第181話 戦う理由①


 封印の樹海は緋王シェリーを封じるために聖騎士アロマ・フィデアが発動したものだ。かつて魔装士アルベインが獄王ベルオルグを封じたように、自分自身を封印の柱とした。

 普通ならば『王』の魔物は人の封印など容易く破ってしまう。しかし覚醒魔装士は別だ。人でありながら人を超えた彼らは、無限に魔力を供給することができる。覚醒魔装士が核となった封印は非常に強固だ。仮に『王』の魔物が魔法で破ろうとしても、それを膨大な魔力で補ってしまうのだ。

 聖騎士アロマが発動した封印の樹海は彼女の魔装の性質を受け継いでいる。

 すなわち、侵入者の魔力を吸収する能力だ。

 何者をも寄せ付けないこの樹海で活動できるための条件は、封印を解くための鍵である解樹の鍵を有することだ。



「これが私の力、なのですね」



 しかし何事にも例外がある。

 シュウが死魔法で樹海の効果を殺せるように、王家の力を得たセルアにも無効化できた。聖なる光はあらゆる魔力現象を浄化する。この力がある限り、樹海で魔力を吸収されることもなく、迷いの効果に惑わされることもない。

 アイリス、シンク、セルアの三人は真っすぐ樹海の中心に向かっていた。



「力にも慣れてきましたか?」

「そうですね。ですがアクシル様が眠っていると表現されたのも分かる気がします。何か引っかかるような気分ですね。シンクは魔装を使う時、そんな気分を味わったのですか?」

「俺はそんなことなかったですね。師匠もそんなこと教えてくれなかったですし、姫の力が特別なのではないですか?」

「これ以上だと持て余しそうですし、魔装が私に合わせて眠っているというのは正しいのかもしれません。早く使いこなさなくてはいけませんね」



 ハイレン王家の血筋に封印されている聖なる光は代を重ねるごとに純化されて強力となる。歴代の王は次代のたった一人へと魔装の力を受け継がせていくことで力を強化するのだ。

 本来は緋王が復活した時の備えであったはずだが、グラディオというロカ族の裏切り者のせいで世に解き放たれることになってしまった。

 とはいえ、緋王の討伐はやがてくる王家の宿命。

 不可抗力とはいえ、セルアも最後の王族として役目を果たすつもりだった。



「シンク、私の護衛になったばかりだというのにここまで来てくれてありがとうございます」

「いえ、まぁ、師匠にも頼まれた仕事ですし」

「アイリスさんも見ず知らずの私のためにありがとうございます。アイリスさんがいなければ私たちは死んでいたでしょう」

「別にいいのですよー」



 元はといえばシュウがアディバラを滅亡させたことで話がややこしくなったのだ。またアイリスの勘がこの事件にかかわることで良いことが起こるということを囁いていたので、無理に逃げることなくセルアに協力している。

 実際、別行動しているシュウは空間魔術の基礎と亜空間生成術式を手に入れた。アイリスは直接関係していないが、アイリスがセルアたちを手助けしたことがきっかけとなっている。

