第163話 一つ目の手札


 人類はここ百年で生活圏を広げ、多くの魔物を僻地へと追いやってきた。しかし未だに魔物は各地に残っており、国が敷設した道路以外を歩くのは危険である。特に夜は。

 しかし、ロックス王国のある荒野を一人の大男が歩いていた。また彼は怪我をしているらしく、全身から血を滴らせていた。



「グルルル……」

「ウゥゥ」



 そんな彼を狼系の魔物が狙う。

 魔物は群れを成し、連携によって獲物を仕留める。そして魔物たちは既に男を包囲している。複数の狼系魔物が男に飛び掛かった。

 だが、その爪や牙が男の肌を貫くことはなかった。



「……邪魔だ」



 男は太い腕で魔物を殴り飛ばす。その一撃で魔物は吹き飛ぶどころか、その場で爆散して血をまき散らした。

 それもそのはず。

 彼は『暴竜』と呼ばれる男なのだ。

 光の禁呪による破壊を何とか免れ、こうして生き残った。



「へっ……雑魚が」



 魔物たちは恐れをなして逃げていく。

 先程からこれの繰り返しだった。『暴竜』からすれば大した敵ではないが、こうして何度も襲撃されると流石に鬱陶しい。また本調子なら追跡してでも全滅させるが、今は無理だ。身体能力特化の覚醒魔装士である彼でも、光の禁呪《聖滅光ホーリー》はダメージが大きすぎた。

 生き残っただけでも驚くべきことではあるが。



「あの女ァ……いつか殺してやるぜェ。待っていやがれよ。クハハハハハハハハハ!」



 『暴竜』の笑い声が夜空に響いた。







 ◆◆◆






 賢者の石を手に入れたシュウとアイリスは、その後すぐに妖精郷へと帰還していた。

 妖精郷の支配者となって百年以上経つが、その間に島は大きく様変わりしていた。まずシュウの膨大な魔力が放たれているお蔭で妖精系と霊系魔物はほとんどが高位グレーター級に進化した。また災禍ディザスター級もかなり増えた。

 だが、シュウとアイリスにとって喜ばしいのは魔物の進化が進んだことではなく、知能の高い魔物が増えたことである。

 妖精系の高位グレーター級には主に森妖精エルフ地妖精ドワーフ海妖精マーメイドがいる。この三種は人に近い姿をしているからか、知能も人のそれに等しい。彼らは霊系の高位グレーター級である精霊エレメンタルと協力し、高度な技術を開発し続けていた。



「おかえりなさいませ我が神、そしてアイリス様」

「アレリアンヌか。問題はあったか?」

「ございません」



 アレリアンヌは妖精郷の環境すべてを管理する神樹妖精セラフ・ドライアドという変異種だ。かつては彼女だけがネームドだったが、今は他にもネームドの魔物が多い。それだけアイデンティティの確立した知性ある魔物が増えたということである。

 しかし、それでもアレリアンヌの力は欠かせない。彼女は妖精郷の中心である大樹に寄生しており、その力によって妖精郷を霧の結界で覆っている。彼女のお蔭で妖精郷は百年経っても秘境として人類の目から隠されているのだ。



「それと技術者連中を集めておいてくれ。以前から構想していたシステムのコアにできそうなものを手に入れた」

「かしこまりました」



 アレリアンヌは深く頭を下げて姿を消す。

 この島でシュウは王であり、神のような存在だ。つまりシュウの命令は絶対なのである。妖精郷を実質統治しているのはアレリアンヌであるためシュウのするべきことは君臨することだけだが、それでも妖精郷の発展のために強権を発動することもある。



「また会議なのです?」

「ああ。前に話していた妖精郷の環境管理システムを自動化するために賢者の石が使えそうだからな。完成すればアレリアンヌの負担も減るし、気温や湿度の自動管理でいつでも作物が育てられるようにもなるからな。それと通信システムを完成させたい。賢者の石は中央コンピュータとして最適だ」

「シュウさんが地妖精ドワーフの人たちと研究している魔力計算機の話ですか?」

「ああ」



 魔力計算機は電子計算機をモデルに考案した新型コンピュータの一種だ。魔力計算機の良いところは、思念を直接伝達できるということである。つまり電子計算機はキーボードなどを通して計算機が理解できる入力を行わなければならなかったが、魔力計算機は思ったことをそのまま伝えるだけで自動的に計算してくれる。

