」

「うおおおおおおお!」

「調子に乗るな!」



 再びシンクとグラディオは激しく打ち合う。

 刀を握るシンクが有利なはずだが、グラディオは魔力を素手に纏わせることで対抗している。魔力障壁の応用であり、これがある限りグラディオは素手で刃と打ち合うことができる。

 しかし先に傷つけられた右腕が付け入る隙となっていた。



「そこだ!」



 グラディオの右手を受け流しつつ打ち上げ、胴をがら空きにさせる。そのまま流れるように脇腹を切り裂こうとした。しかしガリガリと何かを削るような感覚だけが残る。グラディオは胴にも魔力を集め、斬撃を防いだのだ。

 完全に決まったと思ってしまったシンクは隙を晒すことになる。



「油断したな小僧!」

「させません!」



 強烈な蹴りが叩き込まれそうになったところをセルアが救う。

 至近距離で聖なる光を浴びせたのだ。咄嗟のことでさっきまで効かなかったとか、そんなことは考えられない。ただ必死で力を使った。

 その結果、聖なる光はグラディオを侵食する。



「なっ、馬鹿……な!?」



 グラディオは崩れ落ち、なんとか膝を突いて留まった。

 全身の感覚が消えてしまったかのようで、身体を動かすことができなくなったのだ。勿論、魔力を動かすこともできない。

 その間にシンクも体勢を立て直す。



「これでどうだ!」

「ぐあ!」



 刀を逆手に持って振り下ろし、グラディオの脇腹を背中側から貫いた。

 グラディオも遂に力を失って倒れる。

 セルアは刀を引き抜いたシンクの下へと駆け寄り、自信なさげに口を開いた。



「勝ちました、ね」

「はい……助かりました姫様」

「私、何をしたのでしょう?」



 落ち着いたセルアはどうしてグラディオが動きを止めたのか首を傾げた。

 聖なる光が何かの効果を及ぼしたのは間違いない。しかし先に使った時は簡単に弾かれてしまったのだ。何が違ったのか、セルアには分からなかった。



「眠っていた力が目覚めた……とかでしょうか?」

「分かりません。ただ必死でした」

「聖なる光って結局なんの力なんでしょうね」

「お父様が生きていれば分かったのかもしれません。でも、自分で探るしかありませんね。守護者様も王家の力や緋王を倒す力としか仰られませんでしたし、知らないのでしょう」



 セルアは手元に聖なる光を灯し、それを大きくしたり小さくしたりを繰り返す。

 何となく、光が強くなっているように思えた。



「先程までは力が弱すぎたのかもしれません」

「ならこの調子で力を目覚めさせないといけませんね。グラディオも倒しましたし、後はロゼッタとかいう大臣だけです」

「はい……あれ? グラディオがいません!」

「何? いない!?」



 確かにグラディオを倒したが、殺したわけではない。

 空間魔術で逃げ出していたことに二人は気付かなかった。完全に浮かれていた。



「急ぎましょう姫様!」

「はい」



 二人は樹海の中心にある大樹に向かって走り出した。







 ◆◆◆







 転移魔術で大樹の下へと帰還したグラディオは、刺された脇腹を押さえながらロゼッタの下へと歩み寄っていた。ロゼッタは解樹の鍵を使って封印を解除しており、大樹の表面が一部朽ちている。



「ロゼッタ……封印の解除はどうなっている?」



 グラディオはそう尋ねるが、ロゼッタは何も言わない。

 不審に思いながら彼女の背後に近づく。



「おい」



 それに対し、ロゼッタは溜息を吐きつつ首を横に振った。



「全く。役に立ちませんわね。我が王を復活させるまでの時間稼ぎもできないとは」

「何だと?」

「あなたにはがっかり致しましたわ」

「貴様!」



 グラディオは彼女の肩を掴もうとする。

 だが視界の端から何かが飛び込み、グラディオを吹き飛ばした。凄まじい衝撃のせいか何度も地面を跳ねた後、ようやく木にぶつかって止まった



「ぐっ……ロゼッタ、ああああ!」

「うふふふ。無様ですわね」



 樹木で構成された蛇のような何かがロゼッタを守っていた。よく見ればその尾は緋王を封印している大樹に巻き付いており、一部が大樹と同化している。

 一見すると巨大な樹木でありながら、生物らしい動きをしていた。



「これは緋王様の使い魔、呪血樹禁龍レイライン・アポフスと言いますの。今のお前如き、私が直接手を出すまでもありませんわ」

「何のつもりだ」

「察しが悪いニンゲンですわね。あなたはもう用済みなのですわ」

「きさ、ま!」

「死んでくださいませ?」



 呪血樹禁龍レイライン・アポフスがゆっくりを口を開き、木製の牙を見せつける。噛み砕かれれば、如何にグラディオとて終わりだろう。

 癪だが、グラディオは逃げるために転移魔術陣を発動する。

 しかしロゼッタがそれを阻んだ。



「逃がしませんわよ?」



 彼女の放つ魅了の力によりグラディオは動きを止めてしまう。当然、魔術陣も霧散した。更には呪血樹禁龍レイライン・アポフスの口から牙の一本が射出され、グラディオの腹を貫いて背後の木に縫い付けた。



「ふふふふふ。緋王様が復活されます。下等種たる人間は涙を流して喜びなさい」



 そこに草木を掻き分けてセルアとシンクも現れる。

 同時に緋王を封印していた大樹がボロボロになって崩壊していき、その内側から一人の女が現れる。その女は両手で骨と皮だけの遺体を抱え、宙に浮いている。

 ロゼッタは両手を差し伸べ涙を流しつつ叫ぶ。



「ああ! 我が王! 蘇られたのですね!」

「煩い」

「えぁ? ぇ?」



 しかしロゼッタは全身を真っ赤な血の槍で貫かれ、全身を血管のような紋様に侵食され始める。そのまま彼女の魔力は深紅に飲み込まれ、大樹から現れた女の下へと吸い寄せられてそのまま吸収された。

 大樹から現れた女、緋王はただ悲しみと怒りに満ちていた。



「また、奴らは私から奪うのね」



 『王』の怒りは災害そのもの。

 怒れる緋王シェリーは血液魔力を放出する。



「こんな世界! 滅べばいい……滅べばいいわ」



 噴火の如く、『王』の怒りは世界に放たれた。




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