第179話 帝の一族


 剣聖ハイレイン。

 かつてはスバロキア大帝国で剣の頂と言われる剣士であった。彼は元々普通の人間で、多少の魔力はあれど魔装士ではなかった。しかし彼は剣技を極め、その先へと至ってしまった。ただの剣技によって魔力を覚醒させたのだ。

 覚醒魔装士となったハイレインは刀身を自在に伸縮させる刀を手に入れた。

 頂へと至った先に、新たな頂を見た。

 だが、祖国は冥王と獄王によって滅びてしまった。

 運よく冥王に見逃されたハイレインは、それから流浪の旅を続けることになる。ただの剣士として己を鍛え、東へ東へと旅をする。魔物を滅し、苦しむ人々を救いながら。

 そして旅を始めて五年が経った頃、森で修行をしていたハイレインは魔物に追われている女性を見つけた。いつものことなので、その鍛えた剣によって魔物を討伐し、女性を助け出す。



「あ、剣士様。ありがとう」

「気を付けることです。この辺りは滅多に出没しませんが、魔物が出ることもあります」

「うーん……私、いつもここを散歩しているのよね」

「少なくとも一人で歩くことはお止めなさい」

「それなら剣士様が私の護衛をしてくれないかしら? お散歩、私の日課なのよね」

「は? いえ、それは……」

「いいでしょう?」



 眩しいほど太陽の光を反射する白銀が特徴的な女だった。

 流石のハイレインも厚かましい女だと思う。しかし修行以外にやることがないのも事実。忙しいわけではない。



「決まりね」



 何も反論できなかったハイレインは、結局その女に付き添って散歩することにした。



「私はミラ。ロカ族の長の娘よ。剣士様は?」

「ではハイレインとお呼びください」

「見た目通り凛々しい名前なのね」



 ミラはふらふらと森のあちこちを歩き回り、ハイレインが気配を察知する達人でなければ逸れてしまいそうだった。彼女は散歩道と言い張るだけあって、森を歩き慣れている。そして各所であたりを見まわしたり、虚空を見つめたりと不思議な女であった。



「何をしているのですか?」

「これはね、結界なのよ。結界に綻びがないか見て回っているの。本当は私の仕事じゃないけどね。抜け出してきちゃった」

「抜け出してきたとは穏やかではありませんが……ところで守っているものでもあるのですか?」

「うーん。どちらかと言えば封印ね。この森はね、緋王っていう魔物を封じているの。その封印が破られないように結界で守るのがロカの仕事なのよ」

「危険ではありませんか? 先程も魔物に追われていましたが」

「んー……私は継承者だから力を封印されちゃってるのよね。だから弱いの。ちょっとだけ危険を感じ取れるくらいかな?」

「やはり危険なのでしょう。できる者に任せたりはしないのですか?」

「ハイレインが守ってくれるのでしょう?」

「今日のところは、ですよ」

「え?」

「え?」



 ミラは驚いた様子であった。

 まさかずっと守ってもらうつもりだったのだろうかと疑念の目を向ける。



「お散歩の時は守ってくれるんでしょう?」

「……まぁいいでしょう」



 寿命は無限なのだ。

 この行く当てのない修行の旅における休憩所だと考えることにした。

 この後、絶大な力を持つ剣士として、ハイレインはいつの間にかミラの用心棒のような立ち位置となる。ミラと共に森の結界を見張り、危険な魔物がいれば討伐するという日々を過ごした。

 また数年もミラと時を共にすれば、自然とそういった関係にもなる。

 ある日、刀を構えたまま瞑想するハイレインの下にミラがやってきた。気配を感じ取ったハイレインは振り向き、彼女を出迎える。ただその日のミラは少し暗い表情をしていた。



「ミラ、何か悩んでいるのですか?」

「うん。昨日ね、聖騎士って人たちが村にやってきたのよ」

「前から稀に訪れていたと聞きましたが」

「今度は聖騎士と一緒に教皇? という人が来たわ。この辺りを新しい国としたくて、その王族を私たちに任せたいと」

「そんなことが……?」



 王を任命するという考え方は非常に傲岸不遜に過ぎる。

 本来、王は国を開いた代表者が名乗るものであり、代を重ねることで王族と見なされる。仮に愚王だとしても、その先祖は国という形で人々を導いた英雄なのだ。それを魔神教は勝手に任命するというのだから、ミラも戸惑うはずである。

 確かに周辺都市を滅亡させた緋王シェリーを封印しているという事実は英雄の血筋として、王の血統として相応しいものになるだろう。



「その提案を受けるのですか?」

「お父様は受けるそうよ。それに国を治める立場があれば、封印をもっと強固にできる方法もあるの。それに継承の力もさらに強化できるかもしれないって」

「継承の力といえば、確かミラの血筋にだけ現れるものでしたね」

「力が拡散しないように普段は封印しなければならないの。封印が解かれるのは唯一、子をなす時だけ。子供ができたら再封印される。教皇って人は私の力をもっと安定させることができると言っていたわ。お父様もその提案を呑んだ」