 勿論、なんでも思ったことが反映されると逆に使い勝手が悪いので機能制限などが必要だと思われるが、間違いなく扱いやすい。

 ちなみに計算魔術は百年ほど前にジュード・レイヴァンが研究していたものを流用している。



「魔石に術式を固定して、それを賢者の石でコントロールしたらできる気がしてな。俺の中で案もできているし、早めに相談しておこうと思って」

地妖精ドワーフさんたちって新しい技術に目がないですからねー。すぐに乗ってくれる気がするのですよ」

「それに森妖精エルフも研究好きの奴は多いな。あいつらはどちらかというと理論を好んでいるが……まぁ、実践が好きな地妖精ドワーフと上手く棲み分けができているからある意味良かった」



 シュウは折角好きに開発できる土地を手に入れたのだからと、前世の記憶にあるものを再現するべく研究開発を進めていた。百年ほど前に全ての記憶を取り戻して以降、少しずつ計画を進めている。

 最終的にはパソコンやスマホも開発し、インターネットも整備する予定だ。尤も、妖精郷の内部だけでは小さなネットワーク環境になってしまうと思われるが。



「しばらくは島に籠って研究だな。それと魔装を魔石に記録する研究も進めるぞ。『鷹目』の空間転移は魅力的だからな」

「じゃあそっちは私がプロジェクトを進めておくのですよ!」



 アイリスも百年以上生きた覚醒魔装士だ。その間に知識を溜め込み、かつての落ちこぼれが随分と成長したものである。未だに迷子になるのが玉に瑕だ。

 しかしシュウが魔術研究のプロジェクトを任せても良いと思えるほどアイリスも力を付けた。



「我が神、研究員たちに呼びかけました」



 そこにアレリアンヌが戻ってくる。

 妖精郷の大樹に寄生する彼女はどこにでも瞬時に移動できる。こうした伝令係としても優秀だ。ただ、彼女はあくまでも管理役なので伝令役として扱えるのはシュウやアイリスだけだが。

 妖精郷は人知れず、世界最高峰の技術を有することになる。







 ◆◆◆







 神聖グリニアの中心部であるマギア大聖堂では、司教たちと教皇がフロリアの報告を聞いていた。潰されていたはずの彼女の右腕は既に再生しており、傷一つない。

 だが、話を聞いた司教たちはそれぞれ溜息を吐いたり、顔を青ざめさせたりしていた。



「まさか『暴竜』が邪魔してくるとは」

「しかしこれで実質二つの国が滅びたようですね」

「潰れたのは首都だけだろう? こちらから支援して立て直しはできないのか?」



 今や神聖グリニアは世界の警察だ。

 また表面上は各国に統治をゆだねているが、実質は魔神教を通して大陸全土を支配している。今回のように国が二つも同時に潰れたというのは、遠く離れた神聖グリニアにとっても大事件だった。

 特に冥王が大きな騒動を起こしたというのが問題だ。魔物を絶対悪と定義する彼らにとって、これは許されざることなのである。

 今代の教皇は改めてフロリアに尋ねた。



「聖騎士フロリア・レイバーン。あなたほどの聖騎士から見て、冥王はどれほどの戦力があれば倒せるでしょうか?」

「……まともな手段では難しいでしょう。力では勝てません。何か新しい技術か、弱点を研究する必要があります」

「では開発された光魔術はどうですか?」

「効くとは思います。しかし倒せるかどうかは分かりません」



 光魔術は回復や防御の術式も含まれるが、攻撃性の高いものもある。そしてそれらは魔物を倒すために組まれた特別なものだ。効かないでは困る。



「冥王があの都市を滅ぼしたのは何か理由があるのかもしれませんね。アルマンド王国……あれをくまなく調べることにしましょう。それと過去を見る神子姫が見つかればヒントになるかもしれません」

「猊下、早急に発見するよう手配しましょう」

「いや、それか各国に協力を要請すればどうだ? どこかの国が隠し持っているやもしれん」

「とにかく事態の究明ですね。冥王を倒す手掛かりを少しでも見つけなければ」



 魔神教のトップたちはアルマンド王国で起こった事件の究明を急ぐことにする。それでも滅びた街から手掛かりを探す作業、過去視の魔装を持つ神子の捜索と時間がかかり、全てが解明されたのは六年後のことであった。

 そして神聖グリニアは、密かに賢者の石の製法を手に入れたのである。








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