第169話 一つ目の封印


 守護者エンジによる事情の説明を受けたセルアたちは早速とばかりに準備を始めた。



「セルア、まずは東の塔を目指しなさい。そして守護者ホイルと会い、術式を再発動してもらうんだよ。そうすれば結界の一部が再構築され、術式回路の幹線道路も元に戻る。それに封印術が一部でも戻れば緋王復活の時間稼ぎにもなるからね」

「助言に感謝いたします。ではまず……東の塔ですね。これからお願いしますねシンク、それと、えっとアイリスさん?」



 そして完全にとばっちりを受けたアイリスもすっかりやる気になっていた。

 面白そうな冒険は暇を持て余す魔女にとって魅力的なのである。後でシュウに怒られるとか、そんなことは思考の遥か彼方に放り投げてしまってもう見えていない。



「私にお任せなのですよ!」

「き、期待しますね……」

「私の飛行魔術があれば東の塔まですぐなのですよ!」

「そこはありがたいですね。お願いします」



 封印術の回路である幹線道路は、術式崩壊と同時に壊れてしまった。術式を維持する魔力が暴走し、無残に隆起や陥没してしまっている。徒歩での移動は不可能に近い。

 アイリスの魔術はまさに渡りに船だった。



「それでだセルア。覚悟が決まったのなら、まずは私が封印を解くよ。王家の血筋に封じられた聖なる光を解放するための封印をね」

「はい。お願いします」

「ではこちらに来なさい」



 エンジの手招きに応じたセルアは、胸に両手を置いて目を閉じる。そんな彼女に対し、エンジはまずサークレットを取り外した。王家の証であるサークレットを外されたことで思わず目を開くも、セルアは落ち着いてまた目を閉じた。

 そしてエンジはセルアの額に右手の指先を当て、術陣を展開する。

 すると額に目のような紋章が現れた。



「終わったよ」



 そう言ってエンジは手鏡を取り出し、セルアの顔を映す。当人は額に現れた紋章に驚きはしたが、同時にもう一つの事実に気付く。



「これは……まさか王家のサークレットはこれを隠すために?」

「そうさ。額の部分に無駄に大きな宝石と装飾があるだろ? セルアの予想通り、王家の力を解放した帝のためのものさ。額に変な術式があったら、それを解析しようとする魔術師が現れるかもしれないからね。それにハイレン王家の秘密を知られるきっかけになるかもしれない。それを防ぐためのものだったのさ」

「これにも意味があったのですね」



 エンジに外されていたサークレットを装着されると、確かに額の紋章が隠れた。



「王家の力は四つの封印を解かねば手に入らない。それまではお前たちがセルアを守り、無事に他の守護者の下へ連れて行きなさい」

「分かりました!」

「頑張るのですよ!」

「うむ。封印術の再生……つまり幹線道路の再生は今も救出が遅れている者たちのためにもなる。それに緋王復活も私の予想でしかない。急ぎな。私も力の限り馬鹿弟子の邪魔をするつもりだよ」



 アイリスの飛行魔術があれば今日の内にでも王家の力は解放され、その力によって緋王討伐が叶うかもしれない。

 セルア、シンク、アイリスの三人は出発した。






 ◆◆◆






 ファロン帝国の端にある小さな街。

 そこではまだ首都アディバラの消滅は伝わっていないものの、空から降り注ぐ無数の光はしっかりと見えていた。



「どうやら『死神』は依頼を完遂させたようだね」

「はい。リーダーも満足いたしましたか?」

「あの国は僕が最も忌避する研究を行っている。最高機密にされていたせいで気付くのに時間がかかってしまったけど、これでまた一つ潰すことに成功したよ」



 そこにある黒猫の酒場で対話するのは幹部『鷹目』とリーダーである『黒猫』であった。既に『黒猫』は何度も代替わりしているのだが、『鷹目』はいつも違和感を覚えていた。



(相変わらず読めませんね)



 情報戦において猛者といえる『鷹目』でさえ、『黒猫』の表情からは何の情報を得ることもできなかった。何を語ろうとも変わらず、喜怒哀楽が全く読めない。また思念の塊である魔力の流れから推察しようとしても不可能なのだ。