「だから王になると? あなたの父親が?」

「ううん。私が。もうお父様に継承の力はないから。全て私に移ったの」

「ミラが王に? だからそのような顔をしていたのですね」



 確かにいきなり王になれと言われて戸惑わない人はいないだろう。

 だがミラは違うと唇を動かしつつ首を横に振った。



「近い内に子供を作れって言われたのよ」

「そういうことですか」

「お父様もハイレインのことは知っているし、行ってこいって」

「今更ですが、私のような年寄で良かったのですか?」

「気にしないわよ。ロカ族だったら四百歳ぐらいで結婚する人もいるし。何よ今更ね」



 ロカ族は封印の力を持つ一族だ。

 その影響からか、彼らは平均で五百年ほど生きる。また若い期間が長く、四百五十歳までは比較的若い風貌だ。そのため、ミラも数百歳程度なら気にしないのだ。



「そう、ですね。今夜は私の小屋に泊まってください」

「うん。分かった」



 ファロン帝国初代帝ミラ。

 彼女には子供がいたが、夫の姿は見られなかったとされている。その理由はロカ族の力が封じられているミラは普通の人と同じ寿命であることに対し、ハイレインが不老であったためだ。ミラとの子を差し置いてハイレインが王になりかねない状況を防ぐため、身を隠した。

 しかし何もしないハイレインではない。

 やがて来るであろう子孫と緋王との戦いに備え、彼自身も鍛えた。

 かつて冥王に敗北した彼は、『王』を倒すために覚醒魔装を極め続けた。






 ◆◆◆






 ハイレインはじっと奥を見つめる。

 避けた雲、亀裂の走る大地が奥義の威力を知らしめる。だが冥王には傷一つなかった。



「宣言通り、防ぎますか」



 再び上段に構え、奥義を放つ。

 星喰そらぐいは切り札ではあるが、冥王を相手に出し惜しみをしている場合ではない。再び雲が裂けたが、それもシュウは防いでいた。

 そして三度目を放とうとしたとき、シュウは加速魔術で身体を飛ばし、ハイレインへと急接近する。それで構えを変え、即座に納刀して居合切りを放つ。不動ふどう星喰そらぐいによって左側の樹木が切断されるも、それは途中で止められた。

 防がれると分かるとハイレインも刀身を元に戻し、次の星喰そらぐい発動体勢へと移行する。

 しかし再び居合から放たれた一撃は、逆にシュウによって弾き返された。



「やはりそうか」



 シュウは僅かな隙で接近し、言い聞かせるように呟く。



「その奥義、近づかれるほど威力が減るな」



 内側へと入り込まれるほど、斬撃は威力が下がる。

 これは当然のことだ。斬撃を刀による円運動と仮定すると簡単に推測できる。円運動を表す方程式において、二つの速度で表現することができる。円周上での速度と、角速度の二種類だ。角速度は変わらないのだが、円周上の速度は円の中心からの距離があるほど増加する。

 つまり刀も鍔に近い部分より、切先の方が威力が高いのだ。

 これは物理的に決まっていることで、素人でも達人でも変わらない。



「お前は刃を伸ばし、切先の威力を高めることに力を入れたんだろ? 理論上、刃を無限に伸ばせば切先の速度はいずれ光の速さを超えるからな。それがお前の奥義の仕組みだ」

「……」

「流石に長さ無限は無理があるが……その分は振りの速度で補ったか」



 しかし尋常の技ではない。

 光の速さを超える斬撃によって時間を飛び越え、空間を引き裂くというのが星喰そらぐいの正体だ。つまり剣を振り下ろされる前に斬られるという事態が発生する。未来で斬られたという事実が発生してから剣が振られるので、回避も防御も不可能だ。なぜなら、回避も防御もしない内に斬られたことが確定してしまうからである。

 ハイレインはただの剣技でその域へと達した。

 尤も、理論を理解してそこに到達したわけではない。愚直に追い求めた先にそれがあっただけだ。彼にとっては、いつの間にか斬るよりも早く物が切断されるようになっていたという感覚であった。



「計算では音速の三万五千倍で振れば実現可能だが……俺ならばこんな方法でお前の奥義に対抗する」



 シュウの姿はいつの間にかハイレインの隣へと移動していた。

 そして胸に痛みを感じる。

 見ると心臓がある位置から血が噴き出ていた。シュウにも返り血がかかっており、持っているナイフからは滴っていた。

 気配も感じ取れず、いつ刺されたのかも分からない。

 血の気が引き、力が抜けて流石のハイレインも倒れた。



「ようするに光の速さを超えればいいわけで、お前は自分を早くすることを選んだ。だが俺は周囲の時間を遅くする方法を選んだ……とまぁこんな感じだ」

「それで、私の剣を見切った……と」

「ああ。だが誇っていい。この時間魔術、《死神グリムリーパー》は最大出力で一秒使うと壊れるんだが、お蔭でこの通りだ」



 そう言って見せつけられたナイフは刀身こそ無事だが、その表面に刻まれていた魔術陣が破損していた。また鍔に嵌めこまれた魔石も割れてしまっている。

 


「実験相手としては丁度よかったぞ」



 ハイレインはその言葉を最後に、意識を失った。









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