第178話 星喰


 異魔手巨人ヘカトンケイルの魔力光線が西の塔を吹き飛ばし、瓦礫が雨のように降り注ぐ。そしてその中心で百の腕と五十の顔を持つ巨人が咆哮した。頭部以外の白仮面のような顔は時間差で次々と魔力を溜めており、また次々と放たれている。



「あれがすっごいビームなのですよ」

「嘘だろ」

「近づけませんね。どうしますかシンク?」

「落ち着くまで待つのが最善かと思いますけど……」

「あれを放置ですか?」



 魔力光線を放射する異魔手巨人ヘカトンケイルに近づくことは不可能である。しかしセルアには放置するのが憚られた。

 あの破壊の権化は放っておけば際限なく滅びを届けるだろう。

 今もアイリスが結界で守っていなければここも危ないのだ。



「んー、でもすぐに収まると思いますよ。あれだけ魔力を放射したらかなり疲弊するのですよ」

「確かに。だが止まるのか?」

「そろそろじゃないですかね」



 アイリスがそう言って数秒としない内に、異魔手巨人ヘカトンケイルは魔力光線を止めた。魔物にとって魔力は命そのものだ。魔力が尽きれば実体を維持できず、消滅してしまう。

 流石に破滅ルイン級だけあって、その魔力量は禁呪を連発しても尽きないほどだ。魔力光線を連射してもまだまだ余裕はある。しかし異魔手巨人ヘカトンケイルも愚かではないので、怒り狂ったところで魔力を使い果たすようなことはない。



「ほんとに止まった……」

「シンク、これならいけます!」

「はい!」



 すっかり崩れてしまった西の塔は瓦礫となり、その一番上に異魔手巨人ヘカトンケイルはいる。シンクは軽快に瓦礫を飛び越え、瞬時に巨体の足元へと潜り込んだ。百の腕を持つという性質上、異魔手巨人ヘカトンケイルは上半身が大きく膨れている。そのため足元は死角なのだ。

 シンクは刃を地面と水平に構え、左から右へと薙ぎ払う。



(ここだ!)



 刃の変形という魔装は、近接戦闘において最強となり得る。

 普通、巨大な刃を有する武器は高い攻撃力を有する代わりに扱いにくい。また重たい武器では振り回したところで大した速度も出ず、切り裂く刃ではなく叩き潰す鈍器としての性質が強くなるのだ。威力は重さに速度の二乗を掛けたものだ。重さを追求するより、速さを追求した方が圧倒的に威力が向上する。だが速さを追求できる武器は頑丈さに難があるため、硬い相手には負けてしまうことも多い。

 それを克服するのがシンクの魔装である。

 シンクにとってもっとも扱いやすい形状である刀によって速度を与え、その刃が敵へと届く寸前に巨大で重い刃に変形させるのだ。



「お、おおおおおおおお!」



 狙ったのは異魔手巨人ヘカトンケイルの足首。

 その巨体を支えるほどの頑丈な骨すら一撃で断ち切り、一瞬すら止まらず一気に振り切る。

 これこそ師匠ハイレインが認めたシンクの必殺技だ。



「シンクさん! 離れるのですよ!」

「ああ!」



 そして間髪容れずにアイリスが魔術を完成させた。

 風の禁呪をさらに改良した大魔術《雷威槍グングニル》だ。狙うはシンクが切り裂いた足とは逆の足であり、強烈な雷撃は膝を撃ち砕く。瞬時に炭化した膝は異魔手巨人ヘカトンケイルの体重を支え切れず、背中から倒れてしまった。



「アイリス! 俺を打ち上げてくれ!」



 再び刃を元の刀へと戻したシンクはそう叫んだ。この状況で何を言っているのかと首を傾げるのは素人のセルアだけである。意図を察したアイリスは移動魔術でシンクを上空に飛ばす。



(俺の魔力を全て刃に)



 攻撃の威力は重さと速度の二乗。

 だがここに重力による加速を加えれば、更に威力は増す。またシンク自身が振るうというより、上から下へと叩きつける一撃を狙った。故に扱いきれる必要はない。

 後のことを考えず、今ここで使い切るつもりだ。

 アイリスもシンクを打ち上げると同時に立体魔術陣を構築した。とどめとして放つ禁呪級魔術を発動するためだ。天空の温度、湿度、風が操作されて周囲十数キロに暗雲が立ち込める。



「シンク! やってください!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 シンクは落下するより先に魔力障壁を展開し、それを蹴って踏み込む。剣を振るうのに最も重要なのは腕の力ではなく踏み込みだ。

