第168話 別行動
セルアの震えが止まった。
「私の、王家の力?」
「そうさ。ハイレン家の血筋に宿った魔装だよ。それが聖なる光さ」
「しかしエンジ様、私は危機感知の魔装が王家の魔装だと思っていました」
「それは緋王の復活を予見するための力だよ。その力が継承されているからこそ、神聖グリニアはこの国に予言の神子の力を使わない。でもそんな表向きの力だけでハイレン家に緋王の監視を任せているわけじゃないのさ。歴代の帝と、魔神教のほんの一部、そして私たちロカ族の守護者だけが知る裏魔装が緋王を討つための力だよ」
これにはセルアだけでなく、アイリスとシンクも驚かされた。
魔装とは高度な魔力保有者に現れる固有能力であり、その根源たる性質は一つと決まっている。応用して様々な力として出力できるかもしれないが、元の力は一つである。アイリスも時間操作という魔装を応用することで対象を老いさせたり、時を止めたり、自己再生のような力も使える。
全く異なる二つの魔装が一つの魂に宿ることはないとされていた。
エンジの言葉はそれが覆されるものである。
「驚くのも無理はないね。裏魔装は私たちロカ族の守護者が王家の力の継承者に封印解除をすることで発現するのさ。ハイレン家の血筋に封印された聖なる光という裏魔装をね」
「では帝となった時に守護者様に挨拶に向かう儀式は……」
「封印を解くためだよ」
「そうだったのですね……」
これは確かに希望となる情報だ。セルアが聖なる光に目覚め、それを使いこなしたならば緋王を討伐できる可能性もある。そのために選ばれた血筋なのだから。
しかし大きな問題がある。
それに気付いたのはシンクだった。
「えっと、エンジ様。その聖なる光を手に入れるためには守護者様の力を借りなければならないんですよね?」
「そうだね」
「あ、え、その……三つの塔にいらっしゃる守護者様は封印の術式を維持できなくなったんですよね。もしかして他の守護者様たちは」
「大丈夫さ。死んじゃいないよ。いくらグラディオが天才でも私たちを短時間で殺すことなんてできやしない。何かの方法で動きを止めているだけだと思うね。でも時間の問題だよ。時間が経てばグラディオにとって有利になる。今は緋王の復活に集中しているかもしれないけど、それが終わったら私たち守護者を始末しにくるよ」
「ゆっくりもできないんですね」
「封印が壊れるのは長めに見て三日後さ。早ければ今日だね」
「今日……」
平時ならば守護者たちの下に訪れ、封印を解いてもらうだけなら一日とかからない。しかしエンジを除く守護者たちに何かあったのは確かである。
そして無事にセルアが王家の力を手に入れたとしても、その力を使って伝説の緋王と戦わなければならないのだ。
故にエンジは尋ねた。
「セルア、今日の内に緋王を倒す覚悟はあるかい? そしてそっちの二人はセルアを守り、共に緋王と戦う覚悟があるのかい?」
「私は……」
それがハイレン王家の義務であるならば、セルアはそれを果たすつもりだ。元々彼女は次期帝位継承者であり、国を守る責任もあった。今は首都も消滅してしまったが、ファロン帝国そのものが崩壊したわけではない。唯一の王家の血筋として、国を復興させなければならない。
障害となるであろう緋王を倒す覚悟はある。
「私が……緋王を倒します。お願いしますエンジ様。私に力を与えてください」
「いい返事だね」
「カノンのためでもあります。私が死なせてしまったカノンを生き返らせるために」
「なるほどね。神聖グリニアとの交渉材料にするつもりかい?」
「はい。あの国は死者を蘇生させる魔術を開発したと聞きました。ですがその発動は厳しい規制がかけられているとも。ですから緋王を倒し、その権利を手に入れます」
蘇生の魔術は神聖グリニアというより、魔神教が管理している。大抵の場合、人類にとって損失となる人物が死んだ場合に実行されるのだ。または魔神教が偉大な功績と認めた場合、その権利を与えることもある。
ただの近衛でしかなかったカノンを前者の理由で生き返らせてくれることはないだろう。
しかし後者の理由ならば可能性がある。緋王討伐という功績ならば死者蘇生など簡単に手渡してくれるに違いないと確信できた。
その覚悟と決意を見せつけられたシンクも口を開く。
「俺もやります。俺は養父の頼みでセルア様の護衛になったんです。俺を育てて、剣を教えてくれた養父に恩を返すためにも協力します。それに、あー、えっと、女性一人にそんな重荷を負わせたくないですし」
「へぇ、おどおどしてた癖にいい顔じゃないか。それが本性かい?」
「まぁ、本音をいえばグラディオって奴に負けたままで悔しいってのもあります」
グラディオとロゼッタに解樹の鍵を奪われた時、シンクは立ち向かうも一瞬でやられてしまった。アイリスのお蔭で一命をとりとめたものの、あの時死ぬはずだったのだ。
「そういえばエンジ様。俺たちを襲ったグラディオのことは分かりましたけど、ロゼッタは何者なんですか?」
「奴については私も分からん。だが人ならざる気配を感じたよ」
「まさか魔物……確かに人に近い姿の魔物も存在しますが」
「可能性は高いね。セルアを操ったことから考えて、不死属の中でも
「その対策も必要かもしれませんね」
それはともかく、とエンジが区切り、最後に残ったアイリスへと目を向けた。
「そっちのあんたはどうするんだい? といっても、ここまで機密を知ってしまったからね。嫌だって言ったってただでは返さないよ。少なくとも緋王の討伐まではここに隔離させてもらうからね」
「えー……」
「無暗に混乱を広げないためさ。それに緋王討伐の後もここで働いてもらうつもりだよ。秘密を聞いてしまったあんたはもう一般人には戻れないのさ」
元から一般人ではないので今更だが、アイリスとしては行動を制限されるのも困る。
無理矢理逃げることもできるが、あとで魔女だったとばれたら面倒だ。せっかく『鷹目』の情報操作でシュウとアイリスの顔が歴史に埋もれつつあるのだ。それでも力を使えば関連付けられてしまう可能性が高い。
慎重を期するなら、ここは従うのが吉だ。
なんとなくで付いてきてしまったアイリスの失敗である。
「仕方ないですねー……はぁ」
帰ったらシュウに怒られることを覚悟するアイリスであった。
ちなみに皇族暗殺を依頼されていたにもかかわらず、セルアが皇族であることを認識してもスルーしてしまうあたりも彼女の残念なところである。
◆◆◆
一方でアイリスと一時分かれたシュウだが、封印の樹海の中心部を訪れていた。かつて覚醒魔装士が命をかけて発動した封印だ。樹海に侵入すれば強制的に魔力を吸収され、迷いの呪いによって中央の大樹に近づくことはできない。
その呪いを回避する唯一の方法が、封印を解く鍵を手にすることだ。
しかしその覚醒魔装士を越える力を有するならば話は別である。
シュウの死魔法があれば呪いなど意味をなさず殺される。
「術式から予想はしていたが、やっぱりここだったか」
そしてシュウは先客を見つける。
大樹の封印を解こうとしているグラディオとロゼッタだ。
「貴様は……何者だ!」
「こんなところまで来るなんて。ただの人間とは思えませんわ」
「何者だろうと変わらん」
グラディオは軽く構える。
そして魔術陣を複数展開した。戦闘態勢に移行しないシュウを不審に思うものの、グラディオはその場から消えた。現れた先はシュウの背後である。がら空きの背中に向けて強烈な掌底が放たれる。
だが、その一撃は魔力障壁によって完全防御された。
「何?」
全力の一撃ではなかったとはいえ、簡単に防がれたことをグラディオも驚く。しかし彼は戦士であり、動揺は一瞬で凪となった。
続くもう一撃は人体を崩壊せしめるほどの威力で打ち込む。
しかし振り返ったシュウによって受け止められてしまった。込めた魔力は消失し、少し威力の高いだけの掌底となり果てたのである。
「やはり空間魔術か。だがその術には明確な弱点がある。魔術陣に転移先の座標が描かれているぞ?」
「馬鹿な。あの一瞬で読み取っただと!?」
正直、グラディオは何も悪くない。魔術陣に記述された術式を瞬時に読み取り理解するなど不可能なことだからだ。特に複雑な術式である空間魔術から座標の情報を抜きだすなど、人の技ではない。
動きを止めたグラディオの前にロゼッタが割り込み、赤い目を光らせた。
シュウは魔力により干渉される感覚を覚える。
だが『王』であるシュウには効かない。
「魅了……それか従属の魔導か?」
魔術陣もなく術を発動するとすれば魔装か魔導か魔法だ。
しかしシュウはこの力を魔導と断定した。
ロゼッタの魔力から魔物であると見抜いたのである。通常、魔物は魔力で肉体を構築しているために人体とは流れ方が異なる。感知を極めればそこから人間に近い姿の魔物も正体を見抜くことができる。
「
「っ! 私の正体を見抜くとはやりますわね」
ロゼッタは油断をすべて消し、慎重にシュウを探る。表面的な感知では普通の人間に見えるが、その実は見事に制御されて放出を控えた魔力が隠れている。
隠しきれない変異した魔力は、魔力生命体である魔物なら気づくことができる。
畏怖すべき、絶対の存在に気付かない愚かな魔物ではないのだ。ロゼッタは。
「まさか……あなた様は!」
「その先を言う必要はない。俺の目的はそっちの男だからな」
「俺だと?」
「お前の空間魔術。それが欲しくてな。大人しく情報提供するなら、お前の計画に多少は協力してやろう。面白いことをしようとしているみたいだからな」
シュウはそう告げて大樹を見上げる。
霧や靄のようなものに包まれた封印の大樹は膨大な魔力を今も留めている。変異した究極の魔力、血液魔法を留め続けるこの大樹の封印は覚醒魔装士が無制限の魔力を以て実行しているからこそである。
そして解放に必要な鍵は今、グラディオの手にある。
もう計画に必要なピースは揃っているのだ。
グラディオとロゼッタからすれば、シュウという不確定要素は必要ない。
(……俺には分かる。この男は今の俺よりも格上)
しかしグラディオはシュウの提案を拒絶することができなかった。
なぜならこれは提案ではなく脅し。
『王』からの命令なのだ。
少なくともロゼッタに逆らう意思はなかった。
「はい。あなた様のお望みのままに」
膝を突き、『王』に敬意を示した。
そしてロゼッタの協力が得られないならば、グラディオも従うしかない。ただでさえ格上のシュウにロゼッタまで従うなら勝ち目はないのだ。
「分かった。そちらの提案を飲もう」
力こそすべて。
それはグラディオもやってきたことだ。ただそれをやり返されたに過ぎない。
グラディオはその悔しさから唇を噛んだ。
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