 アイリスとて優しさだけで助けたわけではない。



「このまま緋王を倒しましょう。エンジ様が時間を稼いでくださっていますし、もしかするとグラディオとの戦いで手助けできるかもしれません」



 初めはどうなることかと思った。

 アディバラは滅ぼされ、王家が管理している解樹の鍵も奪われ、シンクも殺されかけた。それが様々な縁によって救われたのだ。アイリス然り、ハイレイン然りである。

 戦いの始まりはセルアが危機を感じたことからだった。

 そして最後もこの魔装の力がセルアに危機を教える。



「シンク、アイリスさん。何か来ます!」



 唐突な悪寒と共にセルアは警告を発した。

 危機は徐々に迫るものであるため、何の前触れもない悪寒は時を飛び越えた影響である。すなわち、空間転移の証でもあった。



「面倒なことをしてくれたな。またロカの封印結界を完成させたか」

「お前は!」



 シンクが反射的に魔装を発動し、セルアの前に立つ。

 一度は敗北を喫し、二度目は逃走を選択した相手、グラディオが空間を飛び越えて現れたのだ。

 一方でセルアは別のことを気にする。



「まさか……エンジ様は……」

「ふん。流石は我が師であったと言っておこう。だが既に俺の敵ではない」

「そんな……」



 西の塔に向かう途中でグラディオは一度襲撃してきた。その時は南の聖堂の守護者エンジが戦いを引き受けてくれたはずだ。

 しかしこうしてグラディオが現れたということは、エンジが負けたということである。

 西の塔で戦っていた時間もそれほど長いとはいえない。

 僅かな時間でロカ族のエリートである守護者エンジを打ち倒したということになる。



「間もなく緋王が復活する。邪魔はさせん」



 同時にグラディオから時間がないことも知らされることになった。







 ◆◆◆







「アディバラが消滅しただと!?」



 マギア大聖堂の奥の間は喧騒に包まれていた。

 その理由はようやくアディバラの消滅が伝わったからである。緋王を封じるための結界を守らせているという理由から、ファロン帝国は重要な位置づけにあった。

 しかしその役目を担う都市が消滅したとなれば、こうなって当然だった。



「教皇猊下! すぐにでも聖騎士の部隊を……ああいえ、本国よりSランク聖騎士を送りましょう。これは由々しき事態ですぞ!」

「誰を送るというのだ? 『天眼』と『千手』は別任務に出ているが? 残る『穿光』も出撃すれば本国の守りがなくなる」

「そんなことを言っている場合ではありません。本国の守りも大切ですが、やはり事態の究明が先です」

「その通りですね。緋王は復活すれば敵となります。動きのない不死王や、意思ある災害たる冥王とは異なり、確実に我々に牙を剥くでしょう。『穿光』の派遣と共に『天眼』と『千手』の呼び戻しも必要かもしれません」



 実を言えば神聖グリニアは戦力で悩んでいた。

 その理由は覚醒魔装士の不足である。ここ二百年で覚醒した聖騎士は現れず、『王』に対抗するための戦力を集めるという目的で行き詰っていた。理由は様々だが、その中で最も大きいのは全体的な戦力の向上である。銃火器の開発や魔術の発展から、人々は魔物の脅威に晒されにくくなった。そのため、わざわざ力を求める風潮はなくなりつつあるのだ。



「まずは王家の捜索を開始しましょう。それとロカ族の村にも使者を出します。何か知っているかもしれません」

「それは賛成だ」

「念のため復活の儀式を整えるのはどうだ?」

「緋王と戦う可能性を想定しているのかね? 無駄だと思うが……」

「『王』と戦えば死体も残らないかもしれませんからね。しかし備えは必要だと思いますよ」

「死者の復活か……少し前までは考えられなかったことだな」

「良い時代になりました」

「話が逸れているぞ。ともかく準備を整え『穿光』を派遣するのだ。それと早急に『天眼』と『千手』に連絡を」



 初動を大きく遅らせて、神聖グリニアも動き出した。







 ◆◆◆







 グラディオとの戦いはシンクが初手を繰り出した。

 どうにか呼吸を読み、僅かに集中が切れた隙を突いて気配を薄め、踏み込んだ。死角から迫る切り上げがグラディオの顎の下を切り裂こうとする。

 しかしそれは回避され、頬の薄皮を切り裂くだけとなった。



「やるな」



 反撃として鋭い蹴りが放たれるも、シンクは跳んで回避する。そのままグラディオの頭上を飛び越え、背後へと回り込んで回転切りを繰り出した。グラディオはそれを見ることもなく左手で弾く。その衝撃を逆に利用したシンクは逆向きから攻撃を仕掛けた。だがやはりグラディオは見ることもなく右手で弾く。



「どうした? 随分と軽い攻撃だ」

「……煩い」



 挑発されても、シンクは刀から形状を変えずに素早さを優先した軽い攻撃を続ける。

 一応は拮抗している二人の戦いを見て、セルアは疑問を呈した。



「どうしてシンクはアレを使わないのでしょうか?」



 アレ、とは斬撃の瞬間に刃を巨大化させる攻撃のことだ。

 破滅ルイン級の魔物にも通用した攻撃なので、人であるグラディオにはさらに有効だと思われる。しかしシンクはそれを使おうとしていなかった。全く攻撃が効いていないと分かっても、愚直に通常攻撃で攻める。