 これが一代限りだったならば納得できる。

 しかし『鷹目』の知る限り全ての『黒猫』がこのような共通点を持つ。これを怪しいと思わないわけがないのだ。

 また幾ら探っても『黒猫』の情報が得られないのも不思議である。出身地、経歴、普段の行いの全てが未知というのは情報屋としての力不足を感じさせられた。



「しかしリーダーが直々に頼むとは珍しいですね。しかも破壊活動にもかかわらず『暴竜』さんではなく『死神』さんに依頼するとは」

「うん。まぁ『暴竜』でもいいんだけど、彼は大雑把だからね。『死神』の禁呪……いや神呪級魔術のように完全消滅を期待することはできないんだ」

「王家の人間を確実に始末し、ついでに都市も消滅ですか。それほど気に入らないものだったのですか?」

「あれは僕が最も忌避する研究だよ。世界を滅ぼす研究さ。大方、緋王を倒すために蓄えていた力だと思うけど、あれはこの世に存在するべき力じゃない。いや、存在してもいいけど、それは選ばれた者たちが辿り着ける領域なんだ」

「何とも煮え切れない言い方ですが……詳しくは教えていただけないのですか?」

「君に教えたらこの情報が利用されそうだからね。君の最終目的に」

「世界を滅ぼす研究、ですか」



 そんなことを言われては『鷹目』も気になって仕方がない。

 彼の目的である神聖グリニアと魔神教の消滅の過程において役立つかもしれないのだ。



「そんな目で見られても教えないよ。事実、この力はかつて世界を滅ぼしかけた」

「はぁ……そんな歴史は見たこともありませんが」

「もう何年前かも記録されていないほど昔さ。人類がかつてディブロ大陸にいた頃の話だよ。厄災を鎮めるため、人類も厄災を用意した。しかし厄災と厄災は世界を滅ぼしかけた」

「まるで神話ですね」

「実話だよ。その証は今も存在する」

「それは一体……」

「おっと、僕としたことが喋りすぎてしまったね。これ以上は禁則事項だよ」



 まるで実際に見てきたかのように語る『黒猫』に対し、『鷹目』は増々興味を抱く。なぜこのタイミングでこれほどの話をしたのかは分からないが、冗談を言っているようには見えなかった。



(まぁ、リーダーどころか黒猫という組織そのものが謎だらけですからねぇ)



 この組織で活動を続けて二百年以上になる『鷹目』だが、未だに分からない部分がある。情報屋である自分すら知らない組織の事情は僅かだが不安にさせるのだ。

 たとえば黒猫の酒場である。

 黒猫という組織は特定のアジトを持たず、世界各地に酒場を作っている。そして酒場を管理するマスターは例外なく黒猫という組織に忠誠を誓っており、絶対に情報を漏らさない。どうすればそんな人員を何百人、何千人、何万人と用意できるというのだろうか。

 またリーダーである『黒猫』は『鷹目』すら霞む何かの情報網を有しているように見える。尤も、『鷹目』には情報操作能力もあるので棲み分けはできているが。



「余計な情報を与えてしまったみたいだね」

「気になって仕方ありませんよ」

「そうだね。知りたければ自分で調べるといい。この場所をね」



 そう言いながら『黒猫』は封筒を取り出し、『鷹目』の前に置く。魔術的な封印の施された何の変哲もない封筒だ。そして魔術封印も『鷹目』ほどの実力者ならば簡単に解除できる。



「これを開けても?」

「それは君にあげよう。普段からよく働いてくれている褒美だと思って欲しい。君なら……順序良く情報を手に入れれば、禁忌の力に飲まれることもないだろうからね。中には遺跡の場所が入っているよ」

「遺跡ですか?」

「うん。僕の言ったことをよく思い出して、その遺跡を回れば……君の情報組み立て能力ならば全容を理解できるはずさ」

「……ありがたく頂いておきましょう」



 こういったところが『黒猫』の読み切れない部分だ。

 情報を思わせぶりに出し渋ったかと思えば、こうして別のものを与えてくれる。だからこそ『鷹目』も黒猫に所属し続けるし、歴代の『黒猫』に従い続けてきた。



「リーダーって変身能力を持った同一人物じゃないですよね?」

「ははは。そんな変な能力は持っていないなぁ」



 やはり『黒猫』は表情一つ崩さない。

 割と核心を突いたのではないかと思った『鷹目』も、その反応から真偽を判断することはできなかった。



(私の『死神』さんに対する態度が丁度こんな感じですかねぇ)



 珍しく弄ばれる『鷹目』であった。







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