滅亡篇 2章・空間魔術
第164話 不死王消失
スラダ大陸の南西部の果てには、人が立ち入るべきではないといわれる場所がある。そこは古き『王』である不死王ゼノン・ライフが居を構える場所だからだ。
不死王の放つ高濃度の魔力に覆われ、実験で生み出された強力な不死属の魔物が徘徊する危険地帯だ。生きて戻った者は僅かであり、情報も少ない。
それが命あるものを拒む静寂の地、ウエストエンドだ。
だがその日、ウエストエンドは騒がしかった。
「おのれ……」
骨だけとなった元人間の魔物、不死王は苛立ちを露わにする。
理由は突如として襲ってきた人間の男である。
何百年と続いてきた静寂な研究の時を破ろうとする愚か者はこれまで何人もいた。その度に不死王は崩壊魔法によって不届き者たちを滅してきたのだ。しかし、今日現れた男は魔法で殺すことができなかった。
「無駄だ不死王」
「何!?」
男はフードを深く被り、顔を隠している。
だが顔が見えずとも、余裕の表情が透けて見えるようだった。それが不死王には苛立たしく、眷属である不死属を召喚する。
それは六体の
「これは……腐食のオーラか」
フードの男は軽く腕を振るい、六つの魔術陣を構築する。
すると六体の
「滅びよニンゲン!」
だがその隙を逃さず、不死王は崩壊魔法を放った。
あらゆる物質を瞬時に風化させ、まるで何億年もの歳月を遂げたかのように変貌させるのが崩壊魔法だ。人間が浴びれば骨すら残さず消失してしまう。
ただし当たれば。
フードの男は不死王の眼前から消えており、背後に回り込んでいた。
「終わりだ不死王」
ただそう告げ、手にした数珠を不死王に触れさせる。
途端に数珠を中心として渦のような空間の歪みが生じ、そこに不死王ゼノン・ライフは吸い込まれて消えてしまった。恨み声を上げる暇すらなかった。
「ふん。『王』とてこの程度か。人から転生した不死属の祖も程度が知れる」
「それは違いますわ」
「お前かロゼッタ」
どこからともなく女の声がしたかと思うと、黒い霧が集まって人型となる。
そして霧は黒髪の美しい女へと変貌した。深紅の瞳が怪しく光り、同じく真っ赤な口元が弧を描く。
「グラディオ様が作り出したその封印の呪具……どれだけ長く見積もっても封印は一秒が限界だと推察いたします。今も魔術をかけ続けることで拮抗しているのでしょう。魔法を……不死王ゼノン・ライフの崩壊魔法を侮ってはいけませんわよ? このままでも数か月と経たずに破られますわ」
「ふん。だが問題ない。これで交渉の準備も整った。不死王の魔力ならば、お前の主も満足する。そうだったな?」
「間違いございません。『王』の力は手土産に充分ですわ」
「大量の魔石を使った特別性の呪具だ。これで……俺は師を超える」
数珠の石は全て青白い半透明であり、その全てが魔石だ。
この魔石は禁忌の魔道具と言われており、魔神教が規制しているため手に入れるのは実質不可能。しかし裏の世界ではまことしやかに噂されているものでもある。実を言えば一部の闇組織はその生成法を盗み出して確立しているので、伝手と金さえあれば手に入らないこともない。
ちなみに全ての情報元が『鷹目』であることはいつものことだ。
「グラディオ様、ではようやく?」
「ああ。忌まわしい俺の故郷に……ファロン帝国に帰る」
フードの男グラディオが魔術陣を展開する。
するとその場から二人の姿が消失した。
◆◆◆
神聖暦二百四十四年、ウエストエンドと呼ばれる地で異変が観測された。その異変に最も早く気付いたのは付近の聖堂である。魔物を狩るために見回りをしていた聖騎士がウエストエンドの不浄な気配がいつもと違うことに気付いたのだ。
「呪いの大地が進行している?」
「はい、司教様」
聖騎士たちの報告に司教は困惑した。
ウエストエンドは不死王ゼノン・ライフの魔力によって呪われており、不死属の魔物が大量に出現する土地となっている。しかしこれまではその呪いが周囲に漏れ出すことはなかった。
「調査はどのようになっていますか?」
「はっ! 強力な魔物が出現いたしますので慎重を期しております。しかし簡易的に調査した結果ですが、不死王の存在を確認できておりません」
「本当ですか? あの不死王が?」
「はい。魔力と魔装による感知です。信憑性はあります」
「不死王がまさかこちらに攻めて……いえ、もしや誰かに討伐された? そんな馬鹿な」
司教という立場になれば『王』の魔物の脅威は充分に理解している。まさか不死王が討伐されたはずもないというのが正直な感想だ。
討伐はともかく、まさか封印されたなどとは夢にも思わない。
不死王という呪いの制御者が消失した今、不死属を生み出す呪われた大地は広がり続けるのみだ。不浄の呪いが消失していないということからも、彼らは不死王の消滅に懐疑的だったのだ
その後、一か月にわたって聖騎士による調査が行われるのだが、それでも不死王を見つけることはできなかった。
◆◆◆
不死王ゼノン・ライフの消失は妖精郷に住むシュウも察知していた。同じ『王』で近くに居を構えているからこそ気にしていたのであり、実際にかかわりがあったわけではない。
しかし『王』の魔物が消滅したというのはシュウにとって見過ごせないことである。
「我が神、測定結果の詳細報告をいたします」
アレリアンヌはシュウとアイリスの居住区に現れ、青白い結晶を見せた。
この結晶は魔石を加工したもので、内部に情報を記録することができる。シュウの知識を基に作り出したフラッシュメモリだ。ただし、電気ではなく魔力で記録しているので、同じ魔力で起動して読み取る。
シュウは記録結晶を受け取り、情報を展開した。
「御覧の通り、不死王ゼノン・ライフと思しき魔力の一時的活性化を記録しております。観測された魔力波形パターンから推察して戦闘が起こったことは明らかです。また不死王に敵対したと思われる二つの魔力を別で観測していますが、そちらも途中で消失しました」
「不死王も不審な二つの魔力も、死んだ……って消え方には見えないな」
「はっ! 解析班の意見も同様でございます。そして導き出した仮説が……」
「空間魔術、だな」
シュウが二百五十年以上も求めている魔術の手がかりが思わぬところから見つかったのだ。これを逃すシュウではない。
「魔力情報から魔術陣を推察できるか?」
「申し訳ございません。距離がある上に妖精郷の霧でかなり乱されますので……」
「それは仕方ないか……だが空間魔術が完成していたとしたら、俺も気を抜いていたな。妖精郷に引き籠りすぎたか」
「外の世界に向かわれるのですか?」
「ああ、アイリスはどこにいる?」
「本日は時間魔術の開発実験に立ち会われておられます。過去に送る魔術と簡単な電撃魔術を組み合わせた対人汎用攻撃魔術です」
「もうその時期だったか……」
現在、妖精郷では様々な技術開発が行われている。
時間魔術や空間魔術は勿論だが、他にも便利な魔道具は積極的に開発した。シュウはその一つである魔石の首飾りに触れる。
すると半透明の小さなディスプレイが魔石から投影された。
ディスプレイをスライドとタッチで操作し、『アイリス』と書かれたコマンドを実行する。すると接続中の文字が画面内で回転し、しばらくしてアイリスの顔が映った。
『どうしたのですシュウさん?』
「近い内に大陸に行く」
『急なのですよ!?』
「実は空間魔術の手がかりが得られそうでな。ちょっと『鷹目』に会いに行く」
『仕方ないですねー。準備しておくのですよ! 明日には整うと思うのです』
「ああ」
シュウは通信を切る。
この魔力で稼働する通信機も妖精たちと開発したものだ。しかしあくまでも試作品であり、量産には向かない。数少ない試作品は合計三つであり、一つはシュウ、一つはアイリス、そしてもう一つは『鷹目』に与えている。
こういったときに連絡を取るためだ。
ふたたびディスプレイを操作し、今度は『鷹目』にコールした。
『お久しぶりです。もしや不死王のことですか?』
「……お前の話の早さはいつもながら異常だな」
『私の情報網は大陸全土に及んでいます。不死王の異常はすぐに伝わりました』
「こっちも不死王の魔力を計測したのが一昨日、そこから解析して消失と断定したのがさっきだ」
『そうでしたか。しかし私も異変が生じたという連絡を受け取っただけで詳細は知りません。これから調べるところです。不死王の魔力が消失ですか……私も知りませんでした』
「調べておいてくれ」
『いいでしょう。ではこちらからも報告ですが、空間魔術についての情報を手に入れました』
「何?」
驚く顔に満足したのか、『鷹目』は不敵な笑みを浮かべた。
『私も最近になって知ったことです。そしてこれはリーダーからの依頼ですよ』
「リーダー? 『黒猫』か?」
『はい。以前のように都市を丸ごと消滅させてほしいとの依頼です。私もそのことで調べた結果、空間魔術の可能性を知りました』
「どういうことだ?」
『ファロン帝国と呼ばれる国です。封印された緋王を管理していると言えばお分かりですか?』
「まさかその封印に関係しているのか?」
『はい。緋王が封印された森を管理している一族が空間魔術と関係がありそうです。その一族はかなり秘匿されているらしく、私も詳細を調べるまでは気付きませんでした。よほどの少数民族なのかもしれません』
「これまでお前の情報網に引っかからなかったのはそういうわけか」
『お恥ずかしながら』
黒猫の情報屋として知られる『鷹目』は間違いなく世界最高峰の情報収集能力を有する。転移の魔装も組み合わせることで、情報の収集範囲は大陸全土に及ぶほどだ。
しかし『鷹目』の情報網は複数の情報屋や配下を組み合わせたものであり、完全秘匿された情報を受動的に得るのは難しい。何かの手がかりを元にして能動的に調べれば大抵は分かるため、今回は『黒猫』の依頼をきっかけとしてファロン帝国を調べ、その情報に辿り着いたのだ。
「で、都市を消すっていっても暗殺対象ぐらいはあるだろ?」
『はい。帝の一族を皆殺しにして欲しいと』
「いいだろう。報酬は?」
『希少な鉱石などでいかがですか?』
「それでいい」
いわゆるレア・アースやレア・メタルだ。
妖精郷は開発を進めているので、その手の物資はありがたいのである。その気になれば魔術で創造もできるが、効率は最悪なのでこのような形で大量に手に入る機会はありがたい。
正直なところ、金銭はダイアモンドの合成で無限に入手可能なので不要なのだ。
『では近くの酒場まで迎えに参りましょう。リーダーからの依頼ですから、私も移動のお手伝いをします』
「なら、明日だ」
『ではお待ちしております』
それを最後に『鷹目』との通信は途切れた。
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