 剣聖直伝の剣技は確かなものだが、グラディオも隙がなく強い。

 実戦経験が少ないシンクでは僅かな粗が目立った。



「シンク……」

「あー、魔力切れですねー。さっきの異魔手巨人ヘカトンケイル戦で随分無茶していましたからねー」

「でもシンクはそんな素振りもありませんでしたよ?」

「隠していたんだと思いますよ。若い男の子らしい無茶ですねー」



 アイリスはここしばらく無縁だったので気付かなかったが、魔力は有限なのだ。一度消耗してしまうと、しっかり休息しなければ回復できない。

 今のシンクは魔力切れの状態であり、魔装を維持するのが限界なのである。

 そんな不自然なシンクなので、戦っているグラディオもすぐに見抜いてしまった。



「貴様、まさか魔力切れか?」

「っ!」

「ふん。嘗められたものだな。万全な師ですら敵わなかった俺に魔力切れの未熟者が挑むとは」

「黙れ」



 隠してはいるが、シンクは体力もそれほど残っていない。

 連続して破滅ルイン級の魔物と戦わされ、魔力まで使い尽くしてしまったのだ。実をいえば限界なのである。



「シンク! 一度引きましょう!」

「愚かな姫よ。俺が逃がすとでも思っているのか?」

「それは……」

「大丈夫ですよ姫様。俺が勝ちます」



 シンクは諦めていない。

 不利な戦いであることは分かっている。勝てないかもしれないという思いもある。だが、師匠であるハイレインからも託されたことだ。必ず成し遂げるつもりだった。



「貴様はどうして戦う? 滅びる国の姫など仕える価値もない」

「俺は師匠の願いを叶えるだけだ」

「他人任せな思いなど脆弱だ。この俺の願いはそれを上回る。運よく力を与えられた王家の者には分からんことだろうがな」

「姫様は与えられただけじゃない。自分で勝ち取ろうとしている」

「守られてばかりの姫が、か? 戯言だな」

「戦うのは騎士の仕事だ。何も問題はない」



 そう言って果敢に挑むシンクに対し、グラディオは軽く受け流し弾くだけだ。まだまだ本気を出しているとはいえない。それでもシンクは攻めきれない。

 勝負は明白だった。



「少しは信念があるのかと思えば、他人任せな男だ。何の価値もない」



 グラディオは魔術陣を展開した。

 不味いという言葉が過り、シンクは素早く切りかかる。これが普通の魔術ならいざ知らず、グラディオが発動したのは空間魔術だ。魔術陣を切り裂くのも間に合わず、シンクの刃は何もないところを通り過ぎる。別の場所へと現れたグラディオは苛立ちの感情を乗せて蹴りを叩き込んだ。



「故に脆い」

「ぐあっ!?」

「遅い」

「うっ……」

「何より弱い」

「ごふっ!」



 続いて肘打ち、掌底と連続して攻撃を浴びせられ、シンクは吹き飛ばされる。木の幹にぶつかることでようやく止まったが、血を吐きだすほどのダメージを負ってしまった。

 そしてグラディオは追撃するべく、シンクへと歩み寄る。



「近づかないでください!」



 セルアはそれを見て、咄嗟に力を行使した。

 未熟ながら聖なる光を集め、グラディオに放ったのだ。当然ながらグラディオは飛び退いて回避する。外れた聖なる光はそのまま直進し、地面に触れて霧散する。

 その様を見たグラディオは失望したような口調で呟いた。



「それが王家の力。俺が欲しかったものだとでもいうのか……どうやら過大評価していたようだな」



 ハイレン王家も元はロカ族だ。

 そしてグラディオは選ばれたロカ族の力を求めた。そうして求めた王家の力は何かを起こせるものに見えない。失望するのも当然である。



「もういい。順番は逆だが、ここで始末してくれる」



 グラディオの周りに複数の魔術陣が浮かんだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る