 流星の如く、大地を切り裂く一撃を繰り出した。







 ◆◆◆






 ハイレインの奥義・星喰そらぐいは空間を喰い潰す。

 そして彼にとって間合いとは意味のないものだ。実際、シュウとかなり距離があったにもかかわらず、奥義を放った。

 奥義と言ってもただの振り下ろしである。

 ハイレイン流剣秘術において最も厄介な気配操作もない。愚直なまでの一刀だ。そのためシュウでも初動を見て避けることは不可能ではない。刀の軌道から外れるように、身体を傾けた。



「ちっ」



 だがシュウの胸には深い傷がつけられていた。

 完全に回避していたし、何かの魔術や魔装で斬撃の軌道が変わったわけでもない。ハイレインは本当に刀を振り下ろしただけだ。ただ、シュウが避けるよりも早く当たっただけである。



(思った通り、奴の剣は時空を斬っている)



 シュウは移動魔術を発動し、少し下がった。

 するとハイレインはそれに合わせてまた刀を振り下ろす。それだけでシュウの右腕が切断された。



「ほう。身体を真っ二つにしたと思いましたが」

「こっちも仕組みを理解できた。仕組みが分かれば対処法も分かる」

「ではこれはどうですかな?」



 そう言って今度は居合切りを放つため刀を鞘へと修めた。



(厄介な)



 居合の構えは非常に厄介だ。それは抜刀の瞬間を見抜くのが難しいからである。

 上段から剣を振り下ろすときは、それに合わせて重心が移動し、足も動く。サインが多いので注意していれば見抜くことも可能だ。しかし居合はその構えそのもので完成しており、あとは刀を抜くだけとなっている。通常は待ち構えなければならないという間合いにおける弱点が存在するが、刀を伸ばせるハイレインはそれを克服している。

 シュウは複数の魔力障壁を展開した。



(ただでさえ手元が見えないぐらい速いってのに、居合とはな)



 上段からの一撃はシュウでも見切ることはできない。あくまでも予備動作によって予測しているだけだ。避けるのも簡単ではない。

 そして予備動作が無くなれば、シュウには見切るための材料がなくなる。

 思った通り魔力障壁を完成させた瞬間、その全てが引き裂かれていた。ハイレインが刀を抜いた瞬間も見えず、いつの間にか鞘へと納められてすらいる。



「奥義・不動ふどう星喰そらぐい。ようやく冥王に届きました」

「次は防ぐ」

「そうですか。ではやってみせていただきましょうか」



 ハイレインは居合の構えを崩さない。

 確かに彼の剣技は極まった先の極みにすら到達しているかもしれない。シュウは剣の高みというものを見せつけられた。

 しかしシュウも対抗策を考えなかったわけではない。

 死魔法で殺せない覚醒魔装士への対策は考えていた。



「ああ、今度は俺が見せてやる。グリムリーパー、起動」



 シュウは手に持つナイフ、グリムリーパーを発動する。

 そしてごく普通にハイレインへと近寄り、心臓に向けてナイフを振り下ろした。ナイフがハイレインの胸に触れる直前、その間に刀が挟み込まれる。



「反応したか」

「今のは? まるで……」

「時を飛び越えたみたい、だろ?」

「もしや時の魔女の力ですか?」

「まぁな。あいつの魔装を解析して開発した」



 そしてシュウは軽く飛び下がり、告げる。



「奥義を使ってみろ。これで止めてやる」



 傲慢なその挑発はハイレインの心に炎を灯した。

 彼も奥義というからには、星喰そらぐいに多大な自信を持っている。それを何度も凌いだことは驚愕に値するが、正面から防ぐというのはあまりにも傲慢である。



(時を操り、私の剣を止めるとでも?)



 確かに、初めから冥王に勝てるとは思っていない。ハイレインもそれぐらいは弁えている。実際、奥義もシュウを仕留めるには至らなかったのだから。

 しかし正面から受け止めるという宣言は呆れるばかりだった。



「いいでしょう。全身全霊の星喰そらぐいで斬ります」



 ただナイフを持って待ち構えるシュウに対し、ハイレインは大きく飛び下がった。しかし逃げているわけではない。充分な準備をしているだけだ。

 互いの距離が顔を確認するのも困難なほどになって、ようやくハイレインが構えた。上段の構えによって刀が高らかと掲げられ、自然すら静まって凪となる。大地も大気も、その一瞬を見逃さないと言わんばかりだ。

 二人の間にある不穏と緊張を表すかのように空に暗雲が立ち込めた。



(来るか!)



 シュウは目にも留まらぬ速さでナイフ、グリムリーパーを振るう。

 いつの間にかハイレインは刀を振り下ろしていた。

 そして次の瞬間、暗雲に覆われていた天が割れた。






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