第174話 時空
アイリスたちが東の塔を出た頃、シュウは空間魔術の解析をしていた。
主にグラディオが提示した空間転移の魔術陣を分析しているだけなのだが、それでもシュウには下地があるので楽々理解できる。
「なるほどな。今まで俺の空間魔術が発動しないわけだ。というか、こんな単純なことに今まで気づかなかった自分に呆れそうだ。お前は良く気付いたな」
「そう、なのか? 俺の場合は一族の封印術をベースにしているからな」
「だが術式から理論を推察したのは事実だろう? 時と空間の関係性についてな。俺も時間魔術は研究していたし、早々に気付くべきだったな。というか一般相対性理論を考慮したら当たり前だろうに」
「イッパ……なんだそれは?」
「気にするな」
シュウは空間転移の術式を幾つかに分解していく。
術式の構成そのものは、シュウからすればそれほど難しくはない。
(座標指定、移動魔術、そして時間魔術か。主軸は時間魔術による慣性系の設定。慣性系の固有時間を定義することで空間を超越したように見せかける。それが空間魔術の正体か)
要領は移動魔術と同じだ。
しかし座標移動を魔術陣で記述した場合、通常空間での固有時間が術式の変数として組み込まれて術が発動する。しかしその固有時間を制御する部分を時間魔術で操作すれば、移動そのものが世界から切り離されて発動する。
具体的には、通常世界の慣性系Aで移動術式の関数fを発動すれば、固有時間のせいで光速という限界値が存在してしまう。しかし魔術で構築した慣性系Bへと座標変換し、また固有時間設定によって慣性系Aと比較すれば超光速となるように時間魔術を組むのだ。慣性系Aにおける移動術式の関数fは慣性系Bにおいて関数gに変換され、関数gは慣性系Bの固有時間において移動の処理を終える。その処理を座標変換によって慣性系Aへと再変換すれば、通常世界である慣性系Aにおいても移動が完了したことになる。この時、慣性系Aでは固有時間が経過していない。
これによって見かけ上の転移が発動する。
(空間を曲げるとか、新しい術式とか、そんなのは全くいらないか。馬鹿な二百年を過ごした)
シュウは落胆しているが、この結論も二百年の研究によって時間魔術の理論を構築していたからこそのものだ。アイリスの別位相時間停止を参考にして慣性系における固有時間の制御理論を生み出したことで空間転移の魔術理論を容易く理解できている。
あながち、無駄な時間だったとはいえない。
「俺はロカ族の封印術を調べ、その起源を辿る内に様々な遺跡を見た。どうやらロカという一族は古代ディブロ大陸に関係しているらしい。おそらくは失われた技術の一つだ。俺は失われたであろうものを復活させたに過ぎない」
「失われた古代の技術か」
「遺跡を読み取った限り、かつては人類も何かと戦っていたようだ」
「何かだと? それはなんだ?」
「さぁな。ただ遺跡には厄災と記されていた。俺は七大魔王のことだと解釈したが、その詳細が記されていたわけではない。しかし……」
「しかし何だ?」
「ああ。遺跡からは強烈な恐怖のようなものを感じた」
グラディオの言葉が正しいとすれば、七大魔王によって多くの古代技術が失われたことになる。空間魔術も昔は普通に使われていたのかもしれない。
そう考えると、シュウも遺跡には興味が湧いた。
(ディブロ大陸……その内、行ってみるか)
ともあれ、まずは目の前の空間魔術である。
シュウは再び術式の解析を進め始めたのだった。
◆◆◆
アイリスの飛行魔術で移動する一行は、北の塔に到着した。
やはり崩壊した幹線道路のせいで周囲には怪我人があふれている。しかし今回は聖騎士たちの姿も見当たらず、現場の怪我人で溢れていた。
「酷い、ですね」
何度見ても慣れないセルアは、この状況を見て悲しげにする。
そして本命である北の塔の中からは異様な魔力を感じることができた。東の塔でホイルが封じられていたように、この塔の守護者も封じられている可能性が高まった。
「んー……塔の上の方に大きな魔力がありますねー。そこに着地します?」
「師匠、どうしますか?」
「強力な魔物に守護者殿が封じられているならば、そこを攻めるべきでしょうな。セルア姫?」
「はい。行きましょう! お願いしますアイリスさん」
「なのですよー」
アイリスは術式を制御し、速度を落としながら北の塔のテラスに着地する。しばらく浮遊していた影響か、浮遊に慣れないセルアは着地後もふらふらとしていた。シンクとハイレインは流石というべきか、しっかりと足を地に着けて立っていたが。
そしてハイレインはさっさと塔の内部に入ってしまった。
一方で弟子のシンクには姫を守るという役目があるため、セルアの前を進む形で塔に侵入した。アイリスもそれに続く。
「師匠、ちょっと早いです」
「ここは戦場ですよ。シンクも構えなさい。敵は既にいます」
ハイレインが足早に塔内部に入ったのは、敵を警戒してのことだ。守護者が封印されているであろう魔物の気配はしっかりと感じていた。
その感知の通り、テラスと繋がった大部屋に人型の魔物が立っていた。
黒い肌、頭部の巻き角、蛇のような瞳孔というのが特徴であり、かなり人間に近い姿である。シンクは慌てて魔装を発動し、刀の形状で構えた。
「こいつは……」
「下がりなさいシンク。これは今の君では勝てない相手ですから」
「また、ですか」
「気を落とすことはありませんよ。この魔物は
知性のある魔物の厄介さを知るハイレインは、警戒しつつゆっくりと刀を抜いた。
「シンク、私の戦いを見ておきなさい」
普通ならば無茶だと言わなければならない場面だ。
しかしハイレインは先程、同じ
シンクは師匠の戦いを見守ることにした。
魔力の槍を構える
互いに動きのない時間が過ぎ、遂に焦れたのか
「ふっ!」
息を吐き、力を乗せて刀を振るう。
しかし高密度の魔力である魔装の刃は
(なるほど。武器型や防具型魔装に近い能力ですね)
魔装とは魂が保有する固有術式によって制御された魔術の一種だ。魔力によって物質的に具現化させることで武器や防具の形状をした魔装を生み出すこともある。
攻め手は交代し、
「師匠……凄い」
「あれが剣聖様なのですね。まさかあれほどの」
遥かな高みを見せつけられ、シンクとセルアは驚くばかりだ。
ハイレインは間合いにおいて不利な刀一本で互角な戦いを演じている。
攻めきれないと考えた
「シンク! やはり援護を!」
「無理です。俺では邪魔になります……すみません」
「そんな」
手数というのはそのまま攻撃力に直結するため、互角だった戦いは
(仕方ないですねー)
見かねたアイリスは、遂に手を出すことにする。
別位相時空間を生み出し、アイリスとハイレインだけが動けるようにした。動きの止まった
アイリスが時を止めたのは十分の一秒にも満たぬ程度である。
しかし止まった時が再び動き出した時、
「む」
刀を収めるハイレインは流石に違和感を覚えていたらしく、アイリスの方を見遣る。だがアイリスは知らぬ存ぜぬとばかりに目を逸らしていた。
尤も、あからさま過ぎて犯人ですと自白しているようなものだったが。
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