第173話 二つ目の封印
シンクは師匠の下へと駆け寄った。
「ど、どうしてここに?」
「アディバラの消滅を見ましたので、気になったのですよ。生存は諦めていたのですが、君の魔力の高まりを見つけたのでここまできました。間一髪でしたね」
真っ二つに切り裂かれた
「強すぎるな……師匠は。どうやってあの渦を?」
「いつも言っている通りですよ。基礎を極め、切り殺す。それが剣の道です」
「遠いですね」
シンクは気が抜けたのか、魔装を消した。
聖騎士たちはまだ状況を理解していないらしく、茫然としている。そして消えつつある
またアイリスもどうするか悩む。
(私のこと、覚えていますよねー……)
かつてシュウとアイリスはスバロキア大帝国を滅ぼした。ほぼ獄王ベルオルグがやったとはいえ、冥王が関わっていることも間違いない。
そして最後の戦いでシュウ、アイリス、ハイレインは遭遇した。
あの戦いの後はシュウもハイレインを探そうとしなかったので今まで生きていることも知らなかった。まして剣聖と呼ばれ、シンクの師匠になっているなど予想外である。
これにはアイリスも溜息を吐いた。
だがハイレインはその一瞬の間にアイリスとセルアの前に移動していた。張っていたはずの結界も知らぬ間に切り裂かれており、それはつまりハイレインの間合いであることを示している。アイリスを除けば誰一人としてその事実には気付いておらず、ただ一人ハイレインの技量を再確認することになった。
「剣聖様?」
「これは皇女殿下。お久しぶりでございますな。まだ幼かった殿下もいつの間にか随分と美しくなられました。時の流れを感じるばかりです」
「そんな……剣聖様は御変わりないようです」
「ほほほ」
ハイレインは笑って誤魔化しているが、それもそのはずである。彼は覚醒魔装士なのだ。不死ではないが不老の存在になっている。
そして当然のように、ハイレインはアイリスに目を向けた。
「あなたも久しいですね」
「……」
「警戒されるのも当然でしょう。しかし争うつもりはありません。私はあなたに命乞いしなければならない立場ですから」
「あの時のこと、覚えているのです?」
「忘れるはずもありません」
彼は皇帝を守るために冥王と魔女に挑み、そして敗れた。また獄王を止めるべく戦うも帝都を滅ぼされてしまったという過去を持つ。忘れようもない恥であり、汚点だ。
アイリスを傷つけてしまったことで冥王に狙われる立場にあるのだが、運よく見逃され、今まで生きている。
そんな因縁を知らないセルアとシンクは疑問を呈した。
「お二人はお知り合いだったのですか?」
「師匠に若い女の知り合いがいたなんて……」
「長く生きれば知り合いも多くなりますれば、かような
「色々あったのですよ!」
取りあえずの休戦協定が結ばれ、アイリスもハイレインも互いに手を出さないことにする。互いに殺し合う利もなく、共に覚醒魔装士なので戦えば凄惨な結果になるだろう。ただでさえファロン帝国は首都が消滅しているのだ。これ以上の戦いはナンセンスというものである。
それはともかく、セルアにとっては非常に心強い援軍となり得るのが剣聖だ。
すぐに協力を頼みこんだ。
「どうか、どうか剣聖様。私たちに力を貸してください」
「殿下は何をお望みですかな?」
「私たちは聖堂と塔を回り、守護者様たちを探しているのです。この東の塔の守護者様……ホイル様を探していたのですが、魔物に襲われてしまい……」
「そういうことでしたか」
「はい。あれほどの魔物です。もしかするともう、ホイル様も……」
シンクも思い出したとばかりに上を見る。
螺旋階段はかなり壊れており、すぐに上に向かうのは難しい。だが確認しなければならない。何とか道を探すシンクに対し、ハイレインは彼の肩を叩いてそれを止めた。
「師匠?」
「上よりもそっちを見るのです」
「そっちは……」
ハイレインが指差したのは
つられてアイリスとセルアもそちらを見る。
この中で異変に気付いたのはアイリスだけだった。
「あれ?」
「やはりあなたは気付きましたか」
「何かの魔術ですねー。解けかかっているのですよ」
長きを生きる二人は精密な魔力感知により、魔術の発動に似たものを感じ取っていた。魔物が霧散していくときの魔力の流れとは明らかに異なるので、ある程度の経験があれば違和感には気付ける。残念ながらシンクとセルアには分からないものだった。
そして
アイリスは時を止めてじっくり解析しようかとも考えたが、そうしている間に術は完成してしまった。
「姫様!」
シンクはセルアの盾となる位置に移動する。もしも攻撃的な魔術だとすれば、アイリスの結界のない今、セルアは無防備な状態になってしまうのだ。
しかしその心配は無用だった。
なぜなら、魔術陣は空間に歪みを生じさせてすぐに消えたのである。そして歪みの奥から、銀髪の男が現れた。シンクは警戒したが、セルアはそれを押しのけて声を上げる。
「あなたはまさかホイル様ですか!?」
「う、むぅ……ここは……?」
銀髪の男は何かを思い出すかのように首を振る。
彼は短めの髪に様々な装飾品を付けており、それらがカチャカチャと音を立てた。
「そうだ。俺はグラディオの小僧に……」
「ホイル様!」
「お、おお。もしやセルア姫か? そなたらが俺を解放してくれたのか」
「一体何があったというのですか?」
「それが我が一族の小僧に不覚を取ってな。どうやら封印されていたらしい。あ奴め……一体どこからあのような魔物を」
「魔物? まさか触手の魔物ですか?」
「おお、その通りだ。俺たちロカ族は封印術を得意とし、継承する一族なのだが……まさか人間を魔物に封印するとはな。流石の俺も不意を打たれた。それよりも姫はどうしてここに?」
「はい。全て説明いたします。私たちの目的も」
セルアはひとまず、これまでの経緯を簡単に説明し始めた。
◆◆◆
事情を理解したホイルは、頭を掻きながら溜息を吐いた。
「俺としたことが情けねぇ。それに俺がやったことじゃないとはいえ、オルグレイアには悪いことをした」
「ホイル様が悪いわけではありません。元凶はグラディオです」
「それはそうだが、そもそも俺がやられなきゃ良かったんだ。それにグラディオの小僧は俺たちロカ族が始末を付けなきゃいけないんだよ。奴の才能を制御できなかった、俺たちがな」
彼はそう言いながら作業中の聖騎士たちに目を向ける。彼らは普段から東の塔に勤めているので、ここは勝手知りたる場所だ。戦いの跡を片付け、また死んだ聖騎士オルグレイアの死体も片付けている。
ホイルにとってグラディオは身内だ。
涙を流してバラバラになったオルグレイアの死体を集める聖騎士たちを見て、自分に大きな責任があると考えていた。
「まぁ、話は分かったよ。あいつらが作業をしている間に機密を済ませちまおう。セルア姫」
「はい」
「封印を解く。サークレットを外してくれ」
セルアは王家のサークレットを外し、胸に抱えた。するとホイルが力を込めて術式を展開する。ハイレン家の血筋に封じられた封印がまた一つ、解かれたのだ。セルアにもすぐ変化が現れる。
彼女の額に生じていた眼のような紋章に新たな紋様が加わる。
「これで終わりだ。あとは北の塔のハンドラーと西の塔のアクシルだな。だが俺みたいに魔物に封印されているかもしれん。油断するな」
「はい」
「剣聖も一緒なら大丈夫だとは思うが、気を付けろ。緋王を倒せるとすれば王家の力だけだ。必ず、聖なる光を手に入れるんだ」
「必ず。父のためにも、カノンのためにも」
サークレットを嵌め直した彼女は深く頷いた。
王族として、このままファロン帝国を滅ぼすつもりはない。緋王を滅し、その成果を以て神聖グリニアにカノンの復活を願い、帝位を継いで首都を復興させる。それがセルアの目的である。
ホイルもその決意が本物だと確信したのだろう。
満足気だった。
「うむ、よし。では俺も封印結界を再発動する」
ロカ族の役目である封印の樹海の監視と封印。
塔の内部にいたセルアたちには見えていなかったが、南の聖堂と東の塔を結ぶ幹線道路の一部が再生された。
「ありがとうございますホイル様」
「なーに。俺はやるべきことをやったまでだ。さぁ、行ってこいよ姫」
「はい! シンク、剣聖様、それにアイリスさん、行きましょう」
新たに剣聖ハイレインを仲間に入れ、次の塔へと向かうのだった